第5話 私は生命を笑いはしない

 どこか人をコケにしたように……それ以上に何か危険な雰囲気のする目の前の男は肩を震わせ、不気味に微笑む。ロレンスは「その肉体を貰おうか」という言葉に戦慄し、竦み上がった。


「な……こ、このっ……外法者め! 誰が、そのような大金や条件を呑めるとおも――――」


「落ち着け、ロレンス。ここで取り乱してはこの人の思うつぼだ。……本当にお金を払えば、我々に同行してくれるのですね?」


 黒衣の男は脚を組み、上体を少し反らして両手を広げ、高らかに言う。


「当然だとも! 私はね、これでも『誰よりも生命を大事にする』ことを心掛けている人間のつもりだ。例え、相手が大富豪だろうが貧乏人だろうが……王侯貴族だろうが卑しき罪人だろうが……その生命を助ける使命に燃えているのさ――――ひと財産かかりそうな金か、それ相応のものを支払ってもらえればね……くくくく……」


「……この――――」


「待つんだ、ロレンス。逆に言えば、代価を支払いさえすれば、どんな身分の者も治療する、ということだ。悪い話じゃあない。……どんな医者でも、相手によってはその治療の仕方に差別が生じるものだ……立場とか、派閥とか、な」


「むっ……そ、それは……」


「ふっ。そっちの藍色の髪の兄さんは話が分かりそうだな……その珍しい髪と緋色の瞳……なかなかに興味深い……」


「……それに、この人を悪人と断定するのは……遺跡の攻略に役立ってもらってからでも遅くはないんじゃあないか? ――褒美を用意してくれる、国の長もいることだしな」


 ラルフはそう言いながら、先ほど受け取った王の書状を男に渡して読ませた。


「……ほう……これは……この王国の王、直筆か。……『勇者・ラルフに協力し、宝玉・憎悪の泪奪還に尽力せし外来の民に、格別の褒美を遣わす』……か……」


 男は一通り書状を読み終えると、一旦ラルフへ返し、腕を組んで考え込んでいる。


「ラ、ラルフ殿……いくらこの男が医者でも、道中何をしでかすか……信用出来るのですか?」


「行動原理がハッキリしている人間の方が、その行動原理を充たしてさえいれば信用出来るものだ。この人の場合は金銭か……あるいはこの人の基準で言う金銭に代わる何かだ。代価まではわからないが、金銭なら一番分かりやすい」


 そして、ラルフは一歩男に近付き、告げる。


「……もし、道中何らかの裏切りをするようなら――――俺が勇者として罰を与える。そして俺自身も罪を被ろう。この男を連れたのは俺のミスだった、と」


 ラルフの眼光と凄味を感じる声を聴き、黒衣の男は、畏れと言うよりはどこか満足そうに笑う……。


「……ふふ。恐いねえ……目的の為なら誰かと刺し違えたり……また己を犠牲にするのも全く厭わない、と言うわけか。見上げた心構えだ。さすがは勇者……という訳か」


 男は頷き、席を立った。


「わかった。この依頼、引き受けよう。その様子だと、まだまだ仲間を集めるのだろう? 遺跡へ行く危険な道中、ボディガードが付くと思えば……まあ、もう少し料金をまけてやってもよかろう」


 ラルフは顔の表情を緩め、身体の緊張も解いた。

「助かります。これから、よろしくお願いします」


「……本当にこんな素性の知れぬ医者を仲間に? むう……」


「……そこの公務員くんは納得いかないかね? ならばこうしよう」


 男は先ほどまで読んでいたブ厚い本を持ち、ページを開いた。


「このページを見たまえ。この資料にある薬草は、実は調合次第でかなり強力な蘇生剤になる」


「むむ!? この植物が……」


 ロレンスは本を覗き込む。


「……残念ながら、この王国の薬学では蘇生剤にまで調合する方法に気付かぬようだ。設備も不足している。……だから、私が採取して効率の良い調合法を教えよう。その際、発明したのは君の国の学者ということにしても構わん。そして……」


「この薬草は遺跡の内部にあるかもしれない、ということか」


「おっ。察しが良いな、勇者・ラルフ。話が早くて助かるよ」


 ロレンスは本の薬草の絵と黒衣の男を交互に見て訝しむ。


「……本当なのですか、ラルフ殿?」


「俺も薬学に特別詳しい訳では無いが……工業が発展している他国で、この薬草を探していると耳にしたことがある。間違いないだろう」


「……という訳だ。改めてよろしく頼むよ」


「……む、むう……この件が終われば、正式に素性について詰問させて頂きますからね……」


「ふん。その時、私がこの国にいればの話だがね」


 悶々とするロレンスに悪びれもせず、男は嘲笑する。


「……貴方の名前は?」


 ラルフが同行するこの男に訊ねた。



「申し遅れたな……さっき見せた身分証とは……出来れば別の名で呼んで欲しい。あちこちに敵がいるものでな……そうだな」


 男はしばし考え、そして仮の名を告げる。


「――ブラック、とでも呼んでくれたまえ。よろしく頼む。ラルフにロレンス」


「決まりだな。ブラックさん、よろしく」

「……致し方ありませんな」


 ロレンスも渋々承諾した。


 <<


 三人は図書館を出て、すぐにブラックが口を開く。


「それじゃあ、もう一人回復役が必要だな……ヒーラーのツテは無いのか?」


「いいえ。王立の教会などにはいるでしょうが、この件では外来の者にのみ協力を呼び掛けているので……」


 ラルフがそう事情を説明すると、ブラックはある提案をした。


「それではヒーラーは後回しにして……旅慣れた冒険者が欲しい所だな。前衛に出て壁役を担ってくれる者がいれば、戦いやすくなる」


「……確かにそうですな……では、冒険者ギルドはいかがでしょう? 案内致します」


「壁役は大事だな。ロレンス、頼む」


 そうして三人は、城下町の中央部に位置する、世界共通の連盟に所属する冒険者ギルドの施設へ足を運んだ。


 <<


 冒険者ギルドは町の中央部に位置しながらも、あまり目立たぬ配置にあった。大きな建造物の影に隠れるように建っている。


 ギルド連盟の紋章が取り付けられた赤い木造の扉を開けて中に入る。


 だが、ギルドの中は閑散としていた。


 壁中に、ギルド連盟からの依頼クエストと思しき貼り紙が大量に貼られているものの、肝心の冒険者はまるでいない。受付のカウンター越しにギルド連盟の妙齢の女性職員が退屈そうに頬杖をついて座っている。


「……いらっしゃい。ギルド連盟レチア王国支部へようこそ。依頼なら貼り紙を確認してね」


 職員はラルフたちが来ても素っ気なく、愛想の無い挨拶だけをしてコーヒーブレイクを決め込んでいる。


「……本当にここがギルドなのか?」


「まるで活気が無いな」


 ラルフとブラックが言うと、ロレンスは、これは良いことか悪いことか、といった複雑な面持ちで説明した。


「……何らかの事件があった時には冒険者がたむろしていることも多いのですが……平時はこんなものです。宝玉についても功を巡って余計な諍いが起きぬよう極秘扱いですし。それだけこの王国が普段は冒険者の手柄になるような事件や問題が少ない……とも言えるのですがね」


「ふむ……つまり、一端の冒険者はあまり来ないということか? やれやれ」


「まあ、もう少し様子を見てみましょう。奥の方に……誰かいるみたいですし。冒険者の一人かも」


 肩を竦めて『期待外れだな』と憂うブラックに、ラルフは僅かな可能性も捨てずに、と言わんばかりに……ギルドの奥に座る冒険者らしき人物を指した。


 近付いてみると……どうやら若き女性の冒険者のようだ。近くに愛用品であろう戦斧を携えている。


 鮮血のような赤髪が特徴的な女戦士だが……受付の職員同様、覇気もなく溜め息ばかり吐いているようだ。


「……あの……ちょっといいですか? そこの赤い髪の方」


 ラルフがやんわりと声をかける。


「……なーにー? こっちゃ、この王国でドデカい仕事があるって聞いてきたのにさー……デマだったらしくて肩透かし食らってんのよ。ほっといてちょーだい」


「……いえ。仕事ならばあります」


「えー? またデマなんじゃあないのー? それに、こっちゃ単身だけど頭脳労働になりそうな仕事は断ってんの。苦手だしなぁ」


 女は一際大きな溜め息を吐いて、行儀悪く椅子の上で胡座をかく。


「……むっ……」


 女の、冒険による傷があるとはいえしなやかな脚。ロレンスは思わず目を逸らした。心なしか顔も赤い。


(あっ、ロレンスはこういう免疫無いのか……それはともかく……どうするべきか)


 女はやる気が削げているとはいえ、戦闘の実力者のラルフから見てもなかなかの手練れだとわかった。肉体は鍛え抜かれ、現場叩き上げらしい緊張感が目に宿っている。単身で冒険者稼業をやっている、というのも頷けた。


 貴重な戦力。出来れば仲間に加わって欲しいと思うのだが……。


「あーあ……暇ぁー……土木工事のバイトでもやろっかなー……かったるー」


 一時的なものかもしれないが、今は乗り気になってくれそうにない。


(書状を読ませれば、少しはやる気になるだろうか……)


 ラルフが書状を取り出そうとしたその手を――――ブラックが止めた。


「……ブラックさん?」


「……ここは任せろ」


 小声でそう言うと、ブラックは何やら含みのある笑いで女の前に歩み出た。

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