act.007 Could not care less
◇
特殊戦闘機は西軍跡地から少し離れた位置に着陸した。念のため、敵の眼前に着陸することは避けておかなければ。万が一という可能性がある。それで戦闘機を破壊されてしまっては基地に戻ることが出来ない。
「……これ、海ですか?」
戦闘機から降り、L777は正面からその青に向き合った。
初めて見た広大な青。どこまでも続くその光景に心打たれるものが確かにあるのは事実だが、心惹かれるからという理由ではない。
今の人類はその全てを戦闘に費やしている。
少し濁っているように見えるのは、きっと光の反射のせいなどではないのだろう。
浮いている部品に見覚えがあるのは、気のせいなんかではないだろう。
「それ海」
絵に描いたような美しさはないけれど、それでも例えがたい大きさには目を奪われる。今日じゃなければ――ゼロがまだこちらに来る前は、もっと目を見張るものだったのかもしれない。
未知との遭遇にしばらく立ち尽くしていられるが、ゼロは一切目もくれようとはしなかった。
「見たことあるんですか?」
「そりゃ。俺この基地にいた人間だから」
当時は毎日見ていたといいたいのだろう。
久しぶりに見たはずなのに。
L777が動こうとしないことに気づくと、ゼロは渋々といった様子でL777の横に立った。懐かしいぐらいは感じるのだろうかと横を見てみたが、ゼロはいつも通り気怠そうだし、むしろいつもの乏しい表情がより一層無表情に見える。
「そういや、戦艦が見当たらねーな」
「……え」
ゼロはそれだけ呟くと、「行くぞ」と海に背を向けた。
L777は目を左、右、と何度か動かしてからゼロの後を追った。戦艦どころか船1つも無かった。
これほど広い基地に1つも無い。
◇
「あーあー」
「……、」
2人は基地の敷地内に足を踏み入れた。
廃れていても、なお悠然と佇む基地建物までまだまだ距離がある。
ゼロは呆れたように呟いて、建物を遠くから見据えた。
L777は建物の原型をしらない。けれど、今遠くに見えているあの建物が壊れているのだと言うことは見て取れる。
ゼロは数回左右を見渡した。
いつの間にかその手には特殊銃が握られている。それを弄びながら周囲を確認する。
「なんもねーな」
「……そうですね」
何もない、ことはなかった。
ゼロが言いたいのは、きっと敵がいない、という意味なのだろう。
西軍跡地は既に何者かによって滅ぼされた後だった。
もちろん自滅した際に滅びてはいるのだが、外から襲撃されたような、そんな有様だ。
平面であるはずの滑走路は何かで抉られたような、爪痕のような痕跡が至る所に残されている。コンクリート片のようなものが足下にごろごろ転がっている。
戦闘機や航空機が何台も横たわっていて、全てが黒く焦げたような、爆破した後のような、そんな状態。他にも突き刺さったような形で墜落したものもある。
きっとここはずっとこの有様のまま放置されていたに違いない。
ここはもう使い捨てられた場所だ。
敵とはいえ、ここでわずかにでも情けをかけてしまったら、もう仲間たちに顔向けできないだろうか。
L777は目をそらさずに、正面から向き合った。
直接西軍と戦ったことはない。自分が地下から出てきたとき、既にこの地は機械に蹂躙されていた。かつての敵に関しては情報でしか敵対していない。それでも、恨みはあったし、敵対心はもちろんあったし、許し難い存在だという怒りもあった。けど、同時に尊敬の念が無かったわけでもないことも事実だ。
敵であろうが、否、敵であるが故に、彼らの誇りは分かった。
今はもう、その跡形も無い。
滅んだのだ。
滅ぼされたのだ。
もう、過去の存在なのだ。
何度も何度も押し寄せてくる。
指一本、力が入らない。
