act.012 Military escort


 ◇


 東軍基地の中枢とも言える巨大空間は、基地地下に存在する。

 演算処理装置などを置いている、所謂サーバールーム。


 機材のLEDライトのみ点灯し、室内の明かり自体は消えている。

 足下の見えないその場所で、ピンは潜伏していた。

 軍を動かす幹部がいなくなれば虫の息同然だが、最悪それはすげ替える事が可能だ。だが、こちらはそうもいかない。そんな場所をみすみす見逃すはずがない。相手は機械。人間である自分たちよりもその重要さ身に染みて知っているだろう。


 こちらに向かっているのは、O202の情報を聞く限り西軍の死に損ないだ。


『兵士達が戦場から戻ってきて、外の戦闘をくぐり抜けて何人か味方が入ったわ』

「見分けつかねーよ、めんどくせェ」

『はぁ?アンタ、ゴーグルは?』


 視界情報として情報部から転送されたマップを見られたり、FF対策として仲間表記が可視化される。


「してねェよ」

『しかも、アンタの銃ってFF機能削除してるんじゃなかった?』

「してる」

『あーっそ。自業自得ね。そっちに仲間は回さないようにするから、1人で切り抜けてちょうだい』

「は。それこそテメェらの仕事だろ」

『ンな暇ないつってんでしょうが!』


 叫びに近い彼女の声が終わると、その背後から迫真迫る本物の叫び声が聞こえた。


「どうした!?」


 敵襲か?とO202に尋ねながら、鞘から剣を少し抜く。


『違うわよ。隣のアンが発狂しただけ』

「O201かよ。ってか、O201?アイツが苦戦してんのか」

『誰よりも多くの箇所をいっぺんに防衛してるからね』

「お前もやれよ」

『……はぁ!?こっちはアンタのこと思って――』

「シッ……!」


 一瞬にして無線の向こうが静まりかえる。

 一秒前まで荒げていたO202の声がまるで嘘のように聞こえなくなった。


 ピンはドアの左側に回り、右耳を澄ます。

 人間はもちろんながら、機械兵にしたって今の技術で駆動音は聞こえない。だが、移動する際の床や壁への接触音はまた話が変わってくる。


 西軍の連中の全員がそうなのかと勝手に思っていたが、誰しも足音が無音というわけではない。そして硬さを誇る装甲歩兵は狙われても大して問題は無いため、消音機能はない。


 具体的な数字の距離は分からないが、聞こえてくる音で感覚的な距離は分かる。


 スライド式のドアの開く様がやたら遅く見えた。

 開いたその隙間から機械色の足が入ってくる様子も、その後ろにいるであろう奴が持っている長めの銃身が入り込んでくる様子も。すべてが遅い。


 ピンは一瞬にしてスイッチを切り替える。

 そして、重心を低くした状態から一気に抜刀し、そのまま下から上に向かって刃を振り上げた。


 部屋に入り込んでいたそれぞれの部位が本体から切り離され、落下する。それが床につく前に、ピンは次の一手として相手に斬りかかった。

 敵の機体の、前方から後方へ。刃を入れる。

 ズルリ、と。支えを失った上部の機体が流れるように滑り落ちる。

 刃が後方へ抜ける前に、ピンの視線は次を捉えた。

 銃を構えた敵機体の数体が自分を、否、自分の背にある部屋を狙っていた。部屋の境目に立っていた機体を蹴りで強制敵に外に弾く。その蹴りの威力で機体が反対側の壁にへこみを作った。


