③席替えの秋

仲月秋なかつきあきがこっそり隣に着席した。呼ばない奴が訪れた。塞いだことで吹いた空気に、席替えの雲行きは叢雲だと思った。

折り紙に載った番号で決まる配置は後ろに一列挟んだ出入口の傍。私ながら渡りに船と小さく握り拳を作っていたら、秋が隣席として落とし穴を掘った。約対角線にあった間隔を腕で橋を架けられるまで近付けられ、折角のドア際の喜びが水の泡。ただで美酒は飲ませないという奇遇か。秋は枯れ木らしい教材を小分けに非力に運搬して移籍完了した。座り際私の席を敢えなくぐるりと迂回する。敢えて寄ったら悪魔の囁きで殴っていた。その鰤大根みたいな臀部を箸で掬っていたから要注意しろ。だが私の想いは通じず締りのない顔がそこにある。秋の椅子のドラッグする儚い金属音が耳に媚びり着いてくる。寡黙な秋なら物音は失くして欲しい。動くのは失くすべき。

秋が嫌いだ。嫌いだから印象はないがやはり嫌いだ。性格の違いのみならず秋の独特な雰囲気が筆頭だ。何故なのか秋には時々、顔を細かく震えさせたら乱れた息を吐いて視線が遊泳して機械仕掛けの腕の操作になることがある。すると調律しない呼吸が騒がないのにそれと分かる。吸う予定の酸素を誤って送る排気ガス。一度秋に纏われた気体の流れは他人の意識も乱し、皆が生きるのに吸う息に毒を盛られるから皆は生気が萎む。症状として心身共に倦怠感が支配するのが秋の魔力だ。特に隣の間だと感染しやすいことは習慣的に知れている。夏以前の私が犠牲者だった。

明日から少なくとも期末試験まで、この位置で半日を過ごすことになる。近い秋が部分的にはしゃぐ姿が粘着する。不登校になるように私が私を推奨したい。今も見たくない秋が見える。見るだけで貧乏揺する。これじゃ日常も儘ならない。秋の人間性が落ち葉になってくれない内は。

席の全てが役割を請負うと抽選は終わり、教師を虻の断末魔にする雑談が始まる。生徒各々引越しの祝辞か何かを肴に話す様子。私と秋の静けさは蚊帳の外にして燃える火花。自滅した蝋燭のよう。秋はその内冷え切ってやがて跡形なければと願う。秋が去れば私は冷静に忘れてゆくだろう。せめてそれくらいは認識していて欲しい。中途半端に歯を浮かせた態度で接する真似は禁物だ。お互いに何が起こっても話しかけない約束にしよう。何処へ行くにも別のルートを選択しよう。存在をブラックボックスに黙らせて了解だ。

授業の座を懸けて教師も席替え、聞くべき課目の講義に入る。俯いて嫌に臙脂色なバインダーを、肘を畳んで秋は漁る。元々の仕草であり私を避ける顕れでもあろう。神経が通っているだけ及第点だが秋の優柔不断は相変らない。何に傾倒することのない死ぬだけの生き方だから秋は価値がない。私の真逆な意識を逆撫でするしかしない迷惑。暢気な顔して、別れた所で平気に振る舞っている。内心では私に意識が向いてるだろうに。私が付き合わなかったら何の意味のなく過ごす秋なのに。考え直す一ヶ月の猶予を与えて下した決断が破局であるなら私だって身寄らない。私の季節に秋は既に要らない。

けれど一席離れれば秋の遅疑逡巡は顕著だ。器用を損ねている癖に私を見てない振りができていると思っている。身体を強ばらせて憎らしい健気を醸す。表層でそれだから独特まで加わればこちらは精神がひたすら滅入る。授業中秋の不定期な体質はすぐ側に迫る。頬杖を立てた秋を源にストレスが溜まってゆく。私の探りようのない場所が吸う息から犯される。秋のまるで催眠が色濃くなってきた。

休憩に入った所で秋は無口でただ座る。意識して去るのはわかりやす過ぎるからその隣で宿題を見た。英文を通して読むけれど文字の形のみが映し出され、意味が流れてしまう。首を低くして視界を覆っても頭は凝り固まって動かない。努力虚しく秋の波長は去ってくれない。喋らずとも存在が鬱々しい。私に集中できない。秋のせいで。

四年間もよく交際していたと思う。これだけ嫌いな人が好きだった私は盲目でしかなかった。意識を洗って認識した六月の電車の中、秋のことが終わって見えて良かった。過去の曖昧な秋との通学を絶ってなかったら、今頃秋と一緒に居た。秋の無気力と能力を認める私がまだ居た。秋の性格をつまらなく笑わせる日々だった。私が私として機能しなくなる前兆だった。空想すると横髪を搾取したい。取れた髪を秋の腕に突き刺したい。全部何もかも秋が悪い。秋が何となく生きているから。私と話題を合わせなかったから。私のことを差し置いて別の友達なんて作るから。しかもその子とばかり話して。秋のどっちつかずが秋が想像しない上に私が暗闇に黙ったことを失くして。秋がそうしたから今度は私が秋を捨てたら秋は例に漏れず中途半端を貫く人間のまま。声を出す力もない秋に何の魅力もない。きっと初めて出会った時から嫌いだったんだろう。

