32守護の剣使えねー説2

 ――それはショック死ですね。


 工具類が並ぶ、音楽ホールでもない武器工房内に、やけに工房主の男性の声が反響した……気がする。

 来客のために部屋全体に照明を入れられ、閉められていた窓さえ急いで開けてくれた明るい工房内に、薄暗いような長い沈黙が横たわった。

 呆れる程には武器と縁遠い単語に意識の空白が生じたものの、外から入り込んだ風の悪戯か、メリールウ先生が返した魔法の箒が、立て掛けてあった壁から硬い床に倒れた音で我に返った。因みに魔法を使えない先生みたいな人でも使えるのが魔法の箒が魔法の箒たる所以ゆえんだ。

 僕は何とか気を取り直して考える。


 えーっと……僕の耳がおかしくなったのかな? あははだって、ショック死?


 指で一度耳穴をほじほじする。


「すいません今のよく聞き取れなかったみたいで、もう一度仰って頂けませんか?」

「あ、俺もです」


 やや申し訳なく挙手すると、僕とジャックだけじゃなく何と遅れてミルカもリリーもロリ先生も同様の声を上げた。

 え、皆まで?

 工房主は嫌な顔一つせず頷いてくれる。


「この剣が砕けたのはショック死したからでしょう」


 ええとやっぱりまだ耳の調子が……。


 すると場の微妙な空気を察したのか、思い出したように片眼鏡モノクルを外し台の上で指を組んだ彼は控えめな苦笑いを口元に含む。おそらく片眼鏡モノクルは作業時用なんだろう。ちょっと残念。似合ってたのに執事属性アイテム。


「皆さん奇妙な言い回しに思われたでしょう。当然です」

「って事はじゃあ、今のは大真面目な発言なんですか? ふざけたわけでもなく?」

「もちろんですよ」

「……」


 どうしよう、もしや真面目そうに見えて一周回って武器を擬人化しちゃうファンタジーな職人魂を持っちゃった御仁なんだろうか。


「じゃあそこの魔法の箒はエリザベスとか? いやでも箒はさすがに自作じゃないだろうから違うかなぁ?」

「ちょっとアル……駄々漏れ」


 傍のミルカが呆れ半分な面持ちになった。失礼はNGだと言外に目で語られる。


「えっ! アハハ、でっでもセーフだよセーフ」


 幸い独り言の側面が濃かったせいか口の中で呟くような声だったし、工房主は工房主でちょうどよく倒れたエリザベスいやいや箒を直しに席を立ったから聞こえてなかったみたいだしね。とりあえずお口にチャック、っと。


「時々ミルカも似たようなもんだろ。アルの事になると――ぐぼふっ!」


 逆からチャックいやジャックがぼそりと言って、ミルカは杖のリーチを駆使して僕を挟んだ向こうにいた彼の脇腹に一撃を入れていた。伝説の杖の使い方に泣けそっ。

 ただ僕の名前がちらっと聞こえた気がしたけど何だろう。まあ口は災いの元ってね。

 ってゆーか独特なイチャ付き方はよしなよね。リリーが目を丸くして変な顔でこっち見てるよ。


「おや、どうかなさいましたか? お腹を押さえて、彼は具合でも……?」

「おほほ、いえ気にしないで下さい。胃腸が弱いんです。ところで先程の言いようは、剣が壊れた状態を比喩したと捉えていいんですよね?」


 席に戻った工房主にミルカが全く以て何もなかった顔で改めて訊ねる。

 ……女子ってたまに非情。僕は同情を胸に、悶えるジャックの背をそっと優しい手で支えた。


 視界の端っこでメリールウ先生が僕達を見てドピンクの髪をピョンと跳ねさせたのが見えた。え……髪の毛って勝手に跳ねるっけ?

 しかも何故か「はわわわまさかの幼馴染みラブ~!?」とか言って赤くなった頬を両手で押さえてるけど、何だろねあの反応は?


 まあ僕達の馴れ合いは置いといて、工房主は親切にミルカの問いに説明をくれる。


「比喩ではなく、この剣に実際降りかかった不幸な事実を述べたまでですよ。この剣は自由意志を持つので、意識崩壊を引き起こし自壊――つまりは死する程の精神的な衝撃に遭った故に粉々になったのでしょう」


 ええと……? あは、話に付いてけないや。


 意識崩壊で自壊するって、何?


