第4話 ギルドの日常

 ……………

 …………………………

 …………気まずい。

 ……激しく気まずい。

 家に帰っていつも通りTFLOにログインして、ギルドメンバーリストを見てみたらセルフィッシュさんがログインしていて他のメンバーは誰もいない。

 俺は今、セルフィッシュさんが居るであろうギルドハウスの前にいる。

 俺がログインしたってことはギルドメッセージとして出るからセルフィッシュさんは気づいてるんだろうけど……。

 とりあえずハウスに入ったら挨拶をするか……。

 俺は意を決してハウスのとびらを開ける。

 画面が切り替わると、そこにはいつも通り製作クラフトに勤しむセルフィッシュさんが居た。


Sky:おはよう

Selfish:おっす


 いつもと変わらない挨拶。

 いつも通り挨拶をしたけど、目の前に居る男前イケメンがどうしても、あの長田さんギャルに見えてしょうがない。

 セルフィッシュさんはなおも無言で製作クラフトを続ける。

 …………気まずい。

 やっぱり気まずい。

 何を話せばいいんだ?

 そもそもセルフィッシュさんとして話をすればいいのか、長田さんとして話をすればいいのかもわからない。

 セルフィッシュさんが制作クラフトしている作業台が「きらりーん!」と光る。


Selfish:今日はありがとう


 製作が一段落したところでセルフィッシュさんの方から話しかけてきた。

 今日は――ってことは長田さんとして話せばいいのかな?


Sky:それはこっちが言わなきゃいけないことだよ、ありがとう長田さん。わざわざ補習見てくれて

Selfish:でも、あたしが余計なことしなけりゃちゃんと出来てたかもしれないのに、あんなことになっちゃったから


 う~ん、たしかに長田さんは仲のいい相手とならふざけ合ったりすることもあったけど、誰でも彼でもあんなことをするような人じゃなかった気がする。


Sky:長田さん、なんであんなことを灰倉さんにしたの?


 ………………

 しばらく沈黙が続く。


Selfish:それはあいつが他人に関心がないなんて言ったから、ちょっとからかってやれば何かしらの感情を持って、あたしに対して関心を持つんじゃないかと思って

Selfish:それは憎しみっていう感情でもかまわないし、泣いたりでもすれば素直にこっちが謝ろうとも思った

Selfish:結果あいつを怒らせはしたけれど、その時点で関心を持たせるまでに至ることが出来たのかはわからない。それをするために奥原を利用したのは本当にごめん


 長田さんは一つ一つ、言葉を選んでいるのか全部言い終わるまでには結構時間がかかった。


Sky:ああ~、いいよ、俺怒ってないし


 長田さんのあんな姿とかこんな姿とか見られてドキドキしっぱなしだったけど


Selfish:あのせいで奥原、会計に立候補しなきゃならなくなったのに、それでも怒ってない?


 あ、そうだ、俺会計に立候補しなきゃいけないんだった……。

 あの後の出来事が強烈だったからすっかり忘れてた……。


Sky:大丈夫。どうせ俺なんか当選しないだろうし、立候補だけすればいいんだから何の問題もないよ

Selfish:ならいいんだけど

Sky:それより長田さんが会長に立候補とかびっくりしたよ

Selfish:ああ~、あれ? あたしも当選なんか出来ないだろうなと思ってるけど、やってみて損はないかなって。せっかく立候補できるのにしない方が多分後悔するだろうから


 長田さん積極的だなぁ。

 さすがうちのギルドの頼れるマスターでもあるだけのことはある。


Sky:でも灰倉さんも立候補することになっちゃったみたいだけど……

Selfish:あれは予想外だったけど、結果的にすごく良かった。あれであいつはあたしのこといやでも意識することになったから。結果あたしに関心を持つことになったから

Sky:あっ、なるほど


 そうだよ、他人に関心がないって言い張ってた灰倉さんが長田さんに対抗意識を持つようになったんだ。


Selfish:他人に関心を持たないやつなんていないはずだよ。関心があるのに何らかの理由をつけて自分からシャットアウトしてる。あいつも多分そうなんじゃないかなって


 ああ、なんかわかる気がする。

 恥ずかしかったり嫉妬だったり、なんらかの感情が邪魔してそういうことがあるかもしれない。


Sky:銘のことで他人を気にしなくなったって言ってたけど、あれが関係あるのかな?

Selfish:どうなんだろう。たしかにマケで相手の名前が気になって同業者がむかついたりはあるけど、それと同じことをリアルにも持ち出してるとしたら、どんだけあいつはゲーム脳なんだ


 う~ん、ゲーム脳とか関係あるのか? それは?


