第34話 夢か現か
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――――闇。
ただただ黒で塗りつぶされたような、深遠の闇。
その黒の塊のような何かから、途切れ途切れに…………何かが聴こえる。
「勇…………愚か……り…………」
「お任…………王…………」
「わた…………なんの…………戦って…………」
「魔……王…………」
――――真っ黒な闇が、だんだんと…………赤黒い、禍々しい景色へと変わってくる。
そして、その胸には心も肉体も焦熱させるような、狂おしい想いが幾度も去来する。
――――ふと。フラッシュバック。
何やら、沢山の墓。
無数の亡骸が眠っているであろう、無数の墓の前に――――人影が見える。
(――――なん……だ…………これは…………お前は…………誰だ…………?)
その人影は、その背中を見た限りでも、若き青年だと感じた。
鍛え抜かれた逞しき体躯に、朝日を思わせる美しい長髪。若草色のたなびくマント。
(――――え?)
だが。その青年が佇む空間ごと…………禍々しいプレッシャーと共に歪んで、淀んでいく…………。
その青年の手に握られし白銀の剣も…………鮮血と汚泥がない交ぜになったような何かで、悍ましき得物に変わり果てていくのだった。
――――青年は、何事か呟いた――――
「――――人間…………人間…………勇者…………勇者…………魔王…………」
その青年が振り返り、こちらを向いた瞬間――――
「――――赦さぬ。この世の森羅万象。何よりも――――」
その顔を確認出来るか出来ないかの瞬間――――天から、百鬼夜行の魑魅魍魎の総てがぐちゃぐちゃになったまま迫ってくるような――――混沌の魔が、どす黒い呪いが、総てを埋め尽くしていく――――!
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「――――はっ! ……ぜえっ……ぜえっ…………」
次の瞬間。
気が付くとそこは、寝室だった。窓の外から、温かでまぶしい日光が射しこんできている。
「……なんだ…………これは…………」
悪夢や、己の魂の根源に触れるような夢を見た時……人は起きてからも、しばらくここが現実なのか、それとも虚構の世界なのか。自分は何者なのか。今は何時なのか。それを理解するのに時間がかかることがある。
そんな混濁した意識を、何とか落ち着かせ…………ラルフは、今のが悪夢で、ここがレチア王国の宿の一室。今が朝であると理解した。
だが――――単なる悪夢と言うには、あまりに悍ましく、あまりに恐ろしいものだった。勇者・ラルフは今なお恐怖に怯え、全身は汗だくで、その両の手は寒気と怖気から震えていた…………。
「――夢。夢、なのか…………本当に、今のが?」
ラルフはふらつきながらも立ち上がり……近くの鏡を覗き込んだ。
――――間違いなく、ラルフ。自分の顔だ。だがその表情は汗と得体のしれぬ恐怖心から、酷く弱々しい若者に見えた。
恐らく、この姿のままではレチア王国の王と謁見した時のような『勇者』などではなく……ただの怯えた青年に見えることだろう。
「……そうだ。ここは……レチア王国。俺は、ラルフだ。……仲間たちと共に――――宝玉・『憎悪の泪』を…………取り返す。」
ラルフは自分の使命。そして仲間との目的を思い出し…………ようやく正気を取り戻し、平生の冷静で、凛々しい、『勇者』としての顔を取り戻した。
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「む。ラルフ殿。おはようございます」
「起きたかね。意外だな……存外に起きてくるのが遅いじゃあないか」
酒場には、既に仲間たちが準備をして待っていた。
「……いや……寝つきが悪かったのか、ちょっと嫌な夢を見た……」
「夢、ですと?」
「嫌な夢……か。私も度々見るよ。若き日の嫌な雑念が丸々掘り起こされるような夢を、な……しかし、『勇者』も人間のように悪夢に
「――うわ! なーんかラルフ、寝起きの顔恐くない? だいじょぶ~?」
「ラルフ様、具合が悪いのですか? ご無理をなさらないでくださいね……」
「……大丈夫だ。直にシャキッとするさ……」
心配そうに声をかけるウルリカとルルカに、ラルフは手を振って答える。
「ううううう。昨日飲み過ぎたにゃ~……頭と、昨夜お姉様とまぐわったトコロがジンジンと――」
「だあーッ!! オメエら暗くなりすぎだぜ!! オレの歌で今すぐシャキッとせんかぁーッ!!」
「ギミャアアアアア五月蠅いニャアアアアーーッ!! 頭響くゥ!!」
ベネットとヴェラがせわしなく大声を張り上げる。どうやら昨夜のような辛い過去に囚われていた心は、しばしほぐれたようだ。
「カッカッカ。あ~さからァ騒がしいパーティだぜええええ~。しっかりと仕切ってくれよオ、『勇者』ラルフちゃんんんんんん~。い~つまでもぉ、暗い顔はダメダメダメよ駄目なのよぉおおぉ♪」