 仮に廃人になったとしても人間の体は自らバラバラになったりしない。なったら怖いっ。イマイチ理解できずに僕は隣席のジャックと顔を見合わせる。

 一方魔法関係に詳しいミルカが感激したように目を輝かせ、作業台に両手を突いて身を乗り出した。


「そうなるって事は、やっぱり魔法剣なんですね!」

「ええ、分類上はそうなります。守護のつるぎと言って古くから王国騎士団に伝わる代物です。名前の通りに王国を、ひいては世界を護る意思を宿した剣と言えましょう」


 世界を!? うわぁそんな壮大な使命を持った大層な一品だったなんて、ロリ先生は何て物を壊したんだー。


「突然砕けたのは、やっぱり上空から落としたダメージが原因で痛過ぎて意識崩壊を起こしたからですか?」


 はてさて剣に痛覚があるのかは不明だけど、痛過ぎて死ぬってのは人や魔物の間でも聞く話だ。

 ミルカの鋭くも率直な問いかけに、ずっと肩身が狭そうだったロリ先生が首を縮めた。

 工房主はそんなロリ先生へと柔らかく微苦笑を向ける。


「あれはかなり毛色の変わった魔法剣ですから、そんな物理的な衝撃だけではそうそう壊れません。ですから安心して下さい。貴女に責任はありませんよ」


 そう穏やかに無罪放免されたメリールウ先生は顔をね上げると、脱獄不能の地下牢獄のどん底から救われたような顔をして、目一杯見開いた両目をじわ~っと潤ませた。


「では、外部からの物理的な影響が直接の原因じゃないのなら、あっさり本体を自壊させる程の精神的衝撃とは一体何なのですか?」


 キリリと学問をする者の顔になっているミルカ学生のもっともな質問に、工房主教授は朗らかに答えを示した。


「守護の剣は使い手を自ら選ぶ習性があるので、大方選んだその候補者から拒絶でもされたのでしょう。あの剣はお嬢さん方同様とても繊細なんですよ」


 さらりと繊細だと言われた女性陣は満更でもなさそうに各自髪を整えたりした。工房主の恋愛スキル、かなりあると見たね僕は。

 って言うか繊細……。鋼鉄か何か頑丈な物でできた剣が?


 そろそろ突っ込むか噴き出すかしていいだろうか。


 石畳にさえ難なくめり込む硬質ボディのくせして、脆いガラスのハート、豆腐メンタルの持ち主?

 いや仮に心が春のそよ風にすら折れる究極の手弱女たおやめだったとしても、さすがに本体まで細かく総崩れって無いでしょ。剣としてどうなのそこ。


「かつて使い手がいた頃、ショッキングな何かがあると戦闘中だろうとなりふり構わずに突然折れたり砕けたりする事もあったようです」

「うわーそれは可哀想ですねー……主に使い手が」

「ええ、まあ」


 しみじみと呟く僕を見て、工房主がゆっくりと同意に頷く。

 僕だったらそんな剣御免だよ。使えな過ぎるっっ。

 でも、あれ? 今の話だとまるで……。


「あの一つ訊いても? 過去にもショック死……というか壊れたなら、その剣は直ったって事ですよね?」


 僕がひとまず部屋の隅に置かれた紙袋(残骸入り)をチラリと見やると、工房主は「お察しの通り」と微笑んだ。


「折れた剣身なり、破片なりをさやに押し込めておけば、いつの間にか復活を果たしているそうです。ベタな表現であれですが、心の傷は月日が癒すという事でしょうか。自己修復の明確な期間などは使い手や状況によってまちまちだったそうですが」

「独りでに直る!? それはすごいですね、懐に優しい修理費不要の剣だなんて!」


 鞘は剣身の保護だけじゃなく、修復修繕の効能まであるとか、さすがは騎士団に伝わる由緒正しき高貴な魔法剣ご一式。

 僕の今の剣は手入れ道具に何だかんだで費用が必要だから羨ましいね。守銭奴よろしくほくほくと顔を輝かせる僕に、工房主は呆れるでもなく人に安心を与える微笑を崩さない。元々そういう人相なのかもしれないけど。