Selfish:つーかあいつはあたしより先に奥原に対して関心を持ったみたいだったし

Sky:え? 俺に? 俺、長田さんみたく灰倉さんに嫌われるようなことなにかしたかな……


 う~ん、あのやりとりの中でそんな感じ一切なかった気がしたけど。


Selfish:ああ、ごめん。たぶんあたしの勘違いだと思う。気にしないで


 とは言われても気になるから今度会ったときは一応謝っておこう。


Sky:あと、俺のことスカイだって気づいた後、長田さん自分のことセルフィッシュだってなかなか名乗らなかったけど、あれはなんでなの?

Selfish:それは聞くな

Sky:うん、わかった


 急に長田さんがセルフィッシュさんに変わった気がして、なにやら言いしれぬ圧力を感じた俺は即答した。

 『ナガタ』って呼ばれてなぜ怒ったのかも聞きたかったけどとてもじゃないけど聞けなさそうだな。


Selfish:でも、奥原がお前だってわかった時は本当に驚いた。だってスカイまんまだったんだからな


 ここからはセルフィッシュさんとして接すればいいのかな?


Sky:俺の方が驚いたよ。ミレニアムさんもセルフィッシュさんもまさか俺のクラスメイトだったなんて

Guild Message:Jillがログインしました。

Sky:しかも長田さんだよ? いつも見ている姿とぜんぜん違うんだから驚くに決まってるよ

Jill:おはよ~

Sky:おはよう

Selfish:おっす

Jill:あれ? 長田さんっておさP? スカイ、おさPのこと見たん? どこで?


 しまった。俺の発言がジルのログインとかぶってた。ギルドチャットじゃなくて個別チャットTELLで話をするべきだった


Sky:え~と、うん、なんか普通だな~って。どこにでもいるような普通のおっさんだな~って思って


 咄嗟に嘘をつく。


Jill:へ~、まあそんなもんやろね。ああいう放送に出てたりするとセレブってイメージがあるけど、たとえセレブであったとしても実際に会ってみると意外と普通だってこと良くあるし

Sky:セレブ? いや、あまりおさPにそういうイメージはないかも

Selfish:セレブってのは有名人とかスターとかそういう意味だ。日本人がイメージするような金持ちとかナントカ姉妹のような意味は本来ない

Sky:ああ、そうなんだ

Selfish:実際そうだったら良かったんだけどな


 ん? セレブって意味が?

 俺がおさP見たってことが?

 まあなんにせよ咄嗟についた嘘でなんとかうまく凌げたかな?

 そういえばジルに言われて初めて気がついたけど、長田さんもおさPも同じ長田だ。

 多いのかどうかわからないけど、普通の苗字だし別におかしいことじゃないからそんなこと全く意識してなかった。


 ジルがハウスの中に入ってくると


JillはSkyに抱きついた

JillはSelfishに抱きついた


 いつも通り俺たちに抱擁ハグをする。


Jill:ねえ、ところでセルフィー。日本のJKのファッションのトレンドってどうなん?


 ぶはっ! なんて質問を。

 しかもなぜそれを長田セルフィッシュさんに聞く。


Selfish:何でそれを俺に聞くんだ? 俺なんかよりスカイのがよっぽど詳しいんじゃないか?


 いや、俺よりもよっぽど長田セルフィッシュさんのが知っていますよ?


Jill:う~ん、なんとなくセルフィーのが知ってそうかなぁ、って思って。でもよく考えてみたらスカイは学生さんなんだからそっちのがよっぽど詳しいよね?


 なんだ? その勘は?

 野生の勘か何か? それとも何かの能力者?


Selfish:え? なに? ジルはスカイが学生だって知ってるの?

Jill:うん、昨日言ってた

Selfish:お前な、ギルド内だからまだいいとしても、あまり自分のこと喋ったりするなよ?

Sky:あれはついうっかり……。いえ、ごめんなさい……気をつけます


 このうっかりを本当に気をつけないと。

 さっきはごまかせたし、ジルだったからよかったけど、他の人に長田さんのことをもしうっかり喋ったりしたら大変なことになるかもしれないし。


Selfish:てかなんでお前がそんなこと知りたがっているんだ?

