第121話 寒月の刀鍛冶

 ユイ・グリーンは目をパチクリとさせた。目の前に広がるのは石畳の円筒の空間。

 

 半径二百メートルの円の中心には真っすぐな白い線が引かれている。


 十メートルの高さがある建物の屋根は、ガラスの三角錐で覆われていて、青空を覆い隠す白い雲から一筋の光が射していた。


「ここが道場? エフドラとは少し違うね」

 首を捻ったユイが、視線を右隣にいるヘルメス族の少年、アタル・ランツヘリガーに向ける。

「そうか? 村を出たことがないから、他の道場がどんなのか分からないんだが」

「そうなんだ。地元の道場は床が木目調だったよ。円形じゃなくて長方形で、天井までの高さは大体五メートルくらいだったかな? まあ、広さは同じくらいだけどね」

「そうかぁ。それにしても、遅いな。少し早く来すぎた……」


 周囲を見渡したアタルが呟いた後、彼の目の前で五つの影が横並びで浮かび上がる。


「約束の時間の五分前に到着とは、やる気があるようだな。アタル・ランツヘリガー」

 冷酷な赤い瞳をした桃髪の男性が顎を掴む。黒い鎧に身を包むヘルメス族の彼の左右には、背中にⅠとⅡと白い文字を刻んだ黒騎士たちが兜で顔を隠した状態で佇んでいる。


 一方で背中にⅠの文字を刻んだ黒騎士の隣に、見知った赤髪のヘルメス族少女を見つけたユイは、目を丸くした。


「あっ、ヘリスちゃんも参加するんだ!」

「まさか、ユイも来るとは思わなかったにょん」

 ヘリス・クレアが微笑んだ後で、アタルが右手を挙げながら、脇を黒騎士で固めたスシンフリの元へ歩みを進める。


「スシンフリさん。頼みがある。今日の模擬戦にユイを参加させてほしいんだ」

 そうして、アタルがスシンフリの前で頭を下げると、続けてユイもアタルの右隣に並んだ。

「急なお願いで申し訳ありません。お願いします」とユイも頭を下げると、スシンフリは首を縦に動かした。

「分かったが、どちらの国に入れる?」


「国って?」

 疑問に思ったユイが首を捻ると、右隣に立っていたアタルが首を縦に動かす。

「説明してなかったな。国っていうのは、チームみたいなものだ。これから闇の国と風の国に分かれて、三対三の勝ち抜け戦を行う。国の名前に深い意味はないから、気にするな」


「はいはーい。じゃあ、風の国に入れなよ。こっちはアタルと同じ闇の国でいいからさぁ」

 背中にⅡの文字を刻んだ黒騎士の隣から、白髪ショートボブのヘルメス族少女が右手を大きく上げて前へ出る。白いローブで身を包むその少女の身長は低く、胸も小さい。


「ユーノ。こういうことは本人に決めてもらうのが筋だと思うんだが……」

 アタルが苦笑いすると、ユーノと呼ばれた少女が茶色い瞳で獣人の少女を見上げた。

「別にいいじゃん。ヘリスの友達みたいだし、ダチがいる国の方が気楽じゃね?」

「いや、その理屈はおかしい。俺もユイとは仲がいいんだ。ブラドラだったユイと楽しく会話して、交流を深めてきた」

「ブラドラだったって?」

「ああ、ユイはEMETHシステムの被験者で、昨日までブラドラになってたんだ。それで今は一時的に元の姿に……」


 アタルの告白を聞き、ユーノの顔が青ざめる。


「やばっ、異能力者が敵になったら、絶対負けるじゃん」

「いいえ、この姿になったらその異能力は使えません」

 近くでやりとりを見ていたユイが補足すると、ユーノが頬を緩める。

「……なるほどね。その目はウソじゃなさそう」


 スシンフリはユーノの瞳から何かを感じ取り、強く首を縦に動かした。


「ユイ、申し訳ないが、私の国に入ってもらう」

「はい。分かりました。よろしくお願いします」とスシンフリに対してユイが頭を下げる。

 その直後、アタルはユーノの右隣に並び、スシンフリとヘリスがユイの両隣に飛んだ。


「それでは、審判は黒騎士二号に任せるとして、今から五分間、編成について話し合う」


「五分間かぁ」とユイが呟く間に、スシンフリが両手を叩き、話し合いが始まった。敵のチームに背中を向けたユイは、隣にいるスシンフリとヘリスと顔を合わせ、首を強く縦に動かす。


「お願いします。先鋒をやらせてください。ブラドラの姿になって剣が握られなくなったから、剣術が下手になっています。今の私は中堅を務めるほどの実力がありません。それに、試合が長引けば、ブラドラの姿に戻っちゃうかもしれないんです。そうなれば、不戦敗になってしまいます」


 自分の意見を口にしたユイに対して、スシンフリが頷く。


「分かった。先鋒はユイに任せよう。中堅はヘリス。大将はボクだ」

「初めて中堅を任せてもらえたにょん」とユイの右隣でヘリスが喜ぶ。


「はいはーい。そっちも編成決まったなら、早速始めちゃお!」

 道場でユーノが明るい声を響かせる。

「まだ一分くらいしか経過していないが、まあいいだろう」

 同意を示すスシンフリが、審判役の黒騎士に視線を向ける。


「それでは、ただいまより模擬戦を行います。ルールは三対三の勝ち抜け戦。戦闘中の有無を問わず、回復術式の使用は禁止です。一時間以内に決着が付かなかった場合は大将戦で勝敗を決します。両国、先鋒は道場の中心へ。そして、中堅と大将は壁に背中を預けて立ってください」


