第37話 転生者

 時はアギラが旅立ったおよそ12年前に遡る。つまりアギラが転生を果たしたころ。メガラニカ王国に1人の男児が誕生した。

「男の子です。男の子が産まれました。」

助産師は慎重に赤ん坊をとりあげたが、その赤ん坊は一切泣かなかった。呼吸をしていないのではと、助産師は焦った。


 そして、この赤ん坊は国王の息子、つまり王子だったから、失敗すれば、どんなお咎めがあるか分からなかった。

 しかし、その赤ん坊は泣かないにもかかわらず、呼吸は正常にしており、健康そのものだった。


 その顔を覗き込むと、まるでこちらが焦っているのを笑うかのような笑みを見せた。助産師は何か嫌な雰囲気を感じたが、王様の子供であるのでそんな気配は見せない。


「泣いてはいませんが、健康そのものです。・・・将来が楽しみですね。」

助産師は、その赤ん坊を産んだ王様の奥方に赤ん坊を渡した。


「あなたはネロよ。よく産まれてきてくれたわ。」

奥方に名前を呼ばれながら抱かれた赤ん坊は、目を閉じて眠ったようだった。


 王様は、この泣かなかった事を、特別な事だと感じてネロの将来を期待した。

 王様にはすでに3人の子供がいた。1人は8歳になる男の子、あとの2人は11歳と9歳になる女の子がいた。


 その3人の子供と、ネロは母親が違っていた。3人は第一王妃の子供であり、ネロは第二王妃の子供であった。


 重鎮たちの中には跡取り問題に国が揺れる可能性を危惧するものたちがいた。

 国を継ぐのは第一王妃の息子であるヨハンが継ぐことが決定していた。それなのに、泣かずに産まれたことを、何か特別な事だと捉え、ネロを王様は特別扱いしていた。また、その赤ん坊はその特別扱いされた期待を裏切らないほど優秀だった。というより天才だった。1を教えれば10を知るとは、この子のためにある言葉であった。


 だから、新しく産まれた第二王妃の息子は、世継ぎの火種になると考えたのだ。

 しかし、時が経つにつれその不安はなくなっていった。ネロは天才だったが社交性に優れなかった。5歳にして家庭教師のすべてを断り、自室に籠るようになった。この頃、第二王妃にまたしても子供が生まれた。今度は女の子で、産まれた時に普通に泣いていた。


 ネロは自室で何をしているのか全く分からなかった。全く外で遊ぼうともしないその生活を、第一王妃の次女であるカトリーヌが心配していた。


 ある時、カトリーヌは自室からネロを連れ出して、外で一緒に遊ぼうとした。ネロのことを想っての事であったが、頑なに抵抗されて外に連れ出すことはできなかった。


 そして、その夜事件は起こった。

 カトリーヌの腕が寝ている間に消失してしまったのである。何故そんな事が起きたのかは誰にもわからなかった。宮廷治癒魔術師たちでも、失われた腕を治すことはできなかった。

 カトリーヌでさえも、何が起きたかわからなかった。


 ただ、起きたら、痛みもなく自分の右腕が消失してしまったのである。

昼間にネロとカトリーヌが揉めていたのを目撃していた何人かは、ネロと事件を結びつけるものもいたが、証拠もないし、第二王子でもあるネロを声をあげて犯人扱いするようなことはしなかった。


 片腕をなくしたカトリーヌは元気をなくして部屋を出なくなった。王様は腕を治すために情報を集めた。そして、一つの光明を見出した。失った肉体をもとに戻せる『奇跡の水』という存在だった。


 その『奇跡の水』は北の大陸にあるということだった。カトリーヌが勇者と恋仲になっている事を王様は知っていた。そこで、勇者に『奇跡の水』をとってきてもらえるように頼んだところ、承諾してくれたのだった。


 勇者が出発してから2年以上が経った。王様は次なる手として、王様はさらに魔導士学園に特別クラスを作った。その特別クラスには種族を問わずに才能あるものを集めることにした。そして、その才能を伸ばし、北の大陸から『奇跡の水』を持ち帰ることのできるものを育てるのだ。


 ネロにその話をすると、自分もそのクラスに参加したいということだった。まさか、ネロがそんなことを言うとは思わなかったが、社交性を学ばせるのによい機会だと思い王様は了承した。


 王様はネロの才能を認めていたので、特別クラスでもやっていけるだろうと思ったからだ。


 ネロは考えた。

『そろそろ、本格的に動き出すとするか・・・』

ネロはアギラと同じ転生者であった。

一つ違うのは異世界からの転生者ではなかった。この同じ世界で何度も何度も転生を繰り返していた。


 ネロは魔王だった。


 一度死ねば、魔王の器として転生できるのは666年かかってしまう。しかし、死んでから666年の間にも転生は何度もしているのである。その転生先は、7年間土の中にで過ごし1週間で死んでしまう虫や植物なんかに転生することもあった。666年の間は、基本魔力のない生物に転生を繰り返さなければならない。そして、永遠に続くとも思える時を経て、ようやく魔王の器に辿り着くのである。


 『前回の転生はひどかった。1本の木として300年もずっと生きていた。鳥と戯れ、光合成する事でしか楽しみの得られぬあの生活は、退屈で仕方なかった。これもすべてはあの忌々しい竜のせいだ。次こそは必ず仕留めてやる。』


ネロは復讐の炎を燃やした・・・

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