4-10 ななのトリセツ③

「花は、この黒いポットから取り出し、土の中に植え替えるらしい」

「なるほどな! よしっ、早く植えようぜ!」

「お花、ボクもうえるー!」

「待て。まずはどこになにを植えるか、場所を決めてから……」


 オレたちは花壇を取り囲むようにして座った。植える位置を決めて、それぞれ四つずつ花を植えていく。

 始めに掘ろうとした時は固くて歯が立たなかった土も、今は手の指で簡単に掘れる。

 まず一つ目。オレは赤い花をポットから取り出した。茎の先にたくさんの花を付け、葉っぱはひらひらと波打つハート型をしている。


「なぁ。これって、なんて名前の花かわかるか?」


 気になっていてみると、やつはちらとオレを見て答えた。


「本に書いてあったが、ゼラニウムという名前だそうだ」

「ゼラ……? ただの花なのに、やけにカッコいいな……」


 オレもそんな名前が良かったな。まっ、今の名前も嫌いじゃねぇけど。

 そう思いながら花を、掘った穴に入れ、土をかぶせる。

 やつも、同じ形をした黄色の花を植えながら、さらに言葉を続けた。


「花にはそれぞれ、ヒトがつけた花言葉というものがあるらしい」

「花言葉? へぇー、で、このゼラなんとかはなんだ?」

「『慰め』だそうだ」


 やつの言葉に、思わず手が止まる。顔を上げると、やつと目が合った。

 淡い黄色のひとみが、オレの心を見透かすように見つめてくる。


「てめぇ……、本当にあの時、ななになんにもしてねぇんだな」


 オレは声を低くし、やつをにらみながら訊いた。

 斜め前で、スコップを使って穴を掘っていたカワセミが、おどおどとオレを見る。

 やつは真っ直ぐオレを見つめながら、口を開く。


「なにもしていない。ななが突然泣き出した。それだけだ」


 あれは、カワセミがななの家で暮らすことになった日のこと。

 夜、カワセミと風呂から上がると、ななの部屋から泣き声が聞こえてきた。オレは慌ててななの部屋へ行った。そしたら、ベッドの縁にこいつとななが座っていて、涙を流すななを、こいつが軽く抱いていた。


「それだけって……、理由がないのに、急にななが泣くわけねぇだろ!」


 オレはやつのほうへ身体を傾けて叫ぶ。土に置いた手をぎゅっと握った。

 あの時は、ななからこいつを引き離すので頭がいっぱいだった。後でななに理由を訊いても「なんでもないよ」ってごまかし笑いをされただけ。結局、あの時なにが起きたのかわからず、オレはずっともやもやを抱えている。

 やつはオレの言葉を聞いて、まゆをわずかに上げた。そしておもむろに視線を落とす。


「家族の話をしていた」

「家族?」

「……あぁ」


 手元にある、風に揺れる花を見つめながら、やつは言葉を続ける。


「家族がだれもいなくなり、独りになったことを寂しがっているようだった」


 やけに落ち着いた声。やつはそう言うと、花を穴に埋め土を被せた。


「……そっか」


 思い当たる節は、あった。

 オレはやつから身を離し、地べたに座り直す。

 空を見上げると雲が浮いていて、ヒヨドリがうるさく鳴きながら視界を横切っていった。


「ななってさ、明るくてやさしくて、でも怒ると結構怖くて。鳥のことになるとめちゃくちゃ熱くなって、でもそれ以外は面倒くさがり屋で。一人でよく双眼鏡持って出歩いてるわりには、寂しがり屋なんだよな」


 今まで見てきたななの姿を思い出しながら言った。

 オレの作った飯を美味そうに食べていたり、風邪引いてないか怪我けがしてないかってオレたちのこと気遣っていたり、急に怒り出してほおをつねってきたり、双眼鏡を大事そうにいていたり、勉強道具広げたまま居間で居眠りしていたり。

 柿の木の下から、オレのことを悲しげな目で見上げていたり……。


「それにさ、意外に泣き虫なんだ、あいつ。ヒトと怒ってケンカはするくせに、悲しいとか寂しいとか辛いとかっていうのは上手く言えないみたいで。よくオレのところに来て、泣きながら愚痴ってた」


 そういや、ななが初めてオレに声を掛けてきたのも、泣いていた時だった。それに、ヒトの姿になる少し前、約束をお願いされた時も、泣きそうな顔をしていた。

 きっとななはあの時から、独りになった寂しさってものを抱えていたのかもしれねぇ。

 ……って、はっと顔を前に向けると、やつとカワセミはじっとオレのことを見つめていた。


「よく知っているんだな、ななのこと」


 やつがオレを見ながら、口元を緩めてそう言った。

 急に顔が熱くなる。


「あっ、当たり前だ! 何年ななの家、通ってると思ってんだ? てめぇらとは違うんだよ!」


 そう言って、フンッとやつから顔を背ける。

 なんでこんなやつらに、ななのことを話してんだよ、オレは。そう感じながらも、ななのことが頭から離れない。また言葉が、口をいて出る。


「……でも、わかんねぇ。親から離れたってことは、独り立ちできたってことじゃねぇのか? しかもこんな広い家、独り占めできてんだぜ? 独りになるって、そんなに寂しいことなのか?」

