第5話 公園デビュー
1人歩きできるようになった俺は、夕方頃、家の庭先で、剣術の訓練を始めることになった。
手渡されたのは鉄製の剣であった。
「これで私の腕を切りつけてみなさい。」
「えっ??」
さすがにそれは危なすぎる。いくら子供の力といえど、鉄製の剣である。腕に当たれば腕が切れてしまう。
「木の棒なんかで練習したほうがよいのではないかと思います。父さんを切りつけることはできません。」
そう言って俯いたままでいると、
「いいからやってみろ。」
という強い口調で剣を振るのを促してきた。
その訓練を庭に置かれたテーブルセットに座っているルーラが温かく見守っていた。
『何かあれば母さんが何とかしてくれるのかな・・・けど、母さんが倒れるのは見たくないんだよなあ・・・』
決心して、鉄製の剣を振りかぶり右斜め上から左下へと振り下ろした。その剣はアギリスの左手首付近に当たると、ガキンという音をさせて跳ね返った。驚いて手首と剣を交互に見ているとアギリスが解説をしてくれた。
「竜族の皮膚は鉄製の剣では切ることはできないから、安心して剣を振り回してくれていい。だから、お前は棒などを振り回して訓練するより、この鉄製の剣を使って訓練したほうが実戦練習にはなるだろう。」
竜族の防御力が最強たる所以はここにあったのか。たしかに、棒で訓練するよりも、剣で訓練したほうが為にはなりそうだ。
「では、竜族には剣は通じないのですか?」
疑問に思ったので聞いてみた。
「いや、竜の牙と同等の硬度を誇るオリハルコンで作った剣であるならば、竜族にも通じるだろう。」
ふと、アギリスの腰を見やると白く輝く剣が見えた。
「父さんの腰に付けた剣はオリハルコンで作られた剣なのですか?」
「これは成竜の儀を終えた者がもつことができる、竜の牙で作られた剣だ。オリハルコンにも勝るとも劣らない。」
「成竜の儀とは何ですか?私にも持つことができますか?」
アギリスは言いにくそうな顔をしていた。何度か見たことがある顔なのだが、あまり聞かれたくない質問をすると、アギリスは決まってこの顔をする。
「・・・いずれわかる・・・」
やはり、あまり聞いてはいけないことだったのだろうか。牙を必要とするということは、竜を倒して、牙を頂くのか。そういった類の試練なのだろうか。
この世界には竜が存在することは知っているのだが、竜人と竜の関係はいまいちわからなかった。いずれわかるということは、いつか教えてくれるということだろう。
今は魔力の訓練と剣術の訓練に没頭しろということだ。成竜の儀にしても、もし竜と闘うのだとしたら、今のままでは絶対に勝てる気がしない。この世界で生き抜くには今できることを精一杯やらねばならないのだ。
こうして、アギリスのいない日中は魔力の訓練を、アギリスが帰ってきた夕方からは剣術の訓練をすることが日課になった。そうしてまた、月日が流れていった。
そんなある日、ウェンディーとイグニスが俺を連れて近くの公園に行こうということになった。
心配そうにしていたルーラだったが、
「大丈夫、何かあったら私が守るよ。」
ウェンディーが笑いながらルーラに元気な声で言った。
ウェンディーは俺に対してお姉さんであるかのような振る舞いをよくする。
実際に、俺は彼女より少し体格が小さく、ウェンディーが姉で俺が弟、そしていつも冷静なイグニスが一番上の兄に見えてもおかしくなかった。
「イグニスお願いね。」
ルーラもイグニスの事を信頼してるようで、イグニスにそう声をかけた。
「私も。私も。」
「もちろんウェンディーも頼りにしてるわ。」
そう聞くとウェンディーは「えへへへ。」と小さく笑うと俺の手をとって「行こう。」と走り出した。イグニスは、ルーラにお辞儀をした後、俺たちの後ろから追いかけてきた。
いくつかの畑を抜けて道を進んでいくと、大きな公園があった。その公園には大きなアスレチックや、大きな砂場、大きな滑り台、大きな・・・、そのすべてが大きかったのだ。
砂場は、その区画だけで野球ができそうなくらい広かったし、アスレチックもそれに匹敵するくらい広がっていた。滑り台も巨大で、高さが5~6mくらいはある滑り台が横4個並んでいた。想像していた公園よりはるかに大きかったのだ。
ウェンディーとイグニスはこの公園に何回か来たことがあるらしかった。
「何して遊ぶ?」
ウェンディーが俺たち2人に問いかけた。俺がアスレチックにするか、滑り台にするか迷ってる時に、砂場の反対方向から3人の子供が俺達に近づいて来た。
「ウェンディー、そいつが前に言ってた人間か?」
