第83話ミコトの居場所2

 何度も何度もエンストしたり、内輪を乗り上げたりした挙句、普通のブレーキではなくエアブレーキを使う様に指示され、もう俺の頭は一杯一杯だった。大体、俺みたいな子供が大型トレーラーなんか運転できるワケないじゃん。事故でもやっちまったらどうすんだよ。

 俺とひーとんは『こっち側』のミコトなので死ぬ心配はないんだが、俺が懸念しているのはトラックが動かなくなる事だ。盛大にぶつけて自走できなくなったら、歩いて都に行くか戻るしかない。都まであとどのくらいかかるか分からないし、既に結構な距離を走ってきているので、戻るのも一苦労どころの話じゃない。

 取り返しの付かない事になる前に運転代わってくれ、と涙ながらに訴えると、ひーとんはやっと代わってくれた。そもそも何で俺に運転させたんだよ。


「今日中に都には着くんだよな?」


「うん。夕方くらいには」


 ヨシヒロの家を発ってから6時間くらいは経過しただろうか。何回かの休憩を挟みながらでも、順調に進んでいるらしく、日が傾くまでには到着できるのだとか。

 未だに『都』という場所がどういう所なのか、俺には想像もできないのだが、街には売っていない物が買えるくらいには発展しているのだろう。逆に言えば、ミコトや開拓者の様な現代人がいて技術を持ち込んでいるのに、あまりにもヒトが発展していなさ過ぎなのだ。氏家曰く、それは意図的に抑えられているそうなのだが。

 ヒトと共に過ごす空間しか知らない俺は、この原始的な世界にすっかり馴染んでしまっている。そんな俺に、ひーとんは都の片鱗を見せる様な台詞を寄越した。


「今ちゃん、むこう着いたらラーメンでも食べよっか」


 おい、今何つった??ラーメン?ラーメンなんかあるの!?

 普段は肉の丸焼きか果物で食事を済ましている俺も、こっちに来てから『料理』を口にした事は何回かあった。でもそれはギリギリ料理と呼べる物で、単純に具材を煮ただけの代物だ。調味料とかも見た事ないし。それが当たり前になっている感覚からすると、ラーメンなんて複雑な料理がこの世界に存在するなんて思ってもみなかった。

 ひーとんが出した提案に、オーバーリアクションで頷いた俺に、彼はそのラーメンについて詳しく語ってくれた。


「今ちゃんって量食べれる?あそこのラーメンはかなり大盛りだからナメてっと痛い目見るぞ。味もかなり濃いからね。ニンニクとかも大丈夫?トッピングで入れられるからニンニク食べれるなら入れた方が旨いよ。あと、ヤサイとアブラも無料で増せれるよ。まぁ、最初だから麺少な目にしてヤサイチョイマシくらいにしときな」


 俺はひーとんみたく大きな身体はしていないが、食べる量は人並以上には食える。名古屋出身だから濃い味も平気だ。他県のヤツが辛くて食えないレベルの赤出汁を毎日の様に食ってたからな。もちろんニンニクも大好物だ。向こう3日はあんずとキスする予定もないし、ニンニク入れちゃおう。

 しかし話を聞く分には、相当暴力的なラーメンだなぁ。俺の中ではラーメンって言ったらスガキヤのイメージしかないから、どんなラーメンが出てくるかワクワクする。

 まだ見ぬ都や、ひーとんが連れてってくれるラーメンに一抹の期待を抱いていると、海辺の様な景色が現れた。そこで最後の休憩を入れるために、ひーとんはトラックを止めた。


「こっちの方にも海があんだ。俺らがおる所って意外と陸地せめーんだなぁ」


「ははっ。何言ってんの、今ちゃん。コレ湖だって!」


 え??どう見ても海なんだけど…。いや、言われてみれば海にしちゃ波が静かな気がする。俺はひーとんの言葉が本当かどうか確かめるために、人差し指で数滴の水を掬い舐めてみた。するとその水は無味だった。つまりコレは淡水だ。マジで湖なんだぁ。でも向こう岸なんか全然見えねーぞ。どんだけデカいんだよ…。

 目の前に広がる海の様な湖の景色は、中々悪くない眺めだった。それを見ながらカナビス吸うのもオツなんじゃないかと思い、俺はボングを用意した。本日、幾度目かのカナビスを充分に堪能し、もう一踏ん張りとトラックに乗り込み、都を目指した。


 ――――――――――………


「とうちゃーくッ!今ちゃん、お疲れ!!」


「ひーとんこそ運転お疲れさん」


 都の門の手前で止めたトラックから降りた俺たちは、コンテナに積んでいた貝の袋も降ろした。2.5袋分の貝の塊をどう運ぼうか考えていると、門の方から台車を持った人物が駆け足でやってきた。


「こんにちはー。運搬する貝がありましたらコチラをお使いくださーいッ」


 都に来るミコトは、多かれ少なかれ貝を持参する場合が殆どで、貝の量が多い時はこの様に台車を貸してくれるのだとか。結構サービスが行き届いてるんだな。

 貸してもらった台車に、持ってきた貝を乗せると、ひーとんが手招きして誘導してくれた。この貝は門の番屋に一旦預ける必要があるらしい。確かにこの量の貝を持ったまま都をウロチョロするのは気が引ける。しかし、貝を持たずして買い物とかどーすんだろ?と、考えていると、番屋で防人をしているミコトが声をかけてきた。


「都へのご入場は初めてですか?でしたらチップの確認をしますので、コチラへどうぞ」


 初めてではないひーとんは、その場で俺の入場手続きが終わるのを待っていてくれる。

 俺は防人の指示に従い、指定された場所に立つと、何かしらの機械の様な物で全身を調べられた。空港とかで金属のチェックをされるみたいに。すると、防人が持つ機械が俺の顔の右側をかざした時、『ピー』という音が鳴った。


「あなたのチップは右耳の付け根にありますね。お買いものなどで精算される際は、店の者にそうお伝えください。

 ご持参いただいた貝は、51426になります。お帰りの際、残高を貝に戻されたい場合は、ご遠慮なくお申し付けください」


『チップ』ってなんだよ。と疑問に思うと同時に、背筋がゾクッとする感触がした。防人の彼が言う『右耳の付け根』には物心がつく前から、イボの様なシコリの様な物がある事は分かっていた。それがこんな所で必要になってくるなんて、誰が予想しよう。このシコリの存在意義を鑑みると、俺が手水政策の被行者に選ばれる事は、遥か昔から決まっていたのではないか。という疑念が浮かび上がってくる。他のミコトの子もそうなのだろうか…。

 とにかく俺が持参した貝は、1の位まで正確に数えられ、チップに残高として記された。これで手ぶらで買い物や飲食ができるワケだ。便利なもんだなぁ。

 入場手続きが済んだ俺は、ひーとんと共に都へ足を踏み入れた。


「そいやー、ひーとんのチップはどこにあるの??」


「俺のは鼻の下のホクロだよ」


「んっふw」


 こんな所でまでウケ狙うなや。

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