第96話都の闇4

 俺にとっては、もくもく亭だとかスパイスだとかは割とどうでも良く、本当の関心事はあのふざけた双子をいかにブチのめすかだった。その為にはヤツらの事をできるだけ深く知らなくてはならない。残りのコーヒー券を全部使ってでも、仕入れられるだけヤツらの情報を仕入れてやる。

 そう意気込んでいる俺とは裏腹に、情報屋のマチコは一枚のコーヒー券で結構な情報量を与えてくれた。


 まず、ヤツらが都に姿を表す様になったのは、およそ二年ほど前だ。それ以前の事は誰も知らないらしい。常にツーマンセルで行動していて、別々になる事は殆どないと言う。双子のミコトってだけで、かなり目立ってしまうヤツらは、早い段階で都の深部に分け入り、その立場を確立していった。元からそういう才に恵まれていたのか、他人を陥れたり騙したりする分野においては、目を見張るものがあった。ゴロ巻にも覚えがある様で、暴力で相手を脅す事もあったそうだ。

 何にしても、善良なミコトからすれば、厄の種でしかないヤツらは、腫物の様に扱われていたが、スパイスが都に蔓延りはじめた頃と同時期に、賭場に囲われる様になった。地頭の良さもあるだろうが、双子という利点を活かしたコンビネーションを駆使し、ギャンブル上のゲームでは負けた話を殆ど聞かないのだとか。しかも興味深い事に、ヤツらが麻雀を覚えたのは、都に来てかららしい。二人掛りとは言え、たかだか一年ちょっと麻雀かじったビギナーに負けた自分に、凄く腹が立った。

 以前にも増して警戒される様になったヤツらは、都に長くいるミコトたちから相手にされなくなった。そこで、標的をご新規さまに切り替えたのだとか。俺もそうだったが、都を初めて訪れた者は、その華やかさに気を取られ羽目を外してしまいがちだ。その油断に漬け込まれ、悪い連中の魔の手に落ちるミコトは、減りつつも後を絶たないと言う。それでも都から出ないヤツや、都を目指すヤツは、ミコトとして正しいのだろうか。


「大体こんなもんかな?他に質問は?」


「アイツらが現世で遺体を残しとるかって分かる??」


「それを聞くって事は、『あっち側(非死)』と『こっち側(不死)』の違いを知ってるってワケね。いいわ、教えてあげる。兄の澄人は遺体を残していないよ。でも、弟の直人は遺体を残してる…。

 この情報を、たくやくんはどうやって使うのかな…?」


 マチコの含んだ問いには答えなかった。っていうか、答えなくても彼女は分かっているだろう。とにかく、俺が『その情報』を掴んだ事で、ヤツらの行く末が決定した。直人は残念だろうが、澄人にとってはもっと残念な事になるだろうな。

 この日、三杯目となったコーヒーを飲み干す頃には、ひーとんはウィスキーのボトルを半分ほど空けていた。めっちゃ飲むやん、この子。大丈夫かな?

 俺の心配を他所に、ひーとんはしっかりとした足取りでトイレに向かった。今日はこのくらいにしておいて、そろそろ泊まる宿探さないとな。さっさと買い物終わらせて、早いとこあんず迎えに行きてー。

 愛しのあんずの事を再び思い出した時、新たな疑問が俺の脳裏に浮かんだ。聞くかどうか迷うまでもなく、俺は新たにもう一枚のコーヒー券を手にしながら、三度のご教示をマチコに願った。


「この都にはアヤカシは連れてこれんって聞いたけど、アヤカシってマジで入れんの?」


「難しい事聞くねー。原則としてはそうだけど、可能か不可能かって事なら前者だよ。どうやって入れるのかは分からないけど、密かにアヤカシを連れ込んで商売を手伝わせてる連中もいるみたい。っていうか、たくやくんアヤカシのパートナーがいるのッ!?」


 何でテメーが質問してくんだよ、と思いはしたが、内容があんずの事だったので、ノリノリで彼女の問いに答えてしまった。それはもう、馴れ初めから今に至るまでや、いかに俺があんずを愛しているか、いかに俺があんずに思われているかなどの自慢を織り交ぜながら、一方通行の会話を数分間に渡り繰り広げてしまった。あ、桃子が服の話する時ってこんなんなんかな。マチコの方は、途中から辟易していたみたいだったが、お前から聞いてきたんだろうが、と気にせず語り尽くした。

 しかし、そうか。アヤカシを連れてくるのは不可能ではないのか。成瀬兄弟を潰す作戦の上で、あんずが参加するかしないかでは、雲泥の差が出てくる。問題は、どうやってあんずを都に入れるかって事だが、それは後々考えるとしよう。


「っていうか、ひとしトイレ長くない??」


「うんちじゃねーの?」


 それにしたって長すぎると言うマチコの意見を踏まえて、俺たちはトイレの様子を見に行った。勿論、内鍵が掛かっていたのでドアは開かなかったが、中に人がいるにしては静かすぎる。ドアを叩きながら声をかけたが、一向に返事がない。緊急事態という事で、やむを得ず外から鍵を解除し、ドアを開けると、便座に座ったまま白河夜船の旅に出てしまったひーとんが目に飛び込んできた。やっぱり酔っ払ってたんじゃないですかッッ!!そりゃ、あのペースで飲んでたらそうなるわッ!


「ひーとん!ひーとん!こんな所で寝たらいかんてッ!寝るならちゃんと宿行こまいッ!」


「……………zzz…」


 駄目だこりゃ。完全にスイッチがoffになってやがる…。

 俺の必死な呼びかけも空しく、ひーとんは目覚める気配が毛ほどもなかった。困り果てた俺は、最寄の宿をマチコに尋ねると、この建物の二階がそうだと聞かされた。

 え?待って。この大男を二階まで運ぶの?誰が?俺がぁッ!?そんなん無理だよ。だってこの子、90kg近くあるんだよ!?それじゃなくても、泥酔した人間を運ぶってだけでも大変なのに。

 どうすればいいか分からずにいた俺に、マチコは彼を床に寝かせろ、と指示を出した。ミコトなら風邪ひきゃしないし、寝ぼけて便器を壊されちゃ困るという理由からだった。俺は彼の両脇に腕を潜り込ませ、老人を介護する様に持ち上げた。俺の最大MAXフルパワーで、少しだけ腰を浮かせる事はできたが、この後どーにもできないと悟った俺は、そのまま上手投げで彼を床に叩きつけた。結構な衝撃にも関わらず、全く目覚めないひーとんに、申し訳程度の毛布を被せてヨシとした。ズボンとパンツは下がったままである。

 何か、こっちに来てから一番疲れた気がする。全身の筋肉に乳酸を溜めきった俺は、二階の宿で休ませてもらう事にした。すると、マチコが俺の顔を覗き込む様にして、女の面でこう言ってきた。


「私もたくやくんと同じ部屋で休ませてもらおう…かな…??」


 もう騙されねぇぞッ!!ってゆーか、さっき俺にはあんずがいるってイヤほど説明しただろッ!!ふざけんなッ!!と思いながらも、その台詞に、俺の顔は赤面を免れなかった。そんな俺を、このクソビッチは盛大に嘲笑うのだった。


「ウッソー☆私、童貞には興味ないからッ!

 あ、朝になったらひとし連れて出てってね。店はそのままにしといてくれればいーから。じゃねッ!」


 ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわッ!!(童貞です)

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