「自己修復機能が付与されているのは便利と言えばそうなのですが、事ある毎にいちいち自壊されていては戦闘もはかどりませんし、煙たがられてしまったのか、今回定期メンテナンスに出されるまでもタペストリーよろしく長年壁に掛かったまま放置されて埃を被っていたみたいですよ」

「へえ、じゃあ今は使い手がいないんですか。騎士団の方で募ったり探したりはしないんですか?」

「ええ、それがどうにも選り好みが激しくて剣術の達人を何人連れて来ようとも決まらず、向こうの方々も諦めて最近では積極的に使い手を探す事はしないのだとか。騎士団内部では腐れ宝剣とまで囁かれているようですよ」


 宝の持ち腐れだと嘆くんじゃなく、腐れ宝剣て……身内からもボロくそ。さすがに気の毒になってきたよ。


「まあ、そんな事情なのでこうして思い出したように何年かに一度私の元に手入れの依頼が来るのですよねえ。ふうぅ、鞘に入れとけば必要ないとは思うんですけれどねえ。……億劫でしたが何度も引き受けてきた手前できないとも言い出せず、国からの依頼でもあるので断るのもかえって面倒でして、結局は今回も引き受けたという次第です」


 わあぁ~、武器職人からですら疎まれてるって、涙出そうだよ。しかも今の何げに軽く愚痴だよね。今度飲みに誘ってみようかな。僕は飲まないけどもさ。

 僕はチラリとだけ憐れみの目で紙袋を見やった。なるほどー、纏めると守護の剣はフリーだけど持てあまされてる、と。


「そんなある意味厄介な剣を任されるなんて、ウィリアムズさんも中々に大変ですね」

「使い手のいない現状では仕方のない事です。誰か使い手がいるのであれば手入れもするでしょうからね」


 薄く諦念を滲ませる彼はどこか儚げにした。凄い剣のメンテナンスを任されるなんて職人冥利に尽きるんだろうけど気の毒にも思えてきた。貧乏くじってやつだね。

 それを思うと、こちらも使い手を選ぶって話のシュトルーヴェの魔法杖がミルカって有能な使い手に恵まれたのは杖にとっても幸運だね。

 僕は僕で実家の長剣が単なる頑丈な普通の剣で良かったって思うよ。戦闘中に自壊でポッキリポックリ逝かれたら大変だった。そんな大惨事になったら僕自身も逝く可能性が高いしさ。


「守護の剣はそのような厄介な特性もあってか、先の所有者は相当扱いに苦労したみたいですよ。結局は怒って剣を放り出してしまいましたけれど」

「え。放棄したんですか。伝説級の剣を……」

「ええ、可哀想にも捨てられてしまったのです。その時も今回程ではありませんでしたが、派手にぶっ壊れましたねえ。ポッキリ真っ二つになりましたっけ」

「うわー相当ショックだったんですね、剣的には。それにしてもその人も無責任ですよね全く。飼うなら最後まで責任を持てって話ですよ」

「ええ、ええ、尤もですよ、尤もです。もしもその使い手に会ったらそう言ってやって下さい」


 何か犬猫の話みたいな感じになっちゃったかも。僕を見据える工房主は何故かしみじみとして見える。彼は仄かな可笑しみを含んだ両目を細めて僕の目を見つめてきた。

 どこか懐かしそうに。


「でもその人かなりメンタル強いですよね。そんな事して大丈夫だったんですか? 罰されたりは?」

「ああ、そこは彼は守護の剣を使わずとも十分に強かったので問題にはならなかったようですよ。むしろ戦いの最中に壊れられて戦闘効率が落ちるよりはと周囲も納得済みだったようですし」


 それって要はあってもなくても大して変わらないって意味だよね。守護の剣の存在意義って一体……。


「うーん、何にせよ、こう言ったら失礼ですけど今回の候補者はラッキーでしたよね。壊れたのが戦闘最中じゃあなかったわけですし、まだ持ち主になったわけでもなかったわけですし」

