溺れる者に藁

@chibisutas

第1話

寄る場も無く流され生きる内にある一つの街に留まる様になった。

それなりの大きさの街で、歩哨としての業務や近隣の山地での依頼品の採集等、途切れなく勤まる仕事のある点が都合が良かった。

故郷でも山菜取りの手伝いをやっていたので、ある程度の薬草の見分けはつくし、生まれついた体のデカさで堂々と立っていればそれなりの衛兵と勝手に見込んでもらえる。

目的も無く生きてきた私に出来る事と言えばそれくらいであり、ここでなら生きる事を許されている様な安堵感を持つ事が出来る気がしていた。

それで十分だと思っていたし不満はない、そんな日常のつまらない話だ。


滞在を始めてそれなりの月日が経つと、仕事の斡旋をしてもらう為に登録していたギルドの者から、ある店の噂を聞いた。

雑貨屋ばかりが並んだ通りの入り組んだ路地に、目立たない店構えでひっそりと営業しているその店は、一束だけで家をも買える様な価値を持つ希少種を多数扱い、その道に明るい者なら垂涎の秘境とまで言われているのだが、正確な場所を知る者は少ないそうだ。

雑談の中で差し込まれたその噂話、幾度か重ねた採集業務に不備が無い事を見込まれて、冗談混じりに興味を持つだろうと浮いてきた他愛のない話題であった。

正直請け負う業務は、日用品として使うありふれた物を対象とした簡単な物ばかり、小難しい希少種の違いがわかる訳でもないし、それらを蒐集する趣味がある訳でもない。

しかし話をしてくれたギルドの受付嬢の語り口が上手かったせいもあるのかなんとなく興味が湧いて来た。

買い出しの際辺りを散策し、噂の店を探すのが日課になっていた。

そんなある日の事だった。


通い慣れたと思っていた道に見慣れない看板が出ているのを見つけた。

整い揃った目立たない字で薬屋とだけ書かれた小さな立て看板は、主張少なく脇に備わった小さな扉を指している。

普段目にしていてもこの扉の奥に店があるなんて誰も思いもしないだろう。

私も今まで完全に意識の外に置き見逃していた。

果してここがこれまで探していた噂の店か、確かめる為には中に入るしかない。

深く考えずに扉の前まで進み出てノブに手を伸ばすが、そこで躊躇し何故今日まで熱心に回り道をしてまでこんな店を探していたのか、自分に問い質した。

興味本位の噂と思い存在を疑っていたし、入った所で何をする訳でもない、ただの冷やかしになるだけだ。

いくつかの考えを巡らして一つの結論に集約する。簡単な話だ。

私は同じ事を繰り返すだけの毎日に飽き飽きしていた。

誰もが望む様な店を見つけられたら何かが変わる様な期待を持っていたのだ。

こんな歳にまでなってくだらない妄執に囚われて、そんなだからこれまで何も成す事が出来ていないのだ。

勝手に頭を巡る言葉が自分を苛めるが目の前には噂の…まだ決まってはいないが、とにかく求めていた場所があるのかもしれないのだ。

ようやく意を決して扉を押し…引き戸と気付き慎重に引いて開け放ちその中へと歩みだした。


薄暗い室内は窓が無く所々に灯された灯りだけがうっすらと辺りを照らしている。

二歩三歩と進み出た頃に慣れて来た目に店の全景が入って来る。

入り口から左右に広がり奥へと続く壁面に、隙間無く広がる棚が続き、そこには夥しい数の薬瓶や、溢れるままに積まれた乾物の数々が無理矢理収まっている。

その乱雑に置かれている様に目が回りそうになりながら、壁沿いに歩き目を滑らしていると、そこに置かれていた一つの草の束が目についた。

ほとんどの物は見分けがつかず値札も無い為に価値もわからない物ばかりであったが、それだけは見慣れていた物であったので思わず手が伸びていた。


「触っちゃ駄目…」


その瞬間に囁かれた声に驚き、伸ばした手は寸前で止まる。

思えば中に入ってから店主の姿も検めないまま店内の様相に目を奪われ徘徊してしまっていた。

質の悪い冷やかしと思われ見咎められるのは仕方のない事だろう。

改めて店主に詫びを入れようと声の方へと振り返る。

しかし視線の先には変わらず続く棚の列しか目に入らない。


「何か探しているの…?」


再び囁く様に聞こえる細い声。

その元を辿ろうと見回すと棚の列の一部が途切れ、一人分通れる程度の隙間がある事をようやく見つけられた。


「すみません…見覚えがある物があったので、つい手が伸びてしまって…。」


詫びの言葉を挟みながら、棚の隙間の奥にあるだろう番台が見える位置まで回り込み、今度はこちらから覗き込みながら頭を下げた。

返答が無い為にそのまま頭を上げる。

そこには想像の通りの番台が棚に挟まれる様に存在して目深にフードを被った店主の姿が認められた。

声の感じから女性という事はわかったが、顔が見えずに歳の頃まではよくわからない。

髪飾りでも付けているのかフードの上部が下から押されている様に歪に膨らんでいる。