「O202、ここ自滅してこうなったわけ?」
『……分かりません』
「まぁ、だよね」
ゼロは気怠げに歩き出す。
彼の口ぶりからは、西軍が滅びた時期にはもう既に西軍を離れていたと思わせる節がある。
この男の、かつての帰るべきだった場所――。
「敵UAVはここから飛んでんじゃねーんだろうな」
そうですね、と答えながらL777は下を向いて歩き出した
耳から割と口数の多い彼女たちの声が聞こえてこない。
いうべき情報がないのか、かけるべき言葉が見つからないのか。
彼女たちも自分たちのチップを通してこの光景を共有しているはずだ。
「……ということは、敵UAVを飛ばしてる滑走路はまた別にあるって事なんですかね」
間をつなぐように浮かんできた言葉を並べる。
「どっかの支部でも使ってんのかね」
彼の声には落胆の温度すら感じられない。
いつもの、気怠げで眠たげで、他人事のような声。誰よりもそぐわないはずの声。
若大将がここに向かわせたと言うことは、当然ここは今の敵の本拠地ではないのだろう。確かに、今敵はどこで構えているのだろう。
勝利するためにはそこを叩くしかない。それが見つかっていないということは、実は好転したことは一度も無いんじゃないのか。そんな気さえする。いつだって攻防をしているつもりだったのに、実は攻めたことはないんじゃないのか。
「……そういえば、西軍の人工知能ってここにあるんじゃないんですか?」
「前はここにいたぜ。でもまぁ、移動できるから」
どっか行ったんじゃね?とまるで猫が逃げ出したかのように言う。
「……、」
ここに潜んでいる確証はないが、ここを去った事実もない。
東軍側は今の倒すべき相手であるその人工知能をその目で拝んだことは一度も無い。常に見ているのはその人工知能の采配だ。
「……ゼロさんはその人工知能、見たことあるんですか?」
「多分ねーなぁ。俺は上の連中に指示だされてそれ通りに動くだけだったし」
ぴたり、と2人は足を止めた。
覚えのある感覚にL777の顔が勝手に上を向いていた。
ゼロは首から提げていたゴーグルをつけながら、正面を見据えた。
「アン」とゼロが呟くと、『数カ所リストアップしました』とすぐに返答があった。
ゼロはL777の方を向き、ハンドサインを送る――狙撃地点へ。
L777は一度大きく頷くと了解と手で合図をしながら背の銃へ手を伸ばし、走り出した。ゼロはすぐに正面に向き直り、銃を握りしめた。
『敵、確認』
上空より、大きな影が落ちてくる。
鈍色の球体のボディに、複数の足。
それはエンジン音のような音を出しながらゼロの前に着陸した。目を思わせる複数の光が赤く点灯する。
前面に収納されていた3門の大砲が現れ、光の収束を始める――レーザー砲だ。
周囲を見渡すまでもなく、何もないのは見て取れる。ここは滑走路だ。
一時的に身を隠せる場所もない。
発射されるタイミングでゼロは横にワイヤーを投げ、一気に身を引き寄せた。
赤い光が目のようにゼロの動きを追尾する。
大型機械兵は複数の足を少し動かし、大砲をゼロの正面に向ける。その間もレーザーは放出されたままだ。
慌てるほど動きは速くない。
ゼロは目を離さないまま、銃の姿を変えた。
敵のレーザー砲はある程度上下左右に動くらしい。だがこちらの動きも速くない。
敵兵器が完全に正面を向く前に、ゼロは2発打ち込んだ。
だが、球体のボディはものともしない。
申請、電磁砲。
そう呟こうとしたが、視界の隅がオレンジ色に光り、ゼロは反射的に後方の飛び退いた。
レーザー砲が滑走路にあたる。
その威力に平面だったコンクリートの表面に凹凸が生じる。
きっともう、元には戻らない。
遠くから光線が走った。
球体の正面からぶつかると、物体は熱せられ、赤くなり、やがて光線に貫かれる。
穴が空いたのは中央部。
