12話 風王の剣

 ルフィーの告げた言葉は、精霊を倒すことではなく、邪気を祓うことだった。

 友はしばらく黙った後、頷いた。


「じゃあ、『剣』を渡すわ。取りなさい」


 ルフィーは親指を立てて自分の胸を指差した。

 先ほどのシャツとジーンズ姿でも激しい主張をしていた胸だ。


 精霊の力を解放した今、ルフィーの衣服は変わった。

 薄手の服に身を包んでいる。

 少し透けていた。

 より主張が際立っている。

 知らず、友の喉が鳴る。


「……お、おう」


「な、なによ。け、剣を取るだけなんだから、そんな顔しないでよ」


 そこまで欲望に満ちた顔をしているのだろうか。

 友は自分の頬に手を当てる。

 熱かった。

 どうやら欲望よりも恥じらいが前に出ていたようだと、友は頬を掻く。


 視線を感じた。

 顔を横に向ける。


 桜が頬を膨らませていた。

 視線が合う。

 つんと顔を背けられる。


 まだ別の視線を感じる。

 友は目を下に向ける。

 胸に抱く少女が、じっと友を見ていた。


 無垢な瞳で友を見上げている。

 止めて欲しかった。

 良心の呵責に友は負けそうになる。


「い、いいから。はやく」


 しかしルフィーが急かしてくる。

 ルフィーが言うんだから仕方ないと、友は自分に言い聞かせて右腕を伸ばす。


 向ける先は、ルフィーの左胸。

 大きな胸。


 触れようとしてもルフィーは避けようとしない。

 そのまま友は掌を当てる。


「んっ……」


 先ほど背中で感じた感触を掌で受ける。

 手を伸ばすと、掌が沈んでいく。

 肉に手が沈む。


 極上の感触。

 手が全方位から柔らかさを感じ取る。


 友はその柔らかさに、頬を緩める――


――ことなく、引き締めていた。


 瞳は鋭く、真面目そのもの。

 腕を伸ばす。


 いくら豊満な胸とは言え、限界がある。

 人ならば心臓に値する位置に限りなく近付いた。


(見つけた)


 硬質な感触。

 乳首などではない。


 掌の中心に、金属のような硬い感触を覚える。

 硬い物質は友の手に触れた瞬間、友の掌を押し出すように動き始めた。


 友は手を引き始める。

 手に追従するように、その物質はせり出してきた。


 せり出す速度は上がる。

 まるで急かしているかの如く、飛び出そうとしていた。


 弾き出されるようにルフィーの胸から手を引き抜いたとき、

 友の手には、短い棒が握られていた。


 両手で握ってもまだ余裕があるほどの長さ。

 先端に緑色の宝玉が埋め込まれ、宝玉より上には丸く薄い円上の飾りが付けられている。


 見る者が見れば、それが何かわかる。

 まるで、剣の柄と鍔のような構造。


 友は棒を握った腕を天に掲げる。

 緑の宝玉が光を発する。


 風が揺らぐ。


 友の持つ棒に吸い寄せられるように、空気が動く。

 動く風は、ルフィーの操る暴風にも及ぶ。


 凶悪な大気の奔流が、友の手に集まる。

 周囲を破壊していた風の全てが、友の腕に吸い取られていく。

 そして風が消える。


 暴れ回る風が収まり、凪ぎの状態となった。

 静寂が訪れる。


「……え」


 異変を感じ取ったのだろう、友を不思議そうに見上げていた少女が声を漏らした。

 友が視線を少女に合わせると、少女の目が見開いた。


 友の瞳が緑色に光り輝いていたからか。

 それとも、友の手に、緑色に光り輝く半透明の剣が握られていたからか。


 友は安心させるように笑顔を見せると、右手で掲げる剣に目を向ける。


 風王、ルフィーの加護の下、風により作られた剣。

 刃渡りが1メートルにも満たない半透明の片刃の剣だ。


「その『風王の剣』を使ってさ、仕留め損なったら罰ね」


「罰って、何をするつもりさ」


「うふふ。大丈夫、ユウも愉しめるから」


「……胸を寄せるな、スカートの裾を持ち上げるな。何を考えてやがりますか」


「罰を期待して手を抜かないようにね」


「それは、うん。是非とも手を抜きたい気もするけど、残念なことに――」


 友は『風王の剣』を振り下ろす。

 煌めく緑光の軌跡が生じた。


 緑の燐光が周囲に散っていく先で、精霊が駆けている姿が見える。

 相変わらずの四肢を使っての走りだ。


「負けはない」


 自分はどんな顔をしているのかと考える。

 少なくとも、自己判断では自信に満ちた顔をしているだろうと友は思っていた。

 どうなのだろうと、ルフィーを見ると、頼もしそうに微笑んでいた。


「残念。じゃあ、ご褒美でも考えておきますか」


「……なにをするつもりだ」


「いじめちゃおっかなー」


 ルフィーの不穏な言葉に、友は頬を引き攣らせる。

 視線を横にずらすと、桜が胡乱な瞳で友を見ていた。


「い、いや桜さんや。違うから、違うから」


「ふーんだ」


「うーん。あたしがしようと思ってたけど、サクラに代わりにしてもらおっかなー」


「おい。待て、ルフィー」


「え? わたし? わかった! 頑張る! 何すれば良いの? おにいちゃんを虐めればいいの?」


「いや。待って、おかしいと気付こう? ね、桜さん?」


「……ふむ、そわそわしたわね。サクラの方が悦ぶかもしれない、と」


「黙れや!?」


「なになになに? わたしの方が喜ぶの? それとも虐めたら、おにいちゃんは喜ぶの?」


「ルフィー!! 桜を連れて、とっとと下がれや!?」


「へいへい」


 ルフィーは二人の姿に、笑いを堪えるように口元に手を押えた後、桜を小脇に抱えた。


「にゃあっ!?」


「ほら、サクラ行くわよー」


「あ、ちょっと待って、この子もお願い」


 友が抱えていた少女をルフィーに渡すと、桜と同様に抱える。


「じゃあ、退避しているわ」


「うん。すぐに終わらせる」


 そしてルフィーは宙に浮かび、友から離れていった。

 離れていくルフィーたちを見送りながら、友は一つ息を吐く。


 そして友は唇を引き締めて、『風王の剣』を構え直した。

 視線は目前の、暴走精霊。


「やあ、そろそろ限界だろ? どうだい?」


 語りかけた相手の暴走精霊は、止まっていた。

 逃げない友を対象に定めたようだ。


 友の言葉に応じたのか口を開き、威嚇の声を発している。

 威嚇どころか空腹を堪えられないように涎を垂らしていた。


 餌と定められた、友はそう理解し笑みを浮かべる。

 歯を剥いて笑う友の顔には、獰猛さが現れていた。


「さあ、始めようか」


 友は、非凡なこの状態を終わらせるために、剣を振り上げた。

 そして、騒動は終わりに向かう。

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