7-07 「そうだ、修学旅行だった!?」-⑦-

 わたしとゆうちゃんは、お姉さんに言われた場所へ向かっていた。

 ついさきほど、お姉さんは「探している子はここよ」と案内板の地図を指差して教えてくれた。どうしてわかるのか信じられなかったけど、他に手がかりもないから、わたしたちは言われた通りにしたのだ。


 向かう先には、木に囲まれて、こんもりと台座のように高くなっている場所があった。遠くからだと枝が茂っていて、中の様子は見えにくくなっている。


 細い道を通って木々の間を抜けると、真ん中は開けたスペースになっていた。ベンチが一つ置かれていて、そこに一人の制服を着た女子が座っている。


「野咲さん!」


 ゆうちゃんが、驚きを半分含んだ声色で、彼女の名前を呼んだ。

 下を向いていた野咲さんも、びっくりしたように顔を上げ、立ち上がる。


「あんたたち、なんで……」

「ずっと探していたんだよ。早くクラスのところに戻ろう?」


 ゆうちゃんが野咲さんのもとへ歩み寄りながら言う。わたしもその後ろについていった。

 一方の野咲さんは、まゆをひそめて目をそらし、一、二歩と距離を離した。


「野咲さん……? 大丈夫だよ。戻ったら、私も一緒に謝るから。だれも野咲さんのこと、嫌ったりしないよ?」


 優しい言葉とともに、ゆうちゃんは手を差し伸べる。

 けれども、野咲さんはうつむき、自分の手をギュッと握り締めた。


「なによ、それ……」


 と、その時。

 わたしの視線は、頭上を向く。


「まるでみたいな。迷惑なのよ、あなた。いつもいつもあたしを気遣う振りして、優等生のつもり?」

「そ、そんなこと……」

「うるさいっ! もう、あたしには構わないで! 放っておいてっ!」


 ジュリッ、ジュリリッと鳴き交わす声。

 すばやく視界を横切った数羽の小さな影。

 思わず声を上げる。


「待って!!」


 つい大声を上げてしまったけど、目撃したそれらは近くの木に止まった。


「えっ? な、なによっ!」

「な、ななちゃん?」


 野咲さんの背後にある木に、わたしは身体を向ける。

 まだ遠目で小さいけど、見えるシルエットに震える声が出た。


うそでしょ……」

「う、嘘じゃないわよ! あたしは、本当に、あんたたちのことなんて……」


 全体的に白くて丸い体、そして長い尾。

 枝から枝へ、まるで忍者のように動き回る姿は、間違いない!


「こんなところで、シマエナガに会えるなんて!」

「なんとも思ってないんだから、……って、は?」


 わたしの足は無意識に動き出して、野咲さんの横を通り過ぎる。なんだかいろいろ忘れている気がするけど。それでも、今はシマエナガのほうが大事!


「待って!? 待ってよ、ななちゃ~ん!」


 シマエナガ! シマエナガちゃーん!

 嬉々ききとした心の叫びに、背後の声はき消される。スキップするように木のそばへ行き、こんなこともあろうかと隠し持っていた双眼鏡を取りだした。

 木の上では四羽のシマエナガが動き回っている。そのうち一匹を目で追いながら、双眼鏡を当てる。


 ほのかに薄茶色がかった白いお腹と、白い頭。頭の後ろは黒くて、肩のほうは薄茶色、翼は黒色。尾羽は真ん中が黒くて、外側は白い。

 本州のエナガは、目の上にまゆみたいな黒い線が入っているけど、シマエナガは眉がなくて顔が真っ白なのが特徴。白い部分が多いから、全体的にふわふわで、もふもふして見える。


「可愛いよ~。可愛いよ、シマエナガ。可愛いよ~」


 本音がダダ漏れしてしまう。その言葉しか知らないのかと思われるくらい「可愛い」と連呼する。上下左右に枝を動き回るシマエナガに合わせて、わたしも身体を上下左右に揺り動かす。


「な……、ななちゃん……、ななちゃん……」


 と、後ろから肩をたたかれた。振り返ると、なぜか顔を引きつらせたゆうちゃんが、笑みを浮かべながら立っている。


「あ、あのね、ななちゃん、さすがにそれは……」


 もしかして、ゆうちゃんもシマエナガが見たいのかな!?