「ふふ、そうかもしれませんね」

「ところで、剣は時間差自壊したんですよね。あの場には僕達や通行人だけでしたから件の候補者は近くにはいなかったわけですし。そうなると、精神限界がどの時点かわからない分益々厄介ですね。……とは言え、候補者もその剣を受け入れてやって、上手く付き合っていけるといいですよね。世界平和のためにも」

「ええ、そうですね。私も良好な関係を築ける事を願いますよ」


 他人事だと思ったらついつい気楽に考えてしまう僕と咽の奥で微かに笑う工房主。


「「「「…………」」」」


 そう言えばさっきから僕と工房主しか喋ってないと思ってたら、四対の瞳が僕に一点集中していた。


「……何、みんな?」


 何度か瞬きして順繰りに皆を見ていくと、ジャックが多少重さを感じるくらいはしっかりと肩に手を置いてきた。


「魔法剣にも好かれる天性のタラシ気質」

「タラシ? いやいや別に好かれてないけど? むしろ刺さりそうになったし嫌われてるんじゃないかな」

「んなわきゃない。アル、心して聞いてくれ。守護の剣はお前の事が大大大好きだと思う」


 急に何を言い出すのかと呆れようとしたけど、妙に近い位置にあるジャックの目はマジだった。しかも周りの誰もジャックの言葉を否定してくれないって、ちょっと酷い。何となーく僕の意思に反して面倒を押し付けられようとしている気がしなくもない。

 わけがわからず目を白黒させる僕を放置して、ジャックはくるりと工房主の方を向く。


「くッ……おじさん、俺達には無理です……――責任を取れません」

「責任を取る? 何で僕達が? だって先生のせいじゃないって言ってたでしょ。目星を付けた人からの拒否だって」

「だからこそだ、アル」

「いやいやわからないって、説明求む!」


 事件現場にたまたま居合わせただけなのに犯人扱いされるみたいなものじゃないかそれ。

 僕の愛読小説の一つ「湯けむりスライム殺人事件」じゃ偶然湯治場に居ただけの主人公が犯人扱いされるって展開だったけど、その時の動揺と理不尽と、そして殺人の被害者だと思われていた人が実はうっかりスライムを踏んづけて転倒死した不幸な人だったって落ちには泣いた。

 で、僕は今その主人公になった気分だよ。僕が懸命に両肩を揺さぶっても友ジャックは沈痛に視線を逸らすだけで真実を何も告げようとはしてくれない。

 ミルカやリリーを見やっても、彼女達も突然訪れた悲しみに耐えるように目を伏せている。

 ロリ先生はロリ先生で「心配しないで。連帯責任だからね! 先生がしっかりサポートするよ!」とか拳を握りしめてきゃわゆい熱血スポ根の炎目だ。頭のピンクの尻尾が力んでるせいか広がったり纏まったりを繰り返してるけど、やっぱりまさか生き物なの……?

 それよりもどうして連帯責任になるのかな。僕達は何もその剣にしてないってのにね。勝手に降ってきたのは剣の方だってのにね。ちょ~う納得いかない。

 僕が反論しようとしたところで、工房主が両手で僕達を宥めるようにした。


「まあまあ皆さん落ち着いて下さい。鞘に入れておけばいつの間にやら直ると言ったでしょう?」

「それは確かにそうですが、騎士団の方々が怒ったりは……。実はあたし達入団試験を受ける予定なんです」


 あー、だよね。試験受けるってのにこの件で不利になったり受ける前から貴様らは失格だあっなんて言い渡されたら泣くに泣けない。

 懸念するミルカへと、工房主は左右に首を振る。


「いいえ、怒りはしないでしょう。当代の騎士団員達からはガラクタと完全に捨て置かれていますし、壊れても直ると知ってもいますし、気にする人はいないでしょうから。人によっては今回メンテに出された事にすら気付いていないかもしれません」


 くあ~っ今度はガラクタ呼ばわり……ッ。


「私の言質だけでは不安でしたら、忙しくて見ている暇がないから一旦仕舞っておきたいとか何とか適当に言って、直るまでこちらで鞘を借りておく裏技も可能ですよ。そうすればバレずに済みますしね」


