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コランの質問にその場にいる全員が思ったであろう。その三つ編みを切り落とすことがそれほどまで力を持つものなのだろうかと。
ただ一人、エクセルはぴくりと指先を反応させた。
「俺の一生に大きく関わることだ。詳しくは言えないが、人生を賭けているということは理解してくれ」
そのような説明で納得は難しい。コランはもうそれ以上言わなかったが、表情が隠しきれていない。当然フェケルも気づいているが彼も同じく何も言わなかった。
「さて、そういうわけだ。俺たちはあいつらを止める。エクセル、何か知っていることを話してくれ」
そろそろ終わる煙草をくわえたまま、ライドは少し表情を険しくした。
「いや、話せ。すでにそういうときじゃない」
言葉をかけられ数秒。ようやくエクセルは頬杖をやめ、ゆっくりと首を動かし彼の、みんなの方向へと視線をやった。瞳は鈍く、見た者の気分を落ち込ませる。
ようやく動きはしたものの、沈黙が続く。瞳を動かさずに、誰を見るでもないようなものが続く。
我慢できなくなったライドがさらに突こうとした瞬間だった、彼が口を開いたのは。
「どう止める?」
質問の答えではなかった。これまでの流れをすべて無視したことにライドは苛立っただろうが、彼はそこをこらえたようだ。
「大きな争いにするわけにはいかん。少人数で入り込むしかない。どこに入り込むかはこれからになるが……なんとか大きく動き始める前には見つけないと。信頼できる人にはもう動いてもらっている」
まだまだ計画と言うには厳しいところがある。それは本人もわかっているだろうし、ベルナも同じだった。二人がどこにいるか現状わからなければ本当に前へと進めない。
エクセルは体の首だけでなく体の向きも二人の方へと動かした。その途中でひらひらとシャツの左袖が動き、とても痛々しく映る。
彼も当然二人が感じていることを言うのだろうと思っていたが。
「話し合うのか? 捕まえるのか?」
本当に一瞬の間を作り、
「討つのか?」
それは命を奪う選択肢。そしてすでに彼の望む答えは決まっていた。
「一緒に戦った仲間だ。話し合えばわかってくれるはずだ」
「クーエだぞ? それにセブリもだ」
それだけでどういうことかわかる。鈍い瞳の中に宿るもの。彼がじいっと一点を見つめ続けていたのは、現状に絶望し諦めたわけではなく。
「いつから?」
たまらずベルナが二人の話の間に入り、少年を問いただす。
「いつから、決めてたの?」
ぎょろりと瞳だけをベルナへと向け、無表情に淡々と彼は答える。
「腕をなくしたとき、俺は何も考えずにクーエに殴りかかった」
「殴りかかったって、何言ってんの」
「それ以上あるのか。俺は二人を敵だと思ったということだ」
話が通じない。彼はすでに決心を固めている。こうなってしまえばもうどうにも動かないことをベルナだけではなく、ライドも、そしてフェケルもコランもすでにわかってしまっているようだった。
「本当にそれでいいの? 相手はセブリと……クーエなんだよ?」
「剣が相手を選ぶか?」
やはり憎んでしまっているのだろうか。大切にしていた左腕を切り落としたことを。自分がレメリスの剣(サーリアス)であるために必要であったものを、二人は切り落としたのだから。
ベルナは首を振った。そんなはずがないと。彼の冷たい表情に宿るのは個人的な感情ではなく、おそらく言葉通り。「剣が相手を選ぶか?」という言葉は本当にそのままの意味。振るわれるものに意思はいらないということ。
もしかすると。ある考えが浮かんで彼女は口を押さえる。
左腕とともに心を失い、剣としてついに完成してしまった。
その可能性を。
「……場所、知ってるんだ」
ぴくりと彼が眉を動かす。適当だったが、この反応は当たっているのだと教えてくれていた。まだだ。彼はまだ剣として完成しているわけではない。この反応こそがその証拠。
まだ彼はエクセル・ロンロ。彼の言うレメリスの剣(サーリアス)などではない。少し頑固で抜けたところのある、負けず嫌いで正義感のある勇者であるはず。
「教えて」
黙りこくるエクセルに対し、彼女は緩めない。
「どこなの?」
優しくすれば良いというわけではない。
「戦いを広げるのがあんたの言う剣なの?」
ようやくわかりやすく彼の眉間にしわが寄った。己の感情を発露した。正直なところ気圧されてしまうくらいの迫力ある鋭さに冷や汗を感じるが、ここで負けるわけにはいかなかった。
ライドは二人の動きを静観し続けているが、フェケルとコランははらはらし始めていた。
「左腕だ。離れているが、しるしの左腕が居場所を示してくれている」
「なるほど。それでわかるわけだ」
「おそらく二人もそばにいる。遠くへやるようには思えない。むしろ俺は思う、『俺に来て欲しい』のだと。俺を待っている、すぐ行かないといけない」
冗談を言っているわけではない。彼は本当にそう感じ、思っている。
「それでそこに行って、二人と戦う? 一人で?」
「……それ以外ない」
ひらひらと動く左袖を彼がわかっていないはずはない。この状態で向かったところでそれは、彼は本当に勝つつもりでいるのだろうか。ただもう絶望し、ならば最後は思い人によって刺されることを願っているのではないだろうか。
ベルナは確かめねばならなかった。
「そんな体でやれるの?」
「やれる」