「ゆうちゃんも見て! あの鳥はシマエナガっていうエナガの亜種なんだよ。本州にいるエナガって鳥と同じ種なんだけど、北海道のエナガは模様が違って、シマエナガって呼ばれてるの」

「えっ、あっ、えっと……」


 自分の双眼鏡をゆうちゃんに渡して、有り余る興奮を伝える。特別珍しい鳥というわけではないけど、本州では見られない亜種だから、見ておきたかった鳥の一つだったんだよね。

 と、ゆうちゃんの後ろから、野咲さんもトコトコと歩いてやってきた。不機嫌そうな顔つきで、こっちをにらみながら口を開く。


「こんなにガン無視されたの、あなたが初めてよ」


 も、もしかして、野咲さんもシマエナガを見たかったのかな!?


「ごめんね、野咲さん。次は野咲さんが見ていいよ!」

「はっ? なに言って、」

「ゆうちゃん、双眼鏡いい? はい、野咲さん、のぞいてみて?」


 ゆうちゃんから双眼鏡を返してもらって、野咲さんに渡した。使い方を教えようと、わたしは彼女の背中へ回る。


「だから、あたしは鳥なんか、」

「いいからいいから。早くしないと、エナガもシマエナガもすばしっこいから、すぐに飛んで行っちゃうんだよ」


 言いながら、わたしは野咲さんの背中から手を伸ばして、彼女と一緒に双眼鏡を握る。そして、木の上を見た。


「ちょっ、ちょっと、」

「まずは目で見て、そのまま双眼鏡を目に当てるの」

「も……、もうっ、わかったわよっ!」


 野咲さんは双眼鏡を持ち上げて、レンズを覗いた。わたしも肉眼で、枝の上にいるシマエナガを観察する。


「どう? どう?」

「…………」


 シマエナガたちは、楽しそうにピョンピョンと飛び回る。と、一羽が枝をつかんだまま宙づりになって、まるでブランコをするようにフランフランと揺れた。


「「か、可愛い……っ!」」


 わたしと野咲さんの声が重なる。


「な、なによ、あんな鳥! ゼフィルスのほうがよっぽど可愛いわよっ!」


 直後、野咲さんは急にこっちへ振り返り、わたしに双眼鏡を押しつけて叫んだ。顔がほんのりと赤くなっている。

 シマエナガたちは木から飛び立って、森のほうへ行ってしまう。

 気になるワードに、わたしは首を傾げた。


「ゼフィルス? って、なんの鳥?」

「鳥じゃないわよ! ゼフィルスは樹上性シジミチョウのこと!」

「チョウ? チョウってやっぱり鳥のことじゃ、」

「なんでそうなるの! チョウといえば昆虫のチョウに決まってるじゃないっ!」


 野咲さんはわたしに詰め寄って、声を大にして言う。

 昆虫の蝶って、モンシロチョウとかアゲハチョウのことだよね。シジミチョウっていうのは、初めて聞いたけど。


「もしかして、野咲さんは虫が好きなの?」


 すると、わたしの後ろで話を聞いていたゆうちゃんが声を出した。

 言われてわたしも、ポンッと手を叩く。


「あっ、そういえば野咲さん、いつも植物を見てたよね? あれってもしかして、虫を探してたの?」


 学校で木を見上げていたり、旅行中に花畑を見ていたり、生垣の葉っぱをひっくり返していたのを思い出す。あれって、植物を見ていたんじゃなくて、虫を観察していたのかな。


「べ、別に……あたしは……」


 ゆうちゃんとわたしの問いに、野咲さんは気まずそうに顔を背けた。

 すると突然、野咲さんは視線を横に向けたまま、大きく目を見開いた。見つめる先には、ヒラヒラと舞う一匹の蝶。


「あれって、クジャクチョウじゃない!?」


 突然明るい声を上げたかと思ったら、野咲さんはすばやく静かに蝶のそばへ行った。どこからか取り出したデジタルカメラを片手に、地面へひざをつける。

 蝶は背の低い花の上にとまる。パッとはねを広げると、全体的に赤色で、前と後ろの翅に一つずつ大きな目玉模様が見えた。その姿は、なるほど、クジャクの飾り羽っぽい。


「クジャクチョウは、北方系の蝶で、本州では中部以北にしかいないの。しかも中部でも標高の高いところにしかいない。それがこんな平地でも見られるなんて。やっぱり、北海道まで来て良かった……」


