8:05

 生産企画課では、毎日、朝礼がある。

 体操、輪番の一分間スピーチ、事務連絡という流れである。

 朝礼がおわり、メールのチェックをしていると、そうちょうが出社して来て、課員に緊張が走った。

 まだ三十にもなっていない女性なのに、身にまとっているオーラというか圧がすごい。

 彼女が部屋に入ると、部屋の温度が二、三度ぐらい下る気がする。

 席についた課長が呼ぶので、僕は席を離れ、彼女の机の前に立った。

 雨相課長は眼鏡がよく似合う女性であり、きわめて聡明で合理性を尊ぶ人であった。

 ムダごと・飾りごとが大嫌いで、化粧も最小限ですませており、髪型もショートカットであった。

 そのためか、胸もまったくない。

 ストンとしている。

「なに、じろじろ見ているの」

 課長が刺すような視線を送ってくる。

 反論は凶、沈黙は金なり。

 僕は黙って頭を下げた。

「任せているプロジェクトの件だけど、研究・調査を進めるだけではなく、全体の納期も考えて、他部署との調整も先取りして、同時に進めるように」

 ひとりで進められる研究や調査は楽しいのだが、どうも、利害の異なる他部署との調整は苦手である。

「君のコミュニケーション能力に問題があるのはよく知っているけど、任せられた仕事なんだから、何とかしなさい。とにかく、君を主任にした私の顔だけは潰さないように」

 だれも主任に上げてくれなんてお願いしてないのに、と叫ぶかわりに、僕はわざとらしく腕時計を見た。

「わかりました。ちょっと現場に行ってきますので、そのあと、計画のほうを修正しておきます」

 雨相課長はさげすむような目で僕を一瞥いちべつしたあと、電話の受話器を手にした。

「現場もいいけど、頼むわよ。あと、今日の打ち合わせに遅れないように」

 僕は黙って頭を下げた。

 そして、部屋の入り口に行き、ホワイトボードの行動予定表に『現場 17:00』と書き込んだ。


 ちなみに、雨相課長と僕は同期である。

 ずいぶんと出世に差がついてしまったが、それは彼女の能力もさることながら、彼女がきり眷属けんぞくであることが大きい。

 彼女の父親は、切尾商会の主要子会社である、切尾開発の社長であった。

 亡くなった祖父も社長であり、彼女が後を継ぐのだろう。

 入社当時、切尾開発の重役が彼女に「お嬢様」と声をかけてきたので思わず笑ったところ、人前で殴られたのはなつかしい思い出である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る