セアドも平生通り、凶悪な笑みと暑苦しい声で嗜めてくる。
「お前に言われるまでもないさ、セアド。やり遂げて見せる――――改めて、みんな。準備はいいか?」
結成してほんの一日、二日程度のはずのラルフ一行。即席に等しい集まり。
しかし……遺跡から宝玉を奪還するというこの一件だけで……8人とも皆、なかなかに良い団結をしたようだ。皆がそろって頷いた。
「――――よし。では、いくぞ」
「はっ。――――転移ッ!!」
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ロレンスの転移魔術によって、一行は一瞬にして遺跡の、
「下へ降りる階段は……よし。開いたままだな。降りていくぞ」
一行は、闇が広がる階下へ、一段、一段、降りていく……。
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「――――これは…………!」
しばらく降りると、ラルフを始め、皆が絶句した。
――――壁という壁は、生物の体内とも、熱帯雨林の植物とも似つかないものが脈打ち、毒々しい色彩を放っている。しばらく通路が伸びているが……常人ならばこの壁のサイケデリックな何かを見ているだけで怖気が走りそうだ。
「――空も――――!」
見上げると、先ほどの
「……これも、宝玉が……『魔王』が放つ異常な魔力の影響ですな……遺跡の地下がますます禍々しい空間に。なんと悍ましい…………」
一端の冒険者や魔術師であっても下手をすればこの異常な空間だけで士気が下がってしまいそうなものだが――――
「――だが、ここまではっきりと『憎悪の泪』の波動が影響を与えているなら、
悍ましい空間が広がっているからこその、ラルフなりの信憑性ある言葉。そしてラルフなりの皆への鼓舞であった。
深遠な、目標までの距離も見えないような旅ならば、鼓舞されたところで滅入ってしまう者も多いだろう。
だが、これは目標まで肉薄しているという、目標地点が体感的に見えているという鼓舞。
――ラルフ一行は、怯むことなく、掴みかけている戦果を意識し、静かに笑った。ここまで来た猛者たちにはラルフのその言葉で充分であった。
「改めて……行くぞ。雑魚なら俺が蹴散らしてやる!」
「「「「「「「応ッ!!」」」」」」」
スポーツマンのように円陣を組まないまでも、一行はひと声、勇者の鼓舞に応じた。
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行く手を阻む敵は、ますます獰猛で、凶悪な魔物たちばかりだった。最早、魔、そのものの巣窟。真っ黒な悪しきモノ以外の気配は感じられなかった。
現れる魔物も、一体一体が強力な魔力と腕力を誇る
「キシャアアアアアアッ!!」
猛スピードで飛びかかってくる悪魔。
「――バーストストリームッ!! はああああっ!!」
正確にして破壊力抜群のロレンスの魔術が炸裂する。
「――ゴアアアアアアーッッ!!」
盛り上がった筋肉で、途方も無い怪力を伴った腕を振り下ろす悪魔。
「――ふんッ!! ……こんッのおッ!!」
ブラックが密かに改良を重ねていた
「傷口を見せたかね。喰らえッ!!」
すかさず後ろから銃を構えたブラックが、同じく改良した麻酔弾を撃つ! ――傷口から直に麻酔物質が駆け巡る。さすがの巨躯の悪魔も倒れ伏した。
「キケケケケケケケ!!」
素早い身のこなしの吸血鬼もいる。幻術と併用し、その身を捉えきれない。5つ、6つにも分身して見える。
「――――どこを見ているの!!」
だが、その速さにルルカも負けていない。幻術と足した数より多い、10を超えるほどの残像を見せるほどの超スピードだ。――第二人格に頼ってはいない。ブラックの能力向上系の薬剤の中には、神経伝達物質の流れを早くする物もあったのだ。辛うじて依存性などは無い。
「グッギギ!? ギッ! ギャアアアアアーーーッ!!」
吸血鬼にも捕捉出来ない速さで、ルルカは無尽に駆け回り、吸血鬼を切り裂き……やがて塵に還した。
「ギャアッ、ギャアッ、ギャアアアア」
今度は、翼を持つ無数の悪魔が襲い来る。
「くっ……詠唱が間に合わない――――」
「任せろ! ――――AHHHHHHHHHHHHHHH!!」
ヴェラが高々と吼える。これまでの彼女なら、人間の感覚を強化する歌か、魔物が嫌がる音波を出すだけだったが――――
「!? キイヤアアアアアオオオオオオンンンンン…………」
――改造したヴェラのギターには、小型ながらマイクが備わっていた。そして、マイクが拾ったヴェラの声を――――ギターのサウンドホールから波動エネルギーに変換して撃ち放った!! もろにエネルギー波を受けた悪魔は跡形もなく消し飛んだ。
「ギャイイイイイイイイ!!」
しかし、当たらなかった悪魔たちが、轟然とヴェラに、鋭いかぎ爪を突き立てる!!