 指示に従い、ユイは道場の中心へ向かい一歩を踏み出した。

 中央の線をはさみ、アタルがユイの前に立つ。

 その間にスシンフリたちが壁に背中を預けると、審判役の騎士が右手の薬指を立て、空気を叩く。

 指先から無色透明な剣が召喚されると、審判の騎士はそれを掴み、道場の床に剣先を突き刺した。

 すると、無色の円が直径百五十メートルの大きさまで広がる。その現象を前にして、ユイは目をパチクリとさせる。


「何、これ?」

「ああ、説明してなかったな。ヘルメス族の剣士は、周囲に影響を及ぼす高位錬金術を用いた剣術をよく使うからな。見学者にも危害が及ばないように、ああやって結界を張るんだ。これで仲間のことを気にすることなく本気で戦える」

「そうなんだ」とユイが納得の表情を浮かべると、アタルが相手から目を離すことなく、深く息を吐き出す。

「おしゃべりはここまでだ。エルメラ守護団序列三十二位。寒月の刀鍛冶。アタル・ランツヘリガー」


 アタルが名乗りを挙げた後で、ユイは相手から目を離すことなく、礼をした。

「獣人騎士団。ユイ・グリーン」

 名乗りを挙げた獣人の騎士が、腰の鞘から細長い剣を抜く。その動きに合わせて、アタルが右手の薬指を立て、二回空気を叩いた。

「ユイ、先に言っておく。俺は鎧を着ない」

 

 その直後、彼の指先から透明な小槌が落ち、石畳の上に叩きつけられる。そうして横一列に浮かび上がった魔法陣の中心に、透明感のある剣と盾が召喚されると、アタルを右手に剣、左手で盾を手にした。


「ユイ、行くぞ」

 闘志を燃やすアタルが剣を一振りする。その瞬間、空気が冷やされ、ユイは思わず犬の尻尾を震わせた。


「少し寒い。でも……」

 口から白い息を吐き出す獣人の女騎士が、目の前にいる少年の胸を狙い、突きを入れる。

 だが、その動きを読んでいたアタルは、体を後方に飛ばした。それでもユイは食らいつき、細身の剣をアタルの右肩に向けて、振り下ろす。


 それよりも先に、アタルは体を半回転させ、透明な盾でユイの剣を受け止めた。

「はぁ」と息を吐き出す獣人の騎士の剣の周囲に浮かび上がった水滴が、刀身に吸い込まれていき、ユイは力強く剣を前後に振った。

 それでも盾は傷一つ付かない。そのうち、アタルは右手で握っていた剣を左右に振り、斬撃を飛ばした。


 間一髪で後方に体を飛ばし、間合いを取ったユイが「はぁ」と息を吐く。


「その盾、氷みたいなのに、すごく硬い。私の剣で叩き割れそうなのに……」

「悪いな。俺の盾は特注品だ。ミサイルを撃ち込んだとしても壊れない。因みに、この氷硝子の剣も同じ素材でできている」

「なるほど。そのすごく硬い盾で相手の攻撃を防いで、右手に持った片手剣で攻撃。それがアタルの戦い方なんだね。でも……はっ」

 間合いを取っていたはずのアタルの姿がユイの眼前に飛び込んできた。

 アタルはユイの右肩を狙い、片手剣を振り下ろす。

 それよりも先に、ユイは咄嗟に前へ駆けだしながら、真横に半円を描くように剣を動かし、鞘に剣を納める。

 その瞬間、勝敗が決まった。

 右の脇腹に衝撃を受けたアタルの体が崩れ落ち、抉り取られた白いローブの布切れが宙を舞い、石畳の上へ落ちていく。


「勝者、風の国、獣人騎士団、ユイ・グリーン」


 審判役の黒騎士が右手をユイに向けると、彼女はホッとした表情になる。


「はぁ。なんとか勝てたみたい」


 そんな彼女の近くで、アタルが立ち上がり、右手を差し出しながら、ユイの元へ歩み寄った。


「ユイ、ごめんな。さっきは急に瞬間移動で間合いを詰めて、斬りかかる卑怯なマネをした。でも、これはヘルメス族の剣士がよく使う戦い方なんだ」

 頭を下げたアタルの前で、ユイがクスっと笑う。

「ビックリしたけど、謝らなくて大丈夫だよ」

「そうか……」


 アタルの声を遮り、審判の騎士が咳払いする、

「そろそろ次の試合を始めようと思いますが……」

「悪いな。じゃあ、ユイ、最後にいいことを教えてやる」

「いいこと?」と首を傾げるユイの右隣に並んだアタルが彼女の耳元で囁く。


「俺は通り名持ち、いや、今回の模擬戦に参加している剣士の中で最弱だ」


 アタルが一瞬で結界の内側へ体を飛ばす。その間に、ユーノはアタルを破った獣人の女騎士の姿をジッと見つめ、頬を緩めた。


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