Jill:日本のJKカワイイやん? うちも真似したいかな~、って思って


 実際のジルがどんな容姿かはわからないけど、この目の前の猫娘が女子高生JKの格好をしたら現実世界リアルの長田さんみたくなるんだろうな。


Selfish:そうか、だったら俺がとっておきのところを紹介してやろう


 なんだ、長田セルフィッシュさん。結局教えるんじゃん。正体がばれなければいいけど。

 セルフィッシュさんはとあるHPサイトURLアドレスをコピペして発言チャットする。


Jill:ありがとうセルフィー、見てみるね


 俺も見てみるか……。

 チャットウィンドウのURLをクリックするとブラウザにそのHPサイトは表示された。


 ――――え~と、俺が見てもよくわからないんだけど、コレって最新トレンドなの?

 ルーズソックスに顔黒ガングロっていうの? これ?

 なんかちょっと古いような気もする。


Jill:すごい! すごいよセルフィー! うちがやほーでググってもこんなとこ出てこなかったよ

Sky:いや、ジル。セルフィッシュさんに騙されてるよ。たぶんやほーのが正しい

Jill:え? そうなん? こっちはこっちで結構カワイイよ?

Sky:少なくともトレンドではないと思うけど?


 まあ自分で可愛いカワイイと思えば、流行はやっていようがそうでなかろうがそれでいいのかもしれないけど


Sky:セルフィッシュさんも駄目だよ、嘘教えたら。からかったりするの今日の出来事で懲りなかった?

Selfish:ああ、そうだな。すまなかった

Jill:ん? うちがくるまえなんかあったん?

Sky:ちょっとね

Selfish:ああ、たわいもない出来事だ。気にするな


 実際は俺の人生最大かってくらいの事件だったけど。

 

 その日は俺たちのログイン中にカテドラさんはログインしなかったが、日付が変わる頃までそれぞれ製作クラフト採集ギャザリング活動をしながら三人でたわいもない話をした。




 ……………

 …………………………

 ………う~ん、どうしたものか……。

 昨日の今日だが、まさかこんなことになっているとは……。

 今日はログインしたらセルフィッシュさんは居なくてジルがログインしていた。

 いつも通り挨拶をし、ハウスに入ったら奇妙な物体に抱擁ハグされたんだ。

 いや、それがジルだってのはさすがにわかってるけど、顔黒ガングロで目の周りが白い、所謂いわゆるぎゃく猫熊パンダ状態。

 服装も日本の女子高生JKのそれっぽい、足はもちろんルーズソックス……とまではいかないがそれに見立てたよく似ている足装備を履いている。

 そう、昨日セルフィッシュさんが見せたあのHPサイトで見た格好だ。

 何より俺を困惑させているのは、ジルが俺に抱擁ハグをしたっきり、その格好ファッションについての感想を期待しているのか、一切無言だと言うことだ。

 俺ファッションにうといし、そもそもJKのファッションなんて俺がわかるわけないし、しかも結構古いファッションだよね? これ。

 なんて答えればいいんだ?


Sky:う~ん。いいんじゃないかな?


 だめだ、今はこれが精一杯。

 実はあまりいいと思ってないんですけど。

 その顔、実は怖いんですけど?


Jill:よかった。普通の学生さんのスカイがいいって言ってくれるなら多分大丈夫だよね?


 あ、これはまずい。ちゃんと本音を言っておかないと。


Sky:ファッションのことはわからないけど、服装は普通に可愛いと思うよ。ただちょっと顔のメイクがきついかなぁ。もうちょっと抑えた方が俺はいいと思うよ

Jill:わかった、ありがと~、スカイ

JillはSkyに抱きついた


 再び俺はジルに抱きつかれる。

 俺がこのゲームを始めて、このギルドに入りたての時は、たとえ仮想現実ゲーム内でもジルに抱擁ハグされたらドキドキしたもんだけど、いまは特に何も思わないどころか、申し訳ないけどちょっと鬱陶しウザいなくらいに思っている。

 慣れって怖いし悲しいなぁ、とつくづく思う。

 外国の人ってかオーストラリアの人なら現実世界リアルでもこのくらいの頻度でいつも抱擁ハグをしているんだろうか?

