25終曲は新たな序曲へと1

 再会して早々に故郷に帰るぞとか言ってきた祖父。クラウス・オースチェイン元王国騎士団団長。

 強面で、そのくせちょっと怖がられるとすぐにハートが傷付く本当は割とナーバスな男……って、ああこの情報はいらないか。

 でもリディアさん達魔法学校組三人に敬遠されているのを悟ってか、ちょっと表情が暗くなってはいたっけなあ。


 そんな祖父は僕の腕を掴んだまま睨むような険しい顔でこっちを見てくる。前置きなんてほとんどなしな命令に、僕もジャックも暫し息を呑んでしまっていたけど、僕は一歩先に気を取り直した。


「帰る? 冗談じゃないね。僕達は戻らない。やるべき事があるんだよ」

「待って下さいクラウスさん、俺達決して遊びで冒険者やってるわけじゃないんです!」


 僕に僅かに遅れて我に返ったジャックと揃って訴え出れば、祖父は凛々しいって言うより頑固そうな太い白眉をぎゅっと寄せ険しかった面持ちをより険しくした。ついさっき僕を見て相好を崩したのが嘘みたいだ。


「ろくな訓練もなしに魔物と戦うなど危険極まる。つべこべ言わず村に帰るぞ」

「じーさん!」

「クラウスさん!」


 祖父は僕の腕を掴んで離さない。

 こっちの意見は重要じゃないんだ。引き摺ってでも強制的にオースエンドへと連れ帰ろうとしているんだってハッキリわかった。

 それはスライム級に困る。

 遺跡壊滅の報告と言うか僕的には懺悔は明日なんだから今すぐ移動なんてのはキングスライムオブ無責任、末代までの恥、到底容認できない相談だ。


 大体、急いで迎えに来るだなんて、このじーさんは全くどうしてそこまでして僕に冒険を止めさせたいんだよ?


 その理由も含め訊きたい事が山程ある。記憶の残滓や謎のスライムカルマについてだって問いたいのは山々だ。あとどうやって短期間でここまでやって来たのかとか。一睡もしないでテイムドラゴンで空を飛んできたなんてトンチキな強行軍はまさかないよね?


「僕を心配してくれてるのはわかるけど、これまで何事もなくやってこれてるんだ。帰らされる道理がないよ」

「こちらには理由があるのだ」

「理由? どんな?」

「家に帰ってからゆっくり話して聞かせてやる。魔物の討伐などわざわざ危険を冒してまでお前達がやらずとも、巷には玄人が他に大勢いる。無謀な冒険で人生を無駄にするな」

「はあ!? 理由があるならここでハッキリと話してくれればいいだろ。でもどんな理由だろうと僕は冒険を止める気は毛頭ない。無駄な冒険だってない!」

「未熟者が何を知った風な口を。そのような軽口の如き愚言を叩ける時点で、本当の身の危険というものをお前はまだ全く理解していないのだ」

「それは……!」


 そうなのかもしれない、けど……ッ。

 今にも僕を荷物よろしく担いで行きそうな圧を放つ祖父へと負けじと肩に力を入れて対峙する。

 一色即発の雰囲気を緩和しようとしてか、ジャックが僕と祖父の仲裁に入るように間に割り込んだ。


「クラウスさん、アルが帰らないなら俺も帰りません。アルが強制送還されるのを黙ってもいません。全力で阻止します」


 ジャアアァーーーーック!!


 ちょっと君はホントにジャックなの!? 感動なんだけど!?


「俺達、冒険者として魔物で苦しんでいる人達の助けにもなってきましたし、結果は出してます。現にサーガの魔物達だってこっちで退治したんです。ですからどうか考え直して下さい」

「今まで何事もなかったのは幸運だったからに過ぎない。ジャックには悪いがアルフは伯爵家の後継なのだ。万一その身に何かあっては非常に困る」


 苦々しい溜息と共にそう吐き出され、僕の中で益々不満が募っていく。


「冒険に危険は付きものだよ。各地を回れて後学のためにもなる。そもそもじーさんだって跡継ぎだったくせに若い頃から騎士団にいたよね。そっちこそ危険にどっぷり浸かっていたくせに、自分だけ良くて僕は駄目とか不公平だよ」

