第67話 幻影の魔人

「助太刀。そこまでして、私が知っていることを聞き出したいんです?」

 塔の最上階で、アソッドの思いを聞いたステラは、彼女の冷たい視線を向けた。それに合わせて、アソッドは首を横に振る。

「違うって言ったらウソになるけど、私はあの人たちを助けたいんです。癒神の手ならきっと」

 そう言いながら、アソッドは胸に両手を置く。そんな彼女の顔から何かを感じ取ったステラが唸る。

「そこまで言うなら、条件を厳しくするだけです」



「その人形、キミと似てたんだよ。私が戦ってきた相手は、あの実験器具を狙う強欲な錬金術師たちや、錬金術の祖と呼ばれるヘルメス族の高位錬金術師に挑む戦闘狂が多いけど、これは珍しかった。今の医療技術では助けられない妹ちゃんのために、未知の物質を生成したかったんだって。そうして、生成された物質を使えば、妹ちゃんの命が助かると信じて、エルメラを守っていたメルに戦いを挑んできた。まっ、妹ちゃんが目の前で死ぬ幻を見せたら、秒殺だったけどね」


 人形を弄びながら、メルは視線をクルスに向けた。

「なんで、そんなことしたんですか? それくらいのことなら、エルメラを使ってその人の妹を助ければ、よかったんじゃないですか?」

 優しき錬金術師の追求を、メルは嘲笑う。


「一度きりで終わるわけないでしょう? 人間って強欲だから、一度使わせてもらったら味を占めて何回もエルメラを使うようになる。その子の命を助けたら、今度は未知の物質を生成して金儲けするに決まってる。だから、どんな理由でも使わせない」


「だからと言って、こんなことしていい理由にはなりません。みんなを元に戻してください!」


「くふふん。当然の報いだよ。哀れで強欲な錬金術師には罰を与えないとね。人形になった罪人を幻術でメルの姿にして、壊れるまで戦わせる。まっ、これみたいにすぐ壊れちゃう欠陥品もあるけど、代わりはいくらでもあるしね。もう、捨てちゃおっか♪」


「モノ扱いしないでください!」


 怒りで頭に血を昇らせたクルスは、メルに殴りかかろうとした。悪意に満ちた笑顔の少女は、手にしていた人形を天井に向けて放り投げる。その右手人差し指の前には、魔法陣が浮かんでいる。


 そこから、噴き出した炎は、宙を飛ぶ人形に向かって、伸びていく。咄嗟に炎と帯に手を伸ばし、燃焼を防いだあと、クルスは落ちていく人形を掴んだ。


「キミ、面白いね。そんな人形を助けるなんて。その優しさが、キミの弱点だよ」

 ニヤっと笑うメルは、瞳を閉じ、壁に触れた。檻が一瞬で壊れていき、壁に大きく刻まれた魔法陣が怪しく光る。


「幻影の魔人召喚」


 間もなくして、魔法陣の上に大きな門が開き、その怪物が姿を現した。四足歩行の赤い獣の体。その上に成人男性の上半身が乗っていて、顔や体の数百の瞳がギロリと動いた。羊のような耳を付けた魔人の隣で、メルは黒色のブレスレットを右手首に付ける。


「最初に説明すると、私の魔人は、今付けたブレスレットを破壊しない限り、なんどでも蘇るから。というわけで、遊んじゃおうかな?」


 次の瞬間、クルス・ホームの前に、メル・フィガーロが数十人現れた。その中に隠れた本物のメルは、怪しく笑う。


「はい。問題です。本物のメルはどこでしょうか? ただし、キミの前にいる多くのメルは、人形を媒介にした偽者。手あたり次第に触れて、ブレスレットを壊してもいいけど、そんなことしたら、人形、壊れちゃうよ。そうなったら、もう二度と彼らは元に戻れない。つまり、強欲な元人間を助けようとする優しいキミは、私に倒されるしかない」


 右腕の鋭い爪を光らせた魔人が挑戦者の目の前に浮かび上がる。切り裂くために振り上げられた腕の動きを視界に捉え、メルがいる方へ体を飛ばす。一番近くにいたメルの右手首にはめられたブレスレットに狙いを定め、拳を打ち込む。だが、それは異常に硬く、素手では壊せない。


「だから、言ったでしょう。このブレスレットを壊すには、異能力を使うしかないって。ハズレだったら、元人間は死んじゃう」


 攻撃を受け止めたメル・フィガーロがクルスの顔を見て、ニヤっと笑った。その背後には、鋭い爪の赤い魔人の影。


 ホンモノのメル・フィガーロを倒さなければならないが、どれがホンモノなのかわからない。

 絶対的能力を使えば、一発でブレスレットを壊すことができるが、もし間違ったら人形にされた人間が死んでしまう。それだけは避けたいとクルスは思った。そんな考えをまとめる間、幻魔人は炎を吐き出す。咄嗟に炎を消した直後、一人のメルが右掌に魔法陣を浮かべ、姿を現した。


「遅い」


 右手人差し指から発射された電流が飛んできたが、もはや避けることはできなかった。体に強烈な電流が走り、クルスは膝をつく。視界が歪み、体に力が入らなくなった。そのまま前に倒れそうになる挑戦者の頭を、魔人が鷲掴みにして、持ち上げた。


