1-3/熾烈弾 - 2


 ひとしきり辺りを見渡しても全く見当たらず、まるで煙の様に跡形もなく消えてしまっている。

 それは何かに攫われてしまったかの如く、あまりにも唐突だった。


「アネット、ミシェルはどこに行った?」


 おそらく俺が悪魔の相手をしている間は暇していたであろうアネットなら、ミシェルがどこに行ってしまったのかを見ていたはずだ。

 しかし、アネットは首をすくめる。


『さぁな。あの小娘がどこに行ったかなぞ知らんよ。そもそも吾は背の君の雄姿にしか興味が無かったのでな』

「……足音は聞こえたか?」

『全く。だが人に近いものの気配ならば、小娘が消える直前までは感じていたな』


 全く予想していなかった状況に対し、危機感を覚えた俺は思考をフル回転させる。

 進入禁止エリアで音も前触れも無きハイド&シーク。おそらく人間の仕業ではない。

 かといってその様な真似が出来る存在など、俺が知る限りでは上位の悪魔かそれと同等の力を持つ魔物の仕業としか考えられないが、付近にその類の気配は無かったはずだ。


 俺の感知に引っ掛からず、上位の悪魔と同じ力を持つ存在など――いや、一つだけ思い当たる節がある。

 考えられないというよりもという結論だが、先程アネットが語った「人に近いもの」にも合致する。

 厄介な状況を理解した俺の全身に緊張が走る。


「アネット、その『人に近いもの』はどこに居たか分かるか?」

『最初に目にしたのは背の君が車を降りた辺り、路地の入口だな』

「……そいつの外見は」

『濃紺色の衣服と黒鍔の帽子を身に着けた男だ。ほれ、背の君が自慢気にバッチを見せつけていただろう』

 

 それを耳にした瞬間、俺の両脚は疾風と化した。


 気付くのが余りにも遅すぎた。今更向かったところでもう間に合わないし無駄かもしれないが、確認せずにはいられない。

 嫌な予感が当たっているとすれば、あの警官を見つけることは出来ないだろう。


 なぜならだ。


 俺は全速力で路地の入口まで戻り、血眼で警官の姿を探す。

 が、案の定その姿はどこにも無かった。


「畜生!」


 俺は懐から無線機を取り出し、すぐさま主任と状況の連携を図る。


「 こちらBRAVOブラボー! 主任チーフ、応答願います!」

『こちらALFAアルファ、どうした?』

「主任、今回の事件は『魔人犯罪デモニック・ケース』です。間違いありません。現場で下級悪魔の発生を確認、それと付近で警官に成りすました魔人デモニック――容疑者らしき男も発見しました。身長は一・七メートル強、中肉中背です」


『魔人犯罪』――それは文字通り魔人が起こした犯罪であり、それがこのLAに及ぼす影響はただの悪魔が引き起こす超常事件の比ではない。

 最悪の場合、LA


『そうか。その様子だと確保は出来なかったみたいだな。新人はどうだ? 初めての恐怖体験にビビりすぎて漏らしてないか?』


 冗談交じりのサイモンの笑い声に思わず生唾を飲み込むが、俺は覚悟を決めて言葉を返す。


「いえ、下級悪魔の対処中に犯人は逃走した模様。ミシェル・レヴィンズは、その……現場から失踪しました。容疑者らしき男が消えたタイミングと同じことから、容疑者に拉致されたと、推察します……」


 完全に俺の失態だ。

 もっと警戒していれば、容疑者が居たことに気付けたかもしれない。

 ミシェルが攫われることも防げたかもしれない。

 取り返しのつかない失態だ。


 しかし俺の報告に主任は「初日から災難だな」と、なんとも呑気な一言だけを返し、それ以上の言葉は無かった。

 無線の向こうで深慮しているのかもしれないが、俺としてはミシェルを救うべく一刻も早く行動したい。

 どの様な意図があって彼女を攫ったのかは不明だが、既に人を殺害している魔人に攫われてその命を保証できるはずがないのだから。

 我慢できず、俺は主任に提案をする。


「魔人犯罪と分かった以上、一刻も早く容疑者の身柄確保及びミシェルの安全確保の為にも、サウスLA南東の事件現場を中心に捜索隊を派遣してもらえないでしょうか」

『そうだな。すぐに派遣しよう。お前はどうする、ジョン? 一旦こちらに戻るか?』

「俺は……『エクスシア』に向かいます」

『了解だ。本部長に宜しくな、ジョン』


「できれば主任にも来てほしいんですがね」と返事をする前に通信は切れた。

 本来なら俺も捜索隊に加わりたいのだが、今の俺がやるべき事は別にある。間違った選択は命取りだ。

 ふと自らが犯した罪先の一件を思い出し、手足が震える。


 俺はあの時の様に選択を間違ってはならない。


 もし間違えればまたしても命が失われるからだ。

 この街の人々を守る為、これ以上犠牲を出さない為、俺の選択は正しいものでなければならない。

 その為にも、まず今回の事件について専門家に情報を求めることが必要だ。


 のしかかる重圧と緊張を溜息と共に吐き出しつつ無線を懐に仕舞い、代わりに携帯電話を取り出して登録番号にコールする。

 すると、二回半のコール音の後に通話が繋がり、スピーカーから男の声が聞こえてきた。


『やぁジョン。そろそろ連絡してくる頃だと思っていたよ。それで、今日はいったい何を間違えたのかな?』


 全てを見透かしているかの如き男の言葉は、俺の胃をぶち抜く勢いでよく響いた。


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