「騎士団はしっかりした組織だが、冒険者は違うからだ。魔物との戦いに敗れ人知れずどこかで野垂れ死にしてもおかしくないのだぞ。万一危機に直面した場合、こちらは知りようもないではないか。物言わぬ骸になってからでは遅いのだ。心配を掛けさせるな」


 僕を案じてくれる心は本物だろう。だけど、そこを責められるなら僕だって今みたいに祖父の若い時を引き合いに出すよ。

 ただね、僕を連れ戻そうとするその理由が何であれ、ここで堂々と言えない秘密があるんだとしても、僕だって譲れない。


「安心してよじーさん。僕には崇高な目的があるんだ。死んでなんていられないよ」

「崇高な目的? 何だ?」


 僕は眼差しをスッと細めた。


「――この世界からのスライム撲滅」

「なぬうっ!?」


 思わずと言った具合に仰け反った祖父は怖いくらいにくわっと両目を見開いて血走らせ、烈火が宿ったが如く眦を吊り上げた。


「ならんっ!!」


 ここ一番の覇気に、宿屋カウンター前ロビーは、まるで弦がビイイインと振動したような空気の鋭さに包まれた。ダニーさんもびっくり眼で僕達の方を見ている。大丈夫ですって苦笑を返したらホッとしたように帳簿付けへと戻った。


「至る所に蔓延っているスライムを撲滅だなど土台無理だ。大人しく諦めて共存の道を探れ!」

「共存? それこそ土台無理だよ。オースエンドの屋敷で嫌って程不可能だって悟ったしね。毎日排水口から出てくるのを見る羽目に陥ってた僕の気持ちがわかる? しかもじーさんは僕が再三再四頼んだにもかかわらず、排水管の高圧洗浄をしてくれなかった」

「うぐぐ、それには深いわけが……」

「深いわけ? そんなの単にケチ臭いだけだろ。じーさんは僕の心の安寧よりも――スライムが大事なんだろっ!」


 指先を突き付けて名探偵のように言い放てば、祖父は図星だったのか大きく両目を見開いてよろめきながら「うぐっ」と僕愛読の小説スライム殺人事件の真犯人のように言葉を詰まらせた。

 よく家を空けていたとは言え祖父も奴らの生んでいた利益については聞き及んでいたはずだ。排水管の中で増え過ぎたあいつらは半ば無尽蔵で、我が家はそいつらの魔宝石で荒稼ぎできた。買い取りランクは低かったけど塵も積もれば結構な貯蓄になったって母親がほくほくしてたっけねー。そりゃあ大事にするよね。

 祖父は気を取り直したのか咳払いする。


「…………アルフ、スライムはそう悪いものでもないぞ」

「悪い! 全部悪だね、存在そのものが悪、悪玉菌より質が悪い! 奴らへのストレスのせいで十円ハゲできた事だってあったんだからね僕は……ッ!」


 大いに嘆くと、その期間の僕を傍で見てきたジャックが同情的な目をした。


「ああもう奴らの話は置いといて、とにかく僕は仲間達と共に旅をしてるんだ。無理やり連れ帰らされても何度だってまた冒険旅に出てやる。大体にして、今は崩壊したサーガ遺跡の件を放り出しては帰れない」

「何……? 崩壊? あの古代遺跡が崩壊しただと!?」


 声の大きさにかダニーさんがまた気掛かりそうにちらとこっちを見て再び帳簿へと目を落とす。五月蝿くしてすみません。


「まさかそこまでの事態とは思わなんだ。何故崩壊などという物騒な顛末になったのだ?」

「えーとそれが、遺跡の中で黒くて大きなスライムが出たんだよね。そいつが二度と召喚されないようにって思ってやったんだけど……」


 事実から予測を立てた古代魔法陣と親方の関係性をざっくり説明すれば、祖父は無謀な真似をと怒ったりはせず暫し何かを考えるように黙した。ややあって小さな溜息を落とす。


「……なるほど、そうか。あれがまた出たのか」


 あれとかまたとか、まるで知悉しているような言い方に僕はとある可能性が頭に浮かんで気になって訊ねた。


「もしかして五十年前に遺跡に出た巨大スライムを倒した王国騎士って、じーさん?」


 祖父の正確な入団年月日は知らないけど、若い時分からその頭角を表して長年団長を務めたって言うし、十代当時から強くても不思議じゃない。なーんて、そんな偶然あるわけないか。


