第2話聖女さまのお仕事

 普通の可愛い女の子にしか見えないなぁ~。

 銀髪・菫色の瞳・ハカナげな肢体カラダ


 いかにも聖女さまって格好なんだけど、それでも印象に残りづらい。

 そう思った時、彼女は口を開いた。


「聖女って何なんでしょうね?」

 いきなりぶっこんできましたよ。


 そーだねぇ。

 聖女って都合のいい女なんじゃないかなぁ。


 異世界からか、それとも神託が降りるのかは知らないが、突然ふつうの女の子が聖女にされてしまうのだから。


「だって、私はただの高校生なんですよ。それでもちやほやされて綺麗な服を着せられても有頂天にならないように謙虚にしなきゃって……。」


 あ~泣いてしまいました。

 でも涙には心のケガレを流しだす作用があります。


 私は聖女だという少女にそっと寄り添って、ただ黙ってそこにいました。

 静かで穏やかな空間がそこにはありましたから。


 やがて顔をあげた少女は涙に濡れた顔で微笑みます。


「なんにも言わないんですね。慰めも励ましの言葉も。」


 だってそんな『ことば』は、きっと彼女の役にはたたないでしょう。

 きっと散々言われてきたはずなのだから。


「私はお話を聞くためにここにいるのです。どうかなんでも話してくださいね。ここは安全な空間なんですから。」


「安全? 」


 彼女はとっても不思議そうな顔でそうつぶやきました。


「ええ、ここでは何を言っても、考えてもそれをジャッジメントする人はいないんです。だから安全。」


 それからずっと彼女は黙ったままそこにあり続けました。


 だから私も黙ってそこにいます。

 でも心だけは寄り添わせて……。


 「公爵令嬢がいるの。」

 ぽつんとそんな単語が彼女の口から飛び出してきます。


 それからぽつり、ぽつりとコボレれ落ちる本当の気持ちをスクイいあげると、彼女はすっかり自信を無くしているのでした。


 公爵令嬢は幼いころから厳しい教育をうけて王妃に相応しい教養と知識とタタズまいと覚悟を身に着けてきました。


 それは彼女だけの財産です。

 公爵令嬢がもっている人脈や血筋も彼女しかもてないものです。


 それだというのに、たまたま聖女だというだけで王太子は聖女を伴侶にと望むというのです。


 昨日まではごく普通の高校生だった彼女には、なにもかもが足りません。


 それを知っていてさえ、公爵令嬢は毅然として黙って彼女のいたらなさをカバーするのです。


 聖女があと少しだけ物事が見えなければよかったのかもしれません。


 あるいは、もう少しだけ図々しくあれれば……。


 自信をなくし絶望して引きこもってしまっても、それでも聖女であるという事実だけはクツガエりません。


 だから聖女はこの部屋に来てしまったのでしょうね。


 それを言えば私だってただの平凡な女なんです。

 たまたま神様を助けたりしなければね。


 「泣いていても、逃げても何も変わりませんよね。」


 そう言った聖女さまの言葉には、ほんの少しだけ今までとは違った力があるようです。


 「そうですね。あなたはちっぽけな女の子でしかありません。それでどうしたいのですか?」


「どうしたいって?」

 

 いかにも不思議そうに彼女は聞きました。

 そんな顔をするの2回目ですよ。


「ええ、どうしたいのかって聞いたんです。」


 いきなり彼女は怒りだしました。


 どうすることもできないのに。


 お役目を放りだすことも。

 白々しく聖女ぶることも。

 王太子との結婚を断ることも。


 なのにどうしたいって言うなんて、私に自由があるみたいじゃない!


 彼女は本気で怒りをぶっつけてきました。

 まるですべての元凶が私であるように。


 砂時計はもうほとんど落ちてしまっています。


 間に合えばいいんですが……。


 彼女が怒り疲れて息を切らしたのを見計らって、私はもう一度繰り返しました。


「それで、あなたの望みは何ですか?」


 聖女は初めて呆然ボウゼンとして私を見つめました。


「考えたことなかった。私が何をしたいかなんて……」


 そうですね。

 聖女は全てを環境や周りの責任にして、自分を憐れみ続けていただけです。


 お可哀そうな、なんの力も持たない聖女さま。


 誰よりも聖女を軽んじ、軽蔑し、役立たずと認定し責め続けたのは彼女です。


 さて、彼女が本当にしたいのは何でしょう?


 「私は、王太子が嫌いだわ。」

 

 きっぱりと彼女は言い切りました。


 婚約者を平然と切り捨てるような不誠実さを彼女は嫌っていたのです。


 これでひとつわかりましたね。


 「でも、私にしかできないことがあるっていうなら、私はそれを受け入れたいの。」


 そう言った彼女の瞳は、もう平凡な高校生だと言ってもだれも信じないほど力に溢れています。


 当然ですよね。

 彼女は聖女さまなんですもの。


 クスクスと笑い出した彼女は、やがてこらえきれないように大爆笑をしてしまいました。


 落ち込んだり、泣いたり、怒ったり、笑ったり。

 とっても忙しそうですね。


 でもそれでいいんです。

 だってここは、そういう場所なのだから。


 聖女さまは、すくっと立ち上がると、とても美しい礼を私に向けてしてくれました。


 私は、日本式の最敬礼を返します。

 彼女の未来に敬意をこめて。


 あぁ。

 最後の砂がぽつりと落ちました。


 間に合ってよかったな。

 明日の夜は、どなたにお会いすることになるのでしょうか。

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