主人が誰かは猿だけが知っている

 セレラントのルンちゃん(オス)を仲間に迎えてから3日が過ぎた頃。晴れ渡る空の元、家から少し離れた森のなかでボスとセレラントが向かい合っていた。


「ルンちゃん、今回お前は、真のボスが誰かを知ることになるぜ」

「ウキキ、ウキ」

 互いに距離を縮める、少しずつ、少しずつ。それは西部劇のガンマンのように、呼吸合わせたように一歩とお互いに歩(あゆむ)。

 一定の距離に達した時、俺とルンちゃんは拳を放った。

「最初はグー! じゃんけんポンッ!」

 奴はグー、俺はパー。

「喰らえッ! あっち向いてホイッ!」

 俺は天高く指を指す。ルンちゃんは真逆に深々と頭を下げる。

「くっ! じゃんけんポンッ!」

「ウキッー!」

 奴はチョキ、俺はパー。

「ウキャキャ‼」

 俺はランちゃんの行動をよんだ、あいつは俺を見下している。ならあいつは上を指差すことだろう。

 認めていない主人が上にいる。それなら俺は越える、と、奴はそう思ってるに違いない。

 俺はさっきのルンちゃん同様、いや、それ以上に頭を下げた。

 「ウキ」

 「ハッ! どうやら今回は俺の勝ちみ……たい、だ、ハッ⁉」

 ルンちゃんは、下を指していた。

 それも、親指で。

「ウ・キ」

 し・ね、俺は確かにそう聞いた。

 俺は撃たれたかのように膝を着く。

「何故だ⁉ お前は俺を地獄に落とすというのか! あんなに仲良くやっていたじゃないか!」

 例えば……、え~と……、特にないな。

「ウキャ!」

 ルンちゃんはデコピンの体制に入る。しかもその目はギラギラと輝いている。

 いや、本当に怖い!

「わ、悪かった! 俺が悪かった、だから! 命だけはッ‼」

 バチンッッ‼ 必死の命乞いはことごとく無視され、俺は、雷が落ちたかのような音と共に仰向けに倒れた。

 せめて最後に、カッコつけたかったなぁ、なんて思いながら。

「これでトウマの連敗記録が30になったね。オメデトー」

 感動のこもってない棒読みを耳にした。

「ウホウホウホ!」

 対するルンちゃんは、その場で飛んだり跳ねたりしている。

 弱い者いじめの何が楽しいのか、真剣に問いただしたい気分だ。

「ウッホ、ウッホ」

「ん? ああ、はいはい、頑張ったね」

 寝ぼけた表情でルンちゃんの頭を撫でるヨーン。ルンちゃんは幸せそうにその場で小躍りする。

「芸達者な奴め」

「ルンちゃんがまた勝ったんですか?」

 と、そこで、羊の世話が終わったランがやってくる。

「ルンちゃんといつも遊んでくれてありがとうございます、唐真様」

 ペコリ、と頭を下げるラン。自慢の尻尾は嬉しそうに揺れている。

「い、いや、別に、あいつが構って欲しいっていうから、構ってやってるだけだし」

 「ヴギ~……」という謎の声。

 ふん、猿よ。試合には負けたが、勝負は勝ったぞ!


「それにしても、セレラントって本当に賢いな、ほんの少しルールを教えただけで、あんなに上手くやるなんて」

「セレラントは高い知能を持っていますからね、昔、さっちゃんに羊のお世話を教えたら、すぐに出来るようになったんですよ」

 嬉しそうに表情を浮かべるラン。

 なるほど、セレラントってそんな簡単に事を覚えるのか。

「ですが、力が強いのもありまして、大人のセレラントが仕事を覚えても、力加減が上手くいかない事の方が多いんです」

 人の真似をして木を切ったセレラントがいた。セレラントが勢い良く木を切るが、その力に耐えられずに斧の柄がちぎれた。という話をランから聞いたことがある。

 その様子を想像するだけで俺はゾッとする。

「そのことを考えると、ルンちゃんは力加減が良くできています」

 それは、きっとさっちゃんの教え方が上手かったからに違いない、と、俺は心の中でそっと呟く。

 ランが育てたセレラントのさっちゃん。別れこそ悲しいものではあったが、その愛情は今もこうして受け継がれている。

 ルンちゃんを通して、さっちゃんがどれほど心優しいお猿だったのか、目に見える様な気持ちだった。

「しっかし、魔物を捕まえたのは良いとして、次は何をすれば良いんだろう」

「動物園、でしたっけ。他に何があるんですか?」

「う~ん……」

 必死に故郷の記憶を思い出す。

「ぬいぐるみ、食べ物、牛の乳絞りなんてのもあったな」

「乳絞りですか?」

「おう、でも中々難しくて、出た時は嬉しかったな」

 何せ、その時は小さかったのだ。上手くいかないのは当然だ。

「唐真様のいた世界は少し変わってますね、わざわざそんな事をするなんて」

「まあ、俺のいた世界では滅多にない体験だったからな、案外楽しいもんだよ」

 そういってランに笑いかける。するとランは、ぷいっと視線をそらした。

 気のせいか、顔が赤かった気がする。

「ほ、他には何があったんですか」

「ん? 他か……」

 記憶のタンスを次々と開ける。正直役に立ちそうな記憶はほとんど無い。その中で、俺は見つけた。

「ショーだな」

「? ショーですか」

 不思議そうに首を傾げるラン、耳も横に垂れて可愛い。

「動物と一緒に色んな技を見せるんだ。輪を潜ったり、人間と一緒に飛んだり」

「飛ぶんですか!」

 ランが食いついた。ちなみにさっきの説明はイルカショーである。きっとランには別の形で伝わっているだろうけれど、本人が楽しそうなので今は止めておく。


「他には何をするんですか!」

「え~と、一緒にお手玉とかかな」

 「凄いです!」とラン。彼女の尻尾も大興奮だ。

「では、今回はそのショーをやってみるのはどうでしょう」

「別に良いけど、でも、誰と?」

「もちろん、ルンちゃんとです!」

 はあっ⁉ 冗談じゃない、あんな危険な熊猿。と心の中で全力に抗議するが、相手はラン、当然そんな言葉は出せない。

「ラン、冷静になれ、輪っかやお手玉は無いぞ。道具がなければ出来ない」

「なら私、作ります!」

 何だってッ⁉

 一体何故そこまでやる気なのか、俺には分からない。

「ルンちゃん、おいで~」

 「ウッキ!」と愛想良く鳴くルンちゃん。まるで小動物のように小走りで歩み寄って来る。

「ルンちゃん、私が道具を作るから、唐真様と頑張ってショーをして下さいね」

「……ウキ?」

 ルンちゃんは人差し指で俺を指す。

 ニュアンス的に説明するなら、こいつと?

「そうです。ルンちゃんは良い子ですからすぐ出来ますよ」

 いや良い子関係ないし、あとこいつ良い子じゃねッー!

「ルンちゃん、唐真様、頑張って下さいね。私、早速材料を見てきます」

 風の様に去っていくラン。最後までその表情はキラキラとしたものだった。

 俺とルンちゃんはランを止める事さえ出来ず、その場で佇むのみ。

「……」

「……」

 暖かい陽気の中、俺達の空間だけに寒い風が吹いた。

 一体、どうしろって言うんだ。

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