「あれは私一人ではなく、派遣された騎士達皆で討伐したのだ。私もまだ入団したてで苦戦したよ」

「えっ、まさにそんな偶然だったのお!?」

「うん? 魔物は手強かっただろう?」

「あー……うん、ある意味? 出産の臨場感を味わえたかな」

「出産?」


 祖父はわけがわからないと言った目をして僕を見つめたけど、話が脱線したと気付いたのか表情を引き締めた。


「それで、もう一度確認するが本当に遺跡は崩壊したのだな? 最奥の壁画ごと、そして天井ごと」

「え、ああうん。通路も全部ね。どうも脆くなってたみたいで~、ハハハ」

「そうか……そう、か……」


 僕は目を泳がせたけど、祖父は安堵なのか落胆なのか感慨深げに呟くとそれきりしばし口を噤んでしまった。さっきから何なんだろう。


「ええと、じーさん……?」

「古代魔法陣などと……あんな物は無くなって良かったのだ。当時の私には存在を察知できても顕在化させる条件を見出せず壊せなかった。巨大スライムを倒すのだけで精一杯でもあったしな。以来、ずっと気掛かりではあったのだ。古代魔法陣の存在は私にしか察知できなかったのもあり、下手に世間に露見するのも危険だと私だけの胸に秘匿して気付けば早五十年。その間一度も発動がなくこのまま平穏が続いてくれるのを願っていたんだがな。よもやアルフがまた巡り合うとは……」


 祖父は真剣な顔付きで僕の目を覗き込む。変光眼同士が互いの姿を映し込む。え、やだこわーい。悪人面~。


「ところでアルフ、召喚陣は一体どのような条件で発動したのだ?」

「あーうん、実は遺跡に古代人の腕が隠されてて、それはさっき上に行っちゃった三人が見つけたんだけど、魔法陣はそれを守るための番犬だったみたい。持ち出そうとしたからスライムが召喚されたんだと思う」

「ほう、古代人の腕だと?」

「うんそう。まああれは最早呪物って言っていいと思うけどね。真っ黒くて魔力がヤバい代物で、たぶん普通は触ったらただじゃ済まないと思う」

「そんな物が隠されていたのか。その危険物は今どこに?」


 僕はほんの少しだけ躊躇した。


「……カルマに。灰色髪の十歳くらいの見た目の子に預けたよ」

「なっ、カルマだと!? あ奴がアルフの前に現れたと!? 何もされなかったか!?」


 やっぱ知り合いなんだね、古代のスライムと。

 祖父は『彼』の記憶をどのくらい把握してるんだろう。そしてカルマは僕達とはどんな因縁がある?


「まあまあそんなに怒らないでよ大丈夫だから。カルマは遺跡天井崩落の際に僕達を一助してくれたんだ、根っからの悪い奴じゃあないと思う。カルマのことはじーさんの方が僕よりもよく知ってるでしょ?」

「んむむむ、あ奴は腹の読めない奴だ、もしも次に会う事があればガードを緩めてはならん。件の腕に関してはカルマが持っていったのならカルマに任せておけばいい。おそらくは元々隠したのも……」


 祖父の消えた言葉尻にはカルマの名前が入る気がした。

 結局、僕は何となく『彼』の腕だとは告げずに済ませた。どうしてわかったのかを訊かれても明確な証拠はなく説明に困るし、ジャックやミルカがいる前で記憶の残滓に関わる話をする覚悟がまだできてなかったせいもある。


「アルフ」


 なに、とキョトンとすれば、じーさんは厳しい表情をふと消した。


「感謝する。サーガの人々を危機に晒す古代魔法陣を破壊してくれて。本来なら五十年前の騎士団の仕事だったというにな」

「…………いや、うん、なら良かったよ壊して」


 まさか感謝の言葉を掛けられるなんて思ってもみなかった。

 糾弾され、親父の雷より怖い祖父の雷が落とされるのを覚悟していたのに。それなのにまるで正反対の反応をされて、僕は咄嗟に言葉が出て来なかった。

 何か詰まるようなものが胸に込み上げてくる。

 それは、この上ない安堵。


「良かったなアル。クラウスさんが理解してくれて。ここの人達の安全に重きを置くとことか、やっぱクラウスさんはお前の祖父だよ。気持ちが一緒だ」

「あ……はは、そうかもね」

「おいおい嫌そうにするなって、クラウスさん切ない顔してるだろ」

「別に嫌なわけじゃないよ」


 ククク、これで街への賠償の件は祖父も遠慮なく巻き込める……なんて現金な思考も三パーセントくらいはあったけど、大部分は尊敬もしている家族が僕の味方だってわかっての心強さが占めていた。素直に嬉しかった。


