第20話 禁忌の洞窟

 そして、フレイはその次の日も学校を休んだ。

 フレイのことは気になったが、俺はそれどころではなくなってしまっていた。

ルーラの容体が急変したのである。体の外に黒い魔力が漏れ出すようになってしまった。


 家に帰ると、1階にはアギリスと医者が話をしていた。

「残念ですが。こうなってしまってはあと、2、3日もすれば・・・」

医者は言葉を濁した。


 俺はそれを聞いて、自分の目論見の甘さを痛感した。すぐにでも、洞窟に行って手掛かりをつかむべきだったのだ。もう手遅れかもしれないと思うと焦った。


「今からでも、洞窟に行って手掛かりを掴んできます。」

俺はアギリスに提案した。


「あの強大な結界を作ったものが中にいるなら、今のお前では無駄死になってしまう。それは母さんも望んでいない。」


「そんな事を言っていたら、母さんは死んでしまいます。」

アギリスは悔しそうに顔を歪め、拳を握っている。


「もし手掛かりがあの中にあるなら、お前がもう少し力をつけた方がいい。呪いを治すというのは、竜族の願いでもあるのだ。」

アギリスは、他の竜族の呪いにかかった竜人のため、俺をより安全にするために、ルーラのことを諦めようとしているのかもしれなかった。


 せめて魔法が使えれば。せめて俺にもっと力があれば。


 いや、違う。俺にとって、他の呪いのかかった竜人のことはどうでもよかった。母さんルーラが死んでしまったら、呪いの治し方が分かって、他の竜人が助かっても俺にとっては何も意味がないことなのだ。


 アギリスだって、ルーラに助かってほしいに決まっている。

 今から洞窟に入って呪いの原因が分かっても、治療法までは分からないかもしれない。けど、治す可能性が見つかる可能性があるかもしれないじゃないか。


 ここで洞窟に行かなければ、絶対に後悔する。行かなければ治る可能性は0%だが、行けば1%でも治す可能性が高まるのであればいくべきなんだ。


俺は決心した。


「今から俺は洞窟に行って、母さんを助ける手掛かり探してきます。俺にとって母さんが死んでしまったら、洞窟に行く意味がありません。もしかしたら帰ってこれないかもしれませんが、後悔はありません。俺は、赤ん坊のころ父さんに拾われなければ、1度死んでいた身です。俺をここまで育ててくれて、本当にありがとうございました。」

俺はそう言って洞窟へと向かおうとした。


「待て。」

俺は振り返った。アギリスは俺の顔を見て、決心が伝わった。


「これを持っていけ。」

白い剣だった。それはアギリスがいつも持ち歩いている、自分の牙で作った竜の牙の剣であった。


「けど、これは・・・」

これは、自分専用の1本しかない大切な剣である。もし、洞窟の中で俺が死んだら、竜族のものは洞窟に入れないのだから、それは2度と戻ってこない事を意味していた。


「生きて帰ってこい。本当は俺も行きたいが、あの洞窟には入れないようだ。その剣を俺だと思って一緒に連れて行ってくれ。」

フレイの話を知っていたので、竜族のものはやはり洞窟には入れないと諦めていた。


俺は無言で頷いて、玄関を出て行った。


 俺は松明を手に持ち、腰に剣をぶら下げ全速力で走った。走った。

 休みなく走り、洞窟にたどり着いた。洞窟に入っても俺は止まらずさらに洞窟の中を駆け抜けた。


 俺はこちらの世界に来てからの母さんルーラのことを思い出していた。


 いつも優しかった母さんルーラ


 俺が怪我をしたら、真っ先に心配して自分の事を顧みず助けてくれた母さんルーラ


 俺のことを考えて食事を作ってくれていた母さんルーラ

 

 俺の知らないところでいろいろ苦労をしていただろう。でも、そんな俺を本当の息子のように育ててくれた。


 そして、俺も本当の母さんのように感じていた。


 俺の目には涙が溢れていた。俺は涙を左腕でこすりながら、洞窟の奥へと向かっていった。

絶対助けて見せる。俺が転生したのは、母さんルーラを救うためだったに違いない。この時のために、俺はこの世界に転生したのだ。


 洞窟は右に曲がったり、左に曲がったりしていたが、分かれ道のない一本道だった。そうして、どれくらい走っただろうか、前方に大きな空間が現れ、そこから火の光があった。そしてそこには・・・


 大きな・・・それはとても大きな黒い竜がいたのだ。


 竜は目をつぶっていたが、俺に気づいて、目を開いた。

「 ・・・〉'#¥▽@○π%θΠ§Ω〇×Λ?」

何かを喋っているようだったが、さっぱり分からなかった。だが、これだけは分かった。戦ったら絶対に勝てない。圧倒的な強さが滲み出ていた。見ただけで分かった。今までこの世界で出会ったどの竜人たちよりも強い。しかし、逃げるわけにはいかなかった。俺は手掛かりを調べなければならなかった。ここで手ぶらで帰れば母さんルーラは死んでしまう。


