第66話 蠅の王・後編
俺は背後に気配を感じて、振り返った。ドロニアも振り返る。
そして、そこにいた者を見て3者3様の反応を示した。
「・・・ベルゼブブ様・・・・・」
その姿を見て、後ろから悲鳴にも似た声が聞こえた。
「あ、あれは、ベルゼブブ・・・」
その姿を見て、ドロニアは驚愕と焦りの混じった声で呟いた。
「ベルゼブブ?・・・あッ・・・」
その姿を見て、俺は全てを悟り、呆然とした。
どうやら、俺は気づかずに、この世界で人に似た生命を1キルしようとしていたようだった。
ハエの姿と、今見せている人型の姿のどちらが本当の姿かは分からない。しかし、俺は何の罪悪感もなく、人に似た生命体を殺していたかもしれない事実に考えを巡らせた。そして、その考えが、ベルゼブブの行動に対して、俺の反応を遅らせた。
その扉の向こうにいるベルゼブブとやらは、口を動かした。そして、いきなりその場から消え去ってしまった。
背後から物音がしたので振り返ってみると、先程氷で攻撃を仕掛けてきた者の隣に、ベルゼブブは移動していた。
『ん?今どうやって移動したのだ?全く見えなかったぞ・・・』
そのスピードは俺の目で捉えることできなかった。
「ベルゼブブ様、そのお姿は・・・?」
「何者かに襲撃を受けた。ひとまず撤退するぞ。回復を計らねばならない。」
「・・・わかりました。」
2人は撤退しようとしているようだった。
この依頼は2人をこの工房から追い出せば、工房を正常な状態に戻せるので、俺は2人がこのままどこかに行ってもらうのを待つことにした。
「逃がさない。
風の精よ 汝との契約に従い 今こそ力を解き放ち 舞い狂え
んん?まだやるのか・・・・
ドロニアが2人を逃がすまいと風の魔法を放った。その風の魔法は風で数羽の鳥の形を作り出し。そのそれぞれが意思を持っているかのように2人に襲い掛かった。
「無駄よ。
氷精よ 氷の守護で 万難を隔絶せよ
俺達と相手の間に分厚い氷の氷壁が出現した。
しかし、風の魔法で作られた鳥達はその氷壁を貫通する。そして、遅れて、部屋中に滞空させていた俺の炎の魔法がその氷壁を昇華させ、水蒸気へと変える。
「な・・・」
女の姿をした悪魔は動揺した。
「 闇の精霊よ 深淵から来りて 食い尽くせ
ベルゼブブはドロニアの放った風の魔法を闇魔法で吸い尽くした。
さらに、追加で魔法の詠唱を開始する。
「 本物の風魔法というものを見せてやろう。
風神よ
そして、ベルゼブブは俺達に向けて風魔法で攻撃をした。その威力は凄まじいものを感じた。俺は咄嗟に同等の氷魔法を放った。俺は筆記試験の後に勉強したのだ。風魔法には氷魔法が優位性があるという事を。
「
同等の魔法であっても、優位性のおかげか、俺の氷魔法はベルゼブブの風魔法を押し戻した。
「ばかな・・・貴様は・・・まさか魔王・・・いや・・・そんなはずは・・・」
ベルゼブブは訳のわからない事を声にだしながら、次の行動に移ろうとしていた。
「 時空を統べる鍵よ 2つの扉をつなぎ 望郷に
アーサーが使う時空魔法に似た詠唱文を口にした。時空魔法は無属性であるので、魔力の流れが見えなかった。
それを唱えた瞬間に2人は忽然と部屋から姿を消した。
そして、部屋の中でぶつかり合っていた風魔法と氷魔法は一気に均衡が破れ、部屋中を凍てつかせる。俺は氷魔法を打ち消すべく温度を調節して火の範囲魔法を放った。
『
氷魔法と火の魔法は打ち消しあい、事なきを得る事に成功した。
「・・・・・」
ドロニアは俺の方を見て何かを言いたそうにしていた。
俺の竜人仕込みの魔法の数々を見て驚かしてしまったかもしれない。
「あなた・・・魔王なの・・・?」
えっ。
ベルゼブブが去る間際にそんな事を言ってたような気がするが、断じて俺はそんなものではない。
「いや、違うよ。人族だよ。」
「そう。」
何かあらぬ疑いをかけられているっぽいな・・・。
しかし、これで依頼は達成したといえる。俺たちはクロエのところに戻る事にした。
クロエは工房を出て少し離れたところで待っていた。
「ふ、2人とも無事でよかったです。け、結界がなくなったという事は、う、上手くいったんですか?」
「ああ、悪魔は2匹いたっぽいけど、どこかに逃げて行ったから、ひとまず依頼的にはOKじゃないかな。」
俺はクロエの質問に答える。
「す、すごいです。やっぱり、特待生の方達は違いますね。」
クロエは俺達2人を褒めた。
「私は、ほとんど何もできなかった・・・」
「えっ、じゃあ、アギラさん1人で?」
「いやいや、そんな事はないよ。3人の力でこの依頼は達成できたと思うよ。」
俺は謙遜した。
「・・・・・・」
ドロニアは無言だった。
「わ、私なんて、何もできてないです。」
「そんな事ないよ。結界を気づかれずに通り抜けたおかげで、ずいぶん楽に依頼をこなせた。」
「そ、そう言ってもらえると、ありがたいです。」
クロエは礼を口にした。
そして、クロエの肩に止まっていたドロニアの使い魔である烏は、ドロニアの方に移動した。
「ありがとう。フギン。」
ドロニアが使い魔の烏に礼を言うと、その使い魔は姿を消した。召喚の契約を解いたようだった。
その時、俺のフードの中でアーサーがもぞもぞと動き出した。
「やっと鍛冶の工房に着いたのかにゃ。どういう作戦で行くにゃ。あっちの黄金の右の爪で悪魔をやっつけてやるってのはどうですかにゃ。」
フードの中で大人しくしていると思ったが、俺にまな板を渡した後、ずっと寝ていたようだった。
「いや、今着いたんじゃなくて、もう終わって帰るところだ。」
ドロニアの烏の使い魔を見習ってほしいものだ。
「そうですかにゃ。それは残念ですにゃ。じゃあ、昼ご飯までもうひと眠りする事にしますにゃ。・・・って、にゃ、にゃ、にゃんだこりゃーーーーにゃ。」
アーサーはフードから飛び出し、叫び声をあげた。
「どうしたんだ?」
「マ、マスター。ど、どういう事にゃ。あっちの、あっちの大切なものが・・・・なくなってますにゃ。」
大切なもの・・・お気に入りの人形でもどこかに落としたのか?
「こ、これを見てくださいにゃー。」
アーサーは俺の前に後ろ脚を広げてふわふわと飛んできた。
ん?んん?
「どういう事にゃーーー。」
その叫び声は山々にこだまして響いた。
アーサーは、どういうわけかオスからメスへと変わっていた。
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