「――計算済みだぜえ!! ♪WAOOOOOOOOO~!!」
ヴェラがギターを掻き鳴らし、唱法を変えると――――今度はラルフ達を包む
だが、数が多い。なおも悪魔の群れは、一斉に襲い掛かる! 果たして
「オメエら、知らねえのか。音ってのはなあ――――反響すんだぜ!!
――――すなわち、
ただですら強烈な音波が、壁を反響して拡散し、また何重にも複雑に
「キシャアアアアアアア…………」
避ける隙間など微塵もなく、エネルギー波は空間を跳ねまわり、悪魔を
「ムムムム……全く、本人の
「ウフフフフフ……」
今度は、淫魔であるサキュバスが現れた。ベネットたちを挑発し、
「――うわあーいっ!! またもキレイでエロいおねいさんにゃああああーーーっ!!♡」
――またも、ベネットは……色欲の赴くままに、サキュバスの豊満な肉体に
瞬殺(?)するかと思いきや――――
ぼよよん。
「あらァん♡ ふふふふっ……」
「にゃ、にゃ、ありゃアーッ!? お、おねいさん……
性豪たるベネットは、目の前の
それはそれで、平らげてみたいと思いかけるベネットだったが――――
「――――ベネット〜???」
後ろで構えるルルカが、青黒く冷たい殺気を放つ。
「ハウアーッ!! ひひひゃい! 勿論、ジョーダンですトモッ!! 昨夜愛を語り合ったソウルメイトを裏切るような……そんにゃ、3歩進んだら恩を全て忘れるようにゃそこらの
事実、サキュバスは一体ではなく、複数出てきた。単なる破壊衝動で動く悪魔より、なお始末が悪そうだ。
「正に、戦闘モードの猫の如く、とーうっ!! 手に負えにゃーい!!」
サキュバスが、
「――――ニャーんて、思ったかブミャアアアアアーーーッッッ!?」
「!?」
違和感を覚えるサキュバス。
よく見ると……その腹部に何か、貼り付いている!
「――オトコに頼るのは嫌にゃけども、そこは愛するルルカお姉様の為にゃ!! ロレンスの石頭と、ブラックの変態おっさんに造らせた、法力倍加の触媒の御札ニャーッ! 法力のもとに、シビれる罰を喰らうがよいにゃーーーっ!!」
そう叫ぶと共に、近付いた一瞬で貼り付けた御札に向かって、ベネットは聖なるエネルギーを浴びせた!! 激しい雷鳴が響き渡る!!
「あギャギャギャギャギャギャー!!」
倍加された法力のエネルギーは、傍にいる悪魔に連鎖反応を起こした。サキュバスの群れを一網打尽にし……美しく艶やかな見た目からは想像もつかぬ濁った悲鳴を上げ、サキュバスたちは絶命した。
「ふうー……ひとまず、片付いた――――」
「グオオオオオオッ!!」
「ってまだいたにゃーーーっ! お助けぇーーーっ!!」
突如、後ろから、またも筋骨隆々とした悪魔が襲いかかって来た!!
