第8話 ROCKとバーサク
ブラックに促され、六人はひとまず近くのテーブルに着いた。まもなくコーヒーがボトルで運ばれてきた。セルフサービスなので、甲斐甲斐しくもロレンスが全員分のコーヒーをカップに注ぐ。
「そこの赤髪の姉ちゃん。ウルリカ、だっけか? いきなり殴っちまって悪かったな」
「い、いや、こっちこそ」
「オレはヴェラ。見ての通り楽師って奴さ。世界中渡り歩いて音楽武者修行と洒落込んでるわけよ」
ヴェラは頑丈そうな金属の補強が入ったエレキギターを背に担ぎ、髪は青緑色に染め上げて前髪をヘアピンで止めている。服はラフな軽装。瞳の色は活力を象徴するような金色。ボーイッシュで健康的な魅力を感じる女性だ。
今度は隣のダンサーの娘が話し出す。
「
ルルカは先程の鋭い殺気はなりを潜め、平生にこやかに微笑んでいる。こちらはピンク系に髪を染め上げ、鳥が翼を広げた姿のようなボリュームのある髪型に所々金属の髪留めを挟んでいる。こちらはやや品のある服装だが、タイトなミニスカートから柔らかで引き締まった美しい脚が伸びている。
「二人共、元から仲間なのか?」
ラルフはにこやかに尋ねた。
「いいえ。たまたまこの王国で出会いまして……すぐに意気投合したので、ここで音楽と踊りのセッションをしていた最中でしたの」
「こいつの……ルルカの身の軽さにはホントたまげたぜ! 思わずこっちも気合いが入らあ!」
「へえ……芸術家同士気が合ったんですね」
「……まあ、何処に行こうが、誰と出会おうが……オレのやることはいつだって決まってる……」
突然ヴェラは席を立ち、背に担いでいたギターをすぐさま手に取った。
「――それは歌うことだ!
「こいつ、また歌い出したよ……冒険者続けてそこそこ長いけど、こんな変わり者初めてねー……」
ウルリカは理解に苦しみ、呆れて溜め息を吐く。
「うーん……しかしこの曲調……愛と平和と言うよりは……正直攻撃的というか破壊的なような――――」
「……だーっ! うっせえ!! ケチ付ける奴ァ殴るぞ!!」
ロレンスが素直に感想を述べると、ヴェラは激昴し、テーブルを足蹴にしてロレンスにギターを嘶かせながら振りかぶった。
「ひいぃっ!!」
「……あんた、何処へ行っても誰にでもそんな風に歌を聴かせてんの?」
「聴く奴には最高の歌を聴かせる! 聴かねえ奴には殴って歌を聴かせるッ! それがオレなりのROCKだぜ! YEAHHHHHHッッ!!」
「……ドヤ顔で言う事〜……?」
「根本的な論理が破綻しているな……私が言うのも何だが、ははっ、なかなかにクレイジーだ」
ヴェラの破茶滅茶な物言いにウルリカは眉根を顰め、ブラックは嘆息しながらもどこか痛快だ、という風情で笑う。
「それでも、ヴェラ様の歌声を聴いていると本当に元気が出て身のこなしが軽くなりますわ!