 パシャパシャと写真を撮りながら、野咲さんが早口でつぶやく。

 その様子をわたしとゆうちゃんは後ろで見ていると、ビクンッと肩が震えた。


「あっ……」


 まるで壊れたロボットのように、野咲さんの首がぎこちなくこちらへと回っていく。その顔は引きつっていて、耳まで真っ赤になっていた。

 野咲さんの今の気持ち、よくわかるかも。わたしもついつい、鳥に夢中になって周りが見えなくなることがあるから。


「そ、そうよ! あたしは昆虫が好きよ! 悪いっ!」


 なにも言っていないのに、急に立ち上がって怒ったように叫ぶ野咲さん。

 わたしは慌てて、首を横に振った。


「わ、悪くないよ。野咲さん、虫が好きなんて全然知らなかったから、ちょっとびっくりしただけ」

「当たり前でしょ。ずっと、隠してたんだから……」

「隠してた?」


 なんで? と首を傾げて、自分自身のことを思い返す。

 野咲さんは目をそらしながら呟いた。


「だって、変でしょ。女子なのに、昆虫が好きなんて……」

「そんなことないよ」


 その言葉は、まるで自分自身にも告げるように、自然と口から出た。

 野咲さんが小さく声を漏らして、わたしへ視線を向ける。

 周りで鳴く鳥の声を聞きながら、手にした双眼鏡をギュッと握りながら、わたしは笑みを浮かべた。


「わたしも鳥が好きで、周りから変な目で見られることもあったけど……。でも、好きって気持ちは、変なことでも、悪いことでもないと思うよ?」


 だよね、ゆうちゃん?

 わたしにこう言える自信をくれたゆうちゃんと目を合わせる。隣にいるゆうちゃんは、ニッコリと笑って、大きくうなずいた。


「なにも、知らないくせに……」

「まぁ、わたし、虫苦手なんだけどね」


 小さな呟きと漏れた本音が混ざる。なんて言ったかわからず、訊き返そうとした。けど、野咲さんは目に涙をためて、眉をゆがめて、心底嫌そうな顔をして。


「なっ、なによ、それ! 結局あなた、昆虫が嫌いなんじゃないっ!」


 わたしへ詰め寄って叫んだ。デジカメを持っているから手は伸ばさなかったけど、胸倉を掴みかかる勢いで顔面を近づけてくる。


「どうせ、なにも知らないくせに気持ち悪いとか思ってるんでしょ! あたしからしたら、鳥のほうがよっぽど不気味よっ!」


 ちょっ、ちょっと待って、今のは聞き捨てならないよ!


「な、なんで鳥が不気味なの? あんなに可愛いのに」

「可愛くなんかない! あんなの、爬虫はちゅう類から進化した恐竜の死に損ないじゃない!」

「そ、そんな……、その言い方はひどいよ! 野咲さんこそ、鳥のことなんにもわかってないでしょっ!」

「えっと……、ななちゃん、野咲さん……、ケンカしないで~……」


 いがみ合うわたしたちの隣から、ゆうちゃんの困ったような声が聞こえた。

 さらに周りから、聞き覚えのある声たちが耳に届く。


「おーい! こんなところにいたのか。なんだか楽しそうだな?」

「探している人、見つかったんですね。良かった」

「クスクス。どうやら、一件落着みたいね」


 別々の道から、野咲さん探しに協力してくれた人たちがやってくる。

 最後に来たお姉さんの言うとおり、野咲さんが見つかって、ひとまず事は収まりを迎える。

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