8-03 「そんな、お留守番なのか!?」-③-

 家から出たオレは、適当な道に降りたって、適当にフラフラする。肩に一羽乗せて、前に一羽歩かせて、あとの二羽は上空監視。飯は食ったし、特にすることもないから、最近行ってなかったえさ場の見回りにでも行くかな。


「げっ!? ここ、捕れなくなっちまったのか!? いいえさ場だったのによ……」


 最初に来た場所は、目の細かい金網で囲まれて、くちばしどころか指さえも通らなくなっていた。肩に乗るやついわく、一ヶ月前からこうなったらしい。

 ひでぇ……。これみよがしに飯の入った袋を積んで、金網で囲いやがって。オレたちを試してんのか? だったら、上等だぜ!


「ゼッテー攻略してやるからな……!」


 そもそも、今のオレなら手があるから、扉を開けるなんて簡単なこと。早速、取っ手をつかんだ。けどその時、上空にいた二羽が「ガァガァッ」と警戒音で鳴く。


「ヤベッ、時間切れかよ……」


 車が一台近づいてくるのが見えて、慌ててそばの茂みに隠れた。道路でよく走っているのとは違う、ずんぐりしていて、でかい車。あれが来ると、時間切れだ。中からヒトが出てきて、袋を全部持って行っちまう。


「チッ。まっ、また今度でいいか。さて、次はどこに行くかな……」


 車が見えなくなって、オレたちは茂みから出た。そしてまた、なにかないかとフラフラ歩く。


「おっ」


 今度は木の上で騒いでいる二羽のハシボソガラスを見つけた。木にはうまそうな赤い実がなっている。あれを食ってんのか。


「おい! それ、オレたちにも食わせろよ?」


 オレは太い幹に飛び乗って、二羽のカラスに言った。

 上の細い枝に止まる二羽が同時にこっちを振り向く。

 次の瞬間。


「「ガァッガァッガァッ!!」」


 翼をばたつかせ、怒鳴りつけるように激しく鳴き散らかす。


「げっ!?」


 オレはたまらず木から飛び降りた。二羽も木から飛び立ち、オレたちを追いかけてくる。鳴きながら責め立てられて、走って逃げる。

 田んぼ一つ超えたところで、ようやく二羽は引き返して行った。


「はー、ビビったぜ」


 田んぼのあぜで腰を落とし、降りてきた奴らの背中を掴んでやる。お前らだけ飛んで逃げやがって。クシャクシャと羽をんでやりながら、もう一度、さっきの二羽が戻っていった方向へ目をやった。


「あそこ、つがいの縄張りだったのかよ」


 オレたちカラスは、つがいになると縄張りを持って、その中で食べ物を探したり、子育てをしたりする。もちろん、他のカラスが入ってきたら、すぐに追い払う。

 一方、つがいのいない独り身は、縄張りなんかなくて、つがいのいない場所をフラフラする。まぁ、旨い食べ物があれば、追いかけられるの覚悟で、縄張りの中に飛び込むこともあるけどな。


「つーか、あいつら、去年までオレの群れにいた奴らだよな……。ったく、エラそーにして、イチャイチャしやがって!」


 独り身のカラスは群れて、いつの間にか群れの中でデキて、いつの間にか群れを出て、縄張りを作りに行っちまう。あいつなんて、去年までオレの後ろでペコペコしていた。それが今じゃ、態度でかくなって、二羽でオレを追いかけやがって。


 本気を出せば、オレはあいつよりも強いし、タイマンなら勝てるだろう。けど、相手は二羽。しかも縄張りを持っている奴って、なんていうか、「ここだけは死んでも守り抜く!」って感じで、しつこく必死になるから面倒なんだよな。そこまでして勝負する意味はないから、放っておくのが一番だな。