 もしそうだとしたら外国の人にとっては抱擁ハグなんてものは、本当に挨拶程度のようなものなんだろうな。


Sky:きのうJKのファッション聞いてたのはゲーム内で着るためだったんだね

Jill:リアルでも着たいなと思ってるけど、こっちで試してみようかと思って


 やっぱり現実世界リアルでもこの格好ファッションをするのか……。

 この格好ファッションでも外国人ならまた違った印象になるんだろうな。


Guild Message:Selfishがログインしました。

Selfish:おっす

Sky:おはよう

Jill:おはよ~


 セルフィッシュさんがログインし、いつも通り挨拶をする。

 さて、セルフィッシュさんはこのジルを見てなんて言うのか。

 セルフィッシュさんがいつも通りハウスに入ってくると


JillはSelfishに抱きついた


 いつものようにジルは抱擁ハグをする。

 そしてセルフィッシュさんはそのままハウスの奥のいつも製作クラフトをしている定位置まで行き、製作クラフトを始める。

 スルー。

 セルフィッシュさん、華麗にジルの攻撃ファッションをスルー。

 諦めきれないジルはセルフィッシュさんのそばまで行って踊り《ダンス》の感情表現エモートをする。


Selfish:ジル、すまんがそこで踊られると邪魔だ。集中できない

Jill:ねえセルフィー、なんか言うことない?


 ジルはしびれを切らしとうとう口に出す。


Selfish:ああ、昨日採ってきてくれた素材ありがとうな。また暇なとき頼むよ

Jill:そうじゃなくて、見てわかんないかなぁ

Selfish:なんだ?お前が黒くなったことかか?

Jill:そうだよ。どうかな? これ

Selfish:お前がいいと思えばそれでいいんじゃないのか? 俺がどうこう言うものじゃないと思うが

Jill:はぁ、セルフィーはドライやねぇ……


 セルフィッシュさんの製作の手がしばらく止まると、とあるHPサイトURLアドレス切り貼りコピペして発言チャットした。


Jill:あれ? これって?


 俺もそれをクリックして確認してみたけど、そのHPサイトにはいつも見る長田さんのような格好ファッションをした女子高生JKが紹介されていた。

 やっぱりセルフィッシュさんも昨日のことは申し訳ないと思って、ちゃんとしたHPサイトを紹介したのかな。


Selfish:俺の知り合いのJKがそういった格好をしてるんだが、今のトレンドはそんな感じなんじゃないかな


 知り合いのJKって、いや、それは自分のことじゃないんですか?


Jill:ああ、そうなんだ。ありがとう、セルフィー

JillはSelfishに抱きついた


 セルフィッシュさんが製作クラフト中でもかまわず抱きつくジル。

 仕様システム上は何の問題ないだろうが、何かある度にジルはすぐ抱きつく。

 だからちょっと鬱陶しウザいと思っちゃうわけなんだけど……。




 この日は俺がログインした時にはカテドラさんがログインしていて、 I D インスタンスダンジョンを攻略中だった。

 ギルドメンバーリストでIDの名前を見てみると、どうやら難易度はインフェルノらしい。

 TFLOの I D インスタンスダンジョンには難易度が通常ノーマルのものに加えてハードモード、さらにその上にはインフェルノという超絶難易度とってもむずかしい I D インスタンスダンジョンもある

 俺が手を出せるのは、せいぜいハードまで。とてもインフェルノなんて手を出そうなんて気すら起こらない。

 カテドラさんがIDを攻略してる間に、他の二人のACメンバーも相次いでログインしてきた。

 カテドラさんがまだID攻略中だが、ACメンバーが全員同時にログインしたのは久しぶりだ。

 その間三人はいつも通りたわいもない話をしながらそれぞれの活動をする。

 しばらくすると、カテドラさんのID攻略が終わったようで挨拶をしてきた。


Cathedra:みなさん、こんばんは

Selfish:おっす

Jill:おはよ~

Sky:おはよう

Jill:キャシー、インフェルノはクリアできた?

Cathedra:ええ、おかげさまで。欲しい装備はドロップしませんでしたけど


 このゲームで大切なのはやはり運。

 プレイヤースキルがいくら高かろうが、運が良くなければ目当てのアイテムは入手ゲット出来ない。

 当たり前のことだけど。


Jill:そうか~、うちもいつか行きたいんやけどねぇ

Cathedra:いいですよ。一緒に行きましょうか? せっかくでしたら皆さんも一緒に

Jill:う~ん、うちはラグがあるし、みんなに迷惑かけちゃうといけないからな~

Selfish:俺はみんなで行くならいつでも行ってもいいが、インフェルノは全く行くつもりがなかったから全然予習すらしていないぞ?


