第73話 2代目勇者と異世界勇者

 水による資源が豊富な大陸、アクエリア大陸の一端にて、一人の男が4人の討伐者と対峙していた。


「はぁ……はぁ……!」

「シンノスケ様……お逃げ下され……! ここはワシが時間を稼ぎます……!」

「なんなんだ………………なんなんだお前はよぉ!」


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 シャンドラ王国の召喚魔法によって辰神たつがみ英治えいじと共に召喚されたもう一人の勇者志望、遠藤えんどう慎之介しんのすけ

 彼は王国の近衛魔術師、国一番の美人女魔術師、元S級討伐隊『龍火りゅうび』のメンバー、計3人と共に魔王討伐を目指していた。

 標的は自身の美貌から人間の男を虜にし、食い物にしている魔族、『魔王ローズフィリップ』。


 理由は単に慎之介がその魔王を見てみたいという理由だ。


 表向きは男の敵である魔王から先に討伐すべきだと唱えてはいるが、下心ありきで動いているのは皆分かっていた。

 それでも付き従っていたのは、慎之介が異世界から召喚された人物であり、その戦闘能力の伸び代は歴代勇者を彷彿とさせていたからである。


 そして『魔王ローズフィリップ』がいるとされているアクエリア大陸の人類と魔族の領地の境界線、そこに差し掛かったところで彼らは1人の男と対峙した。

 彼を知っているのは極少数。

 だが噂では誰もが知っている。

 その左目に宿している『勇者の証』を知らない者はいない。


「君が異世界から召喚されたという人間だね?」

「何だお前? 俺のファンか?」

「………………………そんなバカな。ワシの目がおかしくなったのか…………?」

「どうしたよヴィッケル。アンタの知り合い?」

「いや……ワシの知り合いでもなんでもないですじゃ……。しかしこの男……。あの左目はどういうことだ」


 元S級討伐隊に所属していたヴィッケルには彼の外見には覚えがあった。

 今も昔もS級討伐隊は数が少ない。

 ヴィッケルがS級討伐隊に所属していたのはもう20年も前の話だ。

 それでもその当時、同じくS級討伐隊の中の1つに彼が属していた討伐隊があったのを覚えている。

 疑問なのは、なぜ20年前と見た目が同じなのか。


「あなたは……2代目勇者のガルム様では……?」

「へぇ……僕のこと知ってるんだ」


 彼は2代目勇者ガルム。

 18年前に魔王リネンと戦い行方不明となってしまった勇者だ。

 今の3代目勇者は大々的に発表されたために、その容姿の知名度は高い。

 しかし、2代目勇者一行はS級討伐隊を組んではいたが、表舞台へはあまり姿を現さなかった。

 故に、慎之介はともかく、ヴィッケルを除いた2人も2代目勇者の見た目は知らない。

 ヴィッケルといえど20年以上前に見た姿は虚ろである。


 だが、ガルムが肯定したことにより、記憶は鮮明になる。


「本当にそうなのですか!?」

「ヴィッケルさん……2代目勇者というのは行方不明になっているって話の……?」

「間違いない……! ワシは当時この姿の勇者様に会っておる! だが……なぜ年老いておらんのだ」

「よく分からんが、過ぎた勇者様が何の用? 今の勇者は俺だぜ」


 慎之介にとって彼が勇者だろうが何だろうがどうでも良かった。

 彼の心にあるのは『魔王ローズフィリップ』に会い、あわよくば自分の仲間に加えてやろうという邪な心だけ。


「1つだけ確認させて欲しい。君が、異世界から召喚された人間で間違いないんだよね?」

「おう! 選ばれし勇者とは俺のことだぜ!」

「そっか。残念だ」


 刹那。

 慎之介は自分の首が胴体と離れた感覚に陥った。

 剣が自分の首手前で止まっている。

 切り落としにきたガルムの剣をヴィッケルが手前で止めていたのだ。

 血は出ていないのに血の気が引いた。


「な、な、ななな何だぁ!?」

「何の……つもりですかなガルム様!」


 ヴィッケルがガルムを押し返す。

 ガルムは一度距離をとった。


「すごい! 今のを防げるんだ。ミナトだったら防げたかな……」

「は!? 何だよあのバカ! 急に殺しにきたぞ!」