「さて、と。次はどこ行く? なんかいい場所ねぇのか?」


 そばにいた一羽を掴んで、ポイッと頭上に放り投げる。奴は慌てたように翼を羽ばたかせて、「ガァガァ」と鳴いた。


「おっ、縄張りがないところで、旨い実がなってんのか? 案内しろよ?」

「ガァッ!」


 奴は二、三周オレの頭上を回って、日が昇っているほうへ飛んでいく。

 残りの奴らも従わせて、オレは田んぼ道を駆けていった。



   *   *   *



 日中、適当にフラフラして、適当に遊びまくり、久し振りにカラスらしい一日を過ごした。夕暮れ時になったから、歌をさえずりながらねぐらへと飛んで帰る。

 ねぐらは、ななの家の裏手にある森の中。その森にある一番高い木の、一番高い場所へ、オレは降り立とうとした。


「おい、てめぇ」


 木のてっぺんにいた先客に、ヤサシイ声を掛ける。独り立ちしたばかりの新人か。だったら、ちゃんと教えてやんねぇといけねぇな。


「だれの了見で、んなとこにいんだよ……。なぁっ!」

「ガッ!? ガァー」


 奴は慌てて跳ね上がり、飛ぶというよりは落ちるように木の下へ逃げていく。周りでも、場所の取り合いをする鳴き声が騒がしい。いつものことだけどな。

 オレは木の上に腰を下ろした。幹に背中を預けて、足を枝の先へ向かって投げ出す。枝は太くて、この身体でも十分に支えられていた。


「やっぱここは、いい眺めだな」


 眼下に広がる景色を見ながら、思わず声が漏れた。

 一番高いところだから、見晴らしも一番いい。田んぼや畑が広がって、転々と建つ家や外灯が光り始めている。遠くには道路があって、光を灯した車がまっすぐに流れていた。そして、目を西のほうへ向けると海が見えて、日がゆっくりと海の中へ沈んでいく。


「いつか、ななにも見せてやりてぇな……」


 ここは、オレのお気に入りの場所。一番ってわけじゃないけど、遠くまで見渡せて、きれいで、大好きな場所だ。飛ばないと来られないけど、ななに見せたら、きっと喜んでくれるかな。


「なな……」


 今頃、なにしてんのかな……。どんな景色を、見てんのかな……。

 日が海の中へ沈みきり、暗くなりつつある空を見上げた。

 その時。


 パサパサッ。


 軽い羽音が聞こえ、そばになにかがくる気配がした。

 視線を向けると、カラスが一羽、足もとの枝にとまっている。日中一緒にいた奴らとは違う。群れにいる、一番順位の高いメスのカラスだ。


 上目遣いで、甘えるようにオレのことを仰ぎ見る。くちばしには赤く色づいた実をくわえていて、それをプレゼントするように差し出してきた。

 下には、他のメスが何羽かいた。断られたら次は自分がと言わんばかりに、こっちを興味津々に見上げている。


 なにもしてこないオレにしびれをきらしたのか、足もとにいたメスがピョンと飛び立ち、オレのひざの上に乗った。こっちを見つめ、くちばしを伸ばして、赤い実を渡そうとする。


 暗くなった辺りは、場所の取り合いも終わって、争う声も聞こえない。

 ザワザワと、木の葉が風にれる音が響く。

 闇夜やみよに紛れ、得体のしれない気持ちが、オレを揺らす。


 赤い実が唇に触れた、次の瞬間。


「やめろよ……」


 オレは――。



   *   *   *



 家の裏庭へ降り立ち、翼を閉じる。

 なぜかドアの向こう、台所の電気が点いていた。

 首を傾げながら、裏口のドアを開ける。


「ただいま」


 返事なんてこないのに、いつものくせでつい言っちまう。

 すると。


「カラス?」


 目の前に、ヤツが立っていた。不思議そうな顔をして、首を傾げる。


「ねぐらで過ごすと言っていなかったか?」

「あ……いや……、気が変わったんだよ。テメェこそ、ここでなにしてんだ……?」


 言いながら、ヤツの足もとに目が行く。

 そこにいたのは、今日、猛禽もうきんの家で泊まるはずのカワセミ。ヤツの足にギュッとしがみついて、顔を埋めていた。


「……途中で帰りたくなったらしい。さっき、ミサゴが車で連れてきたんだ」


 ヤツはカワセミの髪をでながら言う。


「明日の朝、また迎えに来るそうだ」

「また来るのかよ……。まぁ確かに、あの猛禽の家、古くて暗くて、夜はなんか出そうだからな」


 カワセミが泊まりたくなかった理由も、なんとなくわかる。

 オレの話に、カワセミが少しだけ顔を上げ、こっちを見た。のぞいた片目は、今にもあふれそうなほど潤んでいる。

 まぁ、帰りたくなった理由は、それだけじゃないかもしれないけどな……。


「しゃーねぇな。よしっ、カワセミ! 一緒に風呂入ろうぜ!」

「わっ!?」


 オレはカワセミをヤツから引き離して、抱き上げる。

 カワセミはびっくりしたように翼を震わせたけど、嫌がることなくオレの胸に顔を埋めた。


「風呂はもう入れてんだろ?」

「あぁ」

「じゃあ、おっ先ー」


 カワセミを抱えたまま、風呂場へと駆けていく。


「……ん? おい、カラス! お前、泥だらけじゃないか!? 掃除した床が……」


 こうして、ななのいない二日目が過ぎていった。

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