01 始まりの場所

 陽気な音楽と歓声が上がるライブ会場。

 普段は公共の運動場になっているような、野外のグラウンド。その一画に、即席のステージが設置されている。

 僕らは今、衣装に着替え、ステージの裏で出番を待っていた。


 ひとりは、待ちきれないように、楽しそうに振り付けを練習している。

 ひとりは、小さな筒状の箱を振って、「大吉」と書かれた札が出て喜んでいる。

 ひとりは、占いに浮かれた彼の話を聞き流しながら、手鏡で前髪をいじっている。

 そしてもうひとりは、ステージの壁に背を預け、静かに目を閉じている。


 僕は、隅から少しだけ顔を出して、外の様子をうかがった。大人に子ども。家族連れ、友達同士。洋服姿もあれば、浴衣姿もある。みんな、このお祭りを楽しんでいるようだった。

 さっきお世話になった方々も、隅のほうでステージを見ていた。浴衣を着たひとりがこちらに気付いて、両手を大きく振ってくれる。

 僕も、目立たないように、片手で小さく振り返した。


大翔たいとお兄ちゃん、もうすぐだね!」


 後ろから、声が聞こえた。首を引っ込めて振り返ると、さっきまで振り付けの練習をしていた小鳥ことりが、そばで上目遣いに僕を見ていた。


「うん。そうだね」


 うなずき、右手を左胸に当てる。いつも以上に、胸がドキドキと、鼓動をしていた。


「珍しいじゃん? 兄貴あにき、緊張してんの?」


 占いの筒をしまい、やってきた緒恋おれんが僕に言った。

 手鏡をしまい、同じくやってきた胡蝶こちょうも、会場の様子をのぞいて言う。


「前に出た夏フェスの、百分の一くらいなのに……。兄様にいさまらしくないよ? こんなちっぽけな田舎で」

「ちょっ、そんな言い方ないじゃん? なぁ? 幹歩みきほもそう思うだろ?」

「おれには関係ない。おれとお前たちは、仲間ではないからな……」


 ずっと壁に背を付けている幹歩が、目を閉じたまま言った。緒恋が口をとがらせて、言い返そうとする。けどその前に、幹歩の目が開いた。


「だが……、楽しそうだな?」


 僕を見ながら、そう言葉を伝えてくれた。他のみんなの視線も、僕へと向けられる。

 僕は、ひとりひとりの顔を見て、ゆっくりと目を閉じた。

 胸に当てた手を、ギュッと握る。顔は自然とほころんでいる。


 そうか。この胸のドキドキは、緊張じゃなくて、きっと――。


「みんな、今日は僕のわがままに付き合ってくれて、ありがとう」


 目を開け、もう一度、みんなを見る。


「嬉しいんだ。僕の――僕らの始まりの場所で、みんなと一緒に歌えるのが。夢みたいな夢が叶って、胸がドキドキするくらい、嬉しいんだ」


 僕は、胸から手を離した。

 その手を強く握りしめ、真っ直ぐに前へと伸ばす。


「みんな、今日のライブ、絶対に成功させよう! 規模の大きさなんか、関係ない。僕らの歌を、ひとりでも多くのヒトたちに届けよう!」


 この始まりの場所に。そして、あのヒトに。


 その時、出番だと指示が入った。

 それでも、みんな僕から目をそらさない。


「当ったり前じゃん! おれっちは、どこまでも兄貴についていくからな!」

「兄様に言われなくてもわかってるよ。私がファンの前で、手を抜くとでも?」

「おれは仲間ではないが……、リーダーの意見には賛同だ」


 緒恋、胡蝶、幹歩が、手を伸ばし、僕と拳を合わせた。

 そして。


「大翔お兄ちゃん、ぼくも今、すっごく嬉しいよ! 絶対、来てくれたヒトみんなも、幸せにしようねっ!」


 小鳥も、小さな手を握って、僕らと突き合わせた。

 僕は大きく頷き、声を上げる。


「さぁ! 始めるよ! 僕らの、最高のステージを!!」


 ――これは、僕らの始まりの場所で、僕らの歌が響くまでの物語。

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