 この人今さらっと隠蔽いんぺい工作を提案したよね。

 騎士団を、ひいては王国を欺くも同然なのに、何とも恐れ知らずな御仁だよ。タイプは違うけど身内の誰かさんを思い出すーう。

 この人、礼儀正しい常識人に見えて実は結構食えない人なのかもしれない。

 と、ミルカが横から僕の服を引っ張ってきた。


「ねえアル、かなり不憫な剣だし、一度くらい使ってあげたら?」

「はいー? 何で僕が!? 嫌だよ!」

「だって、ねえ……」


 核心を誤魔化すようにして彼女は皆を見回した。

 工房主はその様子と紙袋を一瞥してから僕を見る。ふむむと咽奥で低く唸るようにしたけど、ええーっ僕が何かした!?


「よろしければ破片をお持ちになりますか? 鞘は後程騎士団の方から適当に理由を付けて借りておきますし、届けさせましょう。それで直ったら本当に試しに使ってみては如何です? ……或いは、扱いによっては鞘がなくても直る可能性もありますし」


「――いえ。間に合ってるので他に剣は要らないです」


 そこは指を揃えた掌を突き出してきっぱり断った。

 カッコ良く二刀流とかも出来なくはないけど大変だし、僕が宝剣の好みに入るとは微塵も思わないし。

 一番はやっぱさあ、勝手に壊れる武器はちょっとねー……。


「そうですか。まあそれも仕方がないですね。自業自得、我が儘のツケでしょう」


 剣に向けて言ったものか、工房主はそんな台詞で締めくくると、やっぱりお茶をお出ししますと持て成してくれた。そこで僕達は一人ずつ自己紹介をし、工房主からもされ、互いに交流を深め合った。

 もう誰も気にしない部屋の片隅で、剣身の残骸がさらに細かく砕ける音が何度かしていた。


 ――結局、粉々剣は「まあとりあえずこれでは誰が持っていてもただのゴ……お荷物ですし、鞘に入れて直るまでここに置いときましょう」とか工房主が引き取ってくれて一件落着。

 でも絶対あれゴミって言おうとしたよね、ゴミって。


 路上に埋まった部分もどうにかしてくれるだとかで、メリールウ先生がそこは責任を持って案内するとか張り切っていた。リリーは「また迷子になるよ」と心配そうにしてたけど。


 その後は仕事の息抜きも兼ねてか、もうちょっと踏み込んだ守護の剣の話をしてくれた。僕的にはもっと別の話を聞きたかった。入団試験のためになるようなね。

 でも工房主ウィリアムズさん曰く、所有者決めよりももっと本来重要視すべき事柄らしい。

 守護の剣は造られた正確な年代こそよくわからないみたいだけど、どこかの遺跡にあったとかで、少なくとも千年以上は昔の相当古い物なんだそう。その頃には存在を管理されていた記録があるからそこは確実なんだとか。それより前は不明みたいだけどね。


 強力な魔法剣だからか劣化はほとんどないってか皆無。


 熟練武器職人の目から見てそうなんだからそうなんだろうね。何とも恐ろしい代物だ。


 そして、の剣が動く時は王国に、そして世界に何かが起きる予兆らしい。


 五十年前の各地の異変についても聞いた。祖父が奮闘した昔の親方スライムもその頃の異変の一つなんだろう。

 でもさ、話を聞いて思う。


「それって一大事じゃないですか。現状粉々ですし、何かが起こった場合何の役にも立たないんじゃ……。全く、拒否ったどこぞの候補者も酷いなあ」


 危惧すべき事実を口にした僕に皆が無言で物言いたげな視線を向けてくる。

 ちょっと皆、何でまたそんな目で? あ、ウィリアムズさんまで便乗してー。


「まあ必要となればきっとどこかにいる使い手候補者も危機感を抱いて復活というか復剣を望むかと思いますし、そうなれば自ずと剣の方も奮起して即刻直るかもしれません」

「え……そういうものですか?」

「まあそういうものでしょう。変事にしても、必ずしも起きるとは限りませんしね。杞憂だといいですね」


 何となく人任せな風が吹いてる気がしないでもない。

 僕の当惑を知ってか知らずか、ウィリアムズさんはその優しげな面立ちに読めない笑みを広げた。


 色々と話を聞き終え、これ以上の長居は仕事の邪魔になるからと僕達は工房を後にした。先生は埋まった残りをいつ回収するかでウィリアムズさんと相談し、明日以降の互いの都合のつく時間にと決めたようだった。


