第18話 sei.3

 凛は何とか橋を越えて工事現場にある放置車両を片っ端から探していた。

 周りに建物などがない為にもろに風と横殴りの雨を体に受けた。


「どこに居るんだ?」


 一か八か携帯を取り出し電話を掛けようとした時、何かが凛めがけて飛んで来た。

 咄嗟に避けたが携帯を持っている左手の甲に直撃し携帯が吹き飛び、手の甲からは血が落ちた。


「クゥ……」


 その時、近くのワゴンらしき放置車両の中で何かが動いた。


「あそこか?」


 スクーターを横倒しにしたまま放置車両に近づき中を覗きこむとそこには震えている杏が居た。

 窓を叩いくと杏が気が付いて杏が反対側のドアを開けようとする。

 もう一度窓を叩き開けない様に合図をし反対側に回り込み凛がドアを開けて車の中に入った。


「凛! ごめんなさい」


 泣き叫びながら抱きついて来た。


「もう、大丈夫だからな」


 凛が優しく杏の体を抱しめる。


「怖かったよぉぉぉ」

「安心しろ。もう、怖くないだろ」

「う、うん」


 しばらくすると杏が落ち着きを取り戻し凛の左手の怪我に気が付いた。


「凛、怪我しているよ」

「たいした事無いよ」

「そんなはず無いよ、こんなに血が出てる」

「これで押さえておけば止まる」


 凛がジーンズのポケットからバンダナを取り出した。


「貸して」


 凛がバンダナを渡すと杏がバンダナを巻きつけて縛った。


「ありがとうな」




 外は暴風雨が吹き荒れていた。

 ゴーゴーと音がして凛と杏が居るワゴンを揺らした。


「凛、大丈夫かなぁ。ここ」

「たぶんな、周りに物がいっぱいあるから飛ばされる事はないだろう。しかし、コートを着ていてもかなり濡れたな」


 凛がコートを脱いだ。


「凛、何をしょってるの?」

「ああ、忘れてたよ。災害用の持ち出し袋みたいなもんだ。義姉さんが持たせたんだ」

「中に何が入ってるの?」

「なんだろうな。懐中電灯にランタンにミネラルウォーター、乾パンそれにこれは保温シートかなチョコレートも入ってるぞ」

「凛……」

「杏、腹が減ったんだろ」

「うん」

「ゆっくり食べるんだぞ」


 杏にペットボトルの水と乾パンにチョコレートを渡す。

 杏が少しずつ食べ始めた。


「美味しくない」

「しょうがないだろう。非常食なんだから」

「家に帰ったら美味しいもの食べさせてやるよ」

「でも、もう私……」

「そうだな、もう帰る時間なんだな」

「私、帰りたくない」

「駄目だ」

「どうして、駄目なの?」

「このままじゃ、いけないのは杏が一番判っているんじゃないのか? それに杏はまだ未成年だしな。叔父さんも心配しているだろう」

「ここに居たい」

「また、来ればいいさ」

「嫌だ! ここに居たいの」


 杏が泣き出した。

 どれ位、泣いていたのだろう。

 しばらくして杏が震えて居るのに凛が気が付いた。


「杏、もしかして寒いんじゃないのか?」

「大丈夫、少しだけだから」


 杏の腕を触ると冷たくなっている。


「こんなに冷たいじゃないか」

「だって、怖くなって外に何回か出ようとしたら濡れちゃって。凛だって濡れてるじゃん」

「俺は、コートを着ていたからそんなに濡れてないぞ。こっちに来い」


 杏の服を触るとかなり濡れていた。

 凛が上着のシャツを脱ぎ濡れていないTシャツで杏の体を拭いた。


「それじゃ、凛が寒いよ」

「このままじゃ、まずいな」


 外は暗くなっていて電池式のランタンを点けると少しだけ車内が明るくなった。


「杏、悪いが少しどいてくれ」


 凛が倒されている車のシートの上にコートを敷いた。


「もう良いぞ、それとぬれた服を脱ぐんだ」

「ええ」

「恥ずかしがらないで早く脱ぐんだ」

「うん、判った」


 杏が仕方なさそうに下着姿になり両手で体を隠す。


「こっちに来て俺の足の上に座れ」


 ジーンズも濡れてはいたが足元ほど濡れては無かった。


「凛の足の上に座るの?」

「そうだ」


 凛が後ろから杏を抱きかかえるように座らせ、保温シートで2人の体を包み込んだ。


「あ、温かい」


 凛の体温を直に感じた。


「これで、寒くは無いだろ」

「うん、凛の鼓動が聞える」


 杏が体を横にして凛の胸に耳をあてた。

 杏はしばらく何も言わず何かを考えて居るようだった。

 そして決心したように凛に話し出した。


「ねぇ、凛は何で私の事を何も聞かないの? 本当は私……」

「杏(あんず)と書いてアン、超人気のアイドル。夏海 杏 7月生まれ 身長は157センチ、体重38キログラム、3サイズは上から80・53・82 好きな食べ物は甘い物」


「えっ、いつから知っていたの」

「最初からかな。確信をしたのは石垣島に帰ってきた夜だ」

「どうして判ったの?」

「空港で財布も携帯も持っていない女の子なんてそうそう居ないだろ、それもボディガード付きだ。どこかのお嬢様か付き人つきの芸能人か」

「知っていたから私に優しくしたの?」


 杏が不安そうな顔で凛を見上げる。


「優しかったか? 最初は面倒に巻き込まれるのが嫌だったよ。でも、なぜか気になったんだ理由は判らない。杏は何で俺について来たんだ? 他に人はいっぱい居ただろう」

「凛の目を見た瞬間に優しさを感じたの、この人ならきっと平気だって」

「優しさか」

「うん、でもやっぱり知っていたから色々と優しくしてくれたんだよね」


 杏の声がとても沈んでいた。


「杏は杏だろ違うのか?」

「そうだけど、他の人はみんな」

「ここに居るのは夏海 杏なのか? それとも秋川 杏なのか?」

「だって、秋川だって本当の名前じゃないし」

「そんな事を聞いてるんじゃないアイドルの杏なのか? 普通の女の子の杏なのか?」

「私は杏! どこにでも居る女の子だよ」

「そうだろ、職業なんて関係ないんだよ。杏は杏なんだ、職業で性格が変わるわけじゃない。人として肝心なのはもっと根本の問題だろ」

「でも、すむ世界が違うから……」

「それも、人が勝手に決めている事じゃないのか?」

「言うのは簡単だけど……」

「そうだな、難しいな。確かに、でも乗り越えられない訳じゃない」

「そうだけど私、帰りたくないの帰れば、もう会えなくなってしまう気がするから」

「杏は未成年だし、けじめはつけないとな」

「そうだね。逃げ出したのは私なんだし、まだ子どもって事なんだよね」

「縁があれば、また会えるさ」


 杏の表情は幾分柔らかくなったが、瞳に不安が揺らいでいる。


「それだけなの? そうだよね、凛にはこれ以上は無理だよね。私も、逃げないから凛も逃げないで欲しいな」

「逃げないでか」


 凛の目が哀しさを帯びていた。


「そんな目をしないで、大丈夫だよ。皆、凛は変わってきたって言ってるもん。少しずつ逃げないで向き合って行こう。ね」

「杏のお陰だな」


 凛が杏の体を強く抱きしめた。


「凛……」


 杏が疲れて凛の腕の中で眠ってしまった。

 外はまだ嵐が吹き荒れている、しばらくすると凛もいつの間にか眠りに落ちていた。      


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