 自分でも思った以上に内面が落ち着いたからか、こうなると早いとこ祖父から記憶の残滓関係の話を聞きたいと思った。

 後で二人きりになる時間を設けてもらおう。ジャック達にはその後で情報を整理した上で話したい。

 まあだけど当然、その前に解決すべき事は……。


「じーさん、最初に話を戻すけど、僕達の冒険を許可してほしい。何だったら三日に一度鳩レターで近況報告するし、それでどう?」

「アルフ、話を聞くに遺跡の破壊も含め此度は一歩間違えれば本当に死んでいたかもしれないのだぞ。わかっているのか?」

「それは……肝を冷やしたよ。僕の安易な判断で仲間を危険に晒したのは後悔してる」


 祖父は憂慮を滲ませた眼差しを僕に向けるとやれやれと左右に首を振った。


「何と、お前の判断で……か。後先を考えずに行動に移すからこのような事になるのだ、愚か者」

「そ、それは痛感してるってば。街への賠償の話も明日街の皆にきちんとしようかと思ってるよ。で、その……うちが無一文になったらごめんなさい」

「アルフ、そういう事を案じているのではない。それはまた別の話だ。必要な法的な手続きや話し合いはこちらでやる。アルフ達はもう気にするな。今私が言いたいのは、もっと自身を含めた仲間の安全に気を付けろという事だ。……大事な仲間を死地に追いやってからでは遅いのだぞ」


 何が待ち受けているのかわからない場所で暴走したのは否定しない。実際リディアさん達の助けがなければどうなっていたか知れない場面だってあった。

 スライムには強い方だと思ってるけど、当然戦う魔物はスライムだけじゃない。必ずしも勝てるとは限らないんだ。

 迂闊さ、未熟さ、愚昧さ、他にも渦巻く自己嫌悪的な感情に胸中は穏やかじゃいられない。


「……以後は、気を付けます」

「以後などない。今夜にでも発つぞ。オースエンドに戻り次第私の下でまたみっちりしごいてやるからな。ジャックもだぞ」


 歴戦の猛者から指導や手合わせしてもらえるのは素直に有難い。けどそれは即ちこの冒険の終了を意味している。

 歯噛みし、俯いて拳を握った。


「……嫌だ。僕は仲間と冒険を続けたい。続けさせて下さい!」

「アルフ!」

「心配なら、僕も騎士団に入る! そこで経験を積んでからなら冒険者を認めてくれるよね?」

「入団試験を甘くみるな。生半可な技量では一次試験さえ難しいところだ。どちらにせよオースエンドで一から鍛え直してやる」

「だからそれは無理なんだよ!」

「つべこべ言うな」


 聞き分けのない僕に苛立ったのか、祖父が強引にまた僕の腕を掴もうとした矢先、


「あの、私からもお願いします。アルとジャックを連れ戻さないでほしいんです。二人は私の唯一無二の仲間なんです。もっと沢山一緒に過ごしたいんです! 私から取り上げないで下さい!」


 見ていられなくなったのか、やや離れた席で立ち上がってミルカが叫んだ。


 彼女は自らを奮い立たせるように魔法杖をぎゅっと抱え込んでいる。


「……彼女は?」

「仲間だよ。ミルカって言って、魔法がとても得意で僕もジャックも彼女には何度も助けられてきたんだ」

「お願いしますアルのお祖父様! 私に彼らと旅を続けさせて下さい!」


 深々と頭を下げるミルカはそのままの姿勢を維持し、頭を上げようとはしなかった。


「ミルカさんとやら、顔を上げなさい」


 はい、と素直に顔を上げたミルカの視線は祖父へと真っ直ぐに向けられている。その目には怯えはない。

 キラキラとして爛々として、少し息も荒いような……?

 ぶつぶつと何か言ってるし……?