 僕達は先生の書物を箱詰めして送る手配を手伝って、まだ時間もあったので再び古書街に戻った。

 先生もリリーも僕達が騎士団の試験を受けるのを知って能力向上関連の書物探しを手伝ってくれるって言うから有難い。

 そこそこ労力を費やした後、工房内ではちゃんと休憩した気にはなれなかった僕が騒動前に入るつもりだった喫茶店へと誘うと、皆も同意してくれてようやくそこで人心地つけた。

 ミルカは最初こそリリーとメリールウ先生に遠慮していたようだけど、いつの間にか昔から一緒だったみたいに打ち解けていた。そんな和気藹々あいあいの雰囲気で近況を話したりして過ごした時間は何だかオースエンド村の学生に戻ったみたいで楽しくも懐かしかった。

 予想外に美味しい紅茶や軽食を堪能し、以後王都滞在中はこの店が僕達の行き付けになった。

 ここは美味しい喫茶店。


 ――これだけは誰も勘違いしなかった事実だ。






 リリーと先生と別れて宿に戻り、ジャックとミルカに古書街での不思議出来事を話して聞かせた。

 二人にも理解できない不可解な時間を僕は過ごしたらしい。魔法に詳しいミルカはそれを何らかの幻覚魔法だとは考えてるみたいだけど、僕が会った古代魔法を知るあの老婆が僕の親類縁者かもしれないって考えについては猜疑的だった。幻覚魔法でそこはどうにでも見せられるかららしい。

 だけど、僕に幻覚を見せて何の得があるんだろう。

 まあとにかく、二人に相談して出た結論は、よくわからない、だった。


 ただ、僕は老婆の意味深な言動と、最後に見た古代魔法陣の発動がずっと引っ掛かっている。やけにリアルだったからだ。


 ミルカもジャックもその感覚すらも幻覚魔法の効果じゃないかって言ってたけど、本当の本当に、何も起こらないよね……?


 その夜はベッドの中、不安を胸に目を閉じた。


 ――翌日。


 今日は朝から生憎の雨天。


 外を見るまでもなく、部屋の湿度やカーテン越しに窓から差し込む光の強さや色合いが、それを物語っていた。


 古書街ではそこそこためになりそうな本を何冊か見つけた。実践してみようって思える武器の使用方法やアイテムの使い方、体内に取り込むその組み合わせなんかも目新しいものがあった。しばらくはそれらを試して宿での自由時間を過ごすだろうね。折を見てまた足を運ぼうと思う。


 で、とりあえず起きたしカーテンを開けて、……一度閉じた。


「アハハ実はまだ夢の中なのかなー、悪夢の」


 ジャックもミルカもまだすやすやと眠ってるけど、朝のバイトもあるからそろそろ起こさないといけない。

 気を取り直してもう一度カーテンを開けて、僕は白けた微笑みのまま固まった。



 だってさ、雨粒と一緒に空から――――スライムが降っていた。



「…………」


 うん、スライムがだよ、スライム共が。あいつらが……――WHY!?


 いや落ち着け僕、また閉めて、見間違いかもしれないと深呼吸三回の後にもう一度開けて、やっぱりまたまた閉めた。

 ……超・現実だった。


 ファフロツキーズもしくはファフロッキー現象!?

 空からイカやらエビやらの海産物とか、カエルとか時には動物とか、とにかく原因不明に有り得ない物が降って来るってあの怪雨現象が目の前に!


 何だよこれ!?

 王都の空って普通じゃない何かが降って来る確率が高くない? 剣とかメリールウ先生とかっ!


 しかもそれらは僕にどんな形であれ面倒を及ぼす。


 そう思うのは被害妄想だろうか――――いや、ない!

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