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本田そこ

恋愛の話

起:打ち明けられた恋話

春の終わり、初夏の陽気が増してきたころのことだ。


私の通う高校の屋上にはベンチが幾つか置かれていて、晴れた日の昼休みには爽やかな空気と共に食事をしたい生徒たちがそこに群がる。

かくいう私もその中の一人で、屋上の角に近い位置にある黄色いベンチに座りながら、友人の薫と一緒に、購買で買ってきたハムサンドをもしゃもしゃと食べていた。

屋上には木々が何本か植えられていて、幾つかのベンチはその木陰にある。私たちが座っているのもそんな場所の一つだ。

「ねぇ薫、今日の放課後、時間空いてる?」

話しかけたら、薫はサンドイッチを咀嚼しているところだった。それが終わるまで少し待つ。

「ん?空いてるけど」

黒髪の三つ編みにレンズの分厚い黒縁の眼鏡、少し地味な恰好だけど、よく見ると美人なのが薫だ。唇の近くにマヨネーズが付いている。

「ちょっと相談に乗ってほしいことがあってさ」

「別にいいけど、今じゃ駄目なの?」

「んー、ここでは少し話しづらいんだよね……」

悩み事というのは皆がいる場所では開陳しにくい。

屋上はそれほどぎゅうぎゅう詰めになってはいないけど、周りの生徒の誰かに聞かれてしまうかもしれないっていうのがちょっと嫌だと思ったのだ。

「そういうことならいいけどさ」

そう言ってから、薫は残りのサンドイッチを頬張る。頬張りながら、口の周りに付いたマヨネーズに気付いたみたいで、さっと舌で舐め取っていた。もぐもぐと口を動かす様を横目に見ながら、私も残りのハムサンドを片付ける。

それから、いつも通り他愛のない話をしてのんびりと昼休みを過ごし、そろそろ終わる頃に屋上を出て教室に戻る。

「放課後、話するならどっか行く?ここじゃしづらいんでしょ?」

私の教室の前で、別れ際、薫が訊いてきた。今は薫と別のクラスなのだ。

「そうだね、喫茶店かどこかかな」

無関係な人々の喧騒の間なら、多分、話せる気がする。

「ま、放課後、合流してから適当に決めようか」

「うん」

その後の授業はなんだか上の空で、先生の話は耳をすり抜けていく。数学と現代文。嫌いではないけど、気付いたら放課後になっていた。


携帯で軽くやりとりをした後、校門で合流する。私は部活が休みだし、薫は帰宅部だから、授業が終わってすぐである。

「じゃぁ行こっか」

薫は自転車通学だから、自転車を押しながらの下校になる。しばらくは雑談をして時間を潰しながら駅へと向かった。学校の近くにはあまりお店がないし、この時間は大体混んでいる。駅前の店々も混んでいることに変わりはないけど、数が多いからその分入りやすいだろう。

「それでさ、どこに入ろうか」

駅前の商店街に入ったあたりで、薫が訊いてきた。あまり考えずに歩いていたので、頭の中で色々と候補を挙げてみる。

「うーん、どこでもいいっちゃいいんだけどね。入れるかどうかわからないし、空いてるところあったらそこにしようかな」

薫が駐輪場に自転車を置いてくるのを待ってから、商店街をぶらつく。時間が時間だからどこも学生で混んでいたけど、三軒目で空いている席を発見できた。店の奥のソファ席。あまり話し声が響かなそうで、色々と都合がよさそうだった。


席を確保してから、私はアイスティー、薫はアイスコーヒーを注文した。私はコーヒーが苦手だ。ガムシロップをたくさんいれればなんとか飲めるけど、糖分が怖い。アイスティーくらいがちょうどいい味なのだ。

席についてから、少しだけアイスティーを飲む。

しばらく黙ったままの時間が続いた。そんな空気になっても気兼ねせずに済む相手は薫くらいだ。

そうしていたらなんだか緊張してしまって話の切り出し方がわからなくなってしまったけど、こういう時は勢いに任せるものだと誰かが言っていた。

「……あのね、さっき話した相談したいことなんだけど」

「うん」

「そのね、実はね、えっと……」

「……」

「あー、その、あれなの」

「あれ?」

それからふたたび、黙ったままの時間が続いた。

口を開いてみたはいいけれど、勢いをつけたところで緊張が消えたりなんかしなかった。誰だ、あんなこと言ったのは。


だけど、このまま黙っているわけにもいかなくて、三分くらいはそのままだったけど、勇気を出して言葉を発した。

「……好きな人が出来たの」

「……へぇ……そうなんだ」

「なんか反応薄いね……」

「ちょっとびっくりしてるところ」

「あ、驚いてるんだ」

「そりゃまぁね。今までそんな話をしたことなかったし」

そう言われてみればそうだった。一年の頃からの付き合いではあるけれど、恋愛絡みの話はしたこともないしされたこともない。だからこそ、初めてのことだから緊張してしまったのだと今になって気付く。


ふぅ、と一息ついてから、アイスティーをごくごくと飲む。なんだかやたらと喉が乾いてしまった。

そうしていたら、薫が口を開いた。

「それで、相談したいことってなんなの?」

「え」

「好きな人が出来たっていうのはわかったけど、それだけなら悩むことなんてないじゃない?どうアプローチしたらいいのかとか、そういう悩み?」

薫は聡い。こうやって少しずつ話題を先取りして、話を円滑に進めてくれる。口下手な私にとってはとてもありがたい友人だ。

だけど、何に悩んでいるかはさすがにわからないらしい。無理もない話だ。

確かに、どうアプローチしたらいいのかは悩ましい問題ではあるのだけど、それ以前のところに私の悩みどころはある。

「それもあるんだけど……」

「違うの?」

「うん」

「話しづらいこと?」

「ちょっとね」

「焦らなくてもいいよ、時間はあるし」

嬉しい言葉だ。だけど、あまり甘えているわけにもいかない。せっかく薫に相談に乗ってもらえるのだ。思いきって話してしまう方がいい。

「実は、ね」

そう言って口籠もる私を、薫は急かすことなく待ってくれる。


「その相手、女の子なの」


悩みはそこにある。

初めて好きになった人が、同性だった。

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