第86話 無詠唱
世界が暗転した。
いや、もとより夜の時間であるため暗闇こそが正しいのだ。
事態が悪くなったという意味では、あながち間違いじゃないかもしれないけど。
「痛てて……よく生きてたな俺……」
瓦礫の中に埋もれながらも自分の生存を確認する。
空が光ったと思った瞬間には吹き飛ばされていた。
グロスクロウが雷魔法を放ったのは分かったけど…………どうやってそれを防いで生き延びたのかは分からない。
がむしゃらに何かをしたような気はするけど……何をしたのかが分からない。
もしかしてゼロが何か魔法を使って助けてくれたのか?
というより他のみんなは大丈夫だろうか。
この威力だ。
打撲や裂傷といった傷はあるにしても、そもそも無事なのがおかしい。
「くそっ……瓦礫が邪魔だな」
粉々になった瓦礫が俺の上に積もり、身動きが取れない状況にある。
魔法を使うにしても俺は雷魔法しか使えないため、瓦礫をどうこうすることができない。
誰かが助けに来てくれるまで待機か……。
ガラガラガラ。
などと思っているうちに、上の瓦礫が動き始めた。
誰かが助けに来てくれたみたいだ。
「下にいる! 助け出してくれ」
瓦礫が取り除かれていき、伸ばされた手を俺は握り返し、瓦礫の中から引き起こされた。
「やはり……お前は生きていたか……」
魔王グロスクロウだった。
魔王が俺の手を掴み、引き起こしたのだ。
すぐに手を引き離し、距離を取ろうとしたが、瓦礫の上に引き寄せられるかのように這いつくばった。
黒い渦が下に発生している。
スキルを使われているのだ。
「く……そ!! 人をおちょくるのも大概にしろ!!」
「どこまでも面白い男だ」
「化け物め……! さっきのは一体何なんだ!」
「言っただろう。人間で言うところの魔導級魔法だと。そう何度も目にかかれるものではない…………おかげで魔力は尽きた」
魔力が尽きたとはいえ、こちらの攻撃に全て反応できる身体能力とスキルが残っている。
何とか身体を起こそうとするも、下に引っ張られるチカラが尋常ではないため、起き上がることができない。
ポーチにも手が届かず、魔人を召喚することもできず。
以前として、太刀打ち出来るような状況ではない。
「王族をまとめて殺すためにとっておいた魔法だが、俺としたことが……その場の勢いに流されてしまったか」
「これを…………国の中心まで行ってぶっ放すつもりだったのか……!」
「察しがいいな」
「俺を…………どうするつもりだ」
「今の一撃で死んでいればそれまでだと考えていたが…………生きていたのであれば再度問おう。俺の配下になれ」
「………………!!」
死にたくない……!
いや…………違う!
こんなラリってる奴なんかの下について異世界を生きていくなんて、俺は嫌だ!
シーラは、ゼロは、『ベルの音色』は!
万に一つ、さっきの攻撃でやられていたのだとしたら!
生きてる俺が仇を討ってやらなきゃダメなんだ!
「うおああああああああ!!!!」
「…………無理に身体を起こそうとすれば死ぬぞ」
こんな痛みが何だ!!
ガルムに骨折られまくった時の方が地獄だった!!
「お前の…………! 仲間になるぐらいなら…………! 俺は死を選ぶ!」
「…………珍しい共生派の人間。もう少し利口かと思っていたが…………。仕方がない。その思想のみ、俺が引き継いでいくとしよう」
俺の考え方がお前と一緒なわけあるかよ!
それに俺は…………死を選ぶといっても、生きることを諦めたわけじゃない!
ゼロに教えてもらい、雷魔法のみ魔導級まで使えるようにはなっている。
使う機会こそなかったために魔導級は使ったことないが……。
それでも無詠唱の雷魔法が使えるようになるのには充分な資格を満たしている。
後はほんの少しのコツを掴むだけ…………!
「さらばだ名もなき人間。輪廻転生の先では充実した世界であることを願っている」
「転生じゃねぇけど…………ここは二つ目の世界だぜ?」
「…………また興味深い事を口にする。だが、もういい」
グロスクロウが右手をかざす。
鼓動が一段と早くなった。
その逆、時が遅くなったように感じる。
血の気が引くのではなく、血のめぐりが早くなる。
死の間際であることに、脳が過去の記憶を見せようと躍起になっているのか。
身体中を駆け巡っているものは…………血液?
いや…………この感覚は………………魔力?
これは……呪文を放つ時の感覚に似ている。
この感覚は……………………これこそが………………!
「『
バチィ!!!!!!!!!
俺の体に電気が走った。
いや、これを電気と呼んでいいのかは疑問が残る。
正直な話、俺にもよく分かっていない。
この、無詠唱で俺が身に纏っている魔法が何故、グロスクロウのスキルを無力化しているのかが。
「…………どういうことだ。何故、身体がバラバラに千切れない。俺は確かにスキルを発動させた…………いや、今もなお発動させている。無効化されているわけでもない」
何が起きているのかどちらも説明できない。
それでも一つだけ分かるのは、この魔法を絶えさせてはいけないということだけ。
今もなお、ピンチは続いている。
引き寄せるスキルの効果だけは続いているのだ。
「貴様にそんな奥の手があったとは驚きだ…………。完全にしてやられたな。だが、『
グロスクロウが近づいてくる。
以前として雷を身体に纏っている状況だが、黒い渦から逃れられない以上、死の危険は迫っている。
「動……け! 動けえええええ!!」
「動くな!」
謎の声とともに、俺の頭上を幾千もの針が飛んでいく。
それは間違いなくグロスクロウを狙ったものであった。
「うっ! おおおおおお!」
グロスクロウは突然の攻撃に後ろへと距離を取りながら、スキルによって針を弾き返していく。
距離ができたからなのか、発動させておく余裕がなくなったからなのか、黒い渦がなくなり身体の拘束が解けて自由になる。
久方ぶりに軽くなる身体を実感しながら、恐らくは魔法であろう針を飛ばした人物を見る。
そこにいたのは一人ではない。
五人だ。
グシャグシャになった瓦礫の上を器用に移動しながらこちらへとやって来る。
「この短時間でまさかこんなことになっているとは…………。俺達が来たからにはもう安心してくれ」
そう話す青年の左目には刻印が入っていた。
ガルムと同じ、刻印。
異世界人である俺でも、その意味は知っている。
『
「人類を手にかける魔王グロスクロウ…………。勇者グリムがその身をもって…………お前を討伐する!」
人類側における、世界最強と呼ばれる男がそこにはいた。
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