そんな秋に構っていけないと信じているのに、秋が見える。コスモス色の弁当箱を手狭に取って黒板を無意味に見る振りしながら食べる。水筒をゆっくり傾けて飲むことだけする。それ以外することがない腐りかけの顔をしている。私はそれを前菜に磨り潰して勉強する。発酵食品な高校生を賞味期限切れにして私は私を研ぎ澄ます。秋の生きる速度に周回差儲けて鉛筆を走らせる。秋がここから遠くの昼空に失くなってくれるよう。恋愛とか言う嘘を滅ぼそう。

テキストを解読する私はお腹の減りを有意義に満たすためお弁当をも机に伏す。何をしてる訳ない秋の倍より建設的に過ごす私は膳と本を数え分けて隣を覗いたら除かれそうな食欲を初期値から減退させゆく。それに伴い偏らせた鉛筆の湖上、前の席の奴がこちらに障害物競走してきた。何処がゴールか上目遣いで実況しているとあらぬ方へ移ろったので辞職した。移籍する前の遺跡的な席で近しく親しかったのを私が見てしまっていたあの級友が、秋の機嫌を尋ねてきた。書き手さえ漂白された自由帳みたいな秋の表情にボランティアの飾りつけが入った。何をした所で秋には豆腐に鎹なのに。私は北極星のように極力耳を譲らない努力でその場に居たたまる。咳・痰が絡むのと等しい粘度で通院してきた少年が石炭みたいに黒々とした髪を頭皮に入院させる秋と送り合うカルテがしかしながら私を病みと診療する。直面した際は将棋の駒だった秋は段々と指されることに喜びを表し始め私を解説者にして自由気ままの対局に踊りだした。私は断絶しようと即効性のある方の耳を頬杖でミュートするがない方から喰らう。栄養と鬱陶しさとむかつきを飲み下して喉から威嚇してみるのは秋には通じない。意志のない秋は集めた仲間に淡々と陽気になり私の関係ない笑顔が増える。復調してゆく秋の態度が私を朱色に燃やす。腹が起立して背伸びして天井をリフォームして瓦礫で秋を倒す。念じてみるが秋は平然とそこで生きている、のが騒ぐ。秋の言葉は世界的に処分されるべきでそう思うはずの私を泳がす。非友達の友達も公共の場に配慮しない話で秋をポジディブ思想に輸送する。終にはえぇとかひゃあとか異音を高らせて、私はシャーペンを六本折って箸を打撲させようと思った。そしてした。ぎらぐゅうゃ、とプラスチックが粘土に変身した。秋と秋のパートナーの臨死させたい心中には嘆かず。秋みたく役に立たなくなった鋭利な棒を秋に田植えしたい心を貯蔵する。喋っていようが黙ろうが、秋に命があるだけで机を蹴飛ばしたい。存在の確立する今は更に飛ばしたい。クラスのムードを生贄に、秋を不登校にさせてやろうか。

秋が沢山嫌いだから、秋の顔が嫌い。間近で見るなら吐瀉してあげたい。秋の髪型が嫌い。分厚くて炙るとしたら中まで火が通らない。秋の身体が嫌い。豆苗の大木のような背丈に枝状の四肢。秋の声が特別嫌い。秋の癇にハイタッチする声が施術したい。秋の全部が狂いを惜しまないほど嫌い。こんなに嫌いなことってない。快晴に月末の学校行事の予定を立て合う二人の近辺、私の風雨が暴れて雨天中止を狙うが叶わない。その代わり大赦しない汗が代謝して頭を痒くさせた。痒い痒い痒い。むず痒い。髪の花壇が痒い。課題に集中できない。私に集中できない。集中力が隣に拡散する。独りでに挙手して掻いては下げる。思い切って骨までがりがりと削る。だけど掻いても掻いても治まらない。生爪に血を詰めるが痒みが鎮まらない。秋が喋ると私が痒い。ねぇ秋見ているかよ、君のくれるストレスで痒いんだけど。秋は考えないから無傷で私は考えるから自傷って何で。多少はその気球みたいな頭で生き様に悩み踠けよ秋。条件は同じなんだから私と同じ精神病抱えてニキビを噴いて喚き散らせよ。湿疹まみれの私に縒りを戻そうと懺悔すれば私が断って秋は自殺して。秋は暗い部屋で泣いてるべき。だが秋はいつまで経っても落ち込まない。絶縁した私の裏、仲間集めして孤独に死なない。私はそれに真心込めて苛立ちを評す。痒さが白熱してきて今度は暑い。暑くなってきた。痒くて暑くてはっきりしない怒りが現れたがる。思惑を練る額から汗が悔し涙する。私に構わず、秋は息を投げ合う。視界の中でちょこちょこと引き抜けばいいのに髪を弄って気管でいいのに麦茶を呷り脳震盪すればいいのに椅子をぐらつかせる。秋が目の上が煩い。秋が動いて煩い。煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩せ。秋が煩い秋の身体が煩い声が煩いどっか行けよ何処かに沈めよ秋の影が私の今に遮りぎりぎり言わないが秋は言うな。煩いなら死んでよ。おい早く死んでよ。本当に死んでよおい。本当に。会話して何なの。会話してもどうせ秋は秋でしょ。何をしても無駄なんだから死の。死ね死ねって、何回も言ってるのは何回でも通じないからだよ。

減りかけの弁当は片付け、机に腕組む。静かにならない秋を影で睨む。独特に抗体を持つ一人が肩を叩けば、相変わらずの間抜け面を曝して、秋は赤く笑う。

早く秋への感情を諦めたい。

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