「そうらしいな。旅の最中、オレの歌を好きだって言ってくれる奴らは大体そんな感想をくれるぜ。ま、その辺はあんま気にしたことないけどな」
「……身のこなし、と言えば、さっきウルリカさんとヴェラさんを止めたルルカさんの動き……あれは只事じゃあなかった。勇者と呼ばれる俺でも負けるかもしれないほどだ……剣舞以外に何か戦いに特化した術を持っているんですか?」
ラルフが真剣な面持ちでルルカに尋ねると、ルルカは目を伏し……表情が曇った。
「……ええ……実は私……辺境の貴族の一人娘だったのですが…………」
ルルカの神妙な面持ちに、落ち着きが見られなかったヴェラも含め全員が注意を向ける。
「……父の代で没落してしまって。家計を支える為に、賭け事の闘技大会に無理矢理参加させられるようになり……戦場などで戦士に施す
「……それで先程のナイフ捌きという訳かね。狂戦士化の術は一度掛けられると余程の精神力が無ければ制御出来んと聞くが……」
ルルカは静かに、その目元を潤ませる。
「……はい。これでもかなり制御は出来ている方なのですが――――怒った時や身の危険が迫った時などに発現して、性格が変わってしまうのです…………」
「……一種の人格障害か……俗に言う二重人格というやつだな……医者の端くれとして複雑な気持ちだよ。……だが、身の危険に発現すると言うなら、君の身を守っていることにもなるな?」
「……はい……けれども……」
「……けれども?」
ウルリカが「酷かもしれないけど」と言った面持ちでオウム返しに訊く。
「発現した『もう一人の私』は、はっきり言って残虐非道です。その気になると、弱い立場にいる人まで喜んで殺す恐ろしい人格なんです。お屋敷を出奔した後もこうして付きまとう――――ああ、汚らわしい…………」
ルルカは肩を震わせて己に潜む魔性を忌避し、涙している。
(……滅多なことで怒らせてはまずいですな)
(ああ。気を付けよう)
彼女の嗚咽に混じり、密かにロレンスとラルフは耳打ちをした。
「……だが、ラルフ。この二人は役に立つぞ。特殊な歌声で身体能力を上げる後方支援に、スピードに特化した闘士だ。……飽くまで彼女たちの意思次第だが……」
「……しかし、ブラック殿! 旅芸人の女性たちをこの危険な任務に巻き込むなど! ラルフ殿はどうお考えを?」
「………………」
ラルフはリーダーとして、勇者として沈思黙考した。
「……今は一人でも戦力が欲しい。ルルカさんほどの技とヴェラさんほどの特殊な能力は、正直、喉から手が出るほど欲しい。残念だが、背に腹は変えられない――――それほどこの務めは重要だ」
「むう……やむ負えませぬか…………」
「決まりだな…………」
ロレンスとブラックが同時に相槌を打ち……ラルフは王の書状をヴェラとルルカに読ませた。
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「……へえ……この王国の王様自らのお触れ……それほど大変なことに直面していらっしゃるのね…………」
「……面白そうじゃあねえか! 遺跡に引き篭もってるゴロツキ共にもオレの歌を聴かせて遺跡から絞り出してやるぜ!」
「……ヴェラ様、乗り気ですわね〜……でも、大丈夫かしら……」
「……壁役や力技担当で頑張るからさ。なるべく『もう一人のあんた』の手を煩わせないように努めるわよ!」
「傷んだ時の応急処置は任せてくれたまえ。……まあ、もう一人ぐらい回復要員が必要だが……」
「……力を持つ者に他人の使命を強制はしたくない。だが……これは誰か一人の使命だけでは収まらない恐ろしいことなんだ。……どうしても、とは言わないが……力を貸してくれないか? ルルカさん」
「………………」
ルルカはしばらく俯いて考えた。
そしてそれほど迷った様子もなく、丁寧にお辞儀をした。
「わかりましたわ。私などにどれほど助力出来るかわかりませんが……協力させていただきます。旅を続ける資金も欲しい所でしたし……ここで知り合えたヴェラ様のような御方を放っておけませんわ」
「……ありがとう。よろしくお願いします、ヴェラさん。ルルカさん。」
ヴェラは勢いよく立ち上がり快活な笑顔を向けた。
「お堅いのは苦手だ! 呼び捨てでいいぜ、ラルフ!」
「私も呼び捨てで構いませんわ。よろしくお願い致します」
「わかった。よろしく! ヴェラ、ルルカ!」
――ラルフ一行はかくして、『自称』平和主義者の楽師・ヴェラと……二重人格のソードダンサー・ルルカを仲間に加えた。
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