明らかに口調が仲良くしようという感じではなかった。
「そうよ。それがどうしたの。」
「人間は野蛮な種族だって聞くぜ。そんな奴と遊ぶなら、俺達と遊ぼうぜ。おう、イグニスも一緒に来いよ。」
「アギラは野蛮じゃないわ。すごい優しいの。私達はこれから3人で遊ぶから構わないでくれる。」
「ケッ、騙されてんだよ。いつか痛い目に合うぞ。」
初対面で、俺のことを何も知らないのに何でここまで嫌われているのかが分からなかった。
「よう、アギラっつったか。俺はフレイだ。人間様のお手並みを拝見したいんで、いっちょどうだい?格闘ごっこでもしないか?」
『どっちが野蛮なんだ・・・』
そう思っていると俺の代わりにウェンディーが答えた。
「アギラはそんな事しないよーだ。」
「ふん、腰抜けやろーが。」
それを聞いて、俺はメラメラと闘志が湧いて来た。なぜやろうと思ったのかはよく分からなかった。ここ3年間の修行の成果をみせたかったのか、バカにされたままでは情けないと思ったのか。もしくは、ウェンディーとイグニスにいいところを見せようと思ったのか。あるいは、その全部だったかもしれない。
俺に両手を回しフレイから遠ざけてくれるウェンディーの手を払って、フレイの方へ近づいた。
「やってやるよ。」
自信がなかったといえば嘘になる。ちょっとは自信があったのだ。しかし、2歩ほど歩いた時に不意に後ろから肩を掴まれた。
「やめておけ。」
イグニスだった。心配してくれて、止めてくれたのだろう。
「大丈夫だよ。格闘ごっこって言ってるし、ただの遊びだろ。」
そう言って、イグニスの忠告を無視してフレイの前へと立った。
するとフレイの後ろにいた、男の子と、女の子はフレイと距離をとって離れて行った。
「降参したら、そこで終了だ。」
「分かった。」俺は了解した。
そして、魔力を放出し体を覆った。そして、魔力を込めたパンチをお見舞いするためにフレイとの距離を縮めた。
『先手必勝だ。』
そうして、右フックをフレイの横腹へヒットさせた。完全に入ったと思ったのだが、まるで鋼鉄殴ったかの感触が俺の右手に伝わって来た。
『竜族って、子供の頃から防御力が最強なのか?』
そんな思考がよぎったと思ったら、フレイの右ストレートが胸にヒットした。
その瞬間俺の体は後方に吹っ飛び、砂場を回転しながら転がっていった。
『うぉぉぉぉーーー、デジャビューーーー』
魔力でガードしているはずの胸もかなりの激痛が走った。起き上がり降参を宣言しようとしたが、声が出なかった。
起き上がって来たことが気に食わなかったようで、
「今の一撃で気を失わないとは。人間風情がなめるんじゃーねーよ!!」
そう言って開いた口から大きな火炎が飛び出て来た。
その火炎の大きさに、これはやばいという危機センサーが敏感に反応した。ありったけの魔力を自分の前方に展開した。と、その時ウェンディーが、手を広げ俺を庇うように、俺の前に立ちふさがった。
「ちょ、逃げ・・・」
俺なんか庇わず逃げろと告げようとしたその時、横から同じ大きさの炎が飛んで来て、フレイの炎をかき消したのだった。
その炎は、イグニスが放ったものだった。
「やりすぎだ。」
イグニスはそう言って、フレイを睨みつけた。
「ちっ、邪魔が入ったな。・・・おい、帰るぞ。」
後ろで見ていた2人にそう言うと、3人で公園から去って行った。
胸の痛みもだいぶマシになって、俺を庇ってくれたウェンディーにお礼を言った。
「いいってことよ。」
ニコッと笑いながらそう言ってはいたが、足が少し震えていた。
「イグニスもありがとう。助けてくれて・・・」
イグニスの忠告を無視してしまったのが少し気まづかった。
「気にするな。」
さっきまでフレイを睨みつけていた顔は全く感じさせず、いつもの顔に戻っていた。
「それにしても、イグニスはいつの間に魔法を使えるようになったの?私にも教えてよ。」
ウェンディーが聞いた。
「最近さ。魔法はどうせ、あと1年と少しもすれば学校で教えてもらえるだろう。」
『学校ってなんだ?』
俺は疑問に思ったが、ウェンディーとの会話は続いていた。
「私も学校行く前に使えるようになりたいじゃん。それで体育の授業の模擬戦でフレイに当たったらボッコボッコにして、謝らしてやるんだから。」
『んん、体育で模擬戦?』
どうやら、もし俺も学校へ行くことになるなら、もっと強くならなくちゃいけないようだった・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます