迎える明日は誰のもの

 時計のアラームで目が覚める。ボサボサの髪を荒々しくかき乱して、尾を引く睡魔を無理矢理吹き飛ばす。体を包む心地良い温もりを振り払い、昨日の洗い物が小さく積まれた台所で顔を洗う。コップに立てておいた歯ブラシを手に取り、クリーム状の磨き粉を先端に塗る。歯の気持ちなど考えもせず、力任せに手を動かす。汚れの落ち具合など知ったこっちゃない、自分が満足したタイミングで口から泡立つ聖剣を抜き、先端を丁寧に洗ってから、コップに汲んだ水を口の中に流し込む。頬の形が変わるほどに上下左右隈なく水を行き渡らせる。泡と汚れを含んだ水を排出し、数度同じ動作を繰り返す。口の中がすっきりしたところで、壁に掛けられた制服を取り、パジャマをグチャグチャに脱いで身支度を整える。スマホの画面を見ながら、自分でめちゃくちゃにした頭も整えて、必要なものを詰め込んだカバンを手に取り、学校へと向かった。


 女性の声で目を覚ます。昨日は確か、部活から帰ってそのまま布団の上で眠り落ちたと思ったが…よく考えてみれば、私にはそのような事ができるはずもなかった。女性に体を持ち上げられ、温かい胸にそっと抱かれる。テンポの良い歌と共にゆっくりと私の体は前後に揺すられる。それだけのことなのに不思議と心地良く、気分が良くなって歓喜の声を上げる。私の顔を覗き込む女性もまた、私につられてニコニコと笑顔を深める。彼女の愛に酔い、笑い続けているうちに段々疲れてきて、温かい揺り籠の中でゆっくりと眠りについていった。


 体を揺らす感覚に目を覚ます。辺りを見れば、夜の電車の中。ついさっきまで俺は赤ん坊だったように思えるが、あれは夢だったのかもしれない。その証拠に今日一日会社で仕事をしていた記憶は鮮明だ。俺自身のこれまでの歩みも全て理解している。にも関わらず、心の中に残るこの違和感は何なのだろうか。夢でデジャヴを感じるというのは偶にあるが、それとは似て非なる不思議な感覚。まるで世界も自分も目を覚ます度に一新されてしまっているような。

 電車が目的地で停まり、カバンを忘れないようにすぐに外に出る。改札口を抜けて駐車場に向かい、車に乗って家族の待つ我が家への道を急いだ。


 痛みを伴うような寒さで目を覚ます。極地だというのに暖を怠るとは我ながら危険意識が足りていないというか、間抜けというか。


 頬を突かれて、目を覚ます。隣の席の花子の奴がふざけてちょっかいを出してきたようだ。


 寝苦しい暑さと蚊の怪音波で目が覚める。


目が覚める。


目が覚める。


僕は


私は


俺は


自分は


世界は


どれが本物なのだろうか。

            どれも本物なのだろうか。

                        本物とは何なのだろうか。

 一日毎に別の誰かに成り代わろうとも、毎日過ごす世界が実は似て非なるものだったとしても、その日、その瞬間の自分は紛れもなく自分自身に他ならない。それだけでも十分なのかもしれない。


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