「感電死しないなんて、しぶといね。もしかして、無意識で電流を打ち消したのかな? まあ、どうでもいいや。それにしても、どうなるんだろう? 異能力者から人形なんて作ったことないから、すごく楽しみ。あの能力、メルも使えるようになるのかな? ああ、すごく楽し……」


 異変に気が付いたメルは言葉を飲み込み、視界の端で青白く光る魔法陣が刻み込まれているのに気が付いた。目の前にいる挑戦者は何もしていないはずだと考えていた少女は、魔法陣に浮かぶ仲間の姿を見て、頬を緩める。


「遠隔筆記術式で瞬間移動。ステラにしては珍しいね。こんなところに来るなんて……」


 メルが視線を向けた先には、青いメイド服を着た人間の少女がいた。ステラ・ミカエルは頭に手を置き、彼女の隣にいたショートボブの少女がメル・フィガーロの真横を通り過ぎていく。青く瞳を光らせた彼女が、魔人に掴まれている挑戦者の背中に触れた瞬間、メルが戦っていた少女の体は白い光に包まれていった。

 クルス・ホームの意識は戻り、疲労や傷も癒されていく。瞳に力が宿った彼女は、魔人の腹を両足で蹴り上げた。その瞬間、肉体を持たない魔人は霧のように消えてしまう。


「クルスさん。よかったです。助けにきました」

 聞き覚えのある声が聞こえ、背後を振り向いたクルスの前には、アソッド・パルキルスがいた。

「アソッドさん。なんでここに?」

「詳しい話は後です。状況は上の階で観てたので分かります。私の聖人の力を使ったら、解決です。安心してください」


「聖人って……」

 近くから思いがけない言葉を聞いたメルの思考回路が停止する。それを待っていたかのように、ステラは不敵な笑みを浮かべた。

「メル。動揺しないでください。私も一緒に戦います」

「ステラにしては珍しいね。誰かと一緒に戦うなんて。でも、メルはイヤかな? この程度の相手ならステラだけでも倒せるでしょう? だったら、メルは寝てもいいよね?」

「聖人相手は分が悪いってことです? だったら、いいこと教えてあげます」

「いいこと?」

 ステラが首を傾げたメルに耳打ちする。その話を聞いたメルの顔は次第に青ざめていった。

「そういうことなら、手始めに……」


 血の気が引いた顔のメル達が一斉に右手の人差し指を前に突き出す。その指先には魔法陣が刻まれていた。そこから火の玉が飛び出す。アソッド・パルキルスに向かって飛んでいくそれを、クルス・ホームは一つずつ掴み、消してみせた。その隣にいたアソッドは、ジッと前を向き、一歩を踏み出す。


「メルさん。人形を元の姿に戻してください」

 そう言いながら、右手を前に伸ばし、聖人疑惑の女は瞳を光らせる。

 だが、メル・フィガーロはそれを待っていたかのように、頬を緩めるだけだった。

 突然、アソッドの前で白い霧が漂い始め、爪を光らせる魔人の姿が浮かび上がる。


「くふふん。ステラの実験は成功したみたいね」

 そんなメルの呟きを聞いたアソッドが上を見上げると、醜い魔人が立ちふさがっていた。マズイと思ったクルスは、すぐに足を動かす。しかし、ステラ・ミカエルは瞬時にクルス・ホームの足を引っかけ、転びそうになったところに蹴りを入れる。

「話聞いていなかったですか? 相手はメルだけじゃないです」


 魔人は腕を振り下ろし、アソッド・パルキルスを切り刻もうとした。次の瞬間、聖人疑惑の少女は、身に着けていた槌を振るう。召喚された短銃の銃口を魔人に向け、撃ち放つ。電流を纏う黒き球は、魔人の体をすり抜け、壁に激突した。

 直後、メルの姿をアソッドは見た。魔人の後ろにメルがいる。聖人の体は傷つかない。アルケミナの言葉を信じ、前方に向かい走る。それを拒む魔人の爪が迫るが、その脅威はアソッドの体に触れた瞬間、弾かれてしまう。


 あと一歩でメルに届く。その距離で右腕を伸ばし、瞳を青く光らせる。しかし、標的は一瞬で白き靄となり、触れることすらできない。


「くふふん。癒神の手しか使えない劣化聖人に倒されるほど、メルは弱くないよ」


 どこかからメルの声が響き、アソッドの真下の床に大きな魔法陣が刻み込まれる。瞬く間に床は大きな黒い円となり、そこから黒い鎖がいくつも飛び出した。それは、一瞬でアソッド・パルキルスの体に巻き付く。

「ゆっくりお休み」

 身をよじる少女の前に現れたメルが告げた。冷たい目をしたメル・フィガーロは手にしていた木の杖をアソッドの額に触れさせる。その瞬間、アソッド・パルキルスの額に魔法陣が浮かび上がった。


「アソッドさん!」

 ステラの猛攻を一生懸命避けながら、アソッドの方を見ていたクルスが叫ぶ。その隙を狙いステラの半円を描くような蹴りがクルスの腹に食い込んだ。

「戦闘中に余所見とか、格闘を舐めてるとしか思えないです」

 腹部を押さえ、なんとか一撃を耐えたクルス・ホームが歯を食いしばる。その間に囚われた少女の瞳から光が消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る