第52話 絶対領域
「私を始末すると言いながら、殺すつもりはないらしいですね。さっさと殺せよ。メランコリア!」
ボロボロになった衣服を纏うラプラスが目の前にいる獣人の女を睨みつける。
痛みつけられた体には、複数の打撲痕が刻まれ、痛みは全身を駆け抜けていく。
一方で標的に挑発されたメランコリアはイラっとした表情を突然変異の権威に見せた。
「あっちの激闘が終わるまでの暇つぶしだよ。そんなに死にたいんなら、殺してもいいんだけど、そうなったら、暇になっちゃうからさ。最期はあたしの遊びで少しずつ殺してあげる♪」
楽しそうに笑うメランコリアが、一歩も動けないラプラスの腹に拳を食い込ませた。
彼女はそのまま、周囲に散らばる大量の槌に視線を向ける。そのあとで、轟音が鳴り響く奥地へと視線を向け、笑みを浮かべた。
「ルスの予言通りだと、あと五分くらいで終わるんだったっけ? ということで、ラプラスさん、最期の五分間を楽しんで……」
言いかけたメランコリアは拳を握ったまま、動きを止めた。
感じ取ったのは、複数の気配。
まさかとメランコリアは思い、気配がした背後へ顔を向ける。
「先生。ニュース通りです。巨乳の女でウサギの獣人。アイツが強盗犯ですよ!」
そこにいたのは、黒い長髪の巨乳の少女と銀髪の幼女。二人の近くにはショートボブヘアの少女もいる。
予想外な三人の新手に、メランコリアは驚愕の表情を露わにする。
「えっ、ウソ。あのサメを突破したっていうの? ラプラスには安全な道を教えたっていうのに……」
「ということは、あの頭にフラスコを乗せたサメを森の中に放ったのは、あなたっていうことですね?」
黒髪ロングの巨乳女に尋ねられ、メランコリアは思わず苦笑いする。
「そうよ。放出したのはあたしの仲間だけどね」
どうしたものかとメランコリアは腕を組んだ。相手はルスが開発したサメを破った強者。勝ち筋は絶対的能力で動きを封じるしかない。
果たしてそんなにうまくいくのか?
不安を抱えながらも、メランコリアは拳を握り、巨乳の少女の元へと間合いを詰める。
その動きを瞳に捉えたクルスは同じように右の拳を握ろうとした。
だが、その体は動くことがない。
急に体が重たくなり、やがてチカラも抜けていく。ニュースでやっていた金縛り状態に襲われたクルスは目を見開いた。
「挑発されてないはずなのになんで……」
疑問に思いながら、全身に力を込め、白い歯を食いしばる。
不思議な感覚に襲われた新手の女を前にして、メランコリアは腹を抱えて笑った。
「誰かが言ってた。正義感は人をも殺すって。多分、あたしがこの森に居座る極悪人だって思ったから、こんなことになったんでしょうよ。正義の味方は悪人に敵意を向けるからね。あたしの絶対的能力にとって正義の味方は好都合な相手ってわけ」
「自分に敵意を向けた相手の動きを封じる絶対的能力」
クルスの右隣にいた銀髪幼女は、推測をしながら、前に出た。
それを見て、メランコリアは目を丸くする。
「そっちの女の子の洞察力、スゴイわ。まだ動けるってことは、あたしの極悪度が分かってないみたいね。ということで、あたしのことを教えてあげる。そっちの保護者さんの子供なら、似たような正義感を持っているはずでしょう。この話を聞いたら、子供でもあたしのことを恨むでしょうよ」
無風状態の森の中、メランコリアはペラペラと悪行を話し始めた。
「あたしは聖なる三角錐っていう、悪い錬金術研究機関の研究員。この能力だって、アイザック探検団のメンバーを殺害して手に入れたものだし、今後は邪魔な五大錬金術師を暗殺していくつもり。そして、これからあたしは、あなたたちとそこにいるラプラスを始末するの! とっても分かりやすい悪者でしょ?」
豪快に笑い始め、腰に両手を当てたメランコリアの話を聞いても、アルケミナは一歩ずつ敵との距離を詰める。
「まだ敵意は向けてないってこと? だったら、何もできない保護者さんが傷つけられている様子でも見てなさい! これであたしの無双が始まるってわけ」
「……弱い」
敵の話を聞いてもなお、アルケミナは動きを止めず、相対する盗賊の姿を瞳に捉えた。その目と目があった瞬間、メランコリアの体に寒気が走った。
一瞬怯んだ盗賊は、目の前に立つ銀髪の幼女の真横を通り過ぎ、その先にいた行動不能な巨乳の少女に狙いを定める。そうして、彼女は、動けない女の腹に向け、右足を蹴り上げた。
その時、メランコリアの瞳に茶色い煉瓦模様の槌が映り込む。どこかから放り投げられたそれは半円を描くように落ちていく。それを見たメランコリアはハッとして、地面に落ちようとする槌に拳を叩き込もうとした。
だが、それよりも先に槌は地面に落ち、一瞬にして煉瓦の厚い壁が生成されてしまう。
標的の間に文字通り立ち塞がる壁に激突したメランコリアは、反動で後方に体を飛ばされた。
空中で体を一回転させ、草が生い茂る地面の上に着地したメランコリアは驚愕の表情を露わにする。
「何、これ? ウソ。あの一瞬で槌を女のところまで投げて、あたしの攻撃を防ぐなんて……こんなの餓鬼ができる芸当じゃない!」
「ただの餓鬼じゃなかったとしたら?」
無表情で首を傾げる銀髪幼女。その姿にメランコリア・ラビは恐怖する。
「動かない助手を狙って槌を投げるのは、簡単なこと。着地点まで計算できれば、確実に攻撃を防ぐことができる。ラプラスみたいに痛みつけられる助手の姿は見たくない」
そう言いながら、アルケミナはチラリと前方に見えたボロボロの博士を見つめた。
「クソッ。あたしがこんな餓鬼に負けるわけない!」
叫びながら、女盗賊が右拳を握り、目の前に見えた幼女の頭を狙い、振り下ろす。
だが、それよりも先に、メランコリアの右腕に電流が駆け抜けた。
彼女の視界の端に見えたのは、少し離れた位置で短銃の銃口を自分に向けたショートボブヘアの少女。
迂闊だったとメランコリアは思った。新手は三人いたはずなのに、三人目の少女の動きに注目していなかった。
そのことに後悔した聖なる三角錐のメンバーは狂乱し、両手で頭を抱えた。
「なんでよ! なんで、あたしの能力が効かないの?」
「……弱い」
一言呟く銀髪の幼女は、右手の薬指を立て、緋色の槌を召喚した。一瞬で槌を叩き、燃えるような色彩の太刀を召喚し、両手でそれを持ち上げる。
そうして、半円を描くように振り回し、一撃を女盗賊の腹に叩き込んだ。
身構える間もなく、女の体はクルスの目の前に召喚された巨大な煉瓦の壁に激突してしまう。
「ぐわっ」と背中に衝撃を受けたメランコリアは、その場に倒れ込んだ。
こんな子供相手でも歯が立たない。お膳立てして場を整えても無意味。歪む視界
に見えた銀髪の幼女とルス・グースの姿が重なってみえる。
「これまで奪ってきた槌を返してもらう」
アルケミナが敵に詰め寄ろうとした時、突如として、獣人の女の体がのように浮かび上がった。それと同時に自身の弱さを認識した体は緑色の光に包まれて、消えていく。
「はっ」
その一瞬、現象を目の当たりにしたアソッドの視界の端に白い影が映り込む。
小さな白い影と目が遭った瞬間、彼女の心臓はドクンと震えた。
さらに、胸も苦しくなり、アソッド・パルキルスは思わず眉を潜める。
突然の発作に胸を押さえる彼女の前で、辺りに散らばっていた槌も一瞬の内に消えていく。
「アソッド……」
すぐに彼女の元へ駆け寄った銀髪の幼女がアソッドの顔を心配そうに見上げる。その直後、謎の発作はすぐに治まり、記憶喪失少女は「ふぅ」と息を吐き出した。
「なんだったんだろう?」と呟くアソッド・パルキルスの瞳は一瞬青く光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます