13本当の第一歩
手紙を
ジャックと違い狸寝入りしていたミルカは、薄目を開けてそんな姿を盗み見て口元をにんまりとさせる。
(アンニュイな顔してても素敵っ)
やはり自分の運命の王子様はどんな表情をしていてもアリだ。とうもろこしダンスもありだ。彼のどんな変顔だって受け入れられる自信があるのだと改めて思っていた。
彼女はアルが寝床で健やかな寝息を立て始めるのを待ってからゆっくりと身を起こす。
寝息すら品のある彼とは反対に、ジャックはぐーすか鼾を掻いている。
(不思議だけど、もう少しの不安もないのよね。今まではどこか心に隙間があって不安がふとした時に染み出してきたけど、本当に二人となら大丈夫なんだって思えるわ)
ミルカは小さな頃からずっとずっと王国騎士団の魔法騎士のようにかっこいい魔法使いになりたかった。
物心付いてから見た、王都を凱旋した当時の騎士団長やその配下達の勇ましい馬上姿には、同世代の少年にも負けない強さで憧れた。
彼らのようになりたくて、だから兄弟の誰よりも率先して魔法の勉強を頑張った。
結果、十歳前にはもう大人顔負けの魔法を使えていた。
しかし何の業なのか、その頃にスカ魔法が現れ、夢だった騎士団入りは絶望視。
歴代数多の優れた魔法使いを輩出した名門ブルーハワイ家としては、ミルカは最早家名に泥を塗る厄介なお荷物でしかなく、父親は特にいつもミルカを見る時だけは苦々しい顔をしていたのを彼女は記憶している。
そのうち降って湧いたように婚約だか結婚の話が聞こえて来て、ミルカは酷く失望した。
元々あまり婚姻で勢力を広げるのを好まない気質の両親は、子供達が一流の魔法術者となる事こそが家のためだとして、婚姻など二の次だった。
魔法使いとして優秀ならば一族の利になり家はより安泰だからだ。
それなのにミルカには強いるのだ。
魔法が駄目ならその分それで役に立てと暗に言われているのだと、そう理解した。
通っていた魔法学校を自主退学してからは、屋敷の中で息をするのさえ苦痛になってきて、とうとう飛び出した。
しかし、屋敷の中でも孤独だったのに、より一層孤独を感じるようになったのは皮肉だった。
旅の仲間に突き放され心が血を流しても、道中が一人きりになっても、しつこく冒険者を続けたのは悔しさや意地があったからだ。
魔法学校にいた頃と同じように連れ合いは小脇に抱えた書物のみ、そう割り切れれば楽だったのに誰かと仲間になるのだってやめられなかった。
希望を捨てられなかったから。
いつかこんな自分でも「大丈夫」「必要だ」と言ってくれる真の仲間に出会えると、心の奥底ではしぶとくも信じていたからだ。
もしも、この忌むべきスカ魔法さえなければ、落ちこぼれ、厄介者と後ろ指を差される事はなかった。皆が仲間にと誘ってくれて、そして夢の騎士団への道だって開けていたに違いない。
だが、もうその「もしも」はちっとも羨ましくない。
もしもの人生だったならば、きっと出会う事もなかったのだ。
この一風変わった二人には。
(強化種だろうとスライムであれば問題ない? ふふふ何なのそのヘンテコな能力。ジャックも大概だけど、特にアル。アルはスライムとの相性が恐ろしくいいわよね。見てると悉く攻撃がクリーンヒットだもの。ジャックはそんなアルに釣られてって感じかな)
初めは魔法杖が気になっただけだったのに、気付けば彼らに興味津々だった。
だから質屋では、まるで齧り付くように意思表示をしたのかもしれない。
杖をダシにして。
魔法杖を使いたいという気持ちに嘘偽りはなかったが、主客転倒もいい所だ。
今までそんな必死さが自分にはあっただろうか。
失くしたくないと手を伸ばしただろうか。
……いや、ない。
全てが全て拒絶のみの瞳じゃなかったかもしれない。関係修復の余地はあったかもしれない。糾弾され非難され欠点を指摘された自分だってさっさと背を向けていた。
(二人は知らない。あたしが仲間をどんなに欲していたか)
そう、これはきっと運命。
(言い換えれば――赤い糸よ!!)
