第14話 生徒会・1
朝、いつもの様に七海の声がした。
いつもといってもまだ数日しか経っていないのだが……
「ミィーちゃん、おはよー」
「もう、マコちゃんはそんな所で寝ていたら風引くよ」
七海に起こされ起き上がると体のあっちこっちが痛い、どうやらあのままフローリングの上で寝てしまったらしい。
寝起きの回らない頭でとりあえず急いでシャワーを浴びて、制服のワイシャツとズボンに着替えて出てくると七海が笑顔で立っていた。
「おはよー」
「ああ、おはよう」
「もう、本当にマコちゃんは寝起き悪いよね」
七海はいつもと変らない笑顔で元気に見えた。
見えたと言うのは何かが気になるのだがそれがあまりに微妙過ぎて判らなかった。
七海の足元を見るとミィーが猫缶を食べている。シュールだ。
ちんまい女の子が美味そうに猫缶を食べていて、俺以外が見れば猫が普通に猫缶を食べている姿にしか見えないのだろうがだ。
そんな事を気にする間もなく急いで七海が用意してくれた朝食を食べて学校に向う。
「悪いな、なんだか食事まで作ってもらって」
「うんん、そんな事気にしなくっていいよ。お姉ちゃんも転校してきたばかりなのだから面倒を見てあげなさいって言っていたし」
「七海のお姉さんって保健室の養護教諭なんだな」
「ええ、会ったの?」
「ああ、放課後呼び出されたよ」
「お姉ちゃん、何も言って無かったよ」
「体調やら健康状態を聞かれただけだよ。長い事入院していたからな」
七海には当たり障りの無い事を話しただけだと伝える。
実際に七海のお姉さんの手元には俺の健康診断のファイルがあったのだから。
今の七海には余計な心配を掛けたくなかった。
「ふうん、そうなんだ。そうだ、マコちゃん。明日の土曜日、携帯を契約しに行こうよ」
「携帯?」
何を言われているのか直ぐには理解できなかった。もしかして七海が使っていたあの小さな電話のことなのか。
「ねぇ、もしかして携帯も判らないの?」
「えっ? あはは……」
とりあえず愛想笑いをしてしまった。
「しょうがないよね、長い間入院していて記憶が無いんだから。でも親とはどうやって連絡取っているの?」
「て、手紙は来るぞ。俺の親は結構いい加減だからな」
咄嗟に七海に嘘を付いてしまった。
胸の辺りに針で刺されたような痛みを感じる、それが何なのか自分自身にも良く判らなかった。
「それじゃ、約束だよ。明日の1時頃、迎えに行くからね」
「ああ、判った。約束だ」
「やったー、マコちゃんとデートだ」
いつもよりハイテンションで七海が喜んでいた。
その時、俺は七海が笑顔でいるのならそれで良いとしか思わなかった。七海の深い闇に気付かず。
七海が薄氷の上を歩くように、今にも崩れそうな崖の淵を歩いている事に気付いてやれなかった。
教室に着いても七海は普段と全く変らず雪菜とお喋りをしている。
今日は何も起こらないよな、などと言う俺の思いは昼休みに見事に打ち砕かれた。
昨日と同じように購買のパンと牛乳で食事を済ませ机に倒れこんで寝ていると、教室のドアが勢い良く開く音が聞こえてくる。
昨日と違うのはハイテンションな声もせず、その代りにザワザワとお喋りしていたはずのクラスメイトが水を打った様に静まり返ったのだ。
規則正しい足音が聞こえてくる。
「生徒会長の神無崎さん?」
七海の声と同時に俺の机を誰かが叩き付けた。
「起きなさい! 日向真琴! あなたに話がある」
俺が顔を上げるとそこには2人の女子生徒が立っていた。
1人は昨日の新聞部の男前の野辺山先輩。
そしてもう1人は腰まである絹の様な長い髪を掻き分け、切れ長のとても綺麗な目で俺を睨んでいる。
その視線は雪菜の冷たい視線など遥かに凌駕したような痛みさえ感じなくなるくらい冷たい視線だった。
