5シュトルーヴェ村のドラゴン退治3
高温の炎は湖表層の水を見る間に沸騰させ蒸発させてしまった。
その場に固まっていたスライムたちは大半が巻き込まれて無数の魔宝石に変わった。
肌を針で突くような熱水の刺激にハッと水中で目を開ければ、目の前の青い空を透かした揺らめく世界にキラキラとした黄色いスライムのなれの果てが降ってくる。幸い僕の沈んでいた位置は熱水が周囲の水と混ざり合って温度を下げていたおかげで全身大火傷にはならずに済んだ。
魔宝石たちは不思議にも小さな燐光を伴っている。
その蛍のような小さな光は石から離れ、水に漂う僕の髪に降り瞳に降り指先に降り、雪が解けるように消えていく。
な、んだ……これ?
こんな風に目の前に集まってくる光と、それらが消える様をただひたすら見つめる自分。何もできずに、何もわからずに手を伸ばした……ような事があった気が。
――アルフレッド!!
遠く祖父の悲鳴染みた声も聞こえていて……って、あれ? でもいつ……?
次の瞬間、小さな疑問は掻き消えた。
僕の目は水中だと言うのにどうしてか黄昏を映したから。
どこかの果てのない草原が暮れていく。
高い太陽の下であったなら明るい緑色なんだろう草葉が、あり得ないくらいにすっかり黄金色に染まった美しい世界。
その中に立つ白い髪の少女が手を振っている。距離があって顔は見えないのに、笑ってるんだとはわかった。
更に遠くに小さく見えるのは、城?
ずっと眺めていたくなるような、それでいて心がどこか痛いような、不思議な景色。
ところで僕は草原に居ただろうかと、根本的な疑問が渦巻き、悟りと同時の焦燥が現実を強く引き寄せる。
そうだった! 今は戦闘中じゃないか!
慌てたせいでガボリと空気を吐き出してしまい、苦しさに顔が歪む。
日光がたゆたう湖面はいつの間にか遥か上だ。
でも、水上から僕を呼ぶジャックの声が聞こえて、彼が無事だったと知って安堵した。
「アル! おいアルウウウッ! 返事してくれ! 俺のマブダチアルフレッドーッ! 心の友よーーーーっ!!」
「だ、大丈夫だよジャック」
攻撃場所から離れた水面から僕はザバッと顔を出す。ぶっちゃけ溺れそうだったけど水上靴を上手く傾けて浮力魔法が有効な向きにしたおかげで浮き上がれて、しかもまた水上にも立ち上がれた。何とか水面まで息が続いて幸いだったよ。
実はドラゴンの炎攻撃直撃の直前、全力で横っ飛びして頭から水中に身を投じていた。
辛うじて丸焦げは逸れたってわけ。
「おいアルそれ、火傷したのか!? 他も赤くなってるとこあるし!」
「うんちょっと、回避が少し遅かったみたい。あとは熱水のせいかな」
なんて言ってジャックを安堵させたくて笑みを作るけど引き攣るねー。そりゃ右腕の服が焼けちゃって炎と熱水のせいで皮膚も真っ赤になっているんだから当然だ。改めて意識させられ腕の広範囲の激痛に顔をしかめてしまうけど、剣を手離さなかった自分を褒めたい。
ガラクタ同然でも、一応は実家の物置き内目録に載っているから失くしたら多少まずい所だった。
「酷いなそれ、早くリリーの薬草で手当てだな!」
「えっリリーの!? いっいやちょっと待ってそんな余裕はないみたいだよ!」
リリーの薬草って、それは……人体実験は勘弁っ。
半減したスライムの群れと、ホバリングするドラゴン。
スライム、半減…………あざーっす!!