「はああんっ、やっぱり凛々しくて憧れたクラウス騎士団長様そのまんまだわあっ、歳を重ねてより渋みも増したし、何よりあたしの未来の義理のお祖父様だし、更に神々しく見えちゃうう~っ」


 えっ……? ジャックが僕の耳を塞いだから何を言ってるのか聞こえなかったよ! いきなり何でだよジャック?

 怪訝にすればジャックはあなたにはまだ早いわとでも言う息子溺愛の母親のように首を振った。

 一方の祖父は何だかカッと興奮したように顔を赤らめている。え、何でそんな顔? 怒ったの? ミルカが何か気に障る事でも言ったわけ?


「じーさん、落ち着いて。ミルカに悪気はな――」

「――嫁に来なさいっ!」

「は? 誰が? 急に何事なの?」


 祖父は怒りなのかまだわなわなと震えている。


「この子は私を怖がらないっ! オースチェイン家の嫁に相応しい!」

「じーさん、ボケるにはまだ早いし、お祖母様が聞いたらこの浮気者って笑顔でフルボッコにされるよ?」

「何を言っておる、私の嫁ではないっ! お前のだ!」


 僕ははああーと盛大に溜息をついた。


「ごめんねミルカ、うちのボケ老人が寝言言ってさ。ミルカの素性を知らないとは言え良家のご令嬢に失礼だよね。不愉快にさせてホントにごめん、気にしないでね」

「あ……ううん全然。気にしてないよ…………」


 何だろう、室温がすごく冷え込んだような? やっぱ都会のお嬢様のミルカからしたら我慢ならない侮辱の類いなのかも。


「ええとミルカ、本当に真に受けなくていいんだからね? 田舎のじーさんばーさんって時々こういうとこあるからさ。ほら僕も気にしてないし、ミルカをそんな不埒な目で見てな――あぐぐ」


 ジャックが突然後ろから僕の口を押さえてきたもんだから目を白黒させちゃったよね。

 

「ほっほら、よかったなミルカ。前にクラウスさんは憧れの人だって言ってたもんな! 直に会えて感激もひとしおだなっ!」


 うん? ジャックが引き攣り笑いしてるんだけど? しかも小さく「死にたくない死にたくない死にたくない頼むっ」とか呟いてる。

 ミルカの方は少し無理したような笑みを浮かべている。……何だろうちょっと不穏さを感じる。

 だけど意味不明な話の脱線は宜しくないとでも思ったのかもね。真剣な顔付きになる。


「アルのお祖父様クラウス・オースチェイン様、どうかあたし……私ミルカ・ブルーハワイの傲慢をお許し下さい。私にはアルとの、いえアルとジャックとの冒険が必要なのです。もう二人との冒険は私の存在意義でもあるのです。二人の事は私ミルカ・ブルーハワイの身を賭してでも護ります。全力で魔法も使います。なのでどうか二人を連れて行かないで下さい!」

「ミルカ……そこまで僕達の事をっ」

「ミルカ……下心がぐががっ」


 ジャックが電撃でも食らったように途中で変な風に言葉を止めた。

 それはともかく、改めて僕もミルカの隣に立って祖父を見据える。やや遅れてよろめきながらジャックも。僕は二人に挟まれた位置になったけど、ちょうどよかった。二人の手を握り締めて持ち上げる。


「じーさん、頼む。家にはまだ帰らない」


 うぬぬ、と祖父は唸る。首を縦には振ってはくれない。でもミルカの訴えが功を成しているのかさっきまでとは違うみたいだ。あと一押しって具合だね。


「僕達の実力を疑うなら、大丈夫だって証明するよ。この二人と騎士団の入団試験をパスしてみせる。入る入らないは別として、僕だけじゃなくパーティー全員にそれなりの実力が備わってるってわかれば、冒険を認めてくれるよね?」

