第36話 魔王再臨
「FUUUUUUU…………ようやく…………この忌々しき
鮮血のように赤い瞳。鋭く頭から生えている2本の黒い角。青白い肌。黒き甲冑。
――現れた災厄…………魔王は、予想に反し、人に近い姿をしていた。
だが――――纏っている鬼気。そして殺気の波動は決して人間のモノではなかった。
憎悪と殺意が、そのままとてつもない密度で凝縮された人の形を成している――――そう感じるイメージの方が近かった。
「ま……まさか……」
「本当に……魔王が……現界してしまったというのか!?」
ラルフの怯えは仲間にも伝わっていた。ロレンスも、普段超然としているブラックも同様に狼狽えていた。
「――おおおおオオオオ…………本当に出てきてくれたんかアアア……俺をこの窮地から救ってくれる――――『魔王』様がよオオオオ~っ!!」
盗賊団の首魁は、地面にへばりつきながらも、冷たい涙を流しながら…………崇め奉る魔王ににじり寄り、縋ろうとする。
「頼むぜええええ、魔王様ああああ! 俺を救ってくれええええええ~っ」
声を上ずらせ、情けないトーンで陳情する首魁を――――魔王は極寒の地の氷塊よりも冷たい、冷たい目で見つめる。
「――いいだろう。望み通り――――『救って』やろうぞ…………」
瞬間――――魔王は手を首魁に
「!! 危ない、みんな避けろッ!!」
ラルフがそう叫ぶが早いか――――
「――――死ねエエエエエエエイッッッ!!」
翳した魔王の掌から、途方も無い圧力を伴った焦熱の獄炎が放たれた! まともに炎を受けた首魁たちは――――
「あづぁ、あづ……――ぐぎゃあああああああーーーーッッ!!」
途方も無い破亡の灼熱に焼かれ……皮膚が爛れ、肉は朽ち、骨は焼き焦げ――――断末魔と共に跡形もなく消し飛んだ。
ラルフが声をかけたお陰か、奇跡的に一行は魔王の火炎を回避した。
避けてもなお、ジリジリと凄まじい熱に身が焦げそうな感覚を味わった。
盗賊団の首魁たちを焼き殺した魔王は、巨獣の唸り声のような轟然たる気炎を吐き捨てる。
「――ふん! この私が愚かな人間ごときを助けるとでも思ったのか! 無様な
魔王のその言葉で、ロレンスは確信をもって理解した。
「……こ、この盗賊団は……宝玉を『利用しようとした』んじゃあない! ……魔王が自らの枷を解くために……魔力で逆に『利用していた』に過ぎなかったんだ!!」
目の前の暴帝は、初めから人間に利用される気など毛頭なかった。
唯々、己を『憎悪の泪』からの封印から解き放つ為に、人間の邪悪な精神を幻惑し、操っていたのだ。
「……あの盗賊共が神のように崇めていたのは…………魔王自身の魔力で精神を取り込まれていた、というわけか…………し、しかし――――」
「じょ、冗談じゃあネエエエエぜえ! なんってとてつもねえ力してやがんだアァア!?」
「あ、あ、あわわわわ……こんにゃ、恐ろしいエナジー――――!」
――慌てふためき、怯える一行。
だが、ラルフは――――
「――――ら、ラルフ殿……何を!?」
――ラルフは……勇者・ラルフは己の身の震えを抑え、剣を抜いた。
「――やらねばならない……貴様が本当に『魔王』で、この世に災いをもたらすのなら――――俺は貴様を打ち倒す!! それが……『勇者』の宿命だッ!!」
怯えを振り払い、毅然と切っ先を魔王へ向けた。
「だ、駄目です!! ここは退くしかありません! 相手はこれまでの……『人間』であった賊とは次元が違う! 本物の『魔』の『王』なのです! 勝てるわけがない……ラルフ殿、お
と、そこで魔王の表情が……怒りからすうっと、真顔になった。
「――――ゆう……しゃ…………? 貴様……『勇者』と言ったか…………?」
『勇者』。
『勇者』という言葉に反応を示す、魔王。
途端に――――
「――――くっ……フハハハハハハ…………!!」
魔王は、退廃の歓喜に、その身を捩らせ…………不気味に、かつ、高々と笑った…………。
「――――現世に復活した途端に……目の前に現れてくれるとはな……天はいよいよ、この時代で以て――――愚かで浅ましき人間共を見放したようだなあ…………ははははははは…………!」
人間共を呪い、かつ冷笑する魔王は、喜色にあった顔を、サッと、ラルフに、その仲間たちに……憎悪する存在に向け、顔を憤怒に歪めた。