「シンノスケ様……剣をお抜き下され。彼が本当に2代目勇者様なのか怪しくなってきました。名をかたる偽物の可能性もございます」

「でもヴィッケルさん、彼の左目は……!」

「あれって勇者の証よね!?」

「何かの魔法でごまかしておるやもしれぬ。魔族ならやりかねん」


 ヴィッケルは現時点では慎之介よりも腕が立つ。

 一線を退いていたとはいえ、身体能力が劣っていても戦場での経験則は場数が違う。

 先読みで身体能力の差を埋めることができる。


「ゲイルとラナンは後方から支援を頼む! 攻撃魔法は一切不要じゃ!」

「り、了解!」

「分かったわ」

「やんのか? やる流れかコレ?」

「残念ながら……向こうがそのつもりですからな」


 ガルムは特に構えるわけでもなく自然体でフラフラと立っていた。

 ヴィッケルが噂で聞いたものだと、本物の2代目勇者は自分オリジナルの剣術を使うという。

 奴が偽物だと思ってはいても、その立ち振る舞いから予測出来ない攻撃を繰り出されそうで、迂闊に攻めることは出来なかった。


「あの一撃を防ぐ人がいるとは思わなかったな……。最初は処理する予定だったけど…………計画変更しようかな」

「何をぶつくさ言ってやがる! 来るならきやがれ!」

「そうだね! じゃあ邪魔が入らないうちに!」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ……はぁ……はぁ」


 死体が2つ転がっていた。

 2人とも魔術師。

 後方支援に回っていたゲイルとラナンは目を見開いたまま動かぬ木偶でくと化していた。


「まさか……ワシら4人を相手にしてこれほどまで一方的に……。もしや本物だと言うのか……?」

「異世界勇者はともかく、爺さんは剣技が極められてるね。その歳まで欠かさず訓練してたんだろーなぁ」

「なんなんだてめーはよぉ! なんで……! なんで……!」

「なんか言葉が単調であまり賢くなさそうだ。勇者と名乗るには少し格が落ちるんじゃないかな」


 如何なる攻撃を繰り出しても返される。

 60数年の厚みが彼には届かない。

 慎之介に至っては10回以上も剣を弾かれては拾いを繰り返され、そのたびに致命傷にはならない切り傷を付けられていた。

 2人の闘争心はすでに折れていた。


「くっそ……! 異世界に来て……ウハウハな人生を送るはずだったのに……こんな所で死ぬのかよう……!」

「慎之介様……」

「安心してよ。1つ条件を飲むのなら命は助けてあげるから」


 死の淵での蜘蛛の糸。

 これにすがらない者はいない。


「僕に忠誠を誓え。一言口にしろ。そうすれば助けてあげる」

「なんだそれは……。そんなの死んでるのと同じじゃないか!」

「何も本当にそう思えって言ってるわけじゃないよ。ただ『我が人権はガルムの元に帰属する』って言えばそれでいいから」


 いわゆる口約束だ。

 拘束力も何もない。


「本当にそれで殺さないでくれるのか?」


 情け無い発言だ。

 これが勇者になると言っていた者である。


「僕は約束は守るよ」

「分かった……」

「良いのですか! 何か裏があるやもしれませぬぞシンノスケ様!」

「ならお前がなんとかしてくれんのかよ!」

「そ、それは……」

「…………『我が人権はガルムに帰属する』これでいいのか?」

「うん、バッチリだ。そっちの爺さんはどうする?」

「………………」

「ヴィッケル!」

「…………『我が人権はガルムに帰属する』」

「バッチリだ。じゃあ僕はこれで帰るから。お仲間を2人殺しちゃってゴメンね? 運が悪かったと思ってよ」


 そうしてガルムは2人を残してその場から立ち去った。

 2人はただただ呆然とするしかなかった。

 楽観的な生活を送っていた日常から、地獄に叩き落とされたこの落差。


 だが恨み憎しみは不思議と湧いてこなかった。

 

 なぜ?


 不思議なことではない。

 2人は自身が契約の言葉を口にしたことにより、既にガルムの魔法にかかっていたことに気付いていない。

 放った本人しか気づかない、無詠唱で放たれた闇魔法に……。

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