純粋なパワー型の的に肉薄されれば、ベネットになす術はない――――
――――と――――
「オォオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーッッッ!!」
悪魔の真横から、悪魔を超えるような獰猛な絶叫と共に――――セアドが突撃し、両手に1本ずつ戦斧を持って
「ぐびゃあああああああ!!」
悪魔は目を潰され、耳を削がれ、鼻を折り……やがて無数の
「あー! 今のって……あたしのー!!」
驚いたのはウルリカ。
「ひひひひ。あぁんま
「うわ! 頼もしいけど……腹立つわー!!」
「……全く……俺一人で頑張るぐらいのつもりだったが……今回の仲間の人間達は……頼もしい限りだな……」
悪夢のせいか、些か気負っていたラルフ。仲間達の強さ、タフさに呆れるような、安心するような……複雑な面持ちで溜息をつく。
「……え? わっ! なに、これぇ!?」
と、ふと見ると、ウルリカが砕いた壁が――――一瞬、空間が歪んだように見えた次の瞬間、ぱっと砕かれる前の元通りの壁になってしまった。
「……この空間では……壁や地面が損傷しても再生するのか……む?」
ラルフが見遣ると、奥からまたも夥しい数の悪魔達がなだれ込んできた。
「うひゃあー……キリないよ、これぇー!!」
「正に五里霧中だな……」
倒しても倒しても湧いて出る悪魔達に、思わずウルリカとブラックも弱音が出る。
このままだと消耗戦だが――――
「――――好都合だ。みんな! 俺の後ろに下がってろ!!」
「え……何をなさるおつもり?」
「いいから、俺の後ろ、出来るだけ離れて!」
ラルフが統率し、皆を後衛に退かせる。
「……ふうー……我が根源よ。我が光の源よ……無尽の力となりて、解き放て…………」
ラルフが剣を真っ直ぐに構え、目を閉じると――――全身から、緑色の
「ラルフ様! もう敵が――――!」
「ラルフ殿!!」
ルルカとロレンスが言う通り、悪魔の群れはもうかなり肉薄している。このままでは間に合わない!
と、瞬間、目を開き、光を伴う剣を脇に構えたラルフは――――
「
――――一閃。
一瞬、まばゆい光を伴う剣による一閃。
他の仲間が目を開けた時には――――
「――――あれだけの悪魔共を、一撃、ですと――――!?」
そう。
『勇者』の
悪魔のように、悪しき魂で蠢く存在を塵も残さず浄化せしめる、正に必殺剣であった。
「――――むっ!」
剣圧が届かなかったのだろうか。一体だけ、取り残された悪魔が、後から駆けてくる。
今の光を受けただけで怯んではいるが、普通に戦えば骨が折れそうなほどに頑丈そうだ。
「――まだだ。まだ皆、後ろにいてくれ」
今度は、腰だめに突きの構えを以て、
一際巨大な悪魔が近付いた、瞬間――――
「
――――目にも映らぬ速さで、悪魔に6つの光の穴が開いた。そしてその穴から光が走り――――六芒星を描く!!
シュワアアアアア…………。
悪魔は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、光の粒となって浄化した。
「す、すげぇ……」
「ラルフ殿、こんな奥の手を……」
「――て言うか、なんで今までそれ、やらなかったのよ!?」
仲間達から驚きの声。
「……飽くまで遺跡の中だからな……建物の中でこの技を使うのは――――建物ごと崩壊しそうで危険だから封印していたんだ。だが、少なくともこの階層は……どんなに傷めてもすぐに再生するから、大技を出しても崩落する危険が無い。これから先は使っていく」
「……なるほど、な。我々を巻き添えにしない為に、手加減していたというわけかね。やれやれ……」
「すっげえ……すっげえじゃん、ラルフ!! 正に『勇者』の必殺技だな!! FOO~♪」
ヴェラは思わず、歓喜のギターを掻き鳴らす。
「……どうやら、今ので悪魔共は倒し切ったようだな……それらしい気配はない。在るのは――――」
「……魔王が封印されし、『憎悪の泪』。そして、盗賊団の首魁というわけですな……」
「迷ったり、恐れている暇はない。一刻も早く、先に進むぞ……」
ラルフは1度剣を鞘に収め、先陣を切って先を歩き始めた。
――――どこか、自分の中の恐怖心に、言い聞かせるように――――
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