気心も知れない相手と応えの無いまま向き会っているのはとても気不味い。

居心地の悪さに適当に誤魔化して店を出ようかと言葉を探していると先に店主の方から言葉が出てきた。


「見間違い…この辺にそれ…あんまり生えてない…」


彼女のぼそぼそとした声はこちらに意志が伝わらなかろうが構わないといった雰囲気であるが、言葉の通じない相手では無い様である。


「それは…確かにここらではあんまり見かけないが故郷ではよく生えていて…。

お腹の収まりの悪い時に煎じたやつを飲むとすぐに治るんで、定期的に飲んでいれば腹の虫がいなくなるくらい調子がよくなるからムシシラズって呼ばれていたよ。

子供の頃、友達と採りに行った時にはムシラズ毟らずどう毟るって訳のわからない問答をしていたりなんかして…。」


饒舌になりすぎ思わず聞かれていない事も喋っていた。

私の過去の話に彼女が興味を持つはずがない。

口を噤み店主の様子を見ていると、少し俯き何か考え込んでいる。

機嫌が悪くなったかと思いしばらく観察していたが、突然番台の前が扉の様に開き、中からのそのそとフードのお化けの様相で這い出てきた。

番台の位置が少し高かったのか思ったより店主の背は低く、私の脇をするりと通り抜けると先程見ていた薬草の前まで歩み出た。

厚ぼったい服装のせいで体のラインが見えず、人物像が未だに掴めない。


「乾燥してるけど…普段はこの葉が放射状に地面から生えてるの…。」


差し出されたそれを壊さない様に触らずに眺め記憶と照らし合わせる。

確かに嫌になるほど摘んだあの草に間違いはない。

「間違いない」と言うこちらを店主はまだ信じきってはいない、何も言わずにこちらを見つめる雰囲気は品定めをされている様で面白くない。

そして改めて実物を見て気がついたが、最近この草をどこかで見た様な気がした。


「ここら辺に無いって言ってたけど確か西の方に走る尾根で同じやつ見た覚えがあるよ。」


ほとんど無意識にぼんやりとした記憶の適当な事を言ってしまった。


「西の…?最近行ってない…何しに行ったの?」

「仕事だよ。日用品の薬草摘んで売る。」


応えるとまた黙り考え出す。どうやら機嫌が悪い訳じゃなく考える時間が長いだけの様だ。

どうせ急ぐ用事もない。考えがまとまるのを待っていると…。


「よし行こう。」


そう言い干物を棚に戻すと、再び脇をするりと通り抜け先程の番台から店の奥へと引き戻る。

そっと中を覗くと店の奥は建物の奥行のおかげで割と空間があり、その中であれこれ引っ張り出して何かの準備を始めたらしい。

確かどこかに行くと言っていた。話の流れから西の尾根に?

あそこは最近でかい魔物の目撃があり、まともなやつは近付こうとしない。

まともじゃない私みたいなやつは人がいない中を放置された薬草を求めて入り込んでいるが。

番台が三度開くと中から出てきた店主は、一丁前に荷物を背負い旅支度の様な風貌である。

だらしないフードのついたローブもあちこちをベルトで引きしめ動きやすい格好にしている。

引き締められた服に引っ張られて胸が協調される。

でかい。


「行ってくるからお店はお仕舞い…。」

「話が見えないけど行くって西の尾根に…?」

「そうだよ…。」

「今あそこでかい魔物来ているみたいだから…本気なら止めた方がいいよ。」

「大丈夫…昔からいたし…皆最近気付いただけだよ。」


平気と店主は言うがどう考えてもこんな小さな子一人で入るのに向いた場所ではない。

しかし妙な自信が彼女にはある。なんとか言いくるめる言葉を探し…。


「それじゃあの草見た場所まで私が案内する。それで闇雲に探し回る事もなくなる。」

「だいたい当たりはついてるから大丈夫…」

「荷物持ちだってするよ?」

「…それは便利。」


交渉を重ねてなんとか丸め込む。

一度決めたら店主の行動は早かった。

持っているザックの半分をこちらに渡して来た。

軽々と渡して来るが持ってみると意外と重い。


客として入ったつもりがいつの間にか雇用されている。

店の外で、看板を仕舞いに行った店主を待ってる間流されるままの人生に疑問を持っていたが、戻って来た店主が裾を引っ張るまでにその答えはでなかった。


「それじゃ行こうか…考えたらまだ名前を知らなかったね…」

「薬屋でいいよ…お姉さんの名前は?」

「それじゃ私も荷物持ちでいいよ…行こうか」

「うん…よろしくお姉さん…」


こうして陰気な薬屋の店主との付き合いは始まった。

この時はまだ森の奥に入らずとも適当にふらついて帰ればいい程度に考えていた。

人生の流れに逆らえる程の力が自分に無いのを思い知る事になるが今はそれを知る術はない。

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