1日目 第2試合 後編

「ラス選手、ご乱心か? ブラック選手ではなく、何もない空間を撃ち始めた!」

 天より降り落ちる鳴動、シィスティア・エレクス・ギアス・ファライディル発動直後、実況者はラスの奇行に注目する。

 すると、実況者の隣の席に座る解説者が、かけている眼鏡を持ち上げた。

「ラス選手が持っているのは、幻水短銃の槌で召喚した短銃ですな。おそらく暗黒空間の弱点克服が目的でしょう」

 実況者が首を傾げた数秒後、強烈な光と破滅をならす轟音が闘技場に響く。半壊状態になった闘技場を、砂ぼこりが舞う。

「やったか?」

 身を乗り出して死闘を見守っている名もなき観戦客の一人が呟く。その声を隣で聞いていたラスの姉のルス・グースは首を横に振った。

「いや、違うのです」

 それが晴れた瞬間、観戦客たちは熱狂した。闘技場の上には無傷のラス・グースが立っていたのだ。

 ラスは銃口をブラック・ヒーターに向けながら彼の魔法を称賛する。

「一秒の時差が命取りですね。まさか威力があれほどとは、素晴らしい円陣魔法です。ルスお姉様が絶対的能力を使っていたら、闘技場、イヤ、この世界が吹っ飛んでいたところです」

 そう言いながら、ラスは観客席を見渡し、席に座る姉の姿を瞳に捉えた。

 観戦客たちは、ラスはブラック・ヒーターを撃つつもりだと思った。しかし、予想は裏切られてしまう。

 ブラック・ヒーターの周囲に突如として十個の暗黒空間が出現して、同時に放たれた雷撃が襲う。

 また強烈な光と破滅をならす轟音が闘技場に響いた。それに加えて、闘技場は外見と留めないほど崩れていく。

 作戦通りだとラス・グースは思う。

 全ての策略は戦闘開始から始まっていた。まず、必要最低限な暗黒空間を配置。全身を四つの暗黒空間で包み込み、ブラックの周囲六か所に同じ暗闇を仕掛ける。

 残りの十個の暗黒空間は高威力の技を警戒して最初から配置しなかった。

 だが、目の前で屋根を吹っ飛ばす現象を見せられ、錬金術師は身震いする。

 おそらく、限界の二十個の暗黒空間で自分を守らないと、雷を防ぎきれない。そう思ったラスは、咄嗟に幻水短銃の槌を叩いた。

 暗黒空間の弱点。その暗黒空間が一度も攻撃を飲み込んでいないと、動かすことはできない。

 ブラック・ヒーターは一つずつ攻撃を暗黒空間に当てていた。即ち、まだブラック・ヒーターの周りには、攻撃を一度も受けていない暗黒空間が配置してある。

 あまり動かしたくないが、今は防御が最優先。守らなければ、次の一手が使えないのだから。

 二十階級魔法、シィスティア・エレクス・ギアス・ファライディル。あの凄まじい雷撃を飲み込むために、ラスは結果的に暗黒空間を二十個全て費やしてしまった。

 これ以上暗黒空間で攻撃を飲み込むことはできない。一見ピンチのように見えるが、ラスは先を見据えている。

 飲み込まれた二十階級魔法の内、半分を吸収して火力を上げ、半分の十個の暗黒空間を同時放出させることで、究極魔法と同じ威力の雷撃を敵に当てる。

 

 解説者は憶測を混ぜたラスの作戦の全容に言及した後で、解説席で腕を組む。観客席から聞こえて来た作戦の全容を聞いたラスは、思わず首を縦に動かす。解説者の言及した作戦はラスの考えた物と同じ。一瞬で作戦を見抜くとは解説者は一流だと錬金術師は思った。

「しかし、なぜラス選手は二十個同時に暗黒空間を放出しなかったのでしょうか? そうすれば、こんな面倒臭いことしなくて済んだのに」

 実況者が率直な疑問を口にした後、解説者は右手の人差し指を振る。

「二十個同時に放出させた場合、ラス選手はゼロになった暗黒空間を二十個抱えることになります。もしも一撃で倒せなかった場合、最初から暗黒空間の配置を考える必要が出てきます。その隙を狙われ攻撃を当てられたらアウト。一方、攻撃を飲み込んだ暗黒空間を何個か所持していたら、反撃する手段を残すことができるため、有利に戦闘をすることができます。要するに保険ですよ」


 砂ぼこりが晴れるまで、ラスは一歩も動かず、容量がゼロになり使えるようになった十個の暗黒空間を念のため配置しようと、具体的な位置を考える。

 その最中、ブラック・ヒーターが動いた。奇襲を受けてから再び現れたブラック・ヒーターの周りに、光る輪が二つ漂い始める。当然のように、ブラック・ヒーターは傷一つ負っていない。

 究極魔法の威力を再現した奇襲を受けても無傷とは、ラス・グースは舌を巻く。

「やりますね。一応言っておきますと、こちらはもう一度あなたの雷魔法と同じ威力の攻撃が可能です」

「どうでもいい」

 そう呟いたブラックは、続けて唱える。

「妖力、流動操作」

 次の瞬間、ブラック・ヒーター以外の時間が停止した。厳密にいえば時間がゆっくりと流れているだけ。

 1秒が何分にも感じられる空間で、ブラック・ヒーターは七剣フィリアスを構える。そして、一歩も動けないラス・グースに刃を振り下ろした。

 だが、その衝撃は飲み込まれてしまう。ラスの目の前に設置された暗黒空間によって。

 そこに集中攻撃を仕掛け、暗黒空間の容量が限界を突破。盾を失った錬金術師は、目の前に現れた敵に白いローブごと斬られた。

 ラスは反撃できず、そのまま闘技場の上に仰向けに倒れた。

 流動操作が解除され、時間が動き始める。その時、観戦客たちは驚きの声を出す。気が付いたらラス・グースが闘技場の上で倒れているのだから。

 ラス・グースは動かない。ブラック・ヒーターは暗黒空間を配置する暇を与えないために、流動操作で時間の流れを変え、正面突破してきた。一応、自分の目の前に暗黒空間を配置してみたが、その盾は申し訳程度にしかならない。

「ラス・グース選手、戦闘不能。よってブラック・ヒーター選手の勝利!」

 審判の発表を聞いたラスは、そのまま瞳を閉じた。ブラック・ヒーターを応援する観戦客の喜ぶ声が闘技場に響く中、敗れた錬金術師はひっそりと姿を消す。

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