 セルフィッシュさんですら尻込みをするインフェルノ。まあ、そういった最難関エンドコンテンツを捨てたからこそ製作を極めし者マスタークラフターになったんだろうけど。


Sky:俺はハードですらいっぱいいっぱいだからなぁ

Cathedra:そうですか。今日は職場の同僚や上司などと行ったのですが、その人達とならなんとかなるかとも思ったのですけど

Selfish:とりあえず俺はパスだ。わざわざありがとうな、カテドラ

Jill:うちもいつかラグがなくなったらそのときは頼むね、キャシ~

Sky:うん、いつも気にかけてくれてありがとうね、カテドラさん


 職場の同僚って人たちが気になるけど、聞いたらまずいよな。

 きっと看護師の人たちとか看護師長とかそういう人たちなんだろうけど。

 看護師の人たちはネトゲ率高いってどっかで見た気がしたけど、だとしたらその話は本当だったのかな?


Jill:ところでキャシー、同僚の人たちがそんなにいるのになんでこっちのギルドを選んだん?


 おい、ジル! ……っていいのか?

 別に仕事の内容こと聞いたわけでもないし。


Cathedra:そうですね、最初に誘われたのがあなた方お二人だったからでしょうか? 抜ける理由もないですし

Selfish:そうか、すまないな。俺たちが一緒にエンドコンテンツ行けたら良かったんだが

Cathedra:いえいえ、謝るのはこちらの方ですよ。私の仕事が不規則なせいで皆さんとご一緒出来ないで


 なるほど、あまり考えたことなかったけど、セルフィッシュさんが製作クラフトメインでやってるのはこれが理由だったんだな。

 あまり時間が合わないカテドラさんと、ラグを気にしてなかなか上位コンテンツに行けないジル。

 やろうと思えばマッチング機能もあるから一人でだってインフェルノとか最難関エンドコンテンツには行けるんだろうけど、二人に合わせているんだろうな。たぶん。


Cathedra:でもせっかく久しぶりに四人そろったのですから、インフェルノではなくてもどこか適当に行ってみませんか?

Selfish:そうだな。どこかハードをランダムで回してみるか

Jill:うん、行こう

Sky:そうしようか、あまり自信ないけど


 カテドラさんがギルドハウスに戻ってくると


JillはCathedraに抱きついた


 例によってジルはカテドラさんに抱きつく。

 カテドラさんは青い光の筋が入るインフェルノで手に入れたであろう装備を着用している。

 見た目も非常に格好いい。

 セルフィッシュさんが製作で作れる装備は最難関エンドコンテンツで手に入る装備にかなわないと言っていたが、見た目からしてすでに差が付いている。

 セルフィッシュさんにパーティに誘われ、それに加わると続けて他の二人も加わり、最小限ライトパーティとなる。

 俺のメイン戦闘職ジョブ魔剣士ブラッドナイト、近接攻撃職DPSだ。

 大剣を振り回すのが格好いいという理由だけで決めたんだけど、隙が大きく敵の範囲攻撃に対応しきれなかったり、防御を捨てて捨て身で攻撃しているときに限って攻撃を食らったりすることが多かったりと、魔剣士ブラッドナイトを選んだことに今はちょっと後悔している。

 ただ単に俺の操作技術プレイヤースキルが足りないというだけなんだろうけど……。

 ジルは魔導銃士マガンナー、魔力を込めた弾丸を放つ銃を使う遠隔攻撃職DPSだ。

 元々精霊使いサマナーをやってたらしいけど、ラグで「むーたん」が暴走するため、操作が難しくなく、敵の攻撃もラグがあったとしても比較的避けやすい魔導銃士マガンナーにしたらしい。ちなみにむーたんは決して山に捨ててきたわけではないと、この前PBCを見た後に聞いた。

 カテドラさんがいないときは流儀スタンス切替チェンジ回復職ヒーラー寄りの魔法銃士マガンナーになることもある。

 ちなみに俺の魔剣士ブラッドナイト流儀スタンス切替チェンジタンクよりにすることは出来るが、本職にはやはり敵わない。

 あくまで流儀スタンス切替チェンジは本職の役割ロールが戦闘不能になったときなどに一時的に対応することを想定した仕様システムなので本職には敵わないようになっている。

 ただ、それもインフェルノをやる場合のことで、ハード程度なら流儀スタンス切替チェンジして戦ってもなんら問題はない。

 というか、ハード流儀スタンス切替チェンジした戦闘職ジョブを基準にして難易度を調整しているという話なので、流儀スタンス切替チェンジなしで挑めば普通にクリア出来る難易度にはなっている。

 セルフィッシュさんは聖騎士パラディンタンク、カテドラさんは司祭プリースト回復職ヒーラーだ。

 ちなみに聖騎士パラディン流儀スタンス切替チェンジ回復職ヒーラーに、司祭プリーストは遠隔攻撃職DPSよりになることが出来る。


Selfish:よし、それじゃランダムで登録するぞ

Jill:準備OKだよ

Cathedra:はい、行きましょう

Sky:こっちもいつでもおk


 俺が発言した後すぐに「しゃきーん!」とパーティがマッチングしたときの効果音が鳴る。

 俺が一人でマッチング登録をしたときは10分とか、長いときは30分以上待つときもあるんだが、攻撃職DPSは本当につらい。

 突入のボタンを押下クリックすると画面が暗転。

 さて、どこになるのか。

 読み込みローディングが開けると、熱波で周りがゆがんで見える。遠くには火山、脇には溶岩の川が流れている。


Selfish:ルルド火山か、それほど難しいところでもないし、大丈夫だろう


 いや、俺ここ苦手なんだけど……。道中噴石が落ちてくるし、最後のボスに舞台フィールドから落とされるし……

 カテドラさんが防御力上昇アップの呪文を唱え、上方効果バフがかかったのを確認すると、セルフィッシュさんが走り出す。


Jill:GO!


 ジルを始め俺たちはセルフィッシュさんの後についていく。

 毎度のことながらジルの挙動は怪しい。

 立ち止まっては猛ダッシュ――また立ち止まっては猛ダッシュ――と、俺たちはジルのこの挙動にはもう慣れたが、初見さんはじめてのひとがこれを見たら面食らうんだろうな。

 その昔あったという「むーたん」の暴れっぷりも何となく想像できる。

 道中、空中に浮かぶ風船バルーン状の妖異モンスター、生まれつきなのか、寄居虫ヤドカリのように他から借りてきたものなのかはわからないが、岩石のような鉱質の外殻をまとう蜘蛛のような甲虫モンスター、溶岩の中に棲み着くジェル状の怪異モンスターなどが俺たちの前に立ちはだかる。

 敵は2~3匹程度でかたまっていて、それを盾役タンク敵視ヘイトを集め、他のPCプレイヤー攻撃ターゲットが向かないように気をつけつつ各個撃破たおしていくことになる。

 その固まりグループを引っ張ってもう一つの2~3匹の固まりグループと同時にまとめて倒していくやり方もあるのだが、俺はそのやり方はどうにも苦手だ。

 そもそも魔剣士ブラッドナイトは複数の敵を同時に攻撃する手段が少なく、その少ないながらも唯一ある範囲攻撃は威力は大きいが隙も大きいので敵の攻撃をけづらい。

 道中噴石が降ってきて、それもけないといけないこのルルド火山と魔剣士ブラッドナイトはとても相性が悪いのだ。

 セルフィッシュさんもそれをわかっているのか、まとめずに一固まりグループずつ戦ってくれている。

 俺たちはその固まりのモンスターを一つ一つ攻撃して倒していく、途中噴石が降ってくるのだが、それは地面に丸い円の予兆AoEが出るので、予兆それが表示されている時間内に避ける必要がある。

 セルフィッシュさんが一固まりグループずつ戦ってくれているため、俺は一匹一匹への攻撃に集中できるので噴石が俺を狙ってきてもなんとか避けることができる。

 ジルもたびたび狙われるのだが、危なっかしいながらもなんとか避ける。

 道中はボス戦に向けての練習のようなものだから、予兆AoEが出ている時間も少し長めになっている。本番はあくまでボス戦だ。

 セルフィッシュさんの配慮などもあって、ボス戦までは特に危なげもなく行くことができた。

 画面が暗転し、親玉ボスが登場する映像演出カットシーンが入る。

 空中に浮いたコアが周りの岩石を引き寄せると岩石質の巨人が出来上がった。

 太い腕と脚の寸胴ずんどうな体型。

 不格好だが筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとは違った無骨ワイルド天然ナチュラルな力強さが感じられる。

 いよいよルルド火山のボス、巨人ロギ戦だ。範囲攻撃を行わないボスはまずいないのだが、巨人ロギは範囲攻撃の塊。

 しかも後半は戦闘区域バトルフィールドから押し出す攻撃までしてくる。

 戦闘区域バトルフィールドから押し出され、落下死したPCは蘇生も復帰も不可能できない

 巨人ロギを倒してクリアするか、パーティが全滅して再戦闘リトライになるまで行動不能になにもできなくなるのだ。


Selfish:よし! みんな気合い入れていけ! 

Selfishは気合いを入れた。


 カテドラさんの防御力上昇アップの呪文の詠唱キャストが終わると

Selfish:いくぞ!


 セルフィッシュさんが巨人ロギ向かって飛び出す。

 戦闘が始まるといきなり俺は範囲攻撃AoEターゲットにされ、地面に攻撃の予兆AoEが表示される。

 攻撃を仕掛ける前だったから俺は難なく避けることはできたが、ジルが吸い込まれるようにその攻撃を食らう。

 う~ん、普通避けられない範囲攻撃AoEじゃないんだけど、やっぱりラグがあると厳しいんだなぁ……。

 その後もちょくちょく範囲攻撃AoEを食らうジル。

 ジルほどではないけど俺も時折ときたま範囲攻撃AoEを食らう。

 俺たちが攻撃を食らう度にカテドラさんの回復魔法が飛んでくる。

 俺たちを回復しつつ、もちろんタンクであるセルフィッシュさんの回復もおろそかにはしない。

 さすがインフェルノを攻略することの出来る 腕 前 プレイヤースキルだけのことはある。

 俺たちがもっと上手うまければカテドラさんも楽なんだろうけど、カテドラさんには本当に迷惑かけっぱなしだ。

 それでもなんとか巨人ロギ体力HPを削っていくと段階フェーズが進み、ボスが本気を出してきた。

 さて、ここからだ。

 巨人ロギ戦闘区域バトルフィールドの中央に移動、力をめる仕種モーションをする。

 それを見てみんなが一斉に巨人ロギのところに駆け寄る。


「ウガアアアアアアアア!!!!!!」


 巨人ロギが叫び腕を大きく掲げ、力を開放すると俺たちは大打撃ダメージを受けるとともに戦闘区域バトルフィールドの外周側に吹き飛ばされる。

 これは何回か戦った俺たちはわかっていることだけど、初めての場合たいてい落とされる。俺も初めての時は落とされた。

 TFLOこのゲームはこんな初見しょけんごろしな仕掛けギミックが本当に多い。

 ジルは出足が遅かったせいか戦闘区域バトルフィールドギリギリまで吹き飛ばされた。

 カテドラさんは急いで中央まで戻り、自分を中心に範囲回復をする。

 ――が、ジルが範囲から漏れる。

 そこに運悪くジルに向かって範囲攻撃AoEが飛んでくる。

 そしておそらくジルはかわしたつもりであっただろうが見事にそれを食らった。

 体力HPが0になり、ジル、戦闘不能げきちん


Jill:あーもうなにゃねん!


「n」が一つ足りない。

 翻訳をすると「あーもうなんやねん!」だ。

 カテドラさんがすかさず蘇生の呪文を唱える。

 詠唱時間がかかるのでセルフィッシュさんへの回復がおろそかになる。

 それを察してセルフィッシュさんは防御力上昇アップ極意スキルを使用、巨人ロギの攻撃を耐える。

 俺は攻撃を食らってカテドラさんに迷惑をかけないように回避に専念。

 ちょっと攻撃がおろそかになるけどしょうがないよね?。

 カテドラさんの詠唱キャストが終わるとジルに蘇生の効果がかかりジルが蘇生ふっかつする。


Jill:ありがとうキャシー


 体力HPが少ない状態で蘇生したジルに対してカテドラさんはすかさず回復魔法をかけ、さらに防御上昇アップの魔法もかける。

 一方セルフィッシュさんの方は防御力上昇アップ効果バフが切れ体力HPが低下。

 ちょっと危機的状況ピンチ

 しかしカテドラさんは再使用時間リキャストタイムが長いため使用制限のあるむやみにつかえない最大回復魔法を使い一気にセルフィッシュさんを回復。

 なんとか危機的状況ピンチを乗り切った。

 よし、体勢が立て直ったし大丈夫かな?

 俺は攻撃力上昇アップ極意スキルを使用、一気にたたみ込む。

 巨人ロギ体力HPが徐々に削られていき、あと一息ちょっとで倒せそうだ。

「しゃきーん!」と連係奥義リンクバーストのゲージが貯まった効果音が鳴る。

 連係奥義リンクバーストとはパーティを組んでいると使える技で、パーティ中、連係奥義リンクバーストのゲージが戦闘行為により溜まっていく。

 それを溜めて上限リミットに達すると連係奥義リンクバーストという特殊な奥義わざが使えるのだ。


 よし、とどめだ!

 俺は L B リンクバースト手順命令マクロ押下クリック


Sky:みんなの力を俺に貸してくれ!


 俺の持つ大剣に光が集まり俺は大きくジャンプをする。

 光は闇の炎ダークフレイムとなり大剣から黒い炎がほとばしる。


Sky:これでおわりだあああああああ!!!!!!