実は未だに昼間の感動が冷めやらないミルカは、窓からの薄明りの中アルをガン見する。
「アル――アルフレッド・オースチェイン、あたしの未来の旦那様、きっと振り向かせてみせるわ」
アルほどの器量よしなら両親も文句なしに絶対認めるはずだ……と男目線で嫁を語るように断言する。持ち上がっていた婚約の相手には悪いが、ここはミルカも譲れない。
勝手に旦那様呼びに照れるミルカは、堪え切れなくなったのか布団に潜り込んでにまにました。
「これからもよろしくね、アル、ジャック」
こそりと言って温かい気持ちを胸に目を閉じる。間もなく疲労からくる睡魔には勝てず、彼女は穏やかな眠りに落ちた。
密かにそんなミルカの寝息に耳を傾けて今度こそは狸寝入りではないのを確かめる者がいた。
「…………ふう、変にアルを襲おうとするとかじゃなくて良かったぜ」
ジャックだ。万一不埒が起こるようなら止めなければならず面倒だった。また電撃やら張り手魔法は勘弁なところだったと、しばらくして一人目を開けたジャックはもそもそとして二人の方に背を向ける。
実は消灯三秒で落ちたジャックだったが、アルが案外遅くまで起きていた気配のためか、ふと目を覚ましてしまっていたのだ。
ミルカ同様狸寝入りで様子を窺えば親友はどこか憂欝そうで、気になって呑気に鼾なんて掻いていられなくなった。ただまあ演技では続けたが。
彼は冒険に出て以来時々、アルが似たような表情で考え込んでいるのを見かけていた。
何も言って来ないのでジャックも敢えて訊かなかったが、今回は余程起きていって話を聞こうかと思った。しかし迷っているうちにアルがテーブルの上を片付けてベッドに入ったので、次回以降に持ち越しだった。
ミルカの宣戦布告を耳にすれば、やれやれ本人に言えよな……と大人な微苦笑で仲間の恋を応援しようと思った…………が「まだ破廉恥は許さん!」との思いで警戒していたのだ。
結局は取り越し苦労で安心して目を閉じれば、やはり三秒で鼾を掻いたジャックだ。
そんな三人三様だった夜の宿の一室は、安らかな静寂に満ちていた。
翌日、僕達は三人で連れ立って冒険者ギルドにクエスト完了報告をした。
討伐の証たる出没地周辺の平和になった映像と魔宝石を提出して確定をもらうまで少し待つ。映像記録用の魔法具はギルドで貸し出してくれるんだよね。魔宝石があってもその映像が疑わしい場合は現地にギルド職員が派遣されたりもするらしい。
まあ今回のクエストは珍しい魔物でもなかったからすぐに確定がもらえると思う。
通常のダークトレントでは有り得ない予想以上に上等で粒の大きな魔宝石に、応対してくれた若い女性職員はさすがに目を丸くしたけどね。
結局、揉める事なく報酬を受け取り魔宝石を買い取ってもらって一段落。石には存外良い値が付いた。
その後、半月ほど僕達はルルに滞在して近場のクエストをこなした。
もう少し居てクエストを重ねても良かったんだけど、またスライムロスになりかねない僕とジャックを見兼ねたミルカが、そろそろスライムの居そうなどこかに出発しようと言ってくれたんだ。
スカ魔法は半月の間一度も発動しなかったし、ルル近郊の草原や森で奴らと遭遇する事もなかったんだよね。……掃除魚よろしくダークトレントのお口の中にはわんさかいたくせにさ。本当に森でまた臭色……ああいや草色スライムと戦えるかも~って大いに期待してたんだけど、てんで当てが外れた気分だった。
ダークトレントのお口限定の固有種だったのかな……チッ。
「――それじゃあ、次の目的地はどこにする? 旅費も案外貯まったからここから遠くても余裕だと思う。行きたい所はある? ただしスライムの生息域内で」
奴らはほとんど全世界に分布しているけど、縄張り意識の強い他の魔物のせいで空白地帯もあるからね。
夕方、最後のクエストを無事に終えて戻った宿の部屋で、椅子に腰かけるジャックとミルカへと何の味気も色もないただの水を給仕する僕がそう問えば、僕同様にジャックは特に考えてなかったらしく「二人に合わせるぞ」と答え、ミルカは「それじゃあ」と言い置いて、給仕を終え椅子に座る僕と入れ違うように席を立つと鞄から一冊の分厚い本を出してきた。
「それは? 古そうだね」
「魔法書か?」
「ええそうよ。実家の書庫にあったもの。奥の方で埃被ってたから家の誰も興味ないと思って持ってきたの。まーもしも必要なものだったとしても雑に放置してたのが悪いんだし、勝手に怒れば~って感じだけど」
実家に対する負のオーラがわんさか滲み出てるねー。おそらく色々あったんだろうけど、彼女が何かの折に話してくれるのを待とう。