 蹴り飛ばし、そのままピンが部屋をでると、ドアが勢いよく閉まった。

 ドアのレールの上にいた機体をも無理矢理動かし、すべてを追い出した音が廊下に響く。


 その音を背に、ピンは壁に強打した機体に刃を突き刺した。そんなピンを背後から凶弾が狙い撃つ。

 ピンはそれを目で確認せず、すぐさま横へ飛び退いた。先ほどまでピンがいた無機質な床に凹凸が生じた。相手の銃撃がやむと特殊銃で相手の銃口に銃弾を入れる。


「申請、電磁砲」と機械のような平坦な声。

『申請、承諾不可』


 耳に直接響くような声がした後、ピンは勢いよく床を蹴った。弾丸のように、あっという間に敵機体との距離を詰めると、再び刃を振るった。

 重心を低くして突っ込み、まず機体の脚部をそぎ落とす。行動不能となった機体を刻むように、全てに刃を入れた。


 その場にいた敵機体全ての動きがなくなると、スイッチが切れた。


 今の戦闘の全てがデータとして記録され、記録を記憶として振り返る。


「おい、なんで承諾不可なんだよ」といつも通りのピンの声。

『許可できるわけないでしょ!あんた、基地で電磁砲連発する気!?』

「あいつもやろうとしてただろ」

『あの人こっちに申請取りに来ないから止めようがないのよ!真似しないでくれる!?』


 チ、と舌打ちをする。

 筋違いかもしれないが、こういうときはいつもあの左手のチップが羨ましいと思った。


『なによその舌打ち。お願いだからあのチップを作ってやろうとか思ったりしないでよね?』

「あ"?」とピンはドスの利いた声で威圧する。

『あーらごめんなさい。作ろうと思っても作れないのよねぇ?技術力が足りなくて』

「時間が足りないだけですが何か」


 ピンはもう一度、向こうに聞こえるように大きな舌打ちをした。

 時間があれば、旧型のチップもなんとかなったはずなのに。

 それはともかく。


 ピンはその場に転がった機体に注意深く目を落とす。

 ピンは体を何度か改造している。戦闘時は本人の意思でAIへ言動を移行することが出来る。先ほどの戦闘を行ったのはピンの体だが、ピンの意思ではない。相手を迎撃することのみを優先しているので、時に生身では不可能な動きも要請してくるが、ある程度機械化したピンの身体なら問題は無い。

 そんな状態だからこそ無傷で乗り切ったが、そうでなければ一瞬の隙にやられていた可能性の方が高い。


 SFの人間に自分と同じ改造をした人間は何人もいる。そんな人間を相手に、生身の人間が何を出来るのか。

 ピンは上層を見上げた。



 ◇



 ゼロは右手をぶらぶらと振った。

 彼の後方には東軍の精鋭達が何人も倒れている。

 銃を使った場合、ミスをすれば殺してしまう。剣を使った場合、ミスをすれば死なせてしまう。一番無難なのは、格闘術を用いることだった。

 顎、頭部、最悪顔面。そこが揺さぶられれば、誰しも怯む。


 長年愛用しているグローブに窮屈感を感じた。その下は赤く腫れ上がっているかもしれない。そう思うと、握ることにすら小さな違和感を感じる。

 そんな拳を握りながら、ゼロは目的の部屋へ向かう。


 その部屋のドアを蹴破った。

 直後、ドアを見張っていたらしい東軍の兵士の銃が光を発した。

 ゼロは反射的に顔を背けて、直撃を避けた。だが、頬をかすめ、そこから赤い筋がだらりと垂れた。


「ゼロ」


 拳を振りかぶったまま、掠れる声に制されて止まる。

 だが、こっちが止めようと向こうには関係ない。


「ゼロ。ウラギリモノ」


 目の前の男が喋る。

 裏切者――どっちが。


 思い切り腹を蹴り飛ばした。格闘術、そんな綺麗な蹴りではなかった。

 後方に倒れたその体がわずかながらも床で跳ねた。


 家主を取り囲んでいた兵士達の銃口がこちらを向いた。


「ジャマ ヲ スルナ」


 目の前のものが何かを言った気がした。けれど、そんなことはどうだっていい。


「何されてんの――ホオブ」


 拷問にもちいるような金具で袖口を壁に止められた若大将は、呼びかけに応じて時間をかけながらも顔を上げた。普段寝不足の隈を濃く刻むその顔には、血の跡や痣の跡が目立っていた。ブーツの底の跡すらついていた。

