10話 風を纏いて攻撃開始

 あたかも迷ったことに怒るような顔。

 少女を助けないなど何事か。

 眉をつり上げた桜が、そこにいた。


「……、むん?」


 過去形だ。

 友の宣言により、その顔は驚きに変わっている。


「あいはぶくえすちょん!」


「後だ」


「なんなの!? 今の謎の会話は!?」


「後だってば」


「え? あの女の子見捨てるような流れだったのに、何がどうなったの?」


 喚くように質問をぶつける桜から逃げるように友は顔を逸らす。


「助けるんだよ」


「え、あ、助けるんだ、よかったー」


 安堵するように脱力する桜を背中で感じる。

 しかし、納得してないのか、桜は友の耳元に口を近づけた。


「でも、何を葛藤してたの?」


(うるせえな。お前のこと考えてたんだよ)


 友は心中で毒づきながら、ルフィーに助けを求める。

 ルフィーは額に手を当てて、げんなりとした表情を桜に向けた。


「あー、サクラ。ちょっと空気読んで」


「ええ!? え、わたし空気読めてない!? さっきまで空気読んで割と黙ってたのに!」


「これからも暫く黙りなさい。ユウ、心の準備は?」


「できてる。急ごう、見てると結構やばい」


 精霊に捕えられた少女は、吊されていた。

 恐怖に言葉も出ないのか、硬直している。


「サクラは、……まあ、その場所のままがいいわね。あんたも手伝いなさいよ」


「あいさー!」


 ルフィーはやる気満々の桜の額を小突くと、友たちの背後に回る。

 視界が開かれる。


 少女の姿がよく見えていた。

 吊されている少女の身体は徐々に下がり始めた。

 ゆっくりと、じわじわと精霊に近付きつつある。


 迫る化物の姿に、少女は、叫びながら身をよじり始めた。

 精霊も、獲物が逃れようと必死であることを愉しむように、

 恐怖の感情を愉しむかのように、ゆっくりと女の子を近づけている。


「じゃあ、行くわよ!」


「あいあい!」


 ルフィーに友が応えると同時に、風が吹く。


 背後からの風は、その場の全てを薙ぎ、吹き飛ばすように。

 突風が吹いた。


 風の向かう先は、一つ。

 暴走する精霊、その髪の先に捕えられる少女。


――轟。


 耳が痛くなりそうなほどの大きな音。

 一際強い風が吹く。


 あまりの強風に、思わず友は目を瞑る。

 それは言葉通り、瞬きをする時間。


 ただの一瞬。

 瞼を開けた友の眼前には、少女がいた。

 

 友と桜、そしてルフィーは宙に浮いていた。

 精霊と少女の間の空間だ。

 少女は精霊に高々と吊されている。


(十メートルと言ったところか)


 普通の状態でも、恐怖を感じるような高さだ。

 少女は恐怖で顔を歪ませると同時に、きょとんと驚くという複雑な顔で友たちを見ていた。


(怪我は、ない、な)


 少女の姿を見て、傷ついた箇所がないことを素早く確認する。

 怪我がないなら、問題はただ一つ。


 少女を拘束する、暴走精霊の髪だけだった。

 視線を尖らせて精霊の髪を睨む友の背中から、桜が勢いよく飛び立った。


 脚を緑色に輝く風に包んだ桜は、制服のスカートを翻しながら宙を駆ける。

 ピンクと白のストライプらしい。


 視線を少女に向け直した友も同じく、動き出す。

 桜は少女の左、友は反対側へ向かって疾走した。


 少女との距離は2mほど

 右手を大きく上に振り上げた桜は、友に向かって叫ぶ。


「おにいちゃん!」


 伸ばした桜の腕は、脚同様に輝く緑の風に包まれていた。

 桜の纏う風は、竜巻のように高速で渦巻いている。


 それは友の脚も同様だった。

 光る竜巻を纏った右足を、友は引いた。


 さながらサッカーのシュートを打つような体勢だ。

 準備は完了した、友は桜へ向かって頷いた。


「『風の刃ウィンド・エッジ』!」


 桜が気合いと共に右腕を振り下ろした。

 タイミングを合わせて、友も右足を振り切る。


 しかし、少女との距離はまだある。

 当然のように二人の腕と脚は、空を切る。

 拘束される少女の左右の空間。

 少女の四肢を縛る、精霊の髪の前を通過した。


「――え?」


 少女が口を開く。

 疑問の声だった。


 一見、友は何もしていないはず。

 しかし少女を縛る髪の毛が切り落とされた。


 支えを失った少女の身体は落下を始める。

 友は腕を伸ばし、少女の身体を抱えた。


「え、ええ!?」


 再度上がる驚きの声に、友は口元を緩める。

 お姫様だっこの形で少女を抱えた友は、宙に浮いたまま素早く少女の様子を見る。


(怪我は、してないようだな)


 青みの掛かった銀髪は、所々泥で汚れているが、傷はない。

 肩ほどの髪を風に揺らしながら、青い瞳を見開いていた。


(化物に襲われていたのに、突然三人も空中に現れたんだから、仕方ない)


 外国人の年齢は見た目からは判別しづらい。

 年の頃は、友たちに近い。僅かに若い気もする。

 十歳前後だろうか。高くとも十二歳くらいと思えた。


 低い身長だ。

 全体的に幼く見える。

 しかし、衣服は所々ちぎられ、ボロボロだ。

 そもそも服がおかしい。


(パジャマ、か?)


 子供向けのルームウェアを少女は着ていた。

 ペールトーンの縞模様のパーカ、色の合ったパンツ。

 とてもではないが、外を出歩く格好ではない。


(高いメーカーの服、だよな)


 桜が欲しがっていたメーカーと同じモノだ。

 数日前にも欲しいと言って、ウェブ検索の画像を見せられたので良く覚えている。

 上下揃った衣服は本来なら外見と相まって、異様な可愛さとなるのだろう。


 事実、少女は驚くほどに可愛らしい。

 しかし、その感想を、今の少女には抱けない。


(服はボロボロ、ファスナーも壊れて。更に泥まみれ。というか、裸足って、どういうことだ?)


 暴走精霊に追われて、こうなったのか――いや、その可能性は限りなく少ない。

 友たちから暴走精霊が離れてからの時間。

 そして今、友が暴走精霊を追い始めてからの時間は、ごく僅かだ。

 ここまでボロボロになるとは思えなかった。


(でも、まあ……)


 友は頭を振り、思考を切り替える。

 化物に襲われ、捕えられていた。

 気を失ってもおかしくない状況であっても、意識を保っている。


 瞳には恐怖も困惑も色々な感情が込められていた。

 それでも、絶望の色に染まっていない。

 生きることを諦めていなかった証拠だ。

 賞賛すべきを賞賛しなくてはならない。


「よく、頑張ったね。もう大丈夫」


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