4時27分に僕の見た夢
renovo
好きな作家
言葉というものを文字で扱うようになってから僕はそれがいかに難しいことかを思い出すことがある。言葉を操れるものが世界を制することがあるととある偉大な作家が言っていたことを思い出す。
僕には到底不得意なことだ。言葉を文字として書き表してそれで何かを表現することなど到底できることじゃない。
ある日、夢を見た。そこには偉大な作家がいた。僕は彼のことを何かの本で読んだことがある。
「こんにちは」と僕はその四十手前の作家にいった。
「こんにちは」
作家はとても物静かな様子でとても柔らかな語気を用いて僕にそう言った。
「あなたの作品を僕は読んでいます」
初めて接する相手に何かを言うのは凄く難しい。僕は慎重に言葉を選んでそう言った。
「君は小説を書かないの?」
作家は椅子に座っていた。とても年期の入った古い椅子だ。作家は視線を僕と手に持つ一冊の古い文庫を行き来させながらとても慣れたように話した。
「小説は書いたことがないですね」
僕は頭の中から素直に思った言葉を口にする。僕らは夢の中で作家の家にいた。僕と作家は古い椅子に座り、少し斜めに向き合っていた。
「君は何か想像したことを言葉にしようと思ったことはないのかい?」
言葉一つ一つを確かめるようにその作家は僕に言った。家の窓の外は雨が降っている。とても穏やかな雨だった。おそらく僕は海外にいるようだった。その作家は白人で、窓の外から見える街の景色は西洋だった。
「試したことはあります。でも到底、想像したことを文字であらわすなんてできるものじゃないです」
僕は心持ち内省的にそう話した。実際事実だ。
「小説というものは誰にだって開かれたものなんだ。一度その森に入ったらもう後には戻れない。君はきっともうその森に入っている。後はその森から自分だけの道を探していくんだ」
「道? 森? いったいなんのことですか?」
「今はわからないかもしれない。とにかく森の中を進んでいけばいつか振り返ったときそこに自分だけの道がある」
僕はその作家が言った言葉を逐一心の中で繰り返してはその意味をつかみ取ろうとしていた。
長い夢だった。僕とその作家は始終話をしていた。
夢から覚めた時、やはり現実も雨が降っていた。僕の部屋の片隅にその作家の本が並べてある。デビューしてから死に至るまでの作品すべてだ。
僕は静かにその作家の本を手に取る。年期が入っていて、とても古くカバーがなくなっている。ページをめくるたびに心が動く。僕は心の中の張り裂けそうな思いをその作家の作品に投影した。
部屋の外の雨の匂い。部屋は静寂の中。僕はその作家の夢をくっきりと覚えている。あまりにはっきりとした夢でそれが現実と錯誤するほどのものだということは疑いようがない。窓の外の雨が止むまでまた僕はその作家の本をまるで調べごとをしているみたいに読んでいた。
それは奇妙な物語だった。それで僕はやっぱりそれを愛していたのだ。
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