「隙を見せたらここぞとばかりに来るよ」
高速滑空してくるかはたまた炎を吐いて来るか。ただ、それを避ける以前に得体の知れない草回避も重要だ。単純に死にたくない。なんて思いつつも僕はすぐに取り出せたリリーのとは別の緑色の薬草を応急処置として使った。応急処置だから多少痛みが軽くなっただけだけど。しばらく痛いのは我慢だね。
「って言うか、これやっぱ王国騎士団レベルの討伐対象じゃないか。何でこんな強敵がこんな片田舎に封印されてたんだよ。百年前は一体どうしたんだか。これは冗談抜きに山を下りて周辺を荒らし回ったら大変だよ!」
でもやっぱり戦闘衝動は湧かない。
「やっぱり駄目だ力が漲ってこない」
これは怪我のせいじゃなくモチベーションの問題だ。
「敵の敵は味方って言うし……スライム倒してくれたし……」
「アル、気をしっかり持て! どう見ても敵でしかないだろ! そんなにダメなら一旦麓に退避するか? それで討伐計画を立て直すのも手だぞ?」
「いや、それだともう麓まで下りて来ちゃうと思う。今何とかしないと駄目だ。やる気出ないけど。そうだ、持参アイテム総動員して応戦しよう。勝機はあるはず」
「フハハハハハどうした小僧共。最初の威勢は何処に行ったのだ?」
あいつは僕たちをなぶって楽しもうとしているに違いない。
まるで猫が小動物を苛めて遊ぶように。
だから今だって攻撃して来ないんだろう。
だったらこの機にこっちから攻撃してやる。
痛みに耐えて僕は剣を構えた。
やっぱり意欲が湧いて来ないけど、男にはやらなきゃならない時がある。
その間、ジャックは隙を作らないようにと爆弾などの攻撃アイテムを括った矢をつがえて放ってくれていた。
だがしかしドラゴンは鼻で
アイテムが炸裂し水面にいたスライムたちが消滅した。
結果万歳……!
だけど事態は一向に好転しない。気ばかりが焦る。
「そういやさっきスライム投げた時、ヌメヌメの他にプニプニつるつるも感じてさ、美白って何だろうって思ったよ」
僕が現実逃避気味に遠い目をすると、ジャックは逆に雷撃でも受けたような目で僕を見た。
「美白……だと?」
「ジャック?」
「……ふむむ、人間の能力を吸収か。なら可能性はあるな。細胞内共生とは少し違うが、試す価値はある。ミドリムシ……学名をユーグレナ。動物でありながら植物……ああリリー、君の希望でした美容と健康に関する勉強が役に立つなんて、やっぱ俺の女神……っ」
ジャックが意味のわからない独り言を呟き始めた。
どうしよう……。
「ええとやっぱりここは一旦退くしかないかもね」
「諦めるのはまだ早ーい!! これを食らええええ!」
ジャックは何を思ったか、スライムに向けてとあるアイテムを投げつけた。
そしてスライム目がけて疾走する。
「え? は? ジャック血迷ったの!?」
唖然と見ていると、彼は滑り止めグローブを嵌めた手で中型犬程のスライムを軽々と持ち上げ、ドラゴンに投げ付け始めた。
スライムに投げたのは軽量魔法のアイテムだったのか。でも何で? 自棄になった?
「アルもこっち来い!」
「え、まさかの玉入れしたかった口!?」
ジャックはスライムを投げる手を止めない。
けれどドラゴンは
翼で尻尾で太い四肢で叩き潰し、あまつさえ鋭い爪で引き裂き尖った牙でも噛み潰し……てんで効果がない。
投げた分だけ魔宝石が湖面に落下する。
ああ、絶景かな。
「アル、よく聞け……!
ジャックが叫んだ。
視線が絡む。
その真面目な眼差しの奥の真意に、僕はピーンと脳髄まで届くような天啓を得た。
そうか、そうなのかジャック!?
だからミドリムシなのか!
君はリリーとの思ひ出をこの戦闘で昇華させようとしているんだなっ。
――――勝利を
その思い、あいわかったあああっ!!