「『勇者』とは……! ある意味、人間以上に愚かで醜い、憐れな存在だな! 己が『人間』などと言う唾棄すべき『悪』に救いの手を差し伸べる…………それだけに存在する、下衆な道化にも劣った者なのだからな!!」
邪悪な鬼気と、轟然たる力を持って咆哮する魔王の声は、ただ聴いているだけで闘志が薄れ、恐怖に身を凍てつかせるのに充分であった。
それでも『勇者』ラルフは、目の前の災厄の化身に問う。
「『人間』が……『悪』……だと!?」
魔王は、間髪入れずに烈しい怒りをそのままに即答する。
「『悪』だとも! 何度でも過ちを繰り返し、飽き足らず! 大地を穢し、欲望のままに総てを奪い合い、殺し合う!! 私はそんな悍ましい生物を完全滅亡する為に存在するのだ…………『人間』など! 救うに値せぬ『穢れ』そのものだッ!!」
「――黙れッ!! 人々を破滅へと追いやる魔王! 貴様を、この『勇者』として召喚されたラルフ=フィルハートが見過ごすものかッ!!」
ラルフは、剣を震わせ、身体ごと振り絞って、勇猛に拒絶する……しかし――――
「――――愚か者めがあああああああああーーーーッッッ!!」
「――――くっ!!」
凄まじい圧の絶叫に、大気が震え、地が動転する。遺跡の壁一面が、猛烈な圧を受けた波動でピクピクと鳴動した後、波紋が広がる。
ヴェラのモノとは、また違う。鬼気を伴い、ただただ人間を刺し穿つ為の憎悪の声圧に、ラルフ含め皆数メートル吹き飛ばされた。ビリビリと心臓が震え、足で踏みとどまるのがやっとであった。
「――なんて禍々しい
脚が重い。震えが止まらない。
肉なる存在そのものが消滅してしまいそうなほどの悪の波動を前に――――それでも、その身を冷厳なる
「お前を世界に解き放つわけにはいかない――――魔王ッ!! お前を討つッ!!」
『勇者』の名の通り、眼前の強大な力を前に気炎を吐くラルフに、魔王は――――口角を上げ、ニヤリと笑う。どこか満足気に。
「……ふん。この時代の勇者は……少しは骨があるようだな――――だが。討つと言うのは私の台詞だ! 『勇者』よ。その憐れな魂も存在も――永久に消し去ってくれようぞ…………!」
魔王は――――両腕を上げ、咆哮した。
「そして――――同じ苦しみを味わえッ! 人間などと言うモノに絶望しろッ!!」
瞬間。
「――――!?」
――消えた。
目の前の巨悪は、霧のような音と共に、なぜゆえか姿が消えた。
「き、消えましたぞ、ラルフ殿! い、一体――――」
ロレンスが慌てふためく間もなく、魔王の声だけが辺りから鳴動する――――
「さあ……私の思念と共に人間共を粛正しようではないか!!」
濡羽のような寒気が辺りを立ち込めた。
また、次の瞬間。
その鬼気は――――ラルフの頭上に集中した。
「――――はははははは! この気によく重なり、馴染む! 皮肉なことだが……『勇者』の魂の波動は、やはりよく私に馴染むぞッ!! ――――さあ……『勇者』ラルフよ! 共に愚かな人間共に鉄槌を下してやろうではないか!!」
寒気。
ただ猛烈な寒さが、ラルフを包む――――
ラルフの眼から――――徐々に、勇者としての輝きが消えていき…………代わりに、魔王と同じ、紅く鋭い光を放ち始めた…………!
「――俺が…………俺と、魔王が、に、んげん、を…………滅ぼす…………『人間』……は、『悪』…………災い、を、為すもの…………滅ぼすべき――――敵。」
ゆらり、とラルフは仲間たちの方を向いた。その表情に覇気は無い。あるのは、魔王と同じ禍々しい殺気と眼の光だ。
そして――――
「!? ら、ラルフ……? どうしちゃったのよ!? なんでこっちに剣を向けんの!?」
ラルフは――――先ほどまで魔王に突き付けていた剣の切っ先を、そのまま人間に――――仲間たちに向けてきた。
「こ、これは――――ラルフ殿の意識が、魔王に乗っ取られている――――!!」
「そ、そ、そんにゃ!? 味方同士で…………それも、よりにもよって勇者であるラルフと戦うにゃんて…………!!」
「……ちいっ! マジかよオオオオオ!?」
「…………くそっ! 躊躇っている暇は無さそうだ…………みんな、ラルフを止めるぞ――――来るぞ!!」
ブラックがそう皆に呼び掛けると同時に――――『人間に仇為す勇者』ラルフは、攻撃を始めた――――
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