直ぐに宣戦布告した返事だと。
「俺に何の用ですか? 新聞部の野辺山先輩とその……」
「私は生徒会長の神無崎亜弥(かんなざきあや)よ。あなたに話があるわ」
「俺はあんたと話す事なんて何も無いですけど」
俺が生徒会長の顔を真っ直ぐに見て言い放つと、クラスメイトの緊張が一気に高まるのを感じる。
生徒会長の後ろで望が必死な形相で首を横に振っていた。生徒会長に従えと俺に言いたいのだろう。
「武原 望! 余計な口出しは無用!」
腕を組んだまま後ろも見ずに生徒会長の神無崎が言い放つと望の顔から血の気が引いて、望が言ったとおり望本人が凍り付いていた。
実際は睨まれてすらないのだが。
それだけ生徒会長がハイスペックだと言う事だろう頭脳も恐らく体の方も。
これ以上、クラスメイト達に息苦しい思いをさせる訳にはいかず、溜息混じりに俺から話し出す。
「何の話があるんですか? 俺は転校してきたばかりで何も出来ないですよ。それに俺の事は生徒会長の方が詳しいのではないですか?」
「あなたは、見えざるものが見えるらしいじゃない」
直ぐに会長が言わんとする事が霊関係の事だと思った。
直ぐ横に七海がいるが七海は何となくだが俺が幽霊を見る事が出来る事を知っているはずで。
否定する理由が見付からなかった。
「それが何か? 人に見えない物が見えたらおかしいですか? くだらない」
「私にそんな口を聞いて良いのかしら」
生徒会長の神無崎先輩は腕を組んだまま少し首を傾げていた。
この人もまたクールビューティーと言うのだろうか雪菜と同じように全く表情が読み取れなかった。
すると生徒会長が何かを思い出したように腕組みしている片方の手を顎に当てて雪菜の方に視線をやった。
「星合雪菜さんは不良に襲われていたのを日向真琴君に助けられたらしいじゃない」
雪菜は表情を一切変えずに生徒会長の顔をみて軽く頷いた。
「それではご両人、暴行事件の件で話があるから放課後生徒会室までいらしていただけるかしら。お待ちしているわ。それでは皆さんお騒がせしました」
そう言いながら生徒会長と野辺山さんが教室を後にする。
砂に水が染み込む様に一気にクラスの緊張が解け望が話しかけてきた。
「はぁ~、俺の16年間の人生が走馬灯の様に見えたぞ。真琴も勘弁してくれよな、生徒会長に逆らうなんて正気の沙汰じゃないぞ」
「別に逆らった訳じゃないだろ、話が無いから話が無いと言っただけだろ」
「まぁ、真琴は友達だからな。何かあれば微力ながら協力するよ」
「ありがとうな、望」
俺が七海の方を見ると七海が心配そうな顔で俺を見ていた。
七海も生徒会長の凄さは知っているのだろう。
七海の瞳が揺れている。
「そんな心配そうな顔をするな、大丈夫だよ。七海の方が心配しすぎだ」
「でも……」
しょうがない奴だな、そう思って七海の頭をクシュと撫でるが不安そうな表情は消えなかった。
しかたなく徐に七海の頬を両手で摘んだ。
「にゃにするの? いちゃいよ」
「ほら、もっと笑え!」
そう言いながら七海の頬をグルグルする。
「いたいぉ~やめてぉ~、マコちゃん。もう、マコちゃんの馬鹿」
手を離すと頬を両手で押えながら少し拗ねた様な顔で七海が俺を睨みつけた。
七海のその顔には不安な表情が無く少し微笑んでいた。
もう一度七海の頭を撫でる。
「七海は笑顔が一番だな」
「はいはい、お熱い事で。これで付き合って無いって言うんだから不思議だよな」
望に突っ込みを入れられて、慌てて七海の頭から手を離すと七海の顔が真っ赤になっていた。
そして俺自身の顔も赤くなっているのが判った。
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