 いつもきちんと着こなしている制服も痛々しく乱れていた。


 そんな有様の中、若大将は顔に笑みを浮かべた。

 声を出せる気力も、返答できる体力ももうないのだろう。

 よく見れば、ズボンには小さな穴が開き、そこから赤い筋が流れていた。


「銃、持ってるでしょ」

「……おまえ、おれが部下を撃てるとおもってんの?」


 ほとんどが声にはなっていなかったが、口の動きで大体分かる。

 ゼロは片方の口角を上げ、それを返答とした。

 思っていない。それが出来る相手なら、自分はこの軍に入れてはいない。


 ゼロは口角を戻し、その顔を若大将から目の前に並ぶ兵士達に向けた。

 その顔はもう人らしい『色』を失っていた。


 ぽい、と。

 左手に掴んでいた銃を床に投げた。


 戦場において、自分の身を守ってくれる防御策にして攻撃手段。

 それにつられて何人かの視線が下に落ちた。

 ゼロはその中の一番近くにいた兵士の頭部を上から押さえつけるようにし、その顔面に膝で蹴りを入れる。

 その相手を両手で鷲掴み、振り回すようにして周辺の敵をなぎ払う。


 AIの思考に自己犠牲は含まれていない。

 味方を攻撃するようには出来ていない。


 兵士達が少し散る。

 ゼロは掴んでいた兵士を投げるように手放し、剣を抜いた。

 銃は部屋に穴を開けてしまうため使えないので、拾ったりはしない。


 近くにいた兵士から順番に片付けていく。

 相手が機械だとか、自分が生身だとか、そんなのはもうどうだってよかった。

 壊れたら直せば良い――機械も、肉体も。





 全てが終わると、ゼロは若大将の方へと駆け寄った。

 金具をひっつかみ、腕だけでなく全体重を使うようにして後ろに引っ張った。もう片方も同様だ。


 両手の自由が戻ると、一気に下にだれた。

 上げる気力も残っていないらしいけれど、若大将は顔を上げて、掠れる声で言う。


「無茶苦茶しすぎ」

「そっちは無茶苦茶されすぎ。殺されてたっておかしくなかったんじゃねェの?」

「かもね。西軍の人工知能の下に置かれたんでしょ?もしそうなら俺らは敵視されてるはずだからね。殺してナンボでしょ」

「けど、殺されてないね。何されたの」

「んー……なんだろう、拷問が近いのかな」

「拷問……ってことは、なに?何か聞かれたの?」

「しつこいぐらいにね」


 若大将はやつれた顔でそう答えた。

 傷だらけのその顔は苦痛にわずかに歪んでいるが、声に深刻さが増した。


「地下の、残存人類について聞かれた」

「居場所を吐け、とか?」

「そうそう。血眼になって探してるらしい。まぁ、俺らが守ってるものだからね。それが無くなったら、俺らが戦う意味はなくなるかもしれないし」

「……それもあるだろうけど」

「ん?」


 言葉をやめたゼロの方を、若大将は親のような顔で見上げた。

 それに、「何でも無い」と区切りをつける。

 今更自分が西軍について説明するのはおかしい気がした。密偵のような、そんな気分。もう関係は切ったはずなのに。


『ゼロさん!聞こえてますか!』


 耳に直接話しかけてくるようないつもの通信に、「おぉ」と先に声が出た。


「聞こえてるよ、O202。お疲れ」

『お疲れさまです。外の戦況はなんとか終わりました』

「ほんと?ピンはどう?」

『室内の敵も排除完了です。防衛システムが戻ったんで、イチコロですよ』

「あ、じゃあ、ピンを若大将の部屋によこしてくれる?衛生兵だし」


 察したのか、『分かりました』と答えたO202の声が少し硬くなった。


「お前もピンの世話になっとけよ」


 腕を上げるだけでも一苦労そうなのに、若大将はその手で自身の頬を指さした。

 ゼロは自分の頬をグローブで触る。

 そういえば、入ってきたときに弾がかすったような気がする。それを思い出すとひりひりと痛んできた。

 それを筆頭に、気づけば全身が悲鳴を上げていた。筋肉痛のような動きづらさだ。


「その怪我と比べたらマシだからへーき」


 ゼロは部屋の入り口付近に転がったままの自身の武器をホルダーに収めた。

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