「うおおおおおおおおおおおおおっ」
僕はジャックと共にスライムを投げまくった。
在りし日の運動会を彷彿とさせる必死さで。
あの幼き少年だった日々、手にした投げ球を今は掴み損ねそうになるスライムの感触に変え、共に興じた同級生たちの笑みを今は深緑色の強面ドラゴンの皮肉な笑みに変え、僕は……僕たちは正々堂々と戦った。
「馬鹿にしとんのかわれえええええっ!」
スライム玉地獄に、とうとうドラゴンがマジギレした。
「何っじゃこの運動会もどきはああああああ――ぎゅむうあむむん!」
大口を開けた所を狙って僕たちはスライムを集中
「これが最後の一匹だああああああっ!」
僕は王国の高等学校球児たちの想いを背負い、渾身の力で投
「んがぐぐっ」
駄目押しでスライムがドラゴンの咽の奥に押し込まれ、奴はそれを呑み込んだ。
スライムは超強力な胃酸で即行溶けて消えただろう。赦せ……。
「うえええええッ! くっっっそまず!! おんどりゃあたち何すんじゃあああああ!!」
あ、やっぱスライムって不味いんだ。
「よし呑み込んだな。こっからが賭けだな」
「うん」
僕たちは
「
激高して滑空してくるドラゴン。
体当たりでもしてくるつもりだろう。
僕たちは正面から迎え撃つ。
剣を下げ助走を付ける僕の横をジャックの連射した矢が通り過ぎて行く。
苦労して火傷の痛みを押し殺し、強く握った剣で抜刀術よろしく斬り上げる。
ジャックが会心の一射とばかりに、矢筒の最後の矢を放った。
「一か八かあああああっ!」
「リリー頼むうううう!!」
天か地か。
神か悪魔か。
成功か失敗か。
胸フェチか尻フェチか。あ、これは違うね。
勝利して村を救うか敗北してドラゴンのうんこになるか。
数多の笑みが脳裏に生まれては消えていく。
本当に沢山の――――スライムの笑みがさ……。
「「力を貸してくれスライム共おおおおおおおーーーーッッ!」」
痛快な手応え。
硬い鱗に覆われ矢も跳ね返したはずのドラゴンの太い脚に、スパッと裂傷が走った。
ジャックの矢は全て命中し、翼だけじゃなく鱗を貫き首筋や腕にも深々と突き刺さった。
「ぎゃあああああああ!」
人間臭い悲鳴が上がる。
「な、何だとおおおおお……!?」
自らの鱗が攻撃を弾くと思っていたのか、ドラゴンは酷く困惑して呻いた。
奴は最後まで僕たちの意図に気付かなかった。
ククク――――勝った……!!
呼吸も荒く両肩を上下させその場で俯く僕たちは、人知れずにやりと極悪に唇の片端を吊り上げていた。
――細胞内共生。
このドラゴンはその特性を有している。
当初動物だったミドリムシが、葉緑体を体内に取り入れて光合成ができる動物であり植物でもある生き物に進化したように、知恵と言う人間の能力を吸収するなら、スライムも或いは……。
つまり、ドラゴンは体内に入れたスライムの性質を吸収してスライム化したんだ。
「ドラゴンだけど、スライム……――スライム!」
僕はくっと咽の奥で短く
ジャックも同様で、彼の場合目が血走っている。失恋の恨みは海の如き深いようだ。
「アハハ……ハハ、スライムドラゴンになっちゃった。いや、ドラゴンスライム? 折角穏便に話し合いで解決できるならしようって思ってたのにね、アハハハハ!」
相手が半分でもスライムならもう問題ない。無問題!
あと容赦もいらないって言うか、しない。
「は!? ちょっと待ってくれ小童あいやお坊ちゃまたち!」
「「問答無用!」」
逃亡阻止のために、サクッとスライム化ドラゴンの左脚を一撃で切り落とす。
返した剣で遠慮なく右の腕を、そして最後に大きく胴体に斬りつけた。
くそっ肝心の翼に届かない。
「ぐああああああああこのっくそガキいいいいいいっ!」
だけど痛みに我を忘れたのか
後衛のジャックはリーチ上にいないけど、僕はもろにその範囲内。
高速で眼前に近付く尾は、スライム体とは言え大きな
剣で一刀両断するにしても、その衝撃は凄まじい威力だろう。
土の地面ならまだ踏ん張りが利くけど、ここは水上だ。
回避して無駄に距離を開ければその隙に飛んで逃げられてしまうかもしれないと思えば、不用意な後退もできない。
けど、十分に攻撃を受け切れるだけの姿勢をきっと保てない。
どうする僕……!
その時、友の声がした。
「アル! あの秘奥義を出せえええ! 思い出せ! 俺たちチームの空中での一体感を!!」
ジャック……!! そうか!!
以心伝心で理解した僕は膝を深く曲げ両脚に十分な力を溜めた。
迫る太い尾、強力なバネの如く伸びる僕の両膝。
湖面を離れた靴底から滴り落ちた小さな水の粒が、ピチョン、と水を打った。
「うおおおおおっドラゴン尻尾跳びいいいいいッ!!」
「よっしゃあああああ生体長縄跳び界の新記録樹立だああああっ!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーッッ!」
単純に跳んで避けたってだけだけど、回避方法じゃなくそんなふざけた態度にドラゴンは気分を害したらしい。更に勢いよく尾を振ってくる。
ワオ! 動きがアグレッシブ!
