第87話ミコトの居場所6

 余計なお世話を焼く自警団を振り払い、二人組に案内されながら雀荘へと向かった。その道すがら、必死に客を取ろうとしている女の子を何人か見かけた。組織立って商いをする、言わば遊郭の様な店もあるにはあるらしいが、そういう所で働けるのは器量の良い女だけだ。そうではない女は、安さを武器に自分自身を売るしかない。まぁ、そういう手軽な女を紹介するポン引きでメシ食ってるヤツもいるそうなのだが…。

 しかし、彼女らは何故そんな方法で貝を得ているのだろう。この都には働き口なんか腐るほどあるだろうし、都でなくとも貝を手に入れる事はそんな難しい事じゃない。まさか、好きで身体売ってるワケじゃねーよな。


「そういえば、名前まだ聞いてなかったね。俺は成瀬澄人、こっちは弟の直人。見たら分かると思うけど、俺らは双子なんだよ」


「あぁ、やっぱり?俺は今泉拓也だ」


 互いに名を語らい、予想通りにコイツらが双子だという事が判明すると、お目当ての雀荘に辿り着いた。

 看板こそ掲げられてはいなかったが、入り口の両脇に垂れている行燈には、『×』のマークが描かれていた。バツ…、ではなく『かける』という意味だろう。つまりは『賭ける』、賭場って事だ。

 他の建物と同様、二階建てのこの店は、一階部分が将棋やチェス、花札やトランプを興じるバラエティコーナーになっていて、もちろん勝敗に貝を賭けている。奥に二階へと通じる階段があり、それを昇ると幾つも卓が並べられている、ありふれた雀荘の装いになっていた。だがその卓は、麻雀マットを敷いただけの四角いテーブルに過ぎなかった。別にいいんだけどさぁ、今時手積みかよ。電動の雀卓だって作ろうと思えば作れるだろうに。


「いらっしゃい。あ、澄人くんに直人くん。こんばんは」


「おいっす。卓空いてる?」


 店員に声をかけられた二人は、どうやらこの店の常連らしい。軽く挨拶を交わし、適当に空いている卓へ案内された俺たちは、伏せられている4枚の牌をそれぞれ選び、席決めを行った。

 3人しかいない俺たちの卓は、もう1人メンツが揃うのを待っても良かったのだが、いつ来るか分からない最後の1人を待つより、三麻で楽しもうという事になった。俺が引いた牌は『北』だったが、三麻なので西家の席に座った。東家は直人が、南家のは澄人が座っている。

 席が決まった俺たちに、店員が再び声をかける。


「初めての子がいるみたいだから、この店のルールを説明させてもらうね。

 一時間ワンセットで、1人貝600が場代になります。ゲームを始める前にレートの設定を遊戯者同士で決めてもらって、そのレートによって点棒の料金が変わります。今回この卓は三麻なので、40000点返しでptを換算します。まずptをいくらにするか決めてください。

 ウマは付けても付けなくても自由ですが、この店では5-10が相場になっています。三麻の場合ですと、三位が一位に10000点差し出す事を推奨しています。

 あ、ちなみにpt換算する時は100の位は五捨六入で計算してください。

 ここまでで何か質問はありますか?」


 別段、普通のルールだったので、特に疑問も質問もなかった。俺たちはレートを1pt貝100に設定し、35000点分の点棒を借り入れた。ウマも店の推奨通りに決めて、いよいよゲームが始まろうとしていた。

 予め卓に用意されていた牌の中から、マンズの2~8を取り除き、ジャラジャラと牌を混ぜ、それぞれの山を18×2で積み上げた。

 仮親は決めず、東家に座っている直人を起家としてゲームをスタートした。


 久しぶりの牌の感触にノスタルジーな気分を味わいつつ、さらに久しぶりな三麻の感覚をそれとなく思い出していた。っていうか、三麻だと俺の好きな三色が作れないからちょっとイヤなんだよなぁ。そう思うのもまた久しぶりの感触だ。

 純粋に麻雀を楽しみながら、俺をこの場に誘ったこの二人組の思惑に細心の注意を払っていた。何でコイツらは俺に声をかけたのだろう。偶然だったのか、それとも狙っての事だったのか。理由などどうでもいいが、気を付けるに越した事はないだろう。いや、気を付けなければならない。これは賭け事なのだ。

 おのずと手が高くなる三麻にしては、大人しい点数移動を経て、南場へと突入した。今の所、この二人に怪しい動きはない。至って普通に打っている。

 しかし、俺には我慢ならない事が一つだけあった。コイツらもまた、『もくもく亭』の商品を口に咥えている点だ。自分で吸っていなくても、近くにいるだけで臭くてかなわないのだ。しかも何の嫌がらせか、この雀荘でも同じ商品を扱っている。癒着でもあるんだろうか。

 余計な事に気を取られるワケにもいかないので、俺は俺で手持ちのカナビスに火を着けた。あ、そいやぁひーとんに分けるの忘れてたなぁ。別行動するとは思ってなかったからそこまで気が回らんかったわ。まぁ、彼は酒も楽しんでるからいいか。

 最初の半荘がオーラスを迎えた頃、客足がチラホラ増えている事に気づいた。次の半荘はもう1人加えて四麻にしようと提案すると、さっきの説明にはなかったこの店のルールを澄人が教えてくれた。


「実はこの店、麻雀の腕で階級が決められてるんだよ。初回は階級の差関係なく誰とでも打てるんだけど、それ以降は、店が判定した階級に従わなくちゃいけないんだ。基本的に、下位の子を誘う事はできない。自分と同じ階級か上位の子じゃなきゃ卓に呼べないんだよ。それに、上位の子は下位からの挑戦を断る事はできない。あと、その日の結果で階級が上がったり下がったりするんだ。

 ちなみに階級は5段階に分けられてて、甲乙丙丁戊ってなってるんだ。俺たちは上から二番目の乙クラスだよ」


 そんなに上位にいながら所見の俺を誘うなんて、ちょっと情けないんじゃね?別にいーけど。だけど、今ので大体分かったわ。コイツら常連からはカモれないと悟って、都初体験のヤツに的を絞ってんだな。それなら、いきなり俺に声をかけてきたのも納得できる。

 でもそれってさぁ、要するに俺をなめてるって事だよね。俺ならカモにできると思ってるんだよね。腹立つわぁ、コイツら。格上にケンカも売れねー腰抜けのくせに。こーゆーのって殺しちゃいかんのかねぇ。

 俺の中にドロドロとした負の感情が、確実に湧き上がっていた。

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