第70話タイマン5

 俺の眼窩にめり込んだ山野くんの親指は、パキャッという音と共に俺の眼球を破壊した。目を潰した経験のない俺は、痛みよりも眼球が崩壊する感触の方が耐えがたく感じた。すっごく気持ち悪かったもん。

 目で見えない所を怪我すると、何故かやけに見たくなる癖が俺にはあった。例えば背中とかだったら合わせ鏡でも使って見る事ができるが、視覚を司る眼球を怪我した場合はどうすればいいのか。自分で見れないのならば、誰かに見てもらうしか他ない。

 俺は急いであんずに話しかけた。


「あんず!俺の目ぇどーなっとる!?」


「グッチャグチャですッ!!」


「でしょうねッ!!」


 だって閉じたはずの目蓋から溢れてくる血液は、やたらとシャバシャバしてて水っぽい。破れた強膜から硝子体が流れ出ているのだろう。左目は完全にオシャカになった。っていうか、一体どういう了見で相手の目を潰す事を良しとしたのか。ヤンキー怖いわぁ…。

 しかし、片目が潰れたのは何もデメリットばかりではなかった。残った右目は利き目だったので、照準を合わせるのがいくらか楽になったのだ。距離感は失うけど。

 俺は見やすくなったアイアンサイトと山野くんの左膝を結び、引き金を引いた。


 …ッバァァッンン…ッ


 放たれた弾丸は、見事に彼の左膝を打ち抜いた。これで軸足は使い物にならないだろう。そうなりゃ山野くん自慢の右ストレートは威力が激減するはずだ。そう考えての事だったが、直前に胸部に与えたダメージを物ともしない彼のタフネスさをすっかり忘れていた。

 膝への被弾の衝撃で、一瞬よろめいた山野くんだったが、すぐさま立ち直り反撃の狼煙を上げにかかって来た。何で痛がらないんだろう、この子は…。

 瞬時に俺との間合いを詰め、殴りかかって来る彼が振り上げたのは左腕だった。左足に体重がかけられない事を悟ったのか、軸足をスイッチしてサウスポーに切り替えたのだ。その判断の早さが、またもや俺に恐怖を与えたせいで反応は遅れ気味だったが、拳を浴びせられる瞬間に反射的に引き金を引く事ができた。


 …ッバァァッンン…ッ

 ブォォォンンッ…


 ほぼゼロ距離で撃った弾を間一髪の所で避けようとした彼の左ストレートは、姿勢を崩されたせいで空を切った。しかも弾丸は避けきれなかった様で、二つ目のマガジン最後の一発は、彼のマスクをスカーフェイスに変えた。少しかすった程度の被弾でも、45口径の威力は山野くんの頬をえぐり取るには充分だった。

 流石に顔面を撃たれたのは彼にとっても驚愕だったらしく、普段は見えるはずのない歯の側面を覗かせつつ、ポタポタと血を垂らしながら立ちすくんでいた。俺はその隙にホールドオープンした銃から再びマガジンを抜き取り、三つ目のマガジンをグリップに装填すると、スライドストップを押し下げた。

 マガジンチェンジを行う俺にも相当な隙があったはずなのだが、そこを攻めさせない程度には山野くんに恐怖をギフトできたんじゃないかな。まぁ、本当は最初の一発でこうなるはずだったんだけど…。

 良く見ると、彼の額には冷や汗を通り越して脂汗が滲んでいた。やっぱり痛かったんだ!今まではやせ我慢だったのかな?山野くんに食らわせたのはまだたったの3発だ。こっちは丸々二つ分のマガジン、14発を残してる。これは勝てるんじゃないか!?


「いやぁ…、まいったなぁ。並の痛さだったらどうにかなるけど、さすがに鉄砲はなぁ…」


「あれ、何?ギブアップ??これで俺の勝ちならそれでもええけど、まぁちょっと撃ちたかったかな?」


 もちろんここで山野くんが降参するとは思えないが、勝機という一筋の光明が差しこんだために煽り発言をしてしまった。俺の余計な一言は彼の怒りを買うには充分だったらしく、般若の様な形相で右足を踏み込んだかと思うと、そのまま左腕を掬い上げる様に俺のみぞおちを劈いた。


「ウグッ……ッ。…ア、ア……」


「あんま調子のんなよ。俺はなァ…、地元じゃ『今夜はすき焼きや、言われて肉屋にお使いに来た子供みたいな奴』って呼ばれてたんだ…。どういう事か分かるか?」


 全く分かりません。どういう事なのでしょうか。っていうか、分かった所で答えられる状況じゃないんですけど!

 水月のど真ん中を貫かれたせいで、言葉を発するどころか呼吸すらままならない俺は、痛みを耐えながら頭に疑問符を浮かべるのが精いっぱいだった。ちょっとゲロ出たし。

 山野くんのどーでもいい質問に答えられない俺に時間切れを突き付けた彼は、謎かけの正解を教えてくれた。


「……。刃向ったらいかん(ハム買ったらいかん)」


「うふッ…」


 ちょっと面白かった。そんなんズルいやん。この場面でそんな冗談言われたら誰だって笑うだろ。聞き流せばいいだけの話なのだが、時間を追うごとに面白さを増していく山野くんのジョークがそれをさせてくれなかった。未だにボディブローが効きまくっている俺に、引きつった笑いが更なる追い打ちをかける。もう立っていられなかった俺はその場に伏せながら、痛みと笑いを堪えていた。いや、笑いの方は抑えられていなかったけど。

 ブチのめすには絶好のチャンスだったはずなのだが、俺が笑っている間彼は満足気に俺を眺めていた。ウケた事がそんなに嬉しかったのかな?

 暫くしてやっと苦痛から解放された俺は、追撃を防ぐために立ち上がりながら山野くんに賞賛を送った。


「ハァ、ハァ…。でら面白いがや、山野くん。今のは一本取られたわ」


「へへッ。面白かった?」


 すっげぇ嬉しそう。こういうチャーミングな面があるからゲトー共もこの子を慕っていたのだろう。ヤンキーって何気に人望あるもんなぁ。俺にはないアビリティだわ。

 だけど、謎かけでは負けられない所が俺にはあった。こちとら落語ばっか聞かされて育ってきたんだ。その程度で勝った気になってもらっては困る。

 喧嘩そっちの気で山野くんと同じ様な謎かけを、彼に食らわせてやった。


「かくいう俺も、お袋や兄貴から『安物のえんぴつみたいな奴』って言われとったんだわ…。どういう事か分かるか?」


「??」


「……。気(木)は強いが芯が脆い」


 俺の渾身のネタを聞いた山野くんは、暫く考え込んだ後、辛口の評価を俺に下すのだった。


「うーん…。不合格ッッ!!」

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