ふっ……でも所詮はスライムの括り。もう敵じゃない。全部跳んで避け、その間に攻撃を与えて翼を使えなくすることにも成功した。
矢を使い切っていたジャックはせめてもの加勢と、小瓶の栓を外しドラゴンの頭に麻痺やら毒やら増毛やらのアイテムを命中させた。
僕とジャックの連携攻撃はドラゴンの反撃を最小限に留め、敵は虫の息。何故か毛は生えた。
「トドメは任せたぜ相棒!」
「ああ、任された!」
すっと無表情になった僕は救国の英雄像のように剣を持つ腕を天高く掲げた。
そして、一気に振り下ろす。
「スライム撲滅うううっ!」
「くっこの屈辱、忘れ……まじ……」
ドラゴンはついに地と言うか水面上に倒れ込んで、とうとうボワン……と行くかと思いきや、シュルルルるるるるる~……と小さくなっていく。
「なああああ!? ねえジャック反則だよねこれ!」
絶叫する僕の横でジャックは冷静にも観察を続ける。
その涼しげな眼差しと落ち着きが恋愛でも発揮されていれば、と悔やまれてならない……。
『何でだ何でだよおおおおおうリリーッ、リリーちゅわあああん! 別れるなんて嫌だあああっ!』
『ジャッククドいわよ!』
ジャック、クドイ、い……イラ付く、く……クソ虫、し……死ぬほど無念っていやいや今は戦闘中だった。
このしりとりという偉大なる思考実験のおかげで僕は冷静さを取り戻した。
「なあ、何で縮んでくんだと思う?」
「僕にもさっぱり……。塩かけてみる?」
「それはナメクジ縮小化促進剤だろ。それに消滅するわけじゃないし」
「あ、そうか」
「でもアル、油断するな」
ジャックの警告に頷いて返す。
しかし杞憂だったのか、どんどんどんどん小さくなっていったドラゴンは、ボワン、とようやく宝石化し……なかった。
「は? 何これ?? どうなってんの????」
「さすがに謎の多いドラゴン種だな」
敵は何と卵におなりになった。
ダチョウの卵くらいの大きさがある。
で、ぷかぷか~と水に浮いている。
共に驚きの表情で白く丸い物体を覗き込む僕たち。
「これ、ふ化したらミニドラゴンが出て来るのかな……?」
「多分そうだろうな。でなけりゃこんな卵にならないだろうし」
「でもさ、人喰いドラゴンのままかな」
「さあな。出て来てみないと何とも」
「僕、ドラゴンの子供って初めてだよ」
「俺も」
いつでも応戦できるよう構える微かな緊張と警戒はあるけど、小さい頃によくやった
――ピキリ。
「「え」」
ピキピキピキ、と滑らかな曲面に小さな亀裂が入っていく。
「もしかしてもうふ化するの!?」
「きっとそうだ!」
見ている間にも亀裂は伸び、黒い筋は内側からの意思で拡がっていき、そして終にそいつは現れた!
見守る僕たちの方に転がり出るようにして生まれた幼体。
「「おおっ!?」」
僕たちの期待の眼差しの先、そこには
ドラゴンの角のような突起、背には翼のような平たい出っ張り、そして、尾。
――――を付けたスライムが。
つぶらな瞳で、にたあ~。
生まれ出でたばかりで定番のデススマイルができる、種としてのブレなさ。
図々しくもドラゴンの卵を装って期待させといて誕生の瞬間を見せつけてきやがった不遜さ。
こいつは、ドラゴンじゃなく正真正銘紛れもなく一分の隙もなく、スライムだった……。
ジャスト! スライム!
「「何 で だ よ !!」」
スライムスイッチオン!
先手必勝先制攻撃集中砲火無我夢中。
「呼ばれてもないのに中から飛び出てくんなああああ!」
「スライムっちってか!? てめえを育成なんて御免だあああああああリリーッ!」
「「消滅しろやあああああっ!!!!」」
僕とジャックは両側から回し蹴りを繰り出して、そいつをまさに文字通り挟み撃ちにした。
互いの足の甲がスライムにグニュッと深くめり込んだ。
――――ボワン!
