第94話都の闇2

 ひーとんが起こした奇跡は、あくまで内燃機関の燃焼行程を可能にしただけであって、その他の動作は物理的にパーツが噛み合い、作動していた。複雑な形の歯車などがスムーズに動く為には、潤滑油が不可欠であった。再び油と名の付く物は何でも試したが、エンジン内の摩擦や高温に耐えられる物質は見つからなかった。

 せっかくここまで進捗したのに、また振り出しに戻されたかの様な壁にぶつかってしまい、三人の手は止まってしまった。そんな時、彼らの元に何人かのミコトが訪ねてきた。そいつらは二一組の面々だった。


「大変、お困りの様だね。もし俺らとの取引に応じてくれたら、キミたちの悩みを解消してあげられるかも知れないよ」


 別に極秘のプロジェクトというワケではなかったが、ひーとんたちがエンジンの開発をしている事を知っている人物は少なかった。どこから聞きつけてきたのか分からないが、示し合わせた様に絶妙なタイミングでやってきたこの連中を、三人は心持ち良く思わなかった。しかし、話だけでも聞いてみよう、とおじさんが言い出したので、取引の内容を尋ねた。

 その内容は、エンジンオイルの材料となる原油が採掘できる場所を教えるので、コウヘイくんに実験台になって欲しいとの事だった。原油が採れた所で、潤滑油に精製できなければ意味がないが、もちろんそこまでサポートしてくれると言うのだ。

 オイルさえ手に入れば、エンジンを動かし続ける事ができる。三人の苦労がこれで報われる。取引の成立を申し出たのは、実験台に指名されたコウヘイくんだった。まだ実験の内容を聞いてはいなかったが、エンジンの完成が現実的なものになった事に浮足立つコウヘイくんを止められなかった、とひーとんは後になって後悔したと言う。

 二一組の連中が教えてくれた原油の採掘場所は、三人がいた場所から700km以上も離れていた。そこまで行く方法は、徒歩か海路だった。歩くと二週間強かかるが、コストはかからない。船で行く場合は、一週間もかからず到着できるが、運賃が嵩んでしまう。三人が出した結論は、行きは徒歩で向かい、帰りは船を利用するというプランだった。

 そうと決まれば話は早い。三人は念入りに準備をし、約一か月に及ぶ原油調達の旅に出た。道中は色々なトラブルに巻き込まれたが、何とか無事に原油を持ち帰る事ができた。その原油をオイルに精製すべく、紹介されたのが、瓜原緑だった。彼女に手間賃を払い、あとはオイルが出来上がるのを待つだけとなった時、コウヘイくんに対する実験が始まった。

 内容は至ってシンプルなものだった。ただ定期的に二一組が持ってきたクスリを投薬するだけでよかった。しかし、そこにも計算があったのか、緑と知り合った事で彼女が作るドラッグを、ひーとんとコウヘイくんは嗜む様になった。

 そうこうしている内に、エンジンが完成の日の目をみた。同時進行で作っていた車体にエンジンが乗せられ、一台のバイクが出来上がった。これは、この世界でミコトが成し得た事の中で、群を抜いて画期的な物だった。しかし、その裏ではコウヘイくんにとって良くない出来事が、ゆっくりと着実にその魔の手を伸ばしていた。

 バイクを生み出した事で、活動範囲が大幅に増えた二人は、緑や彼女が連れてくる桃子と頻繁に遊ぶ様になった。その中で、コウヘイくんと桃子の仲は日増しに深くなっていった。ところが、この頃から彼の様子が少しずつおかしくなっていく。突然上の空になったり、言動があやふやになったり、不眠に悩まされているとも言っていた。

 緑のドラッグが原因ではないかとも疑ったが、同じ様に使用しているひーとんと緑には、そういった症状は出ていなかった。そうなると考えられるのは、二一組がコウヘイくんに投与しているクスリしかない。一体何を飲ませているのか、連中に問いただしても、『今は言えない』と突っぱねられるだけだった。

 彼の症状は見る見る内に酷くなっていく。脈が不安定になり、体中に黄疸ができ、体温は低いのに汗が止まらなかった。緑は化学や薬物の知識はあるが、医療に関してはうだつが上がらなかった。どうすればコウヘイくんの苦痛を取り除いてやれるか、何も分からず、何もできないまま、彼は息を引き取った。

 ひーとんたちは、ミコトが死にうる事を初めて知った。でも、おかしいじゃないか。ミコトって、被行者ってもう死んでるんだろ?目の前で起きた悪夢の様な出来事に、状況を理解できる者はいなかった。


「あぁ~、やっぱり失敗だったかぁ」


 コウヘイくんの死を、あらかじめ予期していたかの如く、二一組の連中がやってきた。彼が死んでしまったのは、間違いなくコイツらのせいだ。ひーとんは連中の一人に掴みかかり、ありったけの力で拳を打ちつけた。


「何でコウヘイを選んだッ!!俺で実験すりゃあよかっただろぉがッ!!何でッ、何でコウヘイなんだァァッッ!」


 涙ながらに訴える彼の言葉に、もう一人の二一組が感情を一切出さずに答えた。


「山野くん、キミは不死(イモータル)だから実験対象にならないんだよ。だから、現世に遺体を残している非死(アモータル)の間瀬コウヘイくんを選んだんだ。それに、キミはもう『覚醒』してるだろ?この実験は非死のミコトを覚醒に導く実験なんだよ」


 ひーとんが起こした『神の奇跡』の様に、その境地に達する事が、ミコトの本懐なのだと言う。不死のミコトであれば、いずれ『覚醒』する事はできる。しかし、非死のミコトは覚醒に至るまでに死んでしまう恐れがある。この実験は、強制的に覚醒を促すものだった。そんな実験の為にコウヘイくんは殺されてしまったのだ。


「次の日には、コウヘイの身体は跡形もなく消えてた…。着てたツナギだけを残してな…」


 エンジンを…、車やバイクを作りたいという願いを叶えるには、あまりにも大きすぎる代償だった。

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