第62話「聖夜に乾杯するとある二人」

 それは町の者達が色とりどりに輝く雪を眺めていた頃だった。


「ふう、皆楽しそうにしているわね。……それにしてもやるわね、あの子」

 町外れの高台にいたあの女性もその雪を眺めていた。


「あんな綺麗なもの見せられたらねえ。仕方ない、彼に免じてしばらく町を消さずにいてあげるわ」

 女性がそう呟いた時


「ええ。そうして貰えると有難いですね」

「!?」

 人の気配は無かったはずなのに、と女性が驚きながら後ろを振り返ると、そこにいたのは、


「あら、あなたは? どうしてここに?」

 それは女性にとっても顔見知りの男性だった。


「探しましたよ。今日はイブですし、あなたをお誘いに来たんです」

 男性が笑いながらそんな事を言う。

「あら、私はこれでも人妻。不倫はダメですよ」

 女性がコロコロ笑いながら断ると、


「おや、いつ誰と結婚したんですか? 殿

 男性は女性、タバサの名を呼んだ。


「……あなた誰?」

 タバサは男性を睨みつけながら尋ねる。


「ん? 私はキリカの兄、セイショウですよ。ご存知でしょ?」

 その男性、セイショウが首を傾げながら答えると


「え、まさかあなた、?」

 タバサがセイショウに問いかける。


「そうですよ。この町に来るにはさすがに骨が折れましたが」

 セイショウは肩を回しながら答えた。


「そう。なら私と目的は同じよね」

「ええ。でも方法は違いますよ。あなたのように無理矢理では抵抗されるだけです」

「じゃあ、あなたはどうする気なの?」

「私が手を出してもあなたと同じですが、彼等ならうまくやるでしょうね」

「それって、神剣士一行?」

「ええ。それとそちらのお子さん二人も」

「……そうかもね、ところでセイショウ。あなたは何とも思わないの?」

 タバサが悲しげな表情になって話しかける。


「はい? 何をです?」

「兄様と姉様はあいつに消されたのよ。私よりあなたが一番あいつを恨んでもいいはずなのに、何故」

 タバサが訝しげに問うと、

「まあたしかに腹立たしいと思いますね。だから掟など無視してますが」

「……その程度? 首を取ろうとか思わなかったの?」

「首ですか? ああ、それなら子供の頃ふざけて乳首を噛んであげましたね。でも何か気持ちよさそうにしてましたよ」


「は、はあ?」

 タバサはそれを聞いて呆気にとられた。


「はは、あの人って変態ショタコンババアなんですよ。知りませんでしたか?」

「あなたねえ、あれって仮にも」

「そのあれとやらを討とうとしているのでしょ、あなたは」

 セイショウがそう尋ねる。


「そうよ。あいつだけは許せないわ」

「そうですか。それなら他の手もあるでしょうに」

「いいえ、まずはこの『中心世界』を制圧する。そして」

「妖魔の力を集め、更にですか。まあ、いざとなったら私があなたを押し倒して阻止して、その後ヒイヒイ言わせてあげますよ」

 セイショウはふざけてるのかよくわからない事を言った。


「……出来るかしらねえ。兄様なら私を満足させられそうだったけど」

 タバサはニヤつきながら答える。

「ほう? あの方はそんなに凄いお方だったのですか?」

「そうよ。毎夜毎夜姉様を……私が隣の部屋にいる事も忘れて」

「その話、もう少し詳しく聞かせてくれませんかね? 誰もそんな事話してくれませんし」

「あなたねえ、こんな話聞きたいの?」

 タバサは呆れながら尋ねる。

「ええ、どんな事でも。私はもっと知りたいのですよ。お二人の事を」

 そう言ったセイショウの顔は寂しげであった。


「……なら私が知ってる事、全部話してあげるわ」

 その顔を見たタバサはしばらく考えた後、そう言った。


「ありがとうございます。そうだ、ここにいいお酒がありますが、どうです?」

 セイショウはいつの間にかワインの瓶を手にしていた。


「ふふ、いただこうかしら。しかし妖魔王である私と……であるあなたが一緒にお酒飲んでたなんて知れたら世界中が仰天するでしょうね」

 タバサは笑みを浮かべながら言う。

「今はそれぞれの立場を忘れて過ごしませんかね?」

「ええ。でも酔わせて襲おうとかしないでよ」

「本気でそんな事しませんよ、

 セイショウはタバサを「姉」と呼んだ。


「……ありがと。じゃあ乾杯しましょうか」

「はい」


 タバサはセイショウとグラスを合わせた後、在りし日の事を話した。


 そして妖魔王ではなくただの女性として、楽しい聖夜を過ごした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る