「その本と次の目的地決定とどう関係があるんだ?」
「実はあたしこの本に記されてる遺跡に行ってみたいなーって前々から思ってたの。だからもしも二人が良ければなんだけど、一緒に遺跡巡りしてみない?」
「「遺跡?」」
へえ、今まである意味遺跡みたいな村に暮らしてたから別の遺跡に行きたいなんて思った事なかったなあ。
そこはジャックも似たような感覚だったのか「うちの村より古い所あるのか?」なんて独り言を零してミルカが開いた遺跡のページへと目を落とした。僕も。
「これ魔法書なのに、遺跡情報まで載ってるなんて手広いね」
「うん、そうなの。この本って作者不詳で出版年月日も不明なんだけど、書かれている内容が多岐にわたっていてすごく興味深いのよね。遺跡や魔法技能云々だけじゃなく伝説の魔法道具や昔の珍事や怪事件、レア種の魔物に関してとかもあるわ。あと、前の持ち主の考察とか推測なんだろうなっていう沢山の細々とした雑記もあって、それも含めて読み物として飽きないわ」
僕の好奇心が入道雲のようにむくむくと育つ。目次を少し読んでみれば、色々な遺跡や珍しい魔物の生息地、或いは古の洞窟やダンジョンなどなど、見出しからして初めて知る事ばかりが並んでいた。
「何だかとても面白そう。この国って周辺国と比べてそんなに大きくないけど、意外にも大小の遺跡が各地に点々とあるんだね」
大きい物だと五つ。それらくらいは僕でも名前を聞いた事があった。
同じく目次を読んだジャックがこちらも感慨深げな声を出す。
「伝説の道具や魔物にはロマンを感じるな」
「だよね」
僕は童心に返ったようにわくわくして魔法書から顔を上げる。
蝋燭に火を点けたり小さな物を浮かせたり、自分の武器に攻撃魔法を与えたりと、僕とジャックにはそれくらいの標準魔法しか使えない。まあ魔法を使える時点で普通の人よりは特殊なんだけど、そんな僕らからすれば魔法学に通じる小難しい部分よりも、魔物や遺跡やダンジョンと言った魔法書の蛇足的内容の方に興味をそそられる。
ちょっと子供染みた冒険心を見て取ったミルカが、こっちを眺めてくすりとした。
「実はシュトルーヴェ村の杖もこの本に載っていたのよね」
「えっ、そうなの? あれってそんな有名な杖だったんだ」
「じゃあカールさんが百年前の勇者一行が持ってたとか言ってたの眉唾じゃなかったのか。俺てっきり箔をつけるための作り話だと思ってテキトーに聞いてたけどさ。マジでスゲーのだったんだなー」
驚く僕とジャックは更にその該当のページを開いたミルカから杖の詳しい話を聞かせてもらってもっと驚いた。まさか本物の大魔法師の杖とか……ホント見た目によらないよね。
だってかの大魔法師ユリゲーラって言ったら古代勇者が魔王完全討伐を成し遂げたのと同じ四千年前の人物だ。勇者の仲間だったと言われている。杖にしても四千年もよく朽ちないでいたもんだよ。というか、よくまあ知らない誰かに薪にされなかったもんだと思う。
あと、誓約破りって名称も気になるっちゃ気になるし。由来は書いてなかったから謎だ。
「うん、面白そうだね遺跡探検。で、そこにスライムは?」
「ほとんどの遺跡に普通に出るみたい」
「「っしゃ!」」
魔法書一つで思わぬ話題にもなったけど、――次の目的地は遺跡に決まった。
手始めにって事で数ある遺跡の中でもルルから最も近く、尚且つ五つある大遺跡のうちの一つに。
地図を確認すれば近くにはサーガという街があるようだった。
ルルから一番近いと言っても数日やそこらじゃ着かないそこそこの距離はある。
僕達は翌日の午前中に長旅に必要な物資をしっかり買い揃え、その足でルルとはお別れした。
快晴の午後の空に遠く、街の鐘楼からの鐘の音が聞こえる。
ガララン、ガラン、ゴーンゴーン……。
今日も複数の場所で結婚式が執り行われているようだった。
「……アルとの式はこの街がいいわ」
「……リリーとこの街で挙げたかった」
ルルが見下ろせる丘の上、にやつくミルカと無駄に思い出し凹みするジャックから少し離れて後ろ歩きする僕は、目も意識も離れ行く、ルルの大きな大きな街並みに向けていた。
鐘楼が立ち並ぶ蜂蜜色の街。
その蜂蜜色から甘い甘い蜜月を想起させるのか、別名「幸せの街」なんても呼ばれてるんだっけ。
にしても、いい音色。
鐘の音階に規定でもあるのか高さの揃った実に澄んだ響きが、大空に吸い込まれるように高らかに鳴っていた。
まるで街からの
この音が曇らずにいつまでも鳴り響く事を心から願った。
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