シルヴァランド物語~放課後の勇者~

想兼 ヒロ

第1話 天使の誘い

 最後に笑ったのはいつだっただろうか。


(なんだ。急に)

 頭に思い浮かんだ言葉。それが、ずっしりと重くのしかかる。


 いつもの通学路で立ち尽くした雄輝ゆうきは大きく息を吐く。何となく嫌な気持ちになって、本来進むべき道を外れた。


 学校へ足が向かわない。それに特に理由はない。ただ、気が向かないのだ。


 強いてあげれば「何もない」ことが嫌だった。勉強も運動も、特にする意義を見つけられない。

 学生服が重い。小学校の頃は軽かったなと、雄輝は大きく嘆息たんそくした。


(特に行く当てもないんだけど)


 何も考えずに進んでいくと、小さな神社が目に入った。ああ、懐かしいなと若干気持ちが緩んだ。


 幼いころ、近所のお兄さんがよく連れてきてくれた。お互い、両親共働きで彼はよく世話を焼いてくれた。彼にとっては雄輝に付き合うのも、ただの暇つぶしだったのだろう。しかし、よく日が落ちるまで遊んでくれたのを今でも思い出せる。


 そんな彼とも、いつの間にか疎遠になってしまったが。大人に近づくにつれ、捨ててしまった関係の一つだ。


 鳥居をくぐる。変わらぬ景色が雄輝を迎えてくれた。

「ああ、そうこれこれ」

 雄輝は真っ先にある場所へと向かった。


「相変わらず、でっけぇなぁ」


 一際目を引くのが、社を護るかのように立っている巨木だ。狭い敷地に窮屈きゅうくつそうに構えるそれは、今もなお異彩を放っている。

 こんなに小さな神社に、これほど立派な木がある理由を雄輝は知らない。

(静かだな)

 住宅街のど真ん中だと言うのに、ここは生活の空気が感じられない。緑が音を吸収しているのか、木々の呼吸の音すら聞こえてきそうなほどに周囲は静まり返っていた。


「あ、そういえば」


 もう一つ、思い出したことがあって雄輝は巨木に近づいた。

(確か、こっち側に)

 走り回るのに疲れると、その木の根本にあるくぼみで休んでいたのだ。家から持ってきた本を読んだり、携帯ゲームをしてみたり。


 ここに来てから陰鬱いんうつな空気が薄まったことを感じている雄輝は、幼いころのように座ってみようかと太い幹を回り込んだ。


 が、そこにあるべきスペースは見慣れないもので埋められていた。

「なに、これ」

 そこには木で作られた箱が置かれていた。丁寧な装飾が施されたそれは、子どもなら中に隠れられるのではないかというほどに大きなものである。


(そういえば、宝箱ってこんな感じだったな)


 記憶から、とあるテレビゲームの映像を引っ張り出して、目の前の箱と照合させる。

 思いの外、しっくりときた。その分、眼前の光景から一気に現実感が失われる。

(誰だよ、こんな箱作ったの)

 その出来は素晴らしいというしかない。しかし、気が削がれてしまったのも事実だ。ここで休めば気力が回復するかと思ったのに、何か厄介やっかいな問題を抱えたような気がする。


「どかすわけにもいかねーだろうな」


 雄輝は頭をかいた。どうしたものかと思案して、ただどうすることもできずに首を傾げた。

(でも、本当によくできてるな)

 触れてみたいという気持ちは少なくともある。無くなったと思っていた好奇心が残っていたのには雄輝自身驚いた。

(まぁ、勝手に触ったとかでトラブルになるのはゴメンだな)

 だが、このまま、放置しておくのが懸命かもしれない。そう、雄輝は結論づけた。


 そんな思考の間に生まれた沈黙は、思いもがけない場所から破られることになる。


貴方あなたには、それが見えるのですか? 」


「え? 」


 頭上から聞こえた声に、雄輝は頭を持ち上げた。

「……」

 息を飲む。それこそ、予想もしていない光景だった。


 目に入ってきたのは、真っ白な翼。その白を背中に背負った少女は、巨木の枝に腰をかけて、雄輝を見下ろしながらさらに続ける。

「良かった。ようやく、出会えました」

 にっこりと笑うのに合わせて、桃色の長い髪が揺れた。物語の天使を思わせる容貌ようぼうに心を奪われる。幻想的な光景に言葉を失っていた雄輝は足元の宝箱が開いていることに気づかなかった。


「おわっ」


 体を襲う浮遊感。そして、歪む視界。そこで意識が途切れた雄輝が、自身の身が宝箱に吸い込まれたことを知るのは後のこと。


 これが、「終わり」に向かう物語。その始まりである。

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