きっと中央にあるコアは射貫かれたはず。
レーザーが止んだ。
だが、機械兵はまだゼロの正面に砲台を向けるために足を動かしていた。
じりじりと脚部を動かすと、その巨体が宙に飛ぶ。
穴が空いて、入り組んだ中身は溶けたりなくなったりしているはず。
なのにもかかわらずまだ動く。
ゼロは自分を押しつぶそうとするその巨大な影の下を通るようにして避けた。その間に銃の形を先ほど言おうとしたものに変えておく。
そして、着地のタイミングを狙ってトリガーを引いた。
『機械兵の停止を確認』
「了解です。……流石ですね、ゼロさん」
自分が出来たことは、電磁砲を1発打ち込むことだけ。他は隙が見当たらなかった。
あの敵がまだ上空にいるときに、自分が打ち落とせば良かったのだろうか。
「……あ――」
『敵UAV発見』
銃を元に戻し、L777は銃口を上に向けスコープを覗く。
そのまま引き金を引く。
「――落としました」
『流石です』
「でも、なんでこっちの方にUAVが……」
東軍のある方ならまだしも。こっちの方には支部すらない。
『……周辺一帯の監視、でしょうね。落としてしまった以上ここに私たちがいることがバレたでしょう』
「……落とさない方が良かったですかね」
『いえ、それでは爆撃されますからこれが最善だと思いますよ』
アンのしっかりとした声を聞きながら、思い出すのは朝の査問に関して頭を下げた彼女の姿だった。
査問。密偵――彼女が。いや、まさか。
『ゼロさんとの合流、お願いします』
「あ、了解です」
L777は意味も無くゴーグルを整えて、銃を手にしたままその場を離れる。
「俺、これ初めて見たんだけど」
ゼロはL777を待ちながら先ほど倒した球体を足先で軽くつついた。
『目撃はあまりされてないです。できることなら持ち帰ってきて欲しいぐらいですね』
「無理だわ」
『分かってますよ』
「ピン、見たら喜びそ」
『テンション上がったらあがったで面倒くさくて煩いんで結構です』
拗ねたような向こう側の声にゼロは小さく笑った。
そういえば、そんな面倒くさくて煩い男から餞別を受け取っていたことを思い出し、敵を蹴飛ばしていた自分の足を見た。
相変わらずまだ少し硬い新品の軍用ブーツ。
「ね、この敵、重さ何キロか分かる?」
『えっ?少なくとも300キロはあるんじゃないですか?』
「おぉ」
わずかに高揚した声に気づいた彼女は、『何する気ですか』と少し早口でいった。ゼロはそれに構わず右足をわずかに引いた。そこから左足を軸に、思い切り蹴りを食らわせる。
ゴンッ!!という鈍い音がして、球体がへこだ。
ごろんごろん、と球体が揺れる。
『ゼロさん!?』
「足痛いわ」
『何してんですか!馬鹿なんですか!?まさか、折ったりしてないですよね!?』
あの男に劣らず煩いな、と罰当たりなことを思いつつ、「平気平気」と答える。
自分の足でへこませたそこからは、機械の内部が覗けた。配線が細かくびっしりと敷かれていて、素人目にも製造するのに莫大な時間を有することが察せる。どうやらその努力を蹴り1発で無駄にさせることが出来るらしい。
「この靴すげぇ」
『何褒めてんですか。もう、これじゃゼロさんの脳筋具合に拍車がかかるだけなのに』
彼女の恨みはどうやら何度言っても効かないゼロにではなく、件の男のほうに向いたらしかった。
ゼロが小さく噴きだすと、それに気づいたのか『何笑ってんですか』と刺すような低い彼女の声がした。
「いえ、別に、なんも」
『いっときますけど、ゼロさん嘘下手くそですからね?』
「え。別にウソついてないって」
周りに誰もいないその場所で、彼はそっと口元を手で隠した。
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