ボチャン……。
「「あ…………」」
深いカルデラ湖に沈みゆく藍色のレアそうな魔宝石。僕たちはそれをしばらく無言で見送っていた。
「きっとあれ、新種だったよね。藍色だったから高値が付いただろうなあ。でもまあいいか。ギルドとかに報告しなくて」
「ああ、スライムだしな」
「うん、スライムだしね。それじゃ、帰ろうか」
「ああ、その前に手当てな」
「うん。いててて……」
思い出したように火傷が痛んだ。
僕たちは治癒系の魔法が使えない。
どうも素質がなかったみたいで、冒険では回復アイテムに頼るしかなかった。
「待ってろ今リリーからもらった薬草出すから」
「あっ、えっと、ジャックもそこ少し赤くなってるし、自分の分は自分で使いなよ。僕もそうするよ」
「ああ、それもそうだな」
当初怪しんでいたリリーからもらった黄色い薬草は、初めジャックに試してもらってから僕も使った。毒草じゃなかったようで、しかもよく効いた。僕の怪我はあっという間にすっかり綺麗に治ったよ。後で実は高価な代物だったって知ったんだけど、その時はリリー御免って少しだけ反省した。
「何と! それは本当か!」
村長は村人カールからの魔法通信を受け興奮と驚きを隠せない。
占い師の水晶のような透明な球体の中に報告者たるカールが写し出されていた。
集会所脇の村の広場に集った村人たちも一様に驚愕の色を隠せない。
ドラゴン討伐失敗の報も覚悟して、そうなった際の不測の事態にも対処できるように村長をはじめ村人たちは待機していた。
アルとジャックに登山道を案内したカールは、実は下山せず密かに陰ながら見守っていて、万が一の場合は戦線離脱アイテムを使って強制的に二人を一旦麓まで退避させる手筈だった。
「アル坊ちゃんとご友人のジャック君がドラゴンを打ち倒したなんて……。さすがは本家のご子息ですわ!」
危険な任務に当たっていた三人を案じていたステラがいたく感動して涙ぐむ。
「長く生きとると信じられん事も起きるものだな。あれは百年前当時の勇者一行を以てしても討伐ではなく封印するのが精一杯だったと言われる、凶悪人喰いドラゴンだったのだが……」
敢えて勇者の
そんなドラゴンを、まだ駆け出しだと言う若き冒険者二人が制した。
「アル坊ちゃんとジャック君は、その、何故かスライム相手には尋常でない執念と閃き、そして鬼神の如き破格の強さを見せていました。遠目にですが二人の醸すオーラががらりと変わったようにも見えましたね」
「スライムだと? そんなものまで頂上の湖にはいたのか?」
カールはかくかくしかじかとその目で見た戦闘光景をありのまま村長たちに伝えた。
「なるほど。わしらの知らないかなり古い時代より、カルデラ湖におったスライム種だろうな。深い水底に潜まれていては、今まで誰も気付かなかったのもさもあらん」
「百年前でさえスライムは姿を見せなかったのに、それがどうして今回に限って浮上してきたのでしょうねえ。アル坊ちゃんたちは運が悪かったのかしら」
ステラの呟くような疑問に、カールは「いや」と思案声ではあるが私見を述べる。
「何が原因かはわからないが、スライムが出て来たのは幸運だったんだよ。そんな妙なる巡り合わせのおかげで、アル坊ちゃんたちは無事討伐を果たせたんだ。本当に良かった」
「ふむ……。カールの言う通りだの。これも天の巡り合わせなのやもしれん」
「天の、ですか……」
村長の厳かな物言いに、ステラが暮れ始めている空を見上げた。
「話は変わるが、先日の南方首長会議で少々耳にしたのだが、各地で魔物の動きが活発になっているそうだ。あってはならぬ事だが、魔王復活の兆しかもしれんと囁かれてさえいる」
村長の魔王復活という言葉に、困惑と重々しさが広がった。
けれどそんな中、魔法通信の球体に映し出されるカールが口回りの黒髭を撫でながら期待の目を村長へと向ける。
「魔王云々はともかく、アル坊ちゃん達は百年前の勇者一行でさえ果たせなかった偉業を成し遂げたのです。久しぶりの勇者誕生となり得るのでしょうか」
「そうさなあ、あの二人は、もしかすると、もしかするかもしれんなあ」
「やはり!」
「じゃが、冒険者としてはまだまだ青そうであるし、確証は持てぬよ。もしかすると……の話だ」
「はっはっは! うちのアル坊ちゃんならきっとやってみせますよ!」
カールの能天気に明るい坊ちゃん自慢の声が響く。
そんな身内贔屓に柔らかな苦笑を浮かべた村長は、いやそこほとんど赤の他人だったよねと思ってはいても水を差したりはせず、じきにこのカールと共に下山して来るだろう少年二人のいるカルデラ山を見据え、もっさりした白い髭を一撫でした。
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