「先も言ったがそう甘くはないぞ」

「承知だよ。えっと勝手に言っちゃったけど、ジャックとミルカはそれでもいい?」

「アルの行く所に俺ありだぜ」

「え? リリーのじゃなくて?」

「……それは言うなっ」

「あたしもアルが行くなら地の果てでも付いて行くわ」

「え、いや試験会場は王都だけどね。でも二人ともありがとう。合格する自信の程もバッチリだね」

「「え、それは微妙だけど」」

「あはは! とにかく、それまでは見逃してというかこの議論は保留にしてほしい。心配なら一緒に王都まで来たらいいしさ」


 返答を待ってじっとしていれば、祖父は余計な力を抜くように息を吐き出した。


「アルフのその頑なさはさすがはオースチェイン家の血筋だな」

「じーさんと僕はそうだろうけど、父さんは頑固じゃないでしょ」

「いや、あれは若い頃勝手に王都に出て結婚までしてきた男だぞ。絶対都会の娘と結婚すると小さな頃から言い張っておった」

「へえ……」


 知らなかった。究極に流され易いとばかりに思ってた父親にそんな一面があったなんて。数々の恋のライバルと互いの家の距離を乗り越えて大恋愛の末に結ばれたって母親からはそう聞いてたんだけど? まあ詮索はしないでおこう。

 肝心の返答はと言うと、


「――わかった。騎士団の試験をパスする事、それさえ成せばもう冒険が危険だのと文句を言って引き留めたりはせんよ。約束する。だが落ちたならその時は……」

「そんな心配はいらないよ」

「ふっ、この、大口を叩きおって。何だかんだで私の孫だな。その無謀さは私の若い頃にそっくりだ」


 ハハハと祖父は快活に笑った。僕も無駄にハハハと笑った。ぶっちゃけそこは似たくなかったなー。

 ジャックもミルカもホッとしている。言うまでもなく僕だってそうだ。実は祖父を見た時から食欲がなくなっていたけど、今夜はモリモリご飯を食べられそうだよ。


「一時はどうなる事かと思ったけど良かったな、アル」

「うん、でもまずは入団試験をパスするのが絶対条件だから、三人で道中でも腕を磨きながら王都を目指そう」

「えーとあのさ、決まってから言うのもあれだが、アルはともかく、俺もパスできるって本気で思ってる?」

「勿論。どうしてジャックが落ちるのさ? ミルカも当然受かるでしょ。二人は強いよ。自覚ないの?」


 ジャックも不思議な事を言うなあ。これまで大きな怪我もなくこれたのは、決して運だけじゃない。

 食人ドラゴンやダークトレント、親方スライムは別格に強い個体だったけど、道中にも危険な魔物達は少なくなかった。旅の中で見てきた通常レベルの冒険者パーティーなら怪我をしていてもおかしくなかったと思う。

 無敵とか無双とまでは言わないけど、強敵には無理をせずしっかり戦術を立てて戦っていけば十分やっていける実力はあるよ。

 こういう言い方は良くないかもだけど、そういう面でも僕は仲間に恵まれた。

 ミルカにも感謝と激励をと思って振り返ると、祖父と何やら話していた。

 どうしてか、こそこそと。

 祖父が何か厳しい事を言ってるんじゃないかと危ぶんだ僕は眉をひそめそうになったものの、彼女の顔には不安も恐れもなく、むしろ嬉しそうに輝いていたから杞憂だった。でも何を話していたのやら。

 後で訊いても祖父もミルカも教えてくれなかった。





 その会話内容はこんなものだった。


『ところでミルカさんは、あのブルーハワイ家の娘さんだったのか』

『はい、知っているんですか?』

『マグニスとは旧知でな』

『へえ、祖父と。あ、王国騎士同士だから』

『そうだ。現役の頃は彼と各地を荒らし回っ……魔物討伐をして回ったよ。まあ最近はお互いに忙しくしていて連絡を取れてないがな。それにしても、あのマグニスの孫娘とうちのアルフがパーティーを組んでいるとはな、これも不思議な縁だなー、ハハハ』

『そうですね』

『時にミルカさん、さっきの嫁入りの話をどう思う? あなたの様子を見るにうちの孫息子を憎からず思っているのではないか? もしも嫌ではなければの話だが、私の方でも力になれるかと思うのだが?』


 棚からぼた餅的な展開に目をきらりと瞬かせるミルカへと、クラウスは任せとけとばかりにウィンクしてみせる。巷の婦女子が見たならば青くなって卒倒しかねない凶悪なそれにもミルカは全く微塵も動じなかった。それどころかクラウスの手を両手でぎゅっと握った。


『ええ、はい、是非とも宜しくお願いします!』


 そしてここに密かな同盟締結が相成った事を、当人のアルは知らない。

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