爪痕
合成獣。
キメラ、キマイラ、キマイラス等の呼び名がある。合成獣の呼び名は主にその個体がいくつの特徴を持っているかで決まる。
生物兵器として作り上げられた合成獣は、勇者を圧倒するほど強い。しかしそのためか、寿命は短い。
「……というのが、合成獣の生態じゃ」
ラミージュはゆっくりと目を閉じ、優美にお茶を啜る。聞き終えたアルモは瞳を輝かせて拍手を上げている。
俺はその話しを聞いてどう思ったかというと、何も思わなかった。まあ、当然である。
「……すまんラミージュ、俺には良く分からん」
「何だと!? ラミージュ様の説明が分からないとはどういうことだ‼」
アルモは突然立ち上がり、俺の胸倉を掴み、親の敵みたいに睨む。
「うぐっ、ちょ、アルモ、やりすぎだって」
「ラミージュ・ランジェ様の弟子であるアタシがお前の愚かな脳ミソに説明してやる。つまりだ。合成獣とは、滅茶苦茶凄いのだ‼」
「お前の説明が滅茶苦茶だ‼」
ラミージュが仲裁に入ったことでアルモの手から解放された。こうなった理由は謎だけど。
「では、行くとするかのう」
「え、本当に行くのか?」
「百聞は一見に如かず(し)、じゃよ」
片目を閉じて妖しく微笑むラミージュ。不意にも俺は、金髪の魔女にドキッとしてしまった。
「では、始めるぞ」
ラミージュとアルモと俺は、蜃気楼の魔女が描いた魔方陣の上に立った。
そして、魔方陣の枠から出ないよう、お互いに手を繋いでいる。
その際、アルモがラミージュの手を繋いだ瞬間、泣く笑う怒る哀しむといった感情のパレードを見せたが。
「魔方陣を崩すようであれば、儂はお前を許さぬ」
その一言で通常のアルモに戻った。
ラミージュはゆっくりと目を閉じる。そして、呪文を口にした。
「我、蜃気楼の魔女なり。かの獣を追う者なり」
研究室全体が暗くなり、代わりに、足元にある魔方陣が鈍く光りだす。
「かの獣、肉を喰らいて生き血を啜る者。生物の理を逸脱した者なり、我、その者の影を追う者なり。ああ風よ、我らをその獣の足跡にて運び申す、我らに風の加護を与えたまえ!」
ラミージュが呪文を言い終えると、魔方陣から突風が巻き起こる。
「な、何だ!?」
叫んだのは俺だった。まさか落ちるなんて、思ってもいなかったのだから。
しばらく自由落下し続けると、突然、視界に大陸が入る。
空、雲、森、川、海、全部だ。今、大陸の一片を一望している。
体にとてつもない圧力がかかる。目を見開こうにも圧力で開かない。体は拘束されたようにいうこと聞かない。そして、このうるさい音。
様はあれだ。テレビで良く見るあれ。スカイジャンプだ。
「なんで、こうなったっだああーーー!!」
王国に来るときと同じ転送みたいなものだと思っていた。まさかこんな、命綱無しのスカイジャンプをするなんて思っても見なかった。
自由落下の中気づく、手を繋いでいたはずのアルモやラミージュがいない。
もしかして、別の所にいるのか。
俺は、身体中にある血という血が全部引いた気がした。顔は空気に圧され、身体中を痛め付ける。更に、目の前には大地が迫っている。
「もうだめだぁッーー!!」
「そうかのう」
上の方で声がした。
「無事これた様じゃのう」
「無事って、この状況で無事って言えるのか!?」
「む? 草むらで大の字になっているのは無事とは言わぬのか?」
はっ? 何言ってるんだ。と思い目を開けると草が見える。気付いてみれば、風のけたたましい音は無く、息をするのさえ大変だったのに今は青臭さが鼻をついていた。
「……何が起きたんだ?」
「魔法で地面に移動させたのじゃ。しかしすまないことをした」
ラミージュはアルモを睨む。
「この小娘が騒いで唾(つば)でも飛ばしたのだろう。その際に魔方陣を汚したみたいなのじゃ。それが原因で小僧だけ別のところに飛ばされたのじゃ。
全く、魔方陣では私語厳禁と教わらなかったのかのう」
「えっへへ、あまりの興奮に忘れてました」
ごめんね、といって片手を上げた。
後でこいつに土下座という文化を教えてやろう。俺は固く心に誓った。
「無事全員が揃ったのじゃ、とにかくは良しとするかのう」
「そうですね! ラミージュ様の言うとおりです!」
アルモは早速、自分のミスを棚上げしていた。
覚えてろよ。
「で、ここはどこなんだ?」
「ハスパード王国付近にある村じゃ、人はいないがのう」
見えたのは、全焼した家々。黒焦げになったその先に、生活をしていた名残が残っていた。
森の賢者が元気を無くした理由が何となく分かった。これはあまりにも酷い。黒焦げになった家畜が見えたが、もう生物としての原型が残っていない。
まるで村という生物の営みを感じさせない。
「怖いか?」
俺の隣にラミージュが立つ。その表情はやはり自信に満ちている。しかしその目は、村を見つめている。
「魔王はこうして、人や生き物から命を奪うのじゃ。歴史や時間までも奪う。恐ろしい程の徹底ぶりじゃ。じゃから、合成獣は恐れられている」
「生物兵器だから、か」
ラミージュは頷いた。
「儂が何故合成獣捕獲にお主を参加させたか、これを見せるためじゃ。合成獣という『魔物』は恐ろしい存在なのじゃよ」
俺は、ただ仁王立ちになって村の光景を見ていた。
恨まれて当然だ。奪った物が多すぎる。森の賢者が嘆いた理由は、こうなると知っていたからだ。
沸き上がる怒り、村から漂う焦げ臭さと、燃やされた家や家畜を透して火事にあっただろう光景を浮かべる。
怖がる人々、じわじわと迫る炎、家畜達の遠吠え、親を探す子供。
命が崩れ行く様を、生物兵器は一体どの様に思っただろう。
……いや、もし慈悲があるのなら、こんな酷(むご)いことはしない。こんなこと……。
「小僧、お主が考えている通り、ここはもう生きておらんよ。正真正銘、何も無い」
井戸は壊れ、穀物は燃え、家畜の牛は風によってその身体を削られていく。
「いいか。これが、この世界の人々が知る魔物の姿じゃ。命を取られたから恨み、努力を踏み潰されたから怒り、居場所を無くしたから、生きる意味を忘れる。魔物とは、それだけの力を持つ。じゃから、皆恐れるのじゃよ」
「徹底的に、な」とラミージュは冷たく吐き捨てる。
俺が知ってもらおうとした中には、こんな恐ろしい存在まで含まれていたのか。
それはまるで、ダイナマイトを発明したノーベルのような心境。
手を見ると、震えていた。
「小僧、お主はこの無惨な光景を見て、その上で、合成獣のような凶悪な魔物を理解してもらう?」
紅い瞳は、静かに燃えている。知っているからこそ、問いかけているのだ。
「俺は……」
「ラミージュ様! 足跡を発見しました! 今すぐ来て下さい!」
ラミージュは返事をせずに向かう。
「小僧」
こちらを見ずに語りかける。
「答えを、楽しみに待っておるぞ」
俺は、村の光景を目に焼き付けてから走った。
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