「さ、さみしいよ!?」


 ずっとおろおろとオレたちを見ていたカワセミが、口を開いた。


「ひとりぼっち……、しずかで、くらくて、さむくて……」

「カワセミは、寂しいって言うより、親鳥がいなくなって食いもんもらえなかったから、生きられるか不安だっただけだろ?」


 涙目で話すカワセミの頭に手を置きながら言った。

 ななからの受け売りだが、カワセミは成鳥おとなになれば単独行動をする鳥らしい。繁殖の時以外は、縄張りの中にいて一羽で生活する。

 だから、そのうちこいつの不安は消えていくだろう。


「でも、ななは別に食いもんに困ってねぇし、自分の居場所だってある。一人でも十分生きていける。なんの不安もねぇだろ?」


 食べ物を買うための金は、親からもらっているとは言っていたが、例えもらえなくても自分で稼げる気がする。オレだって、コンビニでバイトしているんだ。鳥のオレができて、ヒトのななができないわけがない。

 すると、カワセミの反対側から声が聞こえた。


「ヒトは群れで生活する生き物だ。そばに仲間がいないのは、寂しいことなんだろう」


 やつが、オレたちとは目を合わせず、三個目の花を植えながら言った。


「仲間、かぁ……」


 やつの言葉を繰り返し、また空を見上げる。


 オレもいちおう群れの中で生活している。けど、ただ群れているだけで、別に義務感はない。

 エサの場所を知っているやつについていけば、探さなくても食いもんが食えたり、天敵にだれかが気付けば、すぐ逃げられるって良いことはある。でも、順位を決めるのにしょっちゅうケンカしたり、食いもんを独り占めできなかったりと、面倒なことも多い。

 それに、家族とか、親とか兄弟姉妹とかなんて、考えたこともなかった。


 やっぱり、ななはヒトだ。鳥のオレとは、考え方が違う。ななのこと、もっとわかりたいのに、どうしてもわからないこともある。


「ねぇ、トキはなかま、いないの?」


 と、ぼんやり考えていたら、不意にカワセミの声が聞こえた。

 オレは顔を戻す。やつはうつむいたまま、手を止めていた。

 そういえば、こいつは群れる鳥なのか? 図鑑でこいつの写真をななに見せてもらったことはあるが、あまり中身は覚えていない。施設で育ったって言ってたよな。渡り鳥でもなさそうだ。そもそもなんでこの場所に、たった一羽で……。


「カワセミ、穴が深すぎる。葉が土に埋まっている」

「あっ、う……うん……」


 あからさまに話を変えて、やつはカワセミが植えた花に手を伸ばした。カワセミは不思議そうに首を傾げながら、一緒に花を植え直す。

 オレはやつをじっと見つめた。けれどもやつは地面を向いたまま、オレともカワセミとも視線を合わせようとしない。さっきから様子が変だ。まるで、なにかから避けているような……。


「おい?」


 でも、まぁ、こいつのことなんか、知りたくも、わかりたくもねぇけどな。


「この花は、なんて名前なんだ?」


 オレはもう一種類の花を手に、訊いてみた。

 するとやつは顔を上げ、花を見てオレを見る。


「ベゴニア、というそうだ」

「ベゴ……? また変な名前だな。で、さっき言ってた花言葉だっけ? それはなんだ?」

「『片想い』だそうだ」


 やつの言葉を聞いた瞬間、ポトリと花を落としてしまう。


「ち、違ぇよ! オレは両想いに決まってる! ななだって言ってたんだからな!」


 鳥の時「ずっとわたしのそばにいて」とななはオレに言った。ただ、言葉だけで、まだなんの行動もできてねぇけど……。この前もせっかく巣作ったのに、入る前に逃げていっちまったし……。


「ななが? だが、あの本には赤いベゴニアの花言葉は『片想い』だと……」

「そうじゃあねぇ! 今のところ、オレが一番リードしてるってことだ!」

「勝負をしていたつもりはないが……?」

「もしかして、穴ほりしょうぶ?」

「違ぇよ! あぁ、くそっ! こんなやつらにはゼッテェ負けねぇーっ!!」


 そう叫び、全力で穴を掘る。残りの花をすべて植えていく。


 最後に水を掛けて、ついに。


「おぉっ! できたな!」

「あぁ、完成だ」

「すごーい! きれいー!」


 花を植えた花壇が完成した。

 川原の石で囲った土に生える、色とりどりの花。最初に本で見た写真と違って、植えた位置はガタガタになっている。けれどもまぁ、オレにしてみれば上出来だ。


「なな、よろこんでくれるかな?」

「そうだな」


 カワセミが、オレたちを見上げる。やつはその頭に手を置いて、軽くでた。そしてちらとオレへ視線を向ける。


「なんだよ?」

「……いや。慰められるといいな」


 そう言って、やつはまた、できた花壇へと目をやった。


「オレが作ったんだ。絶対喜んで、元気になってくれるに決まってんだろ?」


 自信を持って言って、鼻を鳴らした。もう頭の中には、なながこれを見て、オレのことをめちゃくちゃ褒めてくれる場面しか想像できない。満面の笑みを咲かせている顔しか、思い浮かばない。


「いいか? ななに訊かれても、オレがひとりで作ったって言えよ?」

「えぇー!? カーくんずるいっ! ボクもつくったのに!」

「そうだ。俺の手伝いがなければ、花を地面に置いていただけだろう?」

「うっ!? うるせぇ! オレが最初に作るって決めたんだから、オレの花壇だ!」


 ななの笑顔を独り占めするのは、オレだ! オレだけだ!

 ブーブー文句を言うやつとカワセミに向かって、オレは翼をばたつかせて威嚇いかくする。


 羽ばたきで生まれた風が、植えたばかりの花をひらひらと揺らしていった。

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