3-章終わり-
その剣が放たれようとしていた同じ時。エクセルはついに出会うことができた。色とりどりの花を咲かす、見事で広い花畑。おそらくこの村の収入源になっているもの。
その花畑の中心に、彼女は立っていた。そこは小さな円の休憩所になっていて、エクセルが来た反対側に道がある。
男装し、サーベルを腰に下げる彼女は、緩やかに吹いた風で星を流す髪を揺らせていた。鏡のような瞳は悲しみを帯びて花々の向こうにいるエクセルを見続けている。小さな唇が何度か動こうとしていたが、その奥から声はやってこなかった。
彼女は封印されるべきサーベル、オルコを抜いた。
エクセルも剣を抜き、膝丈くらいで咲き乱れる花々の中に足を踏み入れる。
徐々に加速し、ばらばらに花弁を舞い散らせ、エクセルの剣はついに彼女、クーエに届く範囲となった。
刃と刃がぶつかる。全体重も込めて振り下ろしたエクセルの剣は、彼女の細い刀身のサーベルに完全に受け止められてしまった。体格は圧倒的にエクセルの方が上だ。しかしこの華奢な細腕に負けてしまっている。
なくした左腕で力の込め方も崩れているが、何より選ばれし者としての力がほんのわずかしかないのだ。こうもなろう。可憐な見た目でも、この世界で最高クラスの戦力を相手にしているのだ。
ショックなどは受けない。当たり前だ。エクセルはこんなことで動揺したりはしない。このまま次の攻撃へと移っていく。が、どれも流されることもなく受け止められてしまう。
その度にクーエの瞳の悲しみは強くなっていく。
「エクセル……」
何回目かのぶつかりで、彼女がか細く漏らした。その言葉と、瞳を濡らし始めたものをエクセルは見、残り少なくなっている力をより加えて剣を振るった。
ようやく彼女は受け止めず、受け流す防御を取った。まともでは受け止めきれないと判断したのだ。
エクセルがそうしたのは現状を突破するためでもあるが、それよりも怒りだった。彼女の様子を見てどうにも我慢できなかったのだ。
「何を見てるんだ? クーエ」
「エクセル……」
「何を見てるのかきいてるんだ」
質問に戸惑いを隠さず、彼女は言う。
「エクセルだよ……」
「どうかな」
片腕をなくしたことは大きい。この短い間でこの状態での体の使い方を必死に叩き込もうとしたが、やはりまだまだ足りない。剣を振るう動きに無駄が多い。本人が良くわかる。しかしだからといって諦めることはない。
足を払う。いまいち集中しないクーエはそれを受け、体勢を崩してしまう。
逃しはしない。今ならば間違いなくこの細い体を貫ける。エクセルは彼女であったとしてもやらねばならないのなら、やるしかないのだと覚悟を決めて。
そうはならなかった。できなかったのだ。彼女に防がれたからではない。エクセルが外してしまっていたのだ。剣の切っ先は地面に倒れたクーエの横に刺さり、そのままの状態でエクセルは力強く声を出した。
「クーエの計画を壊しに来た男なんだ俺は!」
突き刺したままで柄から手を離し、柄頭を一発殴った。
「こうなるってわかってただろ! 俺はまた来るって!」
もう一発殴る。
「俺は!」
ぐっと柄を、血管が浮き出るくらいに握ったエクセルは再び剣をクーエへと。手ごたえはなかった。彼女は倒れている状態から軽く避け、あっという間にエクセルから距離を取って立ち上がっていた。
「エクセルも何を見てるの?」
サーベルを向け、彼女は質問返しをしていた。先ほどの雰囲気はどこにもなかった。襲い掛かってきたエクセルの剣に、受けて立つことを選んでいた。封印されているべきサーベルは目の前の、仲間の、相手の命を奪うことにためらいを失いつつある。
「オルコにはみんなの怒りが込められている。エクセルだからって……」
花々を揺らしたかと思えばすでにクーエの姿は消えていた。右腕がしびれる。彼女の剣をすんでのところで受け止めていた。見えてはいなかった。彼女は右腕を狙っていた。このサーリアスを模した剣から伝わる。はっきりとわかる。
「そうだ。俺だって」
残り少ないからといって出し惜しみをしている場合ではない。エクセルはすべてを彼女へとぶつけていく。二人の剣戟が一面の花畑をつぶしていった。男であるとか女であるとか仲間であるとかそうでないとかそんなつまらないことがこの戦いにはない。
やはり互角であるとはいかない。クーエのサーベル裁きに翻弄され防戦一方となり、みっともなく避けることも気にしている場合ではなくなっていった。息が切れ始め、汗も粒として落ちてきた。
「こんな程度?」
サーベルをぎりぎりでかわしても、打撃が飛んでくる。エクセルは彼女の拳や蹴りを浴び、激しい痛みで動きは悪くなる。口も鼻も血に溢れている感覚で気持ちが悪い。息も大分できなくなり、視界がかすみはじめる。
「ああ」
「どうにかできるって?」
「戦えるなら戦い続けるまでだ」
「なら終わらせてあげる」
剣にひびが入った。クーエの一振りがそうさせた。ベルナを手本に受け流す剣を鍛えてきたが、やはりそれはできない。やがて剣が耐えきれなくなった。
見えない剣を経験から来る勘と、運と、残りの力をすべて使って受け止めてはみたが刀身のひびはどうにもならない。あっけなく折れ、柄からほんの少しの所で刃がなくなってしまった。
ライドが贈ってくれたマーリアの素晴らしい剣ですら、彼女の前ではこのようになってしまう。
「諦めて」
折れた剣を握りながら慌てて距離を取ろうとするが、クーエにあっさりと間合いを詰められる。足はもう思うように動かず、元々あった力の差がさらに開いてしまっている。力はほぼなくなりかけていた。
エクセルはもう、本当に選ばれし者ではなくなった。
左腕を隠していたマントが切り裂かれる。クーエが狙いを外したのか、それともわざとなのか、エクセルがとっさに体を動かしたからなのかはわからない。義手のつけられた左腕があらわになる。
「俺は!」
「またね、エクセル」
「俺はっ!」
オルコはまっすぐにエクセルの右腕を狙い、振り下ろされた。
花が赤黒く染まった。花の香りよりも強いにおいが二人の周りで広がった。先によろめいたのはクーエだった。彼女はオルコを握ったままに、胸を押さえていた。そこから血が滲み、コートと彼女の手を汚していく。
「ごほっ」
せきとともに口からも。やがて彼女は片膝をつく。呼吸の音が細くなり、きゅうきゅうとした異音をも起こさせる。
立ち続けているのはエクセル。傷ついた彼女を見、歯を食いしばる。義手の手の部分は吹き飛び跡形もなくなり、硝煙がのぼっていた。
何も言えないまま、ただ弱っていく彼女の姿を、目をそらさずにそのまま。
「そっか……」
何度かオルコを支えにして立ち上がろうとするが、それはうまくいかずに汗と血をぼたぼたと落としていく。ようやく膝を地面から離し続けることができるようになるが、全身ががたがたと震えている。瞳はまだ力を失っていなかった。
「でもまだだよ……こんなくらいで、私が倒れちゃ、みんなに、笑われるから……
色とりどりの花々を彼女の色が染めていく。エクセルは折れた剣を捨てる。
「エクセルにもね……」
にこりと微笑む。彼女が見ているのはやはり昔のエクセルなのかもしれない。彼女が知っている、三年前の勇者エクセル。目の前の三年経ったエクセルのことを彼女は知らない。どのように過ごしてきたのかを彼から聞くことはなかった。
「いいや」
剣を捨てていた手をクーエへと伸ばし、オルコを杖代わりにしている手に重ねた。そして少ししゃがみ、目線を彼女と首を動かさずに合わせられる位置にした。
「ライドとベルナにも怒られた。そしてセブリもクーエも怒ってるんだ。俺がこうやって手を伸ばさなかったこと、自分の手を引っ込めたままが一番いいって思ったことを」
微笑みが崩れそうになっている。それは感情なのかただ体の限界に近付いているからなのか。けれど目線だけはしっかりとエクセルと合わせ続けようとしている。
「みんな、どこまでも一緒に戦ってくれる覚悟があったんだ。俺だけがそれがなかった、俺だけが逃げ続けた、サーリアスは俺自身が捨てたんだ」
そのときふらついてクーエが倒れそうになった。エクセルは抱きとめ、そのまま二人して地面にゆっくりと座り込んだ。お互いの胸が当たり、服越しでも彼女の鼓動が速く、しかし弱弱しくなっていることがわかる。息もうまくできていない。みずみずしかった唇は青くなって閉じていられなくなっている。色を失くしていっている。
「なあ、クーエ。俺背が伸びたんだ。前にみたいにいっぱい食べられなくなったけど伸びたんだ。ずっとフードで顔隠して、名前も変えて、色んな仕事したり恵んでもらったり、あちこちのスープキッチンにも並んだな。すごくおいしいんだ、あそこの料理って。酒はいつ飲んでもまずいけど。
でも見つかったら石とかすごい投げられたりもしたし、殺そうとしてくることだってあった。正直に言うとすごい腹が立ったよ、殺してやりたいっていつも思った。俺はレメリスを救った、称賛されて尊敬されるべきなのに……でもそんな風に思える自分もひどく嫌だった。だからもう自分のことを剣だって思わなきゃ、自分を殺さなきゃ生き続けられなかった」
背中にぽん、ぽんと感触があった。それはクーエの手。彼女は優しく落ち着かせるようにそうしていた。
「……ここから、いなくなりたいって、思わなかった?」
「思った。でもその度にレメリスと人々とみんなことが浮かんだ。ここで死んだら、もう何も見えなくなるし、見届けられなくなるって。このまた動き始めた世界を」
「ふふ、エクセルって、本当に……勇者だよ……えらいね……」
「ああ、褒め続けてもらえるよう生きるよ。クーエ、ごめん」
「いいよ……許してあげる。せっかく悪いやつらとか、そこに考えもせずついていっている人たちの目を覚まさせようって思ったのに……やってくれたね……」
次は反対にエクセルがクーエの背中をぽんぽんと叩いた。
「ああ、みんなとやる。俺は俺に戻るよ、どうなったとしても」
「ありがとう、それならもう休めるね……」
「まだ先だけど、向こうに行ったらもっとしゃべろう」
「うん、楽しみ……してる、ね……、みんなに、よろしく……あ、と」
声がひどく小さくなっていった。とうとうその時が来たのだ。気を強く持ち、エクセルはただ彼女をこのまま抱きとめる。視界を滲ませることも許さない。
「ベルナ、幸せ……ね……」
彼女はついに力を失くした。体重のすべてをエクセルに預けるようになり、がたがたとした震えも止まった。鼓動も消え、ついに選ばれし者は去った。地面に刺さり続けているオルコは、主人の最期を見届けるよう煌めいていた。
そのままエクセルはその場で彼女とい続ける。するとやがてみんなが集まってきたのだった。
それでもずっとエクセルは彼女と花畑から出ようとしなかった。ずっと、彼女の冷たくなっていく体を感じながら、遠くを見つめ続ける。ずっと、ずっと。
花が舞う。
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