第6話 真夏は彼女のご実家で

 ギシギシと軋む玄関の扉を開けると、目の前は数え切れないほどの本で溢れていた。


 壁に所狭しと並ぶ本もあれば床に積み重なった本もあり、きちんと整理された本もあれば、乱雑に扱われている本もある。


 小説が好きな僕は、さっきまで落ち込んでたことなんて忘れて心を躍らせた。

 

 善吉さんはお茶と自慢の茶菓子を持ってくると言って、奥へと姿を消してしまった。

 ひとり取り残された僕は、部屋の中を埋め尽くしている本に目を向けた。


 書店なのかな。それにしては最近の本はなく、どちらかというと年代物の本ばかりが置いてあり、どれも埃をかぶっている。


「古書店よ。」


 いつの間にか彼女が横にいた。制服から部屋着に着替え、髪を縛った姿で話しかけてきた彼女は、いつもの雰囲気とは違ってまた一段と可愛い。


 なんてボーナスタイムなんだ。

 

 彼女のこんな姿を見たことある人なんているのかな。いやきっといないだろう。そう考えると勝手に顔が緩んでしまう。


「何ニヤついてんの。変態。」

 

 すっかり忘れていた。僕は善吉さんのせいで下ネタ好きのレッテルを貼られていたのだった…。


「ち、違いますよ!別になんとも思ってません!それにさっきのだって善吉さんが言ったんですからね。」


「ふーん。まぁどうでもいいけど。」

 

 彼女は数ある本の中から一冊手に取り、手形がついてしまうくらい汚れた表紙をフッと吹いて、パラパラめくりながら話し始めた。


「うちさぁ本屋さんなんだよね。しかも古書店。まぁこれが意外と売れちゃってさー。こんな辺鄙な土地にお店構えてるのに注文とか多くて。今まではばあちゃんもいたから何とか持ちこたえてたんだけど、去年から病気にかかちゃって。」


 僕はなぜかこのお店の深刻な経営状態をいきなり聞かされた。


「うち今本当に人手不足なの。ね?」


 そうなのか…そこまで人手不足なんですね…。ん?なんでわざわざ僕にそんなこと言ってくるんだ?


 浮かんできた謎は、お茶と茶菓子をお盆に乗せて戻ってきた善吉さんの言葉によって一瞬で解決した。


「おいおいあんまり強く言うんじゃないぞ、働いてくれるって言うんだから。」


 ん?どういうこと?


 狭いカウンターにお盆を置いてにこやかに善吉さんが話しかけてきた。


「これからよろしくな太一君。」


 これってやっぱりここで働けってことですよね?聞いてない!聞いてないよ!

 彼女の顔を見るが、そっぽを向いてこっちを見てくれない。


「本村さん!どういうことですか、聞いてませんよ!」


 彼女はゆっくり顔をこっちに向けた。


「だって!他に頼める人がいなくて。」


「でも同じ部活の子とか誰かいなかったんですか?」


「うーん、まぁ確かにその子達に頼めないこともないんだけど。あなたしかここに入れないのよ。」


 なんだかよくわからない言い訳をされ、煙に巻かれてしまった。


 善吉さんが困った表情で会話に割り入ってくる。


「なんだ京子、太一君は知らないで来たのか。」


「だって、本当のこと言ったら来てくれないと思って…。」


 なるほど。だから付き合いなさいって言葉で呼んだのか。一人悲しく合点してしまった。


「全く…。ごめんな太一君。何も知らないまま来させてしまって。京子、謝りなさい。」


「…ごめんなさい。別に騙すつもりじゃなかったの。」


 二人してしゅんとした表情でこっちを見てきた。あまりにも顔が似ていて本村さんが二人いるみたいだ。


 落ち着け自分。片っぽは同じ本村さんだけどおじいちゃんだ。落ち着け。


 しかし、お店の経営状況や向けられた視線に耐えきれず、本当にどうしようもないお人好しな僕は一応格好だけは悩んでみたものの、この頼みを受理してしまった。


「わかりました。夏休みの間だけですよ。」


「本当!ありがとう!」


 彼女は向日葵のような笑顔をパッと咲かせた。ずるい、可愛い。こんなの断れるわけないじゃないか。


 善吉さんも喜んで、年甲斐もなく本村さんと笑顔でハイタッチを交わしていた。でもよく見たら、笑顔というよりかは二人共ニヤニヤしている。


 どうやらうまく術中にハマってしまってしまったようだ…。


 まぁ勉強だって家に帰ったらできるし、兎にも角にも受けてしまった以上適当にやるわけにもいかないよなぁ。


「就業時間はどれくらいなんですか?」


「ん?泊まり込みよ?」


 だから聞いてないってえええええ!

 どこまでもこの二人に振り回されていく。

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