 手順命令マクロによる俺の絶叫が響き渡り、俺は渾身の一撃をたたき込む。

 闇が覆い尽くす演出エフェクトが発生、巨人ロギ大打撃ダメージを与える。


 よし! やった!

 ――かに思われたが巨人ロギ体力HPがわずかに残り、踏み留まる。

 そして巨人ロギが振り向き岩石まるたのように太い腕を振り上げると、俺に向かって直線範囲攻撃AoEの予兆が出た。

 俺は当然全力でけようとした――が L B リンクバーストの硬直で動けず見事に直撃。

 戦闘区域バトルフィールドの外まで吹っ飛ばされ戦闘不能おしまい


Sky:あ~、あとちょっとだったのに


 しかし残りの体力を他のみんなで削りきり巨人ロギ攻略たおしきった。


「ウボァー」


 巨人ロギ断末魔だんまつまを上げて倒れ霧散しょうめつする映像演出カットシーンが入る。

 そして画面に表示される『COMPLETE!』の文字。

 無事クリアだ。俺は落ちたままだけど。


Selfish:よし、みんなよくやった!

Jill:ぐっじょぶ

Cathedra:お疲れ様でした

Sky:おつかれさま


 俺は復帰のボタンを押下クリック復活しいきかえってみんなのいる戦闘区域バトルフィールドに戻った。

 セルフィッシュさんがクリア報酬の宝箱を開けると、武器と防具がそれぞれ一つずつ、それに加えて製作クラフト用素材が二つ入っていた。


Selfish:レアは出なかったけど、まあまあの報酬だな

Cathedra:ここのハードだと装備も素材も型落ちですけどね


 いや、型落ちっていっても今出た装備、今俺が装備しているやつより強いよ?


Selfish:そうでもないぞ、ここは最近あまり挑戦する輩が少ないからか、素材は値上がり気味だからな


 さすがセルフィッシュさん、経済の動向には目敏めざとい。


Jill:とりあえずロットしとこう


 俺も報酬のアイテムの抽選ロットをする。武器は拳士モンク用だが、防具は魔剣士ブラッドナイト用だから優先して抽選ロットできる。

 そして抽選ロットの結果、武器はジル、防具は俺、素材二つはセルフィッシュさんがそれぞれゲットした。


Jill:あれ? キャシーはパスしたの?


 報酬が必要いらなければ抽選ロットはパスをすることもできる。


Cathedra:ええ、私には必要のないものでしたから

Selfish:そうか、素材はマケに流せばそこそこの値段にはなるだろうに。俺が買い取ってもよかったし


 そして俺たちは脱出地点EXITから I D インスタンスダンジョンを退出。


Sky:ジルは今日も範囲喰らいまくりだったね

Jill:うちの画面だと全部避けてるんやけどねえ

Selfish:スカイもなかなかの喰らいっぷりだったぞ。特に最後はマクロも含めて見事な散り様だった

Sky:あれはLBの硬直で動けなかったんだからしょうがないでしょ

Jill:どこかの石油王でもオーストラリアにサーバー作ってくれればうちもラグなしでプレイできるんやろうけどねえ

Cathedra:サーバーの設置にはお金がかかりますからね。設置したとしても維持費もかかりますし、オーストラリアでどれだけの人がTFLOをプレイしてくれるかにもよりますね

Selfish:もしオーストラリアにサーバーができたらジルはそっちのサーバーに移籍するのか?


 TFLOは全世界で展開しているMMORPGネトゲで日本、アメリカ、ヨーロッパにぞれぞれ主要なサーバーがあり、サーバーを超えて同じ世界ワールドでの同時プレイは出来ない。

 違うサーバーで遊んでプレイしているPCが同じ世界ワールドで一緒にプレイするにはサーバーの移籍が必要になる。


Jill:う~ん、そうなんよね。移籍するとみんなと一緒にプレイ出来なくなっちゃうんだよね。とりあえず今はそんなこと考えられないし、もしオーストラリアにサーバーできたらその時にあらためて考えるわ


 俺もジルのいないACギルドは考えられない、もし本当にオーストラリアにサーバーができたらどうなるかなんて、その後のことはあまり考えたくない。


 俺が加入してから何一つ変わっていない、ギルドACのみんなとのいつも通りの活動プレイ

 そんないつも通りの活動プレイがいつも通り続き、夏休みも終わろうかというある日になって突然――


 毎日欠かさずログインしていたジルが何の前触れもなく突然ログインしなくなった。

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