 相手が攻めてきたら、反撃しようと、俺はアギリスから渡された剣を抜いた。

「その剣は・・・ひょっとしてお主は竜族の子供か?竜族がどうやって洞窟に入って来れた?」

今度は言葉が聞き取れた。意思疎通ができるようだった。言葉を間違えてはいけないと思い。俺は慎重になった。


「私は人間の子供です。」


「やっぱりそうか。竜族がこの洞窟内に入って来れるわけがないからな。でも、なぜ竜の牙で作られた剣を持っておる?竜族から奪ったのか?それとも拾ったのか?そもそも何故人間の子供が1人でこのような場所にきておる?」

質問が複数飛んできた。そして、俺もいろいろ質問があった。聞きたいことはたくさんあった。しかし、今は母さんルーラを治す手掛かりが一番重要だった。時間もあまりなかったのだ。


 俺は、必要な情報だけを簡潔に目の前にいる黒い竜に説明した。

 俺が赤ん坊のころ魔の森で竜人に拾われ大切に育てられたこと。その育ててくれた母さんルーラが竜の呪いで死にそうなこと。その竜の呪いがこの洞窟に入って亡くなった竜人と症状が似ていたこと。この洞窟に呪いの手掛かりがないか調べに来たこと。もう母さんルーラには時間がないこと。

それらを早口でまくし立てた。その言葉を黒い竜は黙って聞いていた。


 俺の話が終わると「ふむ。」というと、1人の人間の姿に変わった。黒い髪に、赤い瞳をもち、その顔は整った顔をしていた。タキシードのようなものを着ており執事のような恰好をしていた。そして、その姿はこれまで見た竜人の姿と違っている部分があった。尻尾がなかったのだ。


「ちょっと待っておれ。」

そう言って、竜の姿の時は隠れて見えなかった後ろにある家に入っていった。そして15分くらいしてから出てきて、

「これを飲ましてみると良い。」

2等辺三角形が合わさった8面体の瓶に、紫色の液体が入っていた。それを手渡された。


「もしかしたら、効き目があるやもしれん。」

なんでこんなものがあるか?とか何者か?とかいろいろな疑問があった。しかし、この液体が俺には最後の希望であった。もし、この液体を飲ませて母さんルーラに何かあったら、勝ち目はないだろうが、戻ってきて一矢報いるつもりでいた。


「急いでいるんだろう。聞きたいことがあるなら、またここに戻ってくればいい。我はここを動けないからな。それに、その薬の結果も知りたいからな。」

喋り方や雰囲気から、敵ではないような気がした。俺は信じることにして。もと来た道を引き返した。


 俺は家に帰りつき、洞窟の中であった事をアギリスと医者に話した。

医者はそんな得体のしれないものは飲ましてはいけないと言っていた。しかし、アギリスは瓶を持って2階へと向かった。俺もそれに続いた。


「今、2階へ行けば呪いがうつる可能性があります。いってはいけません。」

下から、医者がアギリスを引き留める声がした。


 アギリスはその言葉を無視して、アギリスは寝室へと向かった。このとき、アギリスの決意に気づいた。もしかしたら、この薬でダメだった場合、アギリスも一緒に死ぬつもりかもしれないんじゃないだろうか。そんな考えがよぎった。


 アギリスと俺は寝室へと入った。ルーラから黒いオーラが出ていた。アギリスがベッドの横に立つと。

「きちゃ・・・だめ・・よ。した・・に・・もど・・って。」

ルーラはアギリスに呪いがうつらないようしていた。


「アギラが洞窟からこれを持ち帰ってくれた。これを飲んだら、どうなるかは分からない。治る可能性もあるが、悪化する可能性だってある。・・・どうする?」

アギリスはルーラに聞いた。


「のむ・・・わ・・。アギ・・ラ・・が・・いの・・ち・がけで・・・もって・・きて・・くれた・・もの・で・・・しょ。」

アギリスはルーラに紫色の液体を飲ませてあげた。


 すると、何か胸の中心から光が煌いた。ルーラの周りを光が覆い霧散していった。

光が霧散していくと同時に黒いオーラも消えていった。


 ルーラは静かに眠っていた。

 俺は下に行って医者をつれてきた。医者はうつる可能性があるから2階に上がろうはしなかったが、黒いオーラが消えているからと言って、無理やり寝室まで連れていった。


「信じられん。症状がとまっておる。」


 ルーラはその後2日間眠り続けた。アギリスは仕事を休み、俺は学校を休んで、回復を見守った。そして3日目の朝、ルーラは意識を取り戻し、自分の足で起き上がった。竜の呪いが完全に治ったのである。

俺とルーラとアギリスは抱き合って、ルーラが助かったことを喜んだ。

「2人ともありがとう。」

 ルーラはそう言って泣いていた。俺も涙が流れていた。

そして、俺は初めてアギリスが涙を流すのを見た。

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