第20話 貴也の告白

 1時間後、ゆりかは貴也と有名なマカロンのお店でお茶をしていた。

もちろん、貴也の護衛兼お付きのものが側に控えて目を光らせている。

ディナーまで時間があるため、少し貴也に街を散策に連れて行ってもらうことにしたのだった。


 「会いにきた目的は?」

「特になにも。

本当にパリの家に居ても暇で、退屈してたんだ。

クリスマスも終わったから、パーティーに駆り出されることもなくなったしね」

貴也が肩を竦める。

「おば様は家に居ないの?」


 あれは小学校1年の冬か、1度だけ貴也の母親にあったことがある。

たまたま日本に帰国していたらしく、和田家に遊びに行ったときに偶然遭遇した。

貴也よりも彫りが深く、背も高くて、貴也と同じ茶色の長い髪に白い肌の外人モデルのように綺麗な女性だった。

ゆりかを見て静かにペコリとお辞儀をしたのが印象的だった。


 「…帰ってくるけど、基本的に仕事が忙しそうだし、最近は恋人ができたみたいで、そっちも忙しそうにしてるかな」

 ??!!

な、な、何ですって?!

恋人?!

あれだけ綺麗だったら恋人の1人や2人いそうだけど、でも既婚者なのに…!

それって、それって…ふりんってやつですか?

 ゆりかはあんぐりしてしまう。

「そ、それは相馬のおじ様も知っているの?」

「さあ?

そもそも、僕は両親たち異性関係はどうでもいいし、本人たちに愛がないなら、こうゆう事態は仕方ないかなとも思うよ」


 な、何だ、このガキ。

妙に冷めている。

しかも浮気を容認してさえいるじゃないか。

 そもそも私の辞書に浮気の文字はない。

浮気なんてしたら一生墓場まで持っていかなければならないことなのだ。

子供に知られるなんて言語道断である。


 「それに正直、親の異性関係には関心ないんだよね。

ただ、僕に対して養育の義務をきちんとおこなってくれてるし、父親として、母親として、自分たちにできる限りは愛情を示そうとしてくれてるのを感じるから、僕はそれで十分だと思ってる。

今更親の愛情を求めていないし」


 ゆりかは唖然としてしまった。

9歳の子供がこんなことを言うなんて。

前々から大人びてると思ってたが、これではまるで悟りをひらいた、良い歳した大人みたいじゃないか。

ゆりかは混乱していた。

そして、まさか…とひとつの答えが浮かぶ。


 ――まさか自分と同じ?


 意を決したように恐る恐る口を開く。

「ねえ、あなた…何歳なの?」

 ちなみに私は外見9歳。

中身アラフォー、いやもうすぐアラフィフです。


 「…ゆりかさんは何歳なの?」

貴也の言葉の真意がわからず、ゆりかは首を傾げた。

「9歳」

「だよね。僕も9歳、一緒だよ」

 貴也がニコリと微笑む。

しかしその目はいつになく笑っていなかった。

そして綺麗な形の赤い唇から、信じらない言葉を口にする。


 「ただ、僕は君や悠希とは違う。

前世で大人だった記憶を持って生まれてる。

だから中身は大人なんだ」


 ――『前世で大人だった記憶を持って生まれてる』


 ゆりかは息を飲んだ。

 貴也の言葉がゆりかの頭の中で、何度も木霊して響く。


「嘘でしょ…?」

ゆりかの声が震えた。

心臓がドクドクと鳴るのが自分でもわかった。


 だが、貴也は嘘ではないというように首を横に振る。


 まさかとは思っていたのだ。

これまで彼は年齢に見合わない言動が多かった。

でもそれは元来の性格と、育った環境からなのかと思ってた。


 まさか自分と同じ人間がいるなんて…

しかも貴也君がなんて。


 ゆりかは震える声を絞りだす。

「…私もあなたと同じよ。

違くなんかない」

 そして数秒貴也をじっと見つめ、口にした。


 「…私も…前世の記憶があるの」


 ゆりかの告白に、貴也の目が見開いた。

店内は他にも人がたくさんいるのに、貴也とゆりかの周りだけ静かに時間が止まったかのようだった。

貴也は口元に手を当て少し考え込んだように、テーブルを見つめてつぶやいた。

「…やっぱりそうだったんだ…」


 ゆりかと貴也は自分のことを少しずつ喋り始めた。

 貴也の前世は30代の独身男性で、IT関連企業の会社員だった。

ある日突然事故で亡くなり、生まれ変わった時から、ゆりか同様、前世の記憶を持っていた。

 子供の姿をしているのに、精神年齢は30代の大人びた息子を、両親、特に母親は持て余していたという。

聞き分けが良すぎて、普通の子のように母親を必要としない息子のことがよくわからず、彼の母親の心が次第に離れていった。

 もちろん貴也自身も精神年齢が30代の自分に親の愛情が必要ないと考えていたので、余計にその溝は深まるばかりだった。


 そして貴也はゆりかについても大人びた子だという印象を持っていた。

ゆりかの時折見せる顔や話し方、趣向、考え方が他の子とは違っていた。


 ただ貴也とゆりかの存在は、悠希という特別な存在がいたから、際立って見られなかったと言っていい。

悠希は3人の中で一番子供らしい子供だった。

 それと同時に彼は非常に賢く器用で、尚且つ負けず嫌いでもあったがため、貴也とゆりかのそばにいることでどんどんできることが増え、二人と代わりないくらい…いや、それ以上の能力を手にしていた。


 「僕はね、悠希に色んな意味で救われているんだ」

貴也が優しい声色で言う。

「こうやって、僕の存在を、彼の後ろに隠れさせてくれる。

兄弟のように、小さな頃から僕が1人にならないようにって気にかけてくれてる。

だから僕は彼の味方でいるつもりなんだ。

この先もずっとね」


 そして笑顔になり、ゆりかをじっと見据えた。

その目にはなにか光るものが感じられた。

笑っているのに、笑っていない。

妙な笑みだった。


 「ゆりかさんは、あの入学式の写真についてまだ思い出せない?」

「…え?ええ、まだ…」

ふいに写真のことを持ち出したので、ゆりかは驚いてしまう。

 

 そして貴也が考えながらぽつりと、

「そう…まだ時期じゃないのかな」とつぶやいたのだった。

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