思案するような間もなく発せられた返答に全員が眉をひそめた。顎に手を当ててフェケルが言う。
「おいおい、勇者さんよ。あんたがとんでもなく強いのはわかるがよ、北の剣さんと東の剣さんの思ってる通りだと思うぜ。俺もだ。弾食らってあちこち刺されて腕も一本持っていかれてるんだぜ? ケガの治りが早かろうと、前より力は落ちてるだろそれは」
彼の言葉にエクセルがライドとベルナを睨みつける。それもなかなかに鋭いまなざしで。どうしてそういうことになったのかフェケルはわからず、困惑を隠さなかった。自分がまずいことでも言ったのだろうかと、苦い表情も混ざる。
「『まだ力ならある。残り香が』」
エクセルに厳しい目を向けられ続けているが、ベルナ、そしてライドもフェケルに『しるしの左腕』のことは言っていなかった。だからこそ彼はエクセルの言葉の意味がまったくわからずに、意味不明な強がりにしか聞こえていないようだった。
しかしそれよりも。彼の言葉は本当のことなのだろうか。
『力の残り香』
そんなものが今の彼に残っているのだろうか。本当だとすれば幸運、奇跡、そのようなものなのだろうか。レメリスの剣であろうとした彼に舞い降りた。
それともそもそもしるしの左腕だけに宿るものではなかったのだろうか。
ひどく気にはなるが本筋に関係するところではない。どちらにせよベルナの気持ちは変わらなかった。
「じゃあ試そうよ。ねえ、ライド」
その提案にシャツのボタンを上から三つほど外し、ぐっと腕を組む。
「おうよ。今がわからないやつはおっかねえからな」
マーリアの筋肉教官はきっと同じことをいつも教え子たちに言っているのだろう。筋肉で固められた大男だが、彼は逃げることをいとわない。それよりも無理な攻撃などで力が削がれることをとても嫌がる。
「試すというのは、剣を抜くということなのですか?」
一人と二人の間に流れる空気。その流れにコランがいつもとは違った声を出す。
「それ以外にあると思います?」
「相手はケガ人です」
「今はこんな感じですけど、やっぱり戦ってきたんですよあたしたちって」
ライドも続く。
「そういうことだな。ふりはできるが、忘れることはできない」
そのやりとりを聞いて、フェケルが肩を揺らす。
「むちゃくちゃだろ? 勇者もだったが、この二人も同じだったわけだ。異人の掟もそうだが、選ばれし者にとってこれが一番わかりやすくていいんだろうな。まったく、野蛮だが嫌いにはなれねえ」
「私にはわかりません。そう思うあなたのことも含めて。しかし」
「ん?」
お互いにしっかりと話をしたことがないであろう二人。だから後ろに何があるなど、そんなことを明かしてはいない。やせ細った女と、得体の知れない異人の男。それぞれ相手に思うことはあるだろうが、ただ同じところで過ごしているというだけで干渉はしない。それでも。
「わからないことがあっても、それは良いのだと思います」
「へえ、なかなか器じゃねえかあんたさん」
「私はコランです。フェケルさん」
「おっ、そうだなコランさんや。ま、どうなるか流れを見ようじゃねえか」
「あなたといい、まったくはらはらします」
そこからは早かった。それぞれ慣れた手つきで準備を整えていく。
ライドは背広を脱がず、そのままに着けてきていた簡易な籠手とすね当てを装備する。腰の部分に剣の鞘を固定するベルトを着け、それを利用して剣を腰に下げた。
ベルナは今着ているものとは別の、より動きやすく工夫された地味な色の乗馬用の服に着替え、それに防具などはまったく着けなかった。己の売りである速さを出すため、その部分ですら削っている。そもそも対異人では重厚な鎧であろうとも大きな意味はなかった。
エクセルはこれまでのぼろぼろの服装から、新たに用意されたものを着ていた。体のラインがある程度出るようなシルエットの、異人の術を掛けられ丈夫になった革素材のもの。上下分かれていて、上は綿のシャツからジャケットとして羽織り、下はすらりとしたズボンになっている。靴もエクセルの動きに耐えられるよう同じ素材の膝近くまで丈のあるブーツ。
「最近のはぐんと性能が良くなって、ちょっとした鎧より強くなってるから」
「さすがプロテレイだな。ここまでのものはまだマーリアにはない」
革ならば何でもこのような術を掛けられるわけではなく、レメリスでも選ばれた品種でしか効果を発揮しない。そしてその革は希少で、つまり高級品だ。前の服装で良いと言ったエクセルに、今まさにやや強引にベルナが贈ったのだ。
腰に着けている剣を下げるためのベルトには、肩から斜めに掛けられたストラップが付いている。これで腰のベルトを固定し、片手でも抜剣しやすいようになっていた。ライドが山で別れたあとに手に入れたもので、これもまたベルナと同じようにやや強引に贈ったものだ。剣も当然彼が贈ったサーリアスを模したもののまま。あの場からしっかりと回収していた。
特に左腕を隠すようにされた長いマントに、顔を深く覆うためのフード。
これらが今、エクセル最高の装備品。
本当はエクセルが異人の王を倒したあとに授けられた紋章をどこかに入れたかったベルナだったが、身元がわかるようなことはできない。それに当時はすごく気に入って喜んでいた彼だったが、きっと今はひどく嫌な気持ちになるだろう。
差